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しおりを挟む“彼”はあたしが初めて作ったケーキを食べてくれた人だ。
たしか、母の友達の息子さんで、名前はなんて言ったっけ……
忘れてしまった。すごくありきたりの名前だったから。
苺のショートケーキ。
泡立てたクリームが柔らかすぎて溶けてしまったのに、“彼”は嬉しそうに頬張って食べてくれたんだ……
* * *
「待子」
位牌で手を合わせて当時の事を思い出していたあたしは、正午君の一言で我に却る。
……この人は生涯あたしを大切にしてくれる人だ。
あたしは持参したエプロンを着用し、おおきな笊を片手に、白い割烹着を着て立っている正午君の傍に行く。
「何?」
「もう半年なんだね」
「……そうだね」
集めてきた桜の花びらを洗いながらあたしは頷く。初恋の人の思い出をいつまでも引きずる自分が情けなくなる。
こんなにも正午君はあたしに優しくしてくれているのに。
「知らなかったよ、美代さんが亡くなっていたなんて……」
え?
「なんで僕が待子を選んだか、わかる?」
あたしはじっと彼の榛色の瞳を見つめる。
その名前、あたしのお母さんの名前。
なんで正午君が、死んだあたしの母親の名前を知ってるの?
* * *
錯乱する過去現代未来の記憶。
真っ白な真っ白な真っ白な……それは白い卵白で作るメレンゲの色。
かき混ぜて銀色のボールの中。
砂糖と卵の黄身をぐしゃって潰して……
混ぜ合わせて作るホイップクリーム。
甘い香りがオーブンの中から漂ってきて……
それは“彼”のために作ってあげた、あたしの初めてのショートケーキ。
『ママ、出来たよ!』
ヘラでクリームを均等に塗って、スポンジを真っ白にする。
ママがあたしの手の届かないところに置いていた金具を絞り袋に取り付けて、ぐにゃぐにゃっとソフトクリームの集団を乗せる。
『待子ちゃん偉いな~』
そう言っていたのは“彼”のお父さん。
“彼”は涎を我慢しているのがミエミエ。
今にもお腹がぐぅと一鳴きしそうな勢い。
『お前もそのうち作れるようにならないとな』
『えー僕食べるほうがいいぃ』
幼稚園の頃?
いつの記憶?
流れる銀幕の向こうは……
ママ、まつこお兄ぃみたいなケーキできた?
ねぇ、ママ、ママ?
* * *
「待子。おい!」
……そうだ、思い出した。
あれは、母親に向けた最初で最後の憎悪。
初恋の“彼”の父親と、あたしの母親は、不倫関係に陥っていたんだ。
幼心にショックだったあたしは、泣きながらケーキを彼に分けてあげた。
本当なら四人で仲良くティータイムする筈だったのに。
『まつこちゃん、僕と二人で食べちゃおうよ』
『でも、ママ……』
ずっと気になっていた寝室。
今までずっと忘れていた記憶。
あの男は母親を呼び捨てにしてた。
……母は死の淵に追いやられた時も、あの男の名前を呼んでいた。父親の名前、ではなくて。
「ごめんなさい――さん」
意識を失う前に、傍にいたあたしにその言葉ばかり言って謝罪していた。
残酷過ぎる真実。
一体何に対して? 何が罪なの?
もしかしたら……彼は?
――あの男と、母親の、子供だったんじゃ……
「待子、大丈夫か? 顔、真っ青だぞ」
その彼が。
貴方?
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