5 / 5
+ 5 +
しおりを挟む今になって母親を呪うなんて思いもしなかった。
もし出逢っていなければ、あたしは苦しまなかったのに……
でも、彼がいるから、あたしは生きていけるんだ。
* * *
「まつこ?」
「正午君……」
三日間昏睡状態だった彼は、まるで夢から醒めたようにアッサリ目を覚ました。
第一声があたしの名前。
包帯で頭部がぐるぐる巻の彼は、傷だらけの手であたしの頭を撫でてくれた。
温かい彼の手。
青白かった肌も、ゆっくりともとに戻っていく。
あたしはそっと彼の口唇に自分のそれを合わせる。
舌を絡めれば、ほんのりしょっぱい桜の花の塩づけの名残。
「待子、退院ってすぐできるのか?」
突然、彼はそう言ってあたしの乳房をまさぐった。
「なんで、そんな……」
彼の長い指があたしの素肌を撫でていく。
「なんでって、そりゃあ」
「待子と結婚する為さ」
揉まれていく乳房はごりごりと潰されていく苺のよう。
あたしは顔を真っ赤にして、沈黙する。
「馬鹿……」
「それで、大きな柔らかい苺大福を作るんだ。待子の乳房のように柔らかい大福を……」
「って、ちょっと正午くッ!」
彼は一人部屋をいいことにあたしをベッドに誘う。
真っ赤な顔したあたしを見て、可愛いよと言いながら……
* * *
「誰よりもお前を幸せにしてみせる」
真っ白な砂糖菓子のようなウェディングドレス。
こんな歳で着るとは思ってもいなかった。
専門学校を卒業してすぐ。
二人で堂々と役所に婚姻届を出した。
今日から小倉待子。
和菓子処『待月堂』の若女将だ。
親戚には母親がいない彼のことを悪く言うひともいたけれど。
気にする必要なんかない。
あたしと貴方なら、なんだってやっていける。
ずっと一緒にいようね。
だけど。
結婚式で巨大苺大福をケーキカットで使うのは……
* * *
「それじゃあお母さんは大きな苺大福で結婚式したの? ダサくない?」
「うん。でもお父さんがね、どうしても、って言うから……」
「禁断の恋? そうは思えないけど?」
結婚式に車椅子で列席していた正午くんのおばあさんに訊いてみたら、正午くんの母親とあたしの母親は別人だったことがわかった。ただ、あたしの顔を見て、似ているかもしれないねぇと切なそうに微笑んだ。
けれど正午くんの父親とあたしの母親は不倫関係に陥っていたのは変わらない。おばあさんは忘れてしまったと嘯いていたから、あたしと正午くんも黙っている。
「……当時は失楽園ブームだったのよ、あんた知らないだろうけど」
「だって生れてないもん」
そう言って苺子は旦那の作った大福を頬張る。
もう、あれから二十年。
娘が十八になり、息子が来年高校生だ。
時間が経つのは早い。
和菓子処『照月堂』の主人、正午は水菓子作りをしている。
明日はちょうど二十回目の結婚記念日。
「いま思えば若かったわ。二十歳で結婚なんて」
「うん。三十超えてからでもなんとかなるよ」
「……どうなっても知らないわよ」
「でもお母さんはどうにかなってるじゃん。気楽に行こうよ」
「それもそうね」
ガラガラ。
木戸の揺れる音が聞こえる。もう店じまいの時間だ。
「苺子、ちょっと手伝え」
「えー」
渋々頷いて娘は仏間から立ちあがる。
仏壇には相変わらず旦那の父親の位牌。
娘もきっと、父と母の馴れ初めなぞ、忘れてしまうだろう。
いろいろあったね。
正午の背中を見て、あたしは、静かに微笑んだ。
でも、しあわせだね。
平凡な生活が、こんなに愛しいなんて、思ってもいなかった。
甘くてもいいんだ。
甘い、平凡な生活を、これからも続けられるよう、
今では恥ずかしくなってめったなことじゃ言えない言葉を。
貴方に……
「愛してる、いつまでも」
“Rice cake stuffed with bean jan”――fin.
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
隣人はクールな同期でした。
氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。
30歳を前にして
未婚で恋人もいないけれど。
マンションの隣に住む同期の男と
酒を酌み交わす日々。
心許すアイツとは
”同期以上、恋人未満―――”
1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され
恋敵の幼馴染には刃を向けられる。
広報部所属
●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳)
編集部所属 副編集長
●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳)
本当に好きな人は…誰?
己の気持ちに向き合う最後の恋。
“ただの恋愛物語”ってだけじゃない
命と、人との
向き合うという事。
現実に、なさそうな
だけどちょっとあり得るかもしれない
複雑に絡み合う人間模様を描いた
等身大のラブストーリー。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
幼馴染みのアイツとようやく○○○をした、僕と私の夏の話
こうしき
恋愛
クールなツンツン女子のあかねと真面目な眼鏡男子の亮汰は幼馴染み。
両思いにも関わらず、お互い片想いだと思い込んでいた二人が初めて互いの気持ちを知った、ある夏の日。
戸惑いながらも初めてその身を重ねた二人は夢中で何度も愛し合う。何度も、何度も、何度も──
※ムーンライトにも掲載しています
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる