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03. 展示会へ向けて
しおりを挟む画廊”キィ・フォレスト”が主軸になって開催される四つの私設美術館による”森鍵連城――連城とその子どもたち展”の東京展示会は七月上旬から夏休みを含んだ三か月間開催される予定になっている。
株式会社森鍵の美術部門で長年管理されている森金連城が蒐集した鉱石”連城鉱石”による天然岩絵の具の限定公開をはじめ、連城が鍵小野宮家に出入りしていた頃に描かれた代表作”夜桜”など非売品の日本画展示、連城の絵の複製画だけでなく猫沢をはじめとした三人の弟子が引き継いだ”金魚と風景”の絵画や版画の展示販売などを一斉に行うことから、このイベントには多くの好事家が訪れる。
東京にある森鍵美術館を皮切りに、同じ展示を地方の美術館で三回行うことになっているものの、評判の高い絵はその場で売買されることもあるため四つの私設美術館で開催されるイベントのなかでも更紗たちが率いる東京展示会がいちばん賑やかだし売り上げも高い。ふだんは”キィ・フォレスト”の外に出てまで仕事を行うことが少ない更紗も六月に入ってからは提携先の美術館へ何度も訪れるようになっていた。
「霧島さん、こちらのケースでよろしかったでしょうか」
「ありがとうございます、大きさの確認ができれば充分です。昨年と同じですよね」
「はい。今回も鉱石の展示についてはそちらにおまかせします」
「へえ、”連城鉱石”については霧島さんの担当なんですね」
思いがけない声に森鍵美術館の第一企画室で展示物の配置について確認をしていた更紗が顔をあげると、「遅れて申し訳ありません」と涼しい表情でスーツ姿の九条が来ていた。警備担当ならほかにもいるはずだが、更紗が現地にいると知ったからかここ数日、”キィ・フォレスト”以外の場所でも彼の姿を見ることが多い。まさか彼から監視対象にされているとは気づいていない更紗は勤務熱心な彼の前で微笑を見せる。
「あ、九条さん」
「準備は進んでいますか?」
「はい。今年も”連城鉱石”の展示は画廊でディスプレイした形をもとに行います」
「昨年も霧島さんが担当されたのですか?」
「昨年は剣人さ……あ、森鍵現社長の息子さんと一緒に」
「ふうん」
森鍵剣人の名前を口にしたからだろうか、九条がどこか苦々しい表情を浮かべている。更紗は気づかないふりをしてはなしを続ける。
「鉱石のなかの光に焦点を当てて、ふだんはなかなか見られない世界を演出するんです。光の調整はわたしが担当したんですけど、剣人さんは見せ方を工夫してくださって」
「それで、今年も同じディスプレイに?」
「いえ、今回は岩絵の具の販売を販促ブースで行うので、もうすこし学術的な感じになると思います」
更紗の答えに九条は目を瞬かせる。日本画の顔料となる岩絵の具を貴重な鉱石から作って販売することが意外だったのだ。
「”連城鉱石”から絵の具を作るの?」
「九条さんは”連城鉱石”というと何を思い浮かべますか」
逆に問い返されて九条は言葉に詰まる。一般的には鉱石研究者でもあった日本画家森金連城が蒐集した天然岩絵の具の顔料すべてが”連城鉱石”と呼ばれている。だが、更紗が口にしている”連城鉱石”はそのなかでもワケアリの、呪われた鉱石と呼ばれるものだ。果たして九条は意図を汲んだだろうか。
しばらく無言になっていた九条は、更紗の興味深そうな顔立ちの前でぽつりと返す。
「……非現実的かもしれませんが”呪いの鉱石”のことでしょうか」
「たしかに、”呪いの鉱石”の逸話は有名ですよね。でも、そのことを知る人間は少数派なんです」
「はあ」
「展示に出されている鉱石は森金連城が実際に蒐集したものとされていますが”呪いの鉱石”とは別物です」
――そう、基本的に人畜無害な鉱石しか展示されることはない。”虹”のような例外はあるけれど。
更紗は自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。彼女の説明に九条も頷く。
「ですよね。だとしたら、展示されている鉱石から岩絵の具は」
「作ってませんよ。そんなことしたら呪われちゃいます」
販促ブースで取り扱っている岩絵の具は高価な天然岩絵の具ではなく、天然素材をベースとした合成岩絵の具だ。ほかにも近代では人工的に化学反応で着色したガラスを使った新岩絵の具と呼ばれるものもあり、それらの画材が近年の日本画の多様性を発展させている。
「岩絵の具って一言で言ってもさまざまな種類があるんですね」
「はい。それもあって”連城鉱石”は画材ではなく非売品の展示物という扱いになってます」
それゆえ森金連城が使用したとされる天然岩絵の具から再現された合成岩絵の具が販売されるのだと更紗は九条に伝える。
「綺麗な鉱石で”夜桜”や”金魚”が描かれたという事実を知ってもらうのがそもそもの目的です。そこから岩絵の具に興味を抱いてもらってもいいし、九条さんが口にした”呪いの鉱石”についての逸話を調べるのも面白いと思いますよ。学校の自由研究にもなりますしね。それに、この展示会では森金連城が遺した鉱石をもとに再現された岩絵の具をお土産に買えるわけですし、なんなら本人の複製画や版画を購入することもできます。なんせ森鍵としてはこの展示会で多額の売買を成立させたいわけですから」
熱心な更紗の言葉に九条がくすりと笑う。
「そうだね。そのために警備会社の方も万全の体制で展示会に備えることにするよ」
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