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しおりを挟む「君の乳房を触らせてくれ!」
秋の終わり。放課後の裏庭……あたしを呼びだした彼は突然この言葉を発した。
あまりにも突然のお願いに、暫くあたしは硬直してしまった……
「駄目ならほっぺたでいい! 頼む!」
数秒、固まっていたあたしは、静かに彼の手を自分の顔に近づける。
ピルルル……空しく切ない冷たい風が、あたしたちの前を横切って。
枯葉が舞う中、あたしは彼にほっぺを触らせた。
* * *
「待子ぉ!」
バタバタバタ。
あたし目掛けて掛けこんで来た正午しょうご君は、あんころ餅を持っていた。
「こないだの、あんころ餅より柔らかくしたんだけど……」
あたしはひょいと摘んで口にほおる。
どきどきしながら正午君はあたしの顔色を伺う。
「な、どうかな? 店に出せると思うか?」
「うーん……こないだのよりマシだけど、甘くない?」
「なんだよ、和菓子ってのはそういうもんだぞ!」
ここに緑茶がないのが凄く残念だ。
だがしょうがない。学内で急須と茶葉が常備されているのは職員室くらいなのだから。
彼はあたしの頬をつまんで餅と比べる。
「……あぁ、待子のほっぺ、やっぱり柔らかいなぁ」
周囲の生徒たちも既に気にしてはいない。
なぜなら彼、小倉おぐら正午君は、先代から続く和菓子屋の跡継ぎで、女の子より和菓子に愛を込めている変わり者だから。
そしてあたし、宇佐美うさみ待子は、そんな正午君に選ばれた……
未来の若女将なのだ。
* * *
白鷺調理製菓専門学校。
この町にあるただ一つの専門学校である。
調理師を目指す人、親の後継ぎの為通う人、駅前商店街の裏にあるこの学校は、生徒の七割が地元の人間である。
あたしも正午君も例外ではない。
彼は和菓子処『照月堂』の一人息子、あたしは『ラビット』というケーキ屋の長女だ(苗字が宇佐美なだけに兎なのだ)。
ただ、あたしには二人の兄がいて、既に長男が家を継いでいる。あたしの名前が待子というのはこれ以上男の子がイヤで、ただ単に『待っていた女の子だった』からなのだ。
母はあたしを溺愛してくれたけど、あたしが中学あがる前に病死してしまった。
父は当時ケーキ屋を閉めようとも考えていたみたいだけど、兄の手伝いもあって、なんとか店を続けたんだ。その時に長男の将兄ちゃんが父と母の二人三脚を継いだんだ。
次男の亮兄ちゃんは東京の大学に進学して、今彼の部屋を三男の覚が使っている。亮兄ちゃんは兄妹の中で一番頭がよかったから父ちゃんが進学させたんだ。
そんな中、あたしは料理を作るのが好きだし近所にあるからという理由で今、この学校にいるんだけど、一つだけ誤算が生じてしまった。
そう、正午君からの突然のプロポーズである。
* * *
あれから半年が過ぎて、八重桜が満開の裏庭。
食用にも使われる濃紅色の関山と呼ばれる品種の桜はげんざい七分咲き。
正午君とあたしはせっせと綺麗な八重桜を軸ごと摘みつづける。
去年の今頃はそんなこと気にも留めなかっただろう。
月日が経つのはかなり残酷だ。
こうして桜を塩づけにするために講義が終わってから残ってビニール袋で集める風景はさも滑稽なことだろう。
正午君はあたしよりすばやく桜を袋一杯に集めてにっこり笑う。
あたしもそんな彼を見て苦笑する。
「もうすぐ子供の日だから柏の葉も集めないとな」
「そのまえに大島桜の葉っぱを追加で調達した方がいいんじゃない?」
「そうだね。桜餅の季節は終わるけど他のお菓子でまだ使うからな……」
桜を摘んで塩づけにする恋人たち……誰が想像するだろう?
まさか自分がこんな生活に慣れるとは……月日が経つのは残酷だ。
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