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番外編
遠距離中のひととき
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《純也二十五歳・結婚三年目遠距離中のひととき》
「帰っていたのか、純也」
俺が久しぶりに実家の門を潜ると、縁側に座り庭を眺めていた父が腕を組んだまま声をかけてきた。
「はい。ただいま戻りました」
形ばかりの挨拶をして、母に挨拶をするためキッチンへと向かおうとするが、珍しく暇だったのか、それともべつの思惑でもあるのか、父は俺を引き留めてくる。
「ふゆちゃんにはもう会ったのか?」
「いえ、これからです」
「そうか。彼女もあと一年で卒業だ。その後はどうするつもりだ?」
このまま遠距離でいるつもりなどない。わかっていて聞いているのだから、父はいい性格をしている。
そもそもこんなに長い別居生活になるとは想像していなかった。ふゆと離れてから三年が経っても俺に警察庁への辞令は下りない。いくらなんでもおかしいだろう。現場での実務を学ぶ必要があるのは理解できるが、これほどに東京から外される理由はないし、どうしても現場に出ていたいと働きかけたわけでもないのに。
おそらく元警察官僚の父から、なんらかの圧力があったのだろうと俺は思っている。
ふゆとの結婚を承諾させるために「ふゆを孕ませる」などと言った意趣返しにしても、根に持ちすぎではないだろうか。
「実家から遠くなるのは可哀想ですが、こちらへの辞令が出なければ連れて行きます。その前に東京に戻していただけますか?」
「なんのことだ?」
どこまでもしらばっくれるつもりらしい。心の中だけで舌打ちをして、俺は以前から考えていたことを口に出す。
「べつに。俺は今の立場に固執しているわけではないので、官僚の道以外にも選択肢はありますし……」
暗に退庁も考えているとほのめかすと、まさか俺がそこまで考えているとは思っていなかったようで、父がほんの少し目を見開いた。それでも慌てた顔一つを見せないところはさすがとしか言いようがない。
「本気か? 彼女と一緒に暮らしたいだけだろう?」
「一緒に暮らせるなら、立場なんてどうでもいいですよ。まったく惜しくはありませんね」
「今すぐは無理だ」
「では二年以内にどうにかしてください。それ以上は待ちません」
俺が言うと、父はもういいとでも言うように手で追い払うような仕草をした。俺は黙礼をしてその場を後にする。どうにか休みを取ってきたが、明日の午前中にはもうこちらを出なければならない。ふゆは今日夜勤らしく、あと三時間もすれば家を出てしまう。俺はキッチンにいる母に形ばかりの挨拶を済ませると、隣の赤石家へと急いだ。
「純也さん! おかえりなさい!」
玄関で俺を迎えるふゆは、泣くのを堪えていますと言わんばかりに目を潤ませる。
ここへ来るのも一ヶ月ぶりで、今日もまた数時間しか顔を合わせられない。毎日メッセージのやりとりをしているとはいえ、ふゆが寂しがるのも当然だ。
(昔は……毎日のように会っていたのにな)
時々、そんな感傷に浸ってしまうくらい、俺もふゆが不足している。この場で抱きしめたい思いに駆られるが、彼女の実家だと思うとそれもできない。
「ただいま。お義父さんとお義母さんは?」
「今日帰ってこられないかもって言ってた……っ、わぁっ、な、なに⁉」
リビングから何の音もしないとは思っていたが、ふゆ以外に誰もいないと聞くと、もう耐えられなかった。俺は玄関先でふゆの身体を引き寄せて、強く抱きしめる。
「会いたかった」
「うん……私も」
ふゆの両腕が遠慮がちに俺の背中に回される。一ヶ月ぶりだと思うと離しがたくて、自分がどれだけふゆを欲していたのかを痛感する。だがふゆは、ハッと我に返ったように身体を離すと、赤らんだ目元を指で拭い、恥ずかしそうにはにかんだ。
「あっ! ご、ごめんね! 玄関で。ご飯作ったの。一緒に食べよう?」
それよりふゆを食べさせて──などと言えるはずもなく、俺は嘆息しつつ頷いた。俺の手を引いてリビングへと歩くふゆは、今すぐにベッドに引き込みたい俺の気持ちなど知る由もないのだろう。
付きあいは二十年近くになる。互いに遠慮があるわけではないが、離れているからか以前よりも距離を感じる。
今日はなにをして過ごしていたのか。今日の朝はなにを食べたのか。昼はどうしていたのか。仕事で困ったことはないか。ふゆから来るメッセージでわかってはいても、直接聞いたわけじゃない。
ふゆがダイニングテーブルに食事の準備をしながら、テレビをつけた。夕方のニュース番組が映るが、ふゆは特に番組に興味があるわけではなさそうだ。俺といる空間に緊張しての行動だとすると、少しばかり悔しい。
「なぁ、ふゆ」
俺はキッチンに戻ろうとするふゆの手首を掴み、呼びかける。ふゆはあからさまに狼狽えていて、俺の方を見ない。
嫌な考えばかりが頭を過る。
もしかしたら俺に言えないことがある?
離れている間に好きな男でもできた?
もう俺を待てなくなった?
自嘲的な笑みが漏れた。
こんなの結婚しているとは言えないじゃないか。一緒に暮らしてもいない。電話だって頻繁にはできない。一ヶ月に一度、数時間顔を合わせるだけなんて。
ふゆが嫌になっても当然かもしれない。
「え、な、なに?」
「こっち向いて」
ダイニングの椅子に腰かけたまま、ふゆの両腕を掴んで引き寄せる。俺の真向かいに来たふゆは、逃げられないと悟ったのかおずおずと俺の顔を見つめてきた。
「純也さん? どうしたの?」
ふゆは、俺を心配そうに見つめてきた。その瞳には俺を案じる色しかなくて、影を指していた胸の内に安堵が広がる。
「様子が変だから、なにかあったのかと思って」
ふゆは言い当てられたことに驚いたのか「どうしてわかったの?」と言いたげに俺を見る。感情がそのまま顔に出るから、嬉しいのか悲しいのかを判断するには困らないけれど、全部がわかるわけじゃない。むしろ、わからないことだらけだ。離れているから、少しのことで不安にもなる。
「なにかっていうか……恥ずかしくなっちゃって」
「恥ずかしいってなにが?」
ふゆは頬を赤く染めて、繋いだ指先を見つめる。深呼吸をしているのか、スーハーという音が聞こえてきて、そこまで緊張する話なのかと思わず身構えた。
「私たち、一応……夫婦なんだよね……」
「一応、じゃなくて夫婦だろ」
ふゆがなにを言いたいのかわからずに、俺は首を傾げる。恥ずかしがっているということは、俺にとってそう悪い話ではないと思うのだが。
「一ヶ月ぶりに会ったら……純也さんのこと、好きだなぁって思っちゃって」
自分で言っていてますます恥ずかしくなったのか、ふゆは唇を噛みしめて、俺の手の中にある指先を震わせた。
「ふゆ」
俺は手のひらに力を入れて、痛くない程度にふゆの指を握る。
「な、に……?」
「俺を見て、もう一回言って」
「もっ、もう言えないよ!」
逃げようとするふゆの腰を引き寄せて、膝の上に座らせる。近くなった距離にふゆの鼓動が速くなったのがわかった。
可愛くて、何度好きだと言っても足りなくて。いつだってふゆからの愛情を欲している。ほかの誰かになんて絶対に渡せない。誰にも見せたくない。触らせたくない。ふゆがこうして見つめるのは俺だけであってほしい。
それをいくら言葉にしたところで、ふゆは「純也さんは過保護で心配性」だと言うけれど。
「ふゆ。言って。好きって」
「聞こえてたでしょ!」
「聞こえたけど、もう一回聞きたいんだよ。嬉しかったから」
「嬉しかった……? 本当?」
「あぁ」
俺がぐっと顔を近づけると、ふゆはおろおろと瞳をさまよわせる。恥ずかしさが勝るのか、口元をもごもごさせていて小動物みたいだ。
「好きだよ。ふゆ、大好きだ」
小さな唇を食んでそう言うと、ふゆの手が離れていき、俺に抱きつくようにキスをしてくる。
「先に言っちゃうの、ずるい」
「ふゆがなかなか言わないからだろ」
ちゅっちゅっと音を立てて唇を遊ばせながら、一ヶ月ぶりのキスをした。
唇を触れあわせているだけで、ふゆの瞳は潤み、熱を帯びる。彼女の目は、言葉に出すよりもよほど俺を好きだと伝えてくれた。
ふゆの腰を強く引き寄せて、柔らかい唇を甘く食んだ。
「はぁ……っ」
艶めかしい吐息が唇と唇の隙間から漏れると、どちらからともなく隙間を塞ぐようにして口づける。このままずっと抱いていられればいいのに。ふゆを腕の中に抱くたびにそう思う。
ふゆの望む王子様でいたくて父と同じ道に進んだ。かっこいいと思われたくて、大人であとうとした。
本当は、こうなりたいと目指す自分の姿などなく、ふゆの理想が俺を作り上げているようなものだ。空っぽで、ふゆがいなければ中身なんかなにもない。ふゆを抱きしめて満たされなければ、呼吸すらできなくなる。そんな俺の本心をふゆは知らない。
(今日は、あと何時間一緒にいられる?)
二年以内にどうにかしてほしいと言ったけれど、すでにふゆをこのまま連れ去りたい欲求に駆られていた。
「ふゆ、もっと」
「ん……」
唇が深く重なる。互いの息遣いに興奮して、濡れた音を立てながら舌を絡め合わせた。
「待って……ここじゃ」
「じゃあ、好きだって言って」
このまま抱いて、朝まで腕の中に閉じ込めていたい。そうできればどんなにいいか。そんな欲求ばかりが長年積もって、理性が崩壊しそうになる。
「私も……好き。寂しかった」
ふゆは俺の首筋に顔を埋める。
首筋に唇が触れて、下肢が昂り、熱くなる。
耐えきれずふゆの腰に回した手に力を入れて、臀部を撫でようとする……が。
「ただいま~純也くん来てるのよね」
玄関からお義母さんの声が聞こえた。
「……っ!」
顔を真っ赤にしたふゆが勢いよく身体を離す。
「お、おかえり! 遅かったね」
俺の膝から下りて、玄関へ向かおうとするのを、手を掴んで引き留めた。
「一緒に暮らしたら手加減しないからな。覚えてろよ、ふゆ」
振り返ったふゆは、まだ色香の残る目で俺を仰ぎ見ながら、囁くように言った。
「うん。早く、一緒に暮らしたい、ね」
頬を染めて言うが、本当に意味をわかっているのだろうか。
一緒に暮らしたら、朝も夜も抱いて、離してあげられない。
会えない時間が愛を深めるなんて思えない。
一緒にいたら、もっと深く愛してあげられる。
早く、早くと、俺はその日を待ち侘びる。
了
「帰っていたのか、純也」
俺が久しぶりに実家の門を潜ると、縁側に座り庭を眺めていた父が腕を組んだまま声をかけてきた。
「はい。ただいま戻りました」
形ばかりの挨拶をして、母に挨拶をするためキッチンへと向かおうとするが、珍しく暇だったのか、それともべつの思惑でもあるのか、父は俺を引き留めてくる。
「ふゆちゃんにはもう会ったのか?」
「いえ、これからです」
「そうか。彼女もあと一年で卒業だ。その後はどうするつもりだ?」
このまま遠距離でいるつもりなどない。わかっていて聞いているのだから、父はいい性格をしている。
そもそもこんなに長い別居生活になるとは想像していなかった。ふゆと離れてから三年が経っても俺に警察庁への辞令は下りない。いくらなんでもおかしいだろう。現場での実務を学ぶ必要があるのは理解できるが、これほどに東京から外される理由はないし、どうしても現場に出ていたいと働きかけたわけでもないのに。
おそらく元警察官僚の父から、なんらかの圧力があったのだろうと俺は思っている。
ふゆとの結婚を承諾させるために「ふゆを孕ませる」などと言った意趣返しにしても、根に持ちすぎではないだろうか。
「実家から遠くなるのは可哀想ですが、こちらへの辞令が出なければ連れて行きます。その前に東京に戻していただけますか?」
「なんのことだ?」
どこまでもしらばっくれるつもりらしい。心の中だけで舌打ちをして、俺は以前から考えていたことを口に出す。
「べつに。俺は今の立場に固執しているわけではないので、官僚の道以外にも選択肢はありますし……」
暗に退庁も考えているとほのめかすと、まさか俺がそこまで考えているとは思っていなかったようで、父がほんの少し目を見開いた。それでも慌てた顔一つを見せないところはさすがとしか言いようがない。
「本気か? 彼女と一緒に暮らしたいだけだろう?」
「一緒に暮らせるなら、立場なんてどうでもいいですよ。まったく惜しくはありませんね」
「今すぐは無理だ」
「では二年以内にどうにかしてください。それ以上は待ちません」
俺が言うと、父はもういいとでも言うように手で追い払うような仕草をした。俺は黙礼をしてその場を後にする。どうにか休みを取ってきたが、明日の午前中にはもうこちらを出なければならない。ふゆは今日夜勤らしく、あと三時間もすれば家を出てしまう。俺はキッチンにいる母に形ばかりの挨拶を済ませると、隣の赤石家へと急いだ。
「純也さん! おかえりなさい!」
玄関で俺を迎えるふゆは、泣くのを堪えていますと言わんばかりに目を潤ませる。
ここへ来るのも一ヶ月ぶりで、今日もまた数時間しか顔を合わせられない。毎日メッセージのやりとりをしているとはいえ、ふゆが寂しがるのも当然だ。
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「ただいま。お義父さんとお義母さんは?」
「今日帰ってこられないかもって言ってた……っ、わぁっ、な、なに⁉」
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「会いたかった」
「うん……私も」
ふゆの両腕が遠慮がちに俺の背中に回される。一ヶ月ぶりだと思うと離しがたくて、自分がどれだけふゆを欲していたのかを痛感する。だがふゆは、ハッと我に返ったように身体を離すと、赤らんだ目元を指で拭い、恥ずかしそうにはにかんだ。
「あっ! ご、ごめんね! 玄関で。ご飯作ったの。一緒に食べよう?」
それよりふゆを食べさせて──などと言えるはずもなく、俺は嘆息しつつ頷いた。俺の手を引いてリビングへと歩くふゆは、今すぐにベッドに引き込みたい俺の気持ちなど知る由もないのだろう。
付きあいは二十年近くになる。互いに遠慮があるわけではないが、離れているからか以前よりも距離を感じる。
今日はなにをして過ごしていたのか。今日の朝はなにを食べたのか。昼はどうしていたのか。仕事で困ったことはないか。ふゆから来るメッセージでわかってはいても、直接聞いたわけじゃない。
ふゆがダイニングテーブルに食事の準備をしながら、テレビをつけた。夕方のニュース番組が映るが、ふゆは特に番組に興味があるわけではなさそうだ。俺といる空間に緊張しての行動だとすると、少しばかり悔しい。
「なぁ、ふゆ」
俺はキッチンに戻ろうとするふゆの手首を掴み、呼びかける。ふゆはあからさまに狼狽えていて、俺の方を見ない。
嫌な考えばかりが頭を過る。
もしかしたら俺に言えないことがある?
離れている間に好きな男でもできた?
もう俺を待てなくなった?
自嘲的な笑みが漏れた。
こんなの結婚しているとは言えないじゃないか。一緒に暮らしてもいない。電話だって頻繁にはできない。一ヶ月に一度、数時間顔を合わせるだけなんて。
ふゆが嫌になっても当然かもしれない。
「え、な、なに?」
「こっち向いて」
ダイニングの椅子に腰かけたまま、ふゆの両腕を掴んで引き寄せる。俺の真向かいに来たふゆは、逃げられないと悟ったのかおずおずと俺の顔を見つめてきた。
「純也さん? どうしたの?」
ふゆは、俺を心配そうに見つめてきた。その瞳には俺を案じる色しかなくて、影を指していた胸の内に安堵が広がる。
「様子が変だから、なにかあったのかと思って」
ふゆは言い当てられたことに驚いたのか「どうしてわかったの?」と言いたげに俺を見る。感情がそのまま顔に出るから、嬉しいのか悲しいのかを判断するには困らないけれど、全部がわかるわけじゃない。むしろ、わからないことだらけだ。離れているから、少しのことで不安にもなる。
「なにかっていうか……恥ずかしくなっちゃって」
「恥ずかしいってなにが?」
ふゆは頬を赤く染めて、繋いだ指先を見つめる。深呼吸をしているのか、スーハーという音が聞こえてきて、そこまで緊張する話なのかと思わず身構えた。
「私たち、一応……夫婦なんだよね……」
「一応、じゃなくて夫婦だろ」
ふゆがなにを言いたいのかわからずに、俺は首を傾げる。恥ずかしがっているということは、俺にとってそう悪い話ではないと思うのだが。
「一ヶ月ぶりに会ったら……純也さんのこと、好きだなぁって思っちゃって」
自分で言っていてますます恥ずかしくなったのか、ふゆは唇を噛みしめて、俺の手の中にある指先を震わせた。
「ふゆ」
俺は手のひらに力を入れて、痛くない程度にふゆの指を握る。
「な、に……?」
「俺を見て、もう一回言って」
「もっ、もう言えないよ!」
逃げようとするふゆの腰を引き寄せて、膝の上に座らせる。近くなった距離にふゆの鼓動が速くなったのがわかった。
可愛くて、何度好きだと言っても足りなくて。いつだってふゆからの愛情を欲している。ほかの誰かになんて絶対に渡せない。誰にも見せたくない。触らせたくない。ふゆがこうして見つめるのは俺だけであってほしい。
それをいくら言葉にしたところで、ふゆは「純也さんは過保護で心配性」だと言うけれど。
「ふゆ。言って。好きって」
「聞こえてたでしょ!」
「聞こえたけど、もう一回聞きたいんだよ。嬉しかったから」
「嬉しかった……? 本当?」
「あぁ」
俺がぐっと顔を近づけると、ふゆはおろおろと瞳をさまよわせる。恥ずかしさが勝るのか、口元をもごもごさせていて小動物みたいだ。
「好きだよ。ふゆ、大好きだ」
小さな唇を食んでそう言うと、ふゆの手が離れていき、俺に抱きつくようにキスをしてくる。
「先に言っちゃうの、ずるい」
「ふゆがなかなか言わないからだろ」
ちゅっちゅっと音を立てて唇を遊ばせながら、一ヶ月ぶりのキスをした。
唇を触れあわせているだけで、ふゆの瞳は潤み、熱を帯びる。彼女の目は、言葉に出すよりもよほど俺を好きだと伝えてくれた。
ふゆの腰を強く引き寄せて、柔らかい唇を甘く食んだ。
「はぁ……っ」
艶めかしい吐息が唇と唇の隙間から漏れると、どちらからともなく隙間を塞ぐようにして口づける。このままずっと抱いていられればいいのに。ふゆを腕の中に抱くたびにそう思う。
ふゆの望む王子様でいたくて父と同じ道に進んだ。かっこいいと思われたくて、大人であとうとした。
本当は、こうなりたいと目指す自分の姿などなく、ふゆの理想が俺を作り上げているようなものだ。空っぽで、ふゆがいなければ中身なんかなにもない。ふゆを抱きしめて満たされなければ、呼吸すらできなくなる。そんな俺の本心をふゆは知らない。
(今日は、あと何時間一緒にいられる?)
二年以内にどうにかしてほしいと言ったけれど、すでにふゆをこのまま連れ去りたい欲求に駆られていた。
「ふゆ、もっと」
「ん……」
唇が深く重なる。互いの息遣いに興奮して、濡れた音を立てながら舌を絡め合わせた。
「待って……ここじゃ」
「じゃあ、好きだって言って」
このまま抱いて、朝まで腕の中に閉じ込めていたい。そうできればどんなにいいか。そんな欲求ばかりが長年積もって、理性が崩壊しそうになる。
「私も……好き。寂しかった」
ふゆは俺の首筋に顔を埋める。
首筋に唇が触れて、下肢が昂り、熱くなる。
耐えきれずふゆの腰に回した手に力を入れて、臀部を撫でようとする……が。
「ただいま~純也くん来てるのよね」
玄関からお義母さんの声が聞こえた。
「……っ!」
顔を真っ赤にしたふゆが勢いよく身体を離す。
「お、おかえり! 遅かったね」
俺の膝から下りて、玄関へ向かおうとするのを、手を掴んで引き留めた。
「一緒に暮らしたら手加減しないからな。覚えてろよ、ふゆ」
振り返ったふゆは、まだ色香の残る目で俺を仰ぎ見ながら、囁くように言った。
「うん。早く、一緒に暮らしたい、ね」
頬を染めて言うが、本当に意味をわかっているのだろうか。
一緒に暮らしたら、朝も夜も抱いて、離してあげられない。
会えない時間が愛を深めるなんて思えない。
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早く、早くと、俺はその日を待ち侘びる。
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