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しおりを挟む最初、乳房を触らせてくれと言われた時は何がなんだかわけがわからなかった。
むしろ、困惑した。同い年の彼がいかがわしい意味で要求しているようには見えなかったし、クラスの違う正午君の噂はマジメな和菓子職人だったからだ。
ふつう、ロッカーに手紙が入っていて、「裏庭で待ってます」なんて書いてあったら、告白を想像するじゃない?
でも、彼はその時ほっぺを触ってから、顔を真っ赤にして走り去ってしまったのだ。
純情な健康男児。そんな時代遅れの言葉が彼にぴったりな気がする。
あたしもどうしてあたしのほっぺが必要とされたのかわからなかった。
だけどその次の日、彼はあたしにあんころ餅を作って持ってきてくれたんだ。
「君のほっぺたを想像して作ったんだ。是非食べてよ」
自分のほっぺたを想像して菓子を作った人間をはじめてみた。
あたしのほっぺたは自分でいうのもなんだが、柔らかくて美味しそうに見えるらしい。
どうやら正午君ははじめ、苺大福を作りたかったらしい。あたしの乳房の感触を大福に表現したいとつきあいだしてから彼はあのときの理由を教えてくれたのだ。
でも、あたしはまだ彼に乳房を触らせてあげてない。
おおきさはあるけれど、彼が思うような柔らかさと違って、硬いから。
だからまだ、彼にほっぺを触らせているんだ……
* * *
和菓子処『照月堂』は駅から歩いて十分弱、学校からだと二十分ちょっとの場所にある。いまはシャッターを下ろしているけれど、彼が卒業したらお店を再開させるからと、掃除はしているし、ショーケースも内装もそのままになっている。
あたしは裏口から彼の家にあがり、正午君の父親の位牌に手を合わせる。
彼はお母さんを知らない。生まれた頃から祖母が母親代わりだったのだという。
けれど父親が亡くなってからも頑張って店を守ってくれたおばあさんは膝を悪くしてしまい、正午くんが高校卒業すると同時に老人ホームに入ってしまった。そのため今は休業中なのだ。
「……来年の今頃にはお店を再開させるから。見守っていてください、おとうさん」
三年前に突然の脳梗塞でぽっくり逝ってしまった、と彼が嘲笑っていた父親。
正午君は父親の背中を見て自分もあんな風に仕事をしたいと思ったそうだ。
だけど父親みたいに一人で頑張る気力は自分にはないから、そうあたしにプロポーズしたのだ。
――結婚を前提とした付き合いをしたい、と。
あたしの父親にも承諾させて。
* * *
あたしはあんころ餅のおかえしに自分の店のケーキを食べさせてあげようとあの日の夕方、彼を家に連れていったんだ。
そのときに、「待子さんを僕に下さい!」と、店で叫ばれるとは思ってもいなかった。
ケーキ職人(父曰く、パティシエ)である父は、
「おうよ」
そう一言、苺のへたを取る作業の傍ら、アッサリ応えてしまった。
驚いたあたしは正午君の表情をのぞく。彼は店に客がいるというのにあたしをギュっと抱き締めて突然キスした。
将兄ちゃんは唖然としていたみたいだが、父は無言で仕事を続けていた。
なんだかわけがわからないうちに、あたしは正午君と結婚を前提としたお付き合いをする羽目になってしまったのだ。
そのときのあたしはまだ、初恋の男の子のことを忘れることができなかったのに……
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