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第93話 最後のお別れ
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みんなのメッセージはきちんと受け取った。
あの時エマが歌った曲にはある特殊な仕掛けが施されている。
それは、別の曲と同時に流すことで、さらなる別の曲になるというものだ。
私という歌を加えて別の歌になりたい。一つになりたい。
ああ、このメッセージは私にしか届かないメッセージだ。
私はこんなに求められている。それが分かってとっても嬉しかった。
だから、私はみんなから離れようと思う。
こんな歌が歌えるのだから、私が居なくても大丈夫なはずだ。
私は、要らない。必要ない。
もともとこの世界のお客さんだった私が居なくてもこの世界は回るはずなんだ。
私が邪魔をしなければエマとグラジオスは結ばれていたはずなんだ。
王から疎まれていた王子のグラジオスと、そのメイドのエマとして。
私なんていない方が良い。その結論は揺らがなかった。
ルドルフさまが帝国に帰る日がやって来た。
そして、私はルドルフさまについて行くことに決めていた。
「本当に、行っちゃうんですね」
エマが寂しそうに呟く。
私は自分の荷物を背負ってルドルフさま所有の箱馬車の前に居た。
この馬車に乗って旅立てば、私はきっと二度とアルザルド王国には帰ってこない。でもいい事もある。
これで王国と帝国が、少なくともルドルフさまが存命の間、争う事などないはずだ。
この二国が良い関係を築いていれば、王国は平和で居られるだろう。
二人の関係をぐちゃぐちゃにしてしまった私からのプレゼント……になるだろうか。
「姉御、やっぱ自分も……」
何事か言いかけたハイネに向かってゆっくり首を振ってそれを止めさせる。
ハイネはこの国に絶対必要な人だ。こんな卑怯で臆病者な私となんて来ちゃいけない。私は帝国に『行く』んじゃなくて、『逃げる』んだから。
「雲母さん」
エマが私の名前を呼ぶ。
彼女の言いたいことは、言われなくともわかった。
この数日間。何度も何度も言われた事だから。
グラジオスと、向き合って欲しい。
そんなの私には無理だ。グラジオスの顔を見てしまったら、絶対に決意が揺らいでしまう。
オーギュスト伯爵に頼んでグラジオスをこの場に来ない様説得してもらって正解だった。
ああ、そうだ。認めよう。私はグラジオスが好きだ。
でも、それ以上に誰かを傷つける事を恐れている。
エマを、シャムを。選ばれずに傷ついてしまう人が出てしまう事が、嫌だった。
じゃあ二人を妾にする様にグラジオスに頼めばいいのだろうが、そうなると私は二人に嫉妬してしまう。
仕方のない事だと分かってはいても、私は二人に昏い感情を向けてしまうだろう。
それが嫌だった。
それに私がもし地球に移動してしまうような事があれば、グラジオスを一人にしてしまう。
色んな理由があった。
様々な理由が積み重なって、私はグラジオスと一緒に居られなかった、居ちゃいけなかった。
だから、私はグラジオスから逃げる事を選んだ。
――ごめんなさい。本当にごめんなさい、グラジオス。
こんなに迷惑な私で。
「殿下は本当に雲母さんの事を……」
私はエマに最後まで言わせないようにするため、ぎゅっとエマを抱きしめた。
思惑通り、エマを黙らせることに成功する。
これで私に何か言ってくる人は誰も居ない。
――もう、お別れだ。
私はもう一度力を籠めてエマを抱きしめる。
エマもぎゅっと私を抱き返してくれた。
それから次はハイネの手を握る。
こちらも出来る限りの力を籠める。
――さようなら。
声が出せないのが本当に残念だった。でも、出せても言えなかったかもしれないけど。
私は馬車に足をかけ、もう一度エマとハイネの顔を見て、二人の顔を網膜に焼き付けた。とっても大事な友人で、二度と見る事の無いであろう顔を。
そして、私は馬車の中に足を踏み入れた。
馬車とは言っても実際それは動く部屋のような代物だ。予想していたよりも中は広く、様々な物が揃っている。
ルドルフさまはその中に設置されている椅子に腰かけて私を待っていた。
「キララ、お別れはすんだかい?」
ルドルフさまも迷惑をかけ通しで本当にごめんなさい。
我が儘を言って、こんな風に迷惑をかけてしまっている。
私は本当にダメなヤツだ。
「キララ、こっちに」
手招きされるままに私はルドルフさまの元へと近づいていく。
ルドルフさまはそんな私の手を取り、私を誘導して自らの隣に座らせた。
「キララ、君は気に病む必要はないんだよ。私がやりたくてやっている事だからね」
でも、と私は伏し目がちに視線を彷徨わせる。
私は迷惑をかけるばかりでルドルフさまに何も返せていないのだ。
「ふむ。じゃあ静養して歌える様になったらめいいっぱい歌って私に聞かせてくれないか。私は君の歌が大好きだからね」
……私がこれからまた歌えるようになるのだろうか。少し、心配になる。
私は歌う時に気ままに感情をぶつけて来た。
感情を表現する手段として歌を使って来たと言ってもいい。
でもそうすることで周りの人たちの感情を揺り動かし、影響を与えて来た。
それによって不幸になる人が居る事を知ってしまった。多分、私の声が出ないのは、その事への恐怖があるからだろう。
私の歌で誰かを不幸にしてしまうかもしれない。その恐怖がある以上、私は多分、歌えない。
だから静養しても声は出ないままのはずだ。
「ゆっくりでいいんだよ。時間はたっぷりあるからね」
……はい。
私が頷くと同時に、馬車が動き出した。
あの時エマが歌った曲にはある特殊な仕掛けが施されている。
それは、別の曲と同時に流すことで、さらなる別の曲になるというものだ。
私という歌を加えて別の歌になりたい。一つになりたい。
ああ、このメッセージは私にしか届かないメッセージだ。
私はこんなに求められている。それが分かってとっても嬉しかった。
だから、私はみんなから離れようと思う。
こんな歌が歌えるのだから、私が居なくても大丈夫なはずだ。
私は、要らない。必要ない。
もともとこの世界のお客さんだった私が居なくてもこの世界は回るはずなんだ。
私が邪魔をしなければエマとグラジオスは結ばれていたはずなんだ。
王から疎まれていた王子のグラジオスと、そのメイドのエマとして。
私なんていない方が良い。その結論は揺らがなかった。
ルドルフさまが帝国に帰る日がやって来た。
そして、私はルドルフさまについて行くことに決めていた。
「本当に、行っちゃうんですね」
エマが寂しそうに呟く。
私は自分の荷物を背負ってルドルフさま所有の箱馬車の前に居た。
この馬車に乗って旅立てば、私はきっと二度とアルザルド王国には帰ってこない。でもいい事もある。
これで王国と帝国が、少なくともルドルフさまが存命の間、争う事などないはずだ。
この二国が良い関係を築いていれば、王国は平和で居られるだろう。
二人の関係をぐちゃぐちゃにしてしまった私からのプレゼント……になるだろうか。
「姉御、やっぱ自分も……」
何事か言いかけたハイネに向かってゆっくり首を振ってそれを止めさせる。
ハイネはこの国に絶対必要な人だ。こんな卑怯で臆病者な私となんて来ちゃいけない。私は帝国に『行く』んじゃなくて、『逃げる』んだから。
「雲母さん」
エマが私の名前を呼ぶ。
彼女の言いたいことは、言われなくともわかった。
この数日間。何度も何度も言われた事だから。
グラジオスと、向き合って欲しい。
そんなの私には無理だ。グラジオスの顔を見てしまったら、絶対に決意が揺らいでしまう。
オーギュスト伯爵に頼んでグラジオスをこの場に来ない様説得してもらって正解だった。
ああ、そうだ。認めよう。私はグラジオスが好きだ。
でも、それ以上に誰かを傷つける事を恐れている。
エマを、シャムを。選ばれずに傷ついてしまう人が出てしまう事が、嫌だった。
じゃあ二人を妾にする様にグラジオスに頼めばいいのだろうが、そうなると私は二人に嫉妬してしまう。
仕方のない事だと分かってはいても、私は二人に昏い感情を向けてしまうだろう。
それが嫌だった。
それに私がもし地球に移動してしまうような事があれば、グラジオスを一人にしてしまう。
色んな理由があった。
様々な理由が積み重なって、私はグラジオスと一緒に居られなかった、居ちゃいけなかった。
だから、私はグラジオスから逃げる事を選んだ。
――ごめんなさい。本当にごめんなさい、グラジオス。
こんなに迷惑な私で。
「殿下は本当に雲母さんの事を……」
私はエマに最後まで言わせないようにするため、ぎゅっとエマを抱きしめた。
思惑通り、エマを黙らせることに成功する。
これで私に何か言ってくる人は誰も居ない。
――もう、お別れだ。
私はもう一度力を籠めてエマを抱きしめる。
エマもぎゅっと私を抱き返してくれた。
それから次はハイネの手を握る。
こちらも出来る限りの力を籠める。
――さようなら。
声が出せないのが本当に残念だった。でも、出せても言えなかったかもしれないけど。
私は馬車に足をかけ、もう一度エマとハイネの顔を見て、二人の顔を網膜に焼き付けた。とっても大事な友人で、二度と見る事の無いであろう顔を。
そして、私は馬車の中に足を踏み入れた。
馬車とは言っても実際それは動く部屋のような代物だ。予想していたよりも中は広く、様々な物が揃っている。
ルドルフさまはその中に設置されている椅子に腰かけて私を待っていた。
「キララ、お別れはすんだかい?」
ルドルフさまも迷惑をかけ通しで本当にごめんなさい。
我が儘を言って、こんな風に迷惑をかけてしまっている。
私は本当にダメなヤツだ。
「キララ、こっちに」
手招きされるままに私はルドルフさまの元へと近づいていく。
ルドルフさまはそんな私の手を取り、私を誘導して自らの隣に座らせた。
「キララ、君は気に病む必要はないんだよ。私がやりたくてやっている事だからね」
でも、と私は伏し目がちに視線を彷徨わせる。
私は迷惑をかけるばかりでルドルフさまに何も返せていないのだ。
「ふむ。じゃあ静養して歌える様になったらめいいっぱい歌って私に聞かせてくれないか。私は君の歌が大好きだからね」
……私がこれからまた歌えるようになるのだろうか。少し、心配になる。
私は歌う時に気ままに感情をぶつけて来た。
感情を表現する手段として歌を使って来たと言ってもいい。
でもそうすることで周りの人たちの感情を揺り動かし、影響を与えて来た。
それによって不幸になる人が居る事を知ってしまった。多分、私の声が出ないのは、その事への恐怖があるからだろう。
私の歌で誰かを不幸にしてしまうかもしれない。その恐怖がある以上、私は多分、歌えない。
だから静養しても声は出ないままのはずだ。
「ゆっくりでいいんだよ。時間はたっぷりあるからね」
……はい。
私が頷くと同時に、馬車が動き出した。
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