Strawberry Love

ささゆき細雪

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 今になって母親を呪うなんて思いもしなかった。
 もし出逢っていなければ、あたしは苦しまなかったのに……
 でも、彼がいるから、あたしは生きていけるんだ。



   * * *


「まつこ?」
「正午君……」

 三日間昏睡状態だった彼は、まるで夢から醒めたようにアッサリ目を覚ました。
 第一声があたしの名前。
 包帯で頭部がぐるぐる巻の彼は、傷だらけの手であたしの頭を撫でてくれた。
 温かい彼の手。
 青白かった肌も、ゆっくりともとに戻っていく。
 あたしはそっと彼の口唇に自分のそれを合わせる。
 舌を絡めれば、ほんのりしょっぱい桜の花の塩づけの名残。

「待子、退院ってすぐできるのか?」

 突然、彼はそう言ってあたしの乳房をまさぐった。

「なんで、そんな……」
 彼の長い指があたしの素肌を撫でていく。
「なんでって、そりゃあ」

「待子と結婚する為さ」

 揉まれていく乳房はごりごりと潰されていく苺のよう。
 あたしは顔を真っ赤にして、沈黙する。
 
「馬鹿……」
「それで、大きな柔らかい苺大福を作るんだ。待子の乳房のように柔らかい大福を……」
「って、ちょっと正午くッ!」

 彼は一人部屋をいいことにあたしをベッドに誘う。
 真っ赤な顔したあたしを見て、可愛いよと言いながら……


   * * *


「誰よりもお前を幸せにしてみせる」

 真っ白な砂糖菓子のようなウェディングドレス。
 こんな歳で着るとは思ってもいなかった。
 専門学校を卒業してすぐ。
 二人で堂々と役所に婚姻届を出した。
 今日から小倉待子。
 和菓子処『待月堂』の若女将だ。

 親戚には母親がいない彼のことを悪く言うひともいたけれど。
 気にする必要なんかない。
 あたしと貴方なら、なんだってやっていける。
 ずっと一緒にいようね。
 
 だけど。
 結婚式で巨大苺大福をケーキカットで使うのは……


   * * *


「それじゃあお母さんは大きな苺大福で結婚式したの? ダサくない?」
「うん。でもお父さんがね、どうしても、って言うから……」
「禁断の恋? そうは思えないけど?」

 結婚式に車椅子で列席していた正午くんのおばあさんに訊いてみたら、正午くんの母親とあたしの母親は別人だったことがわかった。ただ、あたしの顔を見て、似ているかもしれないねぇと切なそうに微笑んだ。
 けれど正午くんの父親とあたしの母親は不倫関係に陥っていたのは変わらない。おばあさんは忘れてしまったと嘯いていたから、あたしと正午くんも黙っている。

「……当時は失楽園ブームだったのよ、あんた知らないだろうけど」
「だって生れてないもん」

 そう言って苺子まいこは旦那の作った大福を頬張る。
 もう、あれから二十年。
 娘が十八になり、息子が来年高校生だ。
 時間が経つのは早い。
 和菓子処『照月堂』の主人、正午は水菓子作りをしている。
 明日はちょうど二十回目の結婚記念日。
 
「いま思えば若かったわ。二十歳で結婚なんて」
「うん。三十超えてからでもなんとかなるよ」
「……どうなっても知らないわよ」
「でもお母さんはどうにかなってるじゃん。気楽に行こうよ」
「それもそうね」

 ガラガラ。
 木戸の揺れる音が聞こえる。もう店じまいの時間だ。
 
「苺子、ちょっと手伝え」
「えー」

 渋々頷いて娘は仏間から立ちあがる。
 仏壇には相変わらず旦那の父親の位牌。
 娘もきっと、父と母の馴れ初めなぞ、忘れてしまうだろう。
 いろいろあったね。
 正午の背中を見て、あたしは、静かに微笑んだ。
 でも、しあわせだね。
 平凡な生活が、こんなに愛しいなんて、思ってもいなかった。

 甘くてもいいんだ。
 甘い、平凡な生活を、これからも続けられるよう、
 今では恥ずかしくなってめったなことじゃ言えない言葉を。
 貴方に……
 
 

「愛してる、いつまでも」


       “Rice cake stuffed with bean jan”――fin.
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