極上御曹司は仮面の怪盗令嬢の素顔を暴きたい

ささゆき細雪

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chapter,2

05. 報告書 二




 内部報告書:霧島更紗に関する経過観察(二)

 報告者:九条黎
 件名:件名〈キャリコ予告状〉および対象人物・霧島更紗に関する接触記録

 一、対象者は前回接触時と同様、勤務態度に不審点なし。
 二、展示環境調整における判断は的確であり、専門職としての自負が見られる。
 三、ただし、先週の「夜桜」再照度調整の際、一瞬の反応あり。
  照明の変化を契機に、対象者の視線が絵画にではなく“鏡面の反射部”に向けられた。
  自己像確認の可能性、もしくは他者の影を意識した行動と推定。

 補足:
  当方到着時、対象者は「予告状」について明確に否定。
  筆跡照合の結果、“キャリコ”の書式と一致せず。
  模倣の可能性高。

 所見:
  対象者は「守るべきもの」を意識した際、明確に動揺を見せる傾向あり。
  これは前回、夜桜の“虹層”の件で示した反応とも一致する。
  本件予告状との関連性は未確認だが、第三者が霧島家および森鍵新蔵の記録を把握している可能性あり。
  今後の監視継続を要請。


   * * *


 九条が思っていたよりもこの依頼はずいぶん複雑なものらしい。
 後日、手書きで添記すべきか迷いながらも報告書を作成した九条は本部へ送信した後、念のため副本を警視庁特組の藤堂警部補にも転送した。
 添付メッセージは簡潔だ――「先方確認を要す」。

「さぁて、警察はどう動くかな」

 彼らがどう動くか、そこが次の鍵になる。
 さすがに予告状が出たとなると、過去の事件が関連していると考えていいだろう。逸話だと言われている”呪いの鉱石”が実際に世間を賑わせた過去を九条はこの件を担当するまで知らなかったが、美術商あがりの森鍵の人間はまるで周知の事実のように語っている。更紗もだ。
 この人はいったい何を隠しているんだろう、自分はその“秘密”にどこまで踏み込むつもりでいるのだろうか……「守るべきものほど、美しく脆い」あの時に彼女が何を思ったのかも、気になって仕方がない。
 業務の範囲を越えて、知りたくなっている滑稽な自分に気づき、乾いた声で嗤う。

「怪盗キャリコが過去に予告状を出したことはない。なぜ今回に限って……?」

 報告書を閉じた九条は、夜の帳の向こうで灯る明かりをぼんやりと眺めていた。
 画廊“キィ・フォレスト”での調査内容を整理したばかりの脳裏に、霧島更紗の横顔が焼きついて離れない。
 彼女はいつも、言葉よりも沈黙で語る。手先の動き、視線の角度、光に触れる一瞬の息づかい――それらすべてが、報告書には書ききれない情報として彼の記憶に残る。

 ――要監視対象、霧島更紗。
 そう打ち込んだ文字をデリートしたい気持ちに駆られる。
 彼はネクタイをゆるめ、深く息を吐く。
 「任務だ」と幾度となく繰り返しても、あの展示室で見た光景は、職務報告の枠を越えてしまう。
 夜桜の前に立つ彼女――それは警備対象ではなく、まるで“守るべき作品”のようだった。

 机上のタブレットが低い音を立てて通知を告げる。九条は眉を寄せ、画面を開く。
 〈森鍵美術館東京展示 初日スケジュール確定〉
 添付されたリストには、霧島更紗の名前も、彼自身の配置表も並んでいた。
 次に彼女と顔を合わせるまであと一週間ある。
 それまでのあいだに、このざわめきをどうにか封じ込めなければならない。
 それとは別に、携帯の着信を知らせる振動が机を揺らす。

「藤堂のヤツ、相変わらず反応が早いな」

 後で構わないのに、と呟きながら、九条は電話を手に取り通話のボタンを押す――……。


   * * *


 受信トレイの未読件数が増えていた。
 ――件名:〈キャリコ予告状〉。送信者、九条黎(警視庁刑事部捜査第三課 文化財特捜係 民間顧問)。
 藤堂智臣はコーヒー片手に、モニターへと視線を滑らせる。
 時刻は午前一時を少し過ぎたところ。捜査一課のフロアが完全に沈黙してからすでに一時間が経っていた。
 警視庁組織犯罪対策部・特命係。そこが、彼の今の所属部署である。

「夜勤明けにこれかよ」

 小さく呟いて、ファイルを開くと、KUJO本部へ送付した報告書とほぼ同じものが記されていた。
 九条から届いた報告書はいつも整然としていて、余白の取り方まで几帳面だ。
 霧島更紗という女性職員の動向、企画展示の準備中に現れた偽の予告状、黒い噂を持つ森鍵新蔵の名……。
 それらの単語が並ぶ文面をざっと目で追ううちに、藤堂の眉がわずかに動く。

「……“琉金キャリコ”か」

 報告書の末尾には、九条らしい一文が添えられていた。
『模倣の可能性高。警察側で情報共有を希望』
 几帳面な署名の下に、ほんの一行。
『気になる点がある。詳しくは後ほど』
 いつもどおりの曖昧な言い回しに、藤堂は無意識に口角を上げる。

「まったく……お前の“気になる”はたいてい厄介事だ」

 椅子の背にもたれ、視線を天井に向ける。
 彼は二十代で捜査二課に配属され、贈収賄と文化財保護関連の事件を主に扱ってきた。
 だが三十路を前に特命係に異動してからは、美術品や資産家絡みの闇取引を追う日々を送っている。
 九条とはその過程で出会った。若き九条グループの御曹司である彼はセキュリティ会社の取締役としてさまざまな現場に現れるからだ。彼自身も美術品の蒐集家というだけあり、知識量が膨大だ。それゆえ警察協力者として組織犯罪の裏側を読み解くだけの器量を持っていると判断され、民間顧問として警察とのあいだで調査協力の関係を築いている。
 互いに信頼しているつもりではあるが、それが全面的な“信用”かと問われると、それだけではないような気がする――九条黎という男は、常に一線を引いているところがあるからだ。

「……“虹”ね。鍵小野宮家で門外不出とされた”呪いの鉱石”。そっちで管理してるものだと思っていたが、そのうちのひとつが森鍵のコレクションとして展示会で限定公開される予定……そりゃあ荒れるわ」

 報告書を閉じたあと、藤堂はデスクの端に置かれた古いファイルを引き寄せた。
 過去に旧家で起きた未解決盗難事件――通称「鉱石連鎖」。
 そこにも“虹”という名前が記されている。
 偶然にしては出来過ぎていると藤堂の勘が告げる。きっと九条もそう思ったからこんな時間に送ってきたのだろう。
 机上の携帯を手に取った藤堂は彼の名を探し、画面に表示された名前を見て短く息を吐く。

 「こっちは寝る暇もないんだがな……。まあいい、どうせお前も眠ってないだろ」

 通話ボタンを押す指先に、微かな笑みが浮かんだ。
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