極上御曹司は仮面の怪盗令嬢の素顔を暴きたい

ささゆき細雪

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chapter,2

01. 夜明けの余韻

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 カーテンの隙間からゆらゆらと膜を張った薄い光が床をなぞっている。
 時計の針は午前五時三十分。夜の名残を惜しむように、街はまだ湿っぽい灰色の気配をまとっていた。
 ミモザ色のパジャマを着た更紗は湯気の立つカップを片手に、ぼんやりと窓の外を見つめる。東の空は明るいが、深夜に降っていた雨の名残によってアスファルトは濡れていた。
 寝起きに熱いブラックコーヒーは胃に負担がかかると理解しているのに、どうしても目を覚ましたくてドリップしている。芳醇な香りが鼻腔を刺激する。
 深く眠れていなかったのだろう。寝ていないわけではないが、どこか夢うつつな状態に苛立ってしまう。

『更紗――”虹”はひとつにまとめて封じておかなくてはいけないわ』

 母がうわ言のように口にしていた言葉が、更紗を呪う。旧鍵小野宮家の末姫として可愛がられていた曾祖母、布紗が駆け落ちをして産んだのが祖母、木綿子だった。 曾祖母は生家については口を閉ざしていたが、木綿子は母親が亡くなった際に一度だけ森金連城のパトロンだった鍵小野宮家の関係者と接触しており、そこで思いがけない秘密に触れてしまったのだ。そしてその秘密は更紗の母、鞠子に引き継がれ、娘である更紗に連綿と繋がっていく。

 母鞠子も木綿子の父親が誰なのかは知らないままだ。だが、更紗の曾祖母が鍵小野宮家の人間で、道ならぬ恋の果てに家を捨てた時期とほぼ同時に森金連城の消息もわからなくなっていることから、きっとふたりは駆け落ちして木綿子が生まれたのだという暗黙の了解が囁かれている。
 祖母によれば駆け落ちの際に”連城鉱石”も持ち出された、らしい。
 だが、真相は不明だ。震災や戦争で紛失したことになっているのは、その方が都合がいいからだと森鍵錠太郎は更紗に口にしていたが……。

「おおおじさまもちゃんと引き継いでくださればよかったのに……」

 祖母の木綿子は戦後しばらくしてから森鍵錠太郎の弟と結婚し、更紗の母鞠子を産んだ。祖母の嫁入り道具に”連城鉱石”も含まれていたことから、錠太郎は鍵小野宮家が所持していたお宝を保護するため動き出したとされる。その頃には木綿子も亡くなっていたし、すでに鍵小野宮の一族も滅亡していた。宮家と同等のちからを持っていた九条一族は戦後独立しており、鍵小野宮家との因縁は薄れたとされている。だが、彼らもまた”連城鉱石”のなかの”虹”を探していたらしい。
 そもそも呪われた鉱石と囁かれた七つの鉱石は鍵小野宮家で”虹”と呼ばれ、九条一族の手によって封じられていたからだ。

 ――九条一族も目的は同じだったはず。それなのに新蔵の方につくなんて、どこで間違ってしまったのだろう。

 錠太郎は株式会社森鍵を創業、もともと美術商としての実績を持っていた彼の手腕によって会社は繁栄し、鞠子も蝶よ花よと育てられた。
 お見合いによって霧島家に嫁いだ鞠子は更紗を産んだが、夫が若くして亡くなったため彼女は出戻り、女手一つで更紗を育てることになった。鞠子の実家である森鍵家の援助があったため、更紗が生活に困ることはなかった。むしろ、大伯父錠太郎のおかげで学芸員としての就職先もあっさり決まったし、彼はまさに更紗の恩人である。ただ、自分の孫を更紗の婿に据えようと画策していたことだけはいただけなかったけれど。

「……あれは無効よ。剣人さんだってわかってくれた」

 錠太郎の孫である森鍵剣人は新蔵の息子で、三代目森鍵社長を目されている更紗の従兄にあたる。いまは海外支社を飛び回っており、国内の事業には携わっていないが、ときどき更紗の様子を気にかけてくれている。「元婚約者だからね」と優しく気遣ってくれる兄のような彼もまた、”連城鉱石”の秘密を知るひとりだ。けれど、父親が関わっているであろう悪事には気づいていない。更紗は彼が気づかないうちに怪盗キャリコとして、”虹”の輝きを元に戻したいのだ。話はそう簡単ではない。

『守るべきものほど、美しく脆い……人間の手で交配を繰り返された後に生まれた金魚みたいに、ね』

 鉱石には光を閉じ込める層がある、そう指摘した男の声が耳の奥に蘇る。
 ――九条黎。この先自分の”敵”となるであろう彼について改めて調べて、更紗はため息をつく。

「老舗の国際美術商社を中心に、文化財保護・金融・不動産まで手がける巨大コングロマリット……九条グループの嫡男」

 森鍵も美術商から成り上がった一族だが、九条一族はスケールも年季も違う。旧鍵小野家を守護していた頃から現代に至るまで解体することもなく国内外でさまざまな業態を安定させており、その地位を確固たるものにしている。そんな九条グループの現会長を父に持つ生まれつきの御曹司が黎だ。グループ内の中核企業である「KUJO」セキュリティ統括部取締役として、各国の展示品・美術館セキュリティシステムを監修する立場を担っている。表向きは冷徹な管理者だが、裏では文化財窃盗事件の調査にも関与していると思われる。

「森鍵新蔵からの依頼で、”連城鉱石”の警備に入ったことになってはいるけれど……」

 コーヒーを一口啜る。舌に残る酸味が妙に心地よい。
 ただの警備関係者、のはずだ。
 それなのに、まるで硝子越しにこちらを覗くような視線が、更紗を苛む。
 何層もの壁を透かして、奥の奥を見ようとする眼は、まるで”こちら側”を知っているかのように見えた。

「ほんとうに、それだけ?」

 机の上には、昨夜の資料が広げられたままだ。
 “森金連城の遺作群”。
 それを継ぐ者として働く日々は、穏やかなものだとばかり思っていた。
 けれど、封じられていた”虹”が散り散りになっているいま、ふたたび”呪われた鉱石”の光を取り戻せるのは不本意ながら更紗しかいない。
 更紗は首筋を指でなぞる。あのとき、照明の反射で一瞬だけ熱を感じた場所。痛みではない、疼きを感じた。

「わからないな」

 ひとりごとが、静かな部屋に沈んでいく。
 時計の針は気づけば七時を指している。
 更紗は慌ててカップを洗い、素早く髪をまとめた後、いつものように淡いグレーのスーツに袖を通す。
 仮面をかけるのは、夜だけじゃない――昼もまた、仮面の時間。

「わからない、けど……そう遠くないうちに、どこかで逢うでしょうね」

 そうしたら――わたしはわたしの正義を貫くのみ。
 たとえ相手が極上御曹司だったとしても。
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