極上御曹司は仮面の怪盗令嬢の素顔を暴きたい

ささゆき細雪

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chapter,4

02. 悪魔との取引

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 美術館の最寄り駅にほど近いシティホテル。通常のエントランスとは異なるVIP待遇の入り口から案内された最上階の一室で九条は仕事をしていた。きっちりとスーツを着込んで高級感のある机のうえに書類とノートパソコンを拡げて作業している姿はやはり大企業の御曹司然としていて、更紗を惑わせる。

 ――これが本来の彼の姿。自分とは住む世界が違うひと……。

「よかった。来てくれたんだね」
「……来ないと思いましたか?」
 
 美術館の企画室でのやりとりの後、あれから一度本社に戻った九条は今夜このホテルのスイートルームに来るよう更紗に伝えたのだ。知りたいことを教えるから、その代わり、夜を共にしようと。

『秘密には代償が必要だ』

 男性経験の少ない更紗にとって、九条の誘いは悪魔の囁きのようだった。色仕掛けで彼を籠絡して情報を手に入れることは難しくとも、彼の方から情報を渡すから更紗の身体を差し出せと言ってきたのだから。とはいえ、彼は『夜を共にしよう』と口にしただけで、身体云々は更紗が勝手に解釈しているだけ。彼の涼しげな表情からは下心がまったく見えない。

 ――望めばなんでも手に入る彼があえて自分を抱こうとするだろうか。

 九条がもし怪盗キャリコの正体を知っているとすれば、これは脅しのようにも思える。けれど彼は警察の前でもそのようなそぶりは何も見せなかった。むしろ藤堂を見て怯える更紗をさりげなく隠してくれているような気がした。だとしたら彼が言う”知っていること”とは何なのだろう……?

「来なくても仕方ないかな、とは思った」

 ぽつり、と口にする九条の途方に暮れた表情を見て、更紗は目をまるくする。

「九条さんでもそのような顔をされるのですね」
「……どんな顔をしてる?」
「雨に濡れた仔犬みたいな顔です」
「ふふ。霧島さんの言葉選びは綺麗で、独創性があっていいな」

 ゆっくりと椅子から立ち上がった九条はゆっくりと更紗に近づき、微笑する。

「そんな濡れた仔犬を君はあたためてくれるかい?」

 そう言って、九条は更紗の身体を引き寄せて、甘く囁く。
 更紗は彼に促されるまま、腕を差し出し、彼の腰にそうっと添える。

「……わたしで、いいんですか」
「霧島さん――更紗だからだよ。俺が、こんな風になるのは」
「っ」

 唇を奪われる。顔を真っ赤にする更紗に、九条が嬉しそうに言葉を紡ぐ。

「”欲しい”と思った。画廊で更紗を見たあのときから……光を操る君は俺の”謎”を刺激する。怪盗キャリコと対峙した夜のような高揚感とは真逆のはずなのに、君から目がはなせないんだ」
「九条、さん……?」
「どうか――黎って、呼んでくれないか」

 その懇願するかのような彼の言葉に、更紗の心が軋む。これじゃあまるで、忠誠を誓う騎士のよう。
 世が世なら、旧鍵小野宮家の姫君だったかもしれない更紗と、一族に仕えていた九条家の末裔である彼。数奇な因縁を前に、更紗は息を呑む。

「もはや君が何者であっても構わない。君は俺の”謎”。その素顔を暴きたいんだ」

 いままで隠していた仮面を自ら剥ぎとるように九条が自分への執着心を露わにしたのを見て、更紗は凍りつく。

 ――わたしは彼の何を見ていたのだろう。なぜ、彼はそこまで追い詰められているのだろう。

「黎、さん」
「……逃げるなら今のうちだよ。俺は獲物を追い詰めるのが得意だから」
「いつからわたしはあなたの獲物になったのですか?」

 獲物を狩る側なのは怪盗キャリコである更紗のはず。なのに九条は更紗を自分の獲物だという。警察にも告げ口しないで、自分だけのものにしようと動く彼の姿ははたから見ると滑稽きわまりない。けれどもしかしたらこれすら彼の計算のうちにあるのかもしれない。ここまで来て更紗が逃げるとは思っていないだろうから。
 更紗の言葉に九条がほくそ笑む。彼の手は彼女の髪を撫でていた。どこか官能的な彼の手つきに、更紗の身体がぞくりと震える。

「言ったじゃないか。最初に出逢ったときから――もっと近くで君を知りたいって。困ったことに、知れば知るほど……手に入れたくなってしまったんだ」

 それは美術品蒐集家としてのさがなのか、それとも――……

「今だけでいい。だから君の秘密を、素顔を、俺に預けてくれないか」
「今だけ?」
「すべてを手に入れようとしたら、逃げてしまいそうな気がする……あくまでこれは、取引だから」

 自戒するように”取引”と口にして、九条は更紗との距離を保とうとしている。臆病な悪魔がいるなと、場違いなことを思ってしまう。ここまでお膳立てしておきながら、彼は更紗に選択させようとしている。抱かれるか、逃げ出すか。

「ここでわたしが逃げたらどうするんです?」
「もう逃げられないから安心して」
「え」

 ふいに背中に浮遊感を感じる。いつの間にか、ブラジャーのホックが外されている。硬直し、顔を赤くする更紗に、悪びれもなく九条が告げる。

「だってこれから、更紗は俺なしではいられない身体になるんだから」

 そしてそのまま、ベッドに運ばれ――服を脱がされた。
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