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番外編
ふゆ高校二年生の夏休み(同人誌に掲載した話です)
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Side ふゆ~十六歳~
「はじめまして。いつもふゆが世話になってるって聞いてるよ」
人好きのする笑みを浮かべた純也さんが車から降りると、清貴と真紀は揃いも揃って圧倒的な雰囲気に呑まれたようにぽかんと口を開けた。
真紀はともかく、いつも冷静沈着な清貴のそんな顔を見たのは初めてで、私は思わずくすっと笑ってしまう。
おそらく、この時の私の顔には「ほら、言ったでしょう?」と書いてあったに違いない。二人には、ものすごーくモテる、外国人のモデルみたいに背が高くてかっこいい幼馴染みを連れていく、と言ったのだから。
今日は、勉強の合間の息抜きだ。
四人でプールに行く約束をしている。もともとは真紀と清貴と三人で約束をしていたのだが、純也さんが車を出してくれるというので甘えてしまった。二人とも私の幼馴染みの純也さんに会ってみたいと言っていたので、実は紹介するタイミングを窺っていたのだ。
「はじっ……はじめまして!」
校内では高嶺の花と言われる真紀でさえ、顔を真っ赤にして純也さんの顔を凝視していた。挨拶をするものの噛み噛みである。
「幼馴染みの純也さんだよ。で、真紀と清貴。生徒会で一緒なんだ」
私はつい鼻高々な気分で彼を紹介する。べつに彼女でもないのに。
もちろん二人は私が純也さんに恋心を抱いているのを知っている。が、相手にされていないことも話した。彼からしたら、私は小さい頃から「妹」でしかない。甘やかされ溺愛されていても、そこに恋愛感情は存在しない。
「今日は、お世話になります」
清貴は襟を正して頭を下げた。真紀もはっと我に返ったように「よろしくお願いします」と言った。二人はたった数十秒で純也さんのかっこよさに慣れてしまったらしく、私は少しおもしろくない。私なら何時間でも彼の顔を見ていられるのに。
私をからかってくる時の子どもっぽい顔とか、勉強している時の真面目な顔とか、ふとした時に目が合ってふわりと笑った顔とか。全部が好きで。
何年も何年も蓄積し続けた恋心を胸の中でぎゅうぎゅうと圧縮しすぎて、たまに溢れだしそうになる。
「じゃあ、二人は後ろに乗って。荷物後ろに置いていいから。ほら、ふゆはこっち」
「うん」
純也さんが助手席のドアを開けてくれる。
ちなみに車は八人乗りのワンボックスカーで、最後列に荷物を積んである。純也さんと遊びに行く時は四人乗りのセダンが多かったけれど、今日は荷物を考えて大きい車にしてくれたのだろう。
「そういえば純也さん、アクアパークランド行ったことある?」
車を発進させた純也さんは迷いなく道を進んでいく。ナビを入れてもいないし、私はてっきり来たことがあるのかと思ったのだが。
「いや、ないな」
「道わかるの?」
「ふゆ、なんのための助手席だ?」
こつんと額に触れられて、ナビをしろということかとようやく思い至る。けれど、私は地図を読むのが苦手だ。ならばナビを入れればよかったじゃないか。
私がうっと言葉を詰まらせていると、ふきだした純也さんが「嘘だよ」と笑った。
「心配しなくても、昨日調べておいたから道ならだいたいわかる」
そう言って純也さんは私の髪をくしゃくしゃにかき回してきた。
「でもさ、私じゃ道案内の役に立たないし、清貴に助手席に座ってもらえばよかったね」
「そこはふゆの指定席だろ」
純也さんは声のトーンを落として額を弾いてくる。
指定席──そんな特別扱いだって、妹だと思っているからだ。
指定席は純也さんに恋人ができたら簡単に奪われるだろう。可愛がられて、甘やかされて。それが悲しくて悔しい私は、拗ねた心地で唇を尖らせる。
なにやら背後からの視線を感じて振り返ると、清貴と真紀の二人が私たちを呆れたような顔で見つめている。
二人がいるのを忘れていたわけではないのだが、純也さんの前だと妹でいなければ、という意識が働いているからか、いつもより子どもっぽくなってしまう自覚はあった。
純也さんが私を妹扱いするから、私もあえてそうしている、という方が正しいかもしれない。
純也さんに女の子として見られたい。それなのに、子ども扱いしないでと言いながら心地のいいぬるま湯から抜けだせないのは、この関係を壊したくないと思っているからだ。
純也さんは私を可愛がってくれている。万が一にも気持ちを知られたら、きっと今までのようにはいかない。無邪気に抱きつけるはずもないし、頬へのキスだってしてもらえなくなる。もし会えなくなったら、そう思うと怖かった。
「えぇと……あの、後ろの席、暑くない?」
私は自分の複雑な胸の内を隠すように、後部座席の二人に話を振った。
「エアコンついてるし平気よ。っていうかふゆ、純也さんの前だとそんな感じなのね」
「そんな感じってなに? いつも通りだよ」
そこは突っ込まないで、という願いは空振りに終わった。
「いつも通り? 清貴、どう思う?」
「俺に聞くなよ」
真紀がそう言ってくすくすと声を立てて笑った。清貴は苦笑している。私はそれを認めるわけにはいかない。
「だって……っ、仕方ないでしょ。なんか変な感じなんだもん。純也さんと二人が一緒にいるって」
「自慢の幼馴染みのお兄ちゃんなんだっけ~?」
真紀がからかい交じりに言う。まさか私の気持ちを告げる気では、とまでは思わなかったけれど焦ったのはたしかだ。
「なっ……それっ!」
なんでそれを言うのっ! 聞こえていませんように、という私の願いはむなしく、ばっちり聞こえていたらしい。
「へぇ、ふゆ、そうなのか?」
純也さんまで突っ込んでくる。穴があったら入りたい。純也さんと出かけられると浮かれていたけれど、四人でなんて言うんじゃなかった。二人は私が純也さんを好きなことを知っているからよけいにヒヤヒヤするのだ。
「そうですっ! 自慢の幼馴染みのお兄ちゃんなの! 本人の前で言ったら恥ずかしいでしょ!」
私は左側から真紀たちを振り返り、純也さんから見えないように人差し指を口元に当てた。「もうそれ以上は勘弁して。ばれちゃう」という私の心情を正しく汲み取ってくれたようで、真紀ははいはいと言いたげに頷いた。
このままではまずい、話を変えなければ。そう思い、私は清貴へと話を振ることにする。
「あ、そうそう。ねぇ、清貴。この間家に来た時、シャーペン忘れなかった? クッションの下に落ちてたの」
生徒会の雑用を各々家に持ち帰っていて、一人でやるよりはみんなでという話になった。それで先日、清貴と真紀が家に来た。清貴が帰った後、シャーペンが絨毯に落ちているのに気づいたが、今日会った時に確認すればいいかと連絡しなかったのだ。
「青いやつ?」
「うん、そうそう」
「それ俺のだ、悪い。取りにいくまで持っておいてくれるか?」
純也さんのではなかったし、真紀の好きな色合いではなかったから清貴しかいないと思っていたが予想は当たっていたようだ。
「来週また来るよね? じゃあ、その時に返すね」
「あぁ」
それで話は終わったはずだった。だが。
「柏井くんだっけ? 君は……よくふゆの部屋に入るの?」
車内に響いたその声は、誰が聞いても底冷えするような怒りを孕んでいた。聞き慣れたはずの彼の声なのに、私でさえ戸惑ったほどだ。
(純也さん?)
いったいどうしたのかと恐る恐る視線を向けると、純也さんは表情を一切なくしてバックミラー越しに後部座席を見ている。
清貴も真紀も、突然凍てついた空気に驚いたのか、言葉を紡げないでいた。
「どうかしたの……?」
「先週、生徒会の用事で真紀と二人でお邪魔しました。その時、シャーペンを忘れてしまったみたいです。俺一人でふゆの部屋に入ったことは一度もありませんよ。これで安心しましたか?」
安心しましたか、なんて。清貴にまで純也さんの過保護っぷりがばれてしまったらしい。
「そう。ならいいけど」
純也さんの表情はもういつもの穏やかなものだった。怒っていると思ったのは気のせいだったのだろうか。
道は思っていたより混在はなく、一時間ほどでアクアパークランドに到着した。
ウォータースライダーに乗っている人たちだろうか。「きゃー」という楽しげな声が遠くにいても聞こえてくる。
更衣室で着替えを済ませる頃には私のテンションはすっかり上がっていた。
「ふゆ、水着可愛い。純也さんと一緒に買いにいったんだっけ?」
「うん! ちょっと子どもっぽいと思うんだけど、純也さんがこれがいいって言うから。あ、真紀、悪いんだけど後ろの紐結んで」
「オッケー。さすが幼馴染みね。ふゆに似合うのちゃんとわかってる」
真紀は私の背中側に回ると、首と背中の紐を結んでくれた。はい、と背中を叩かれて真紀へと向き直る。
私が買ったのは、オレンジの生地に白の小さな花が散りばめられているデザインだ。セパレートタイプで下はボクサーパンツ付きのフレアスカート。上は腹部がほんの少し見えるノースリーブであるものの、胸元はしっかり守られている。
背中は紐で結ぶようになっているが、前から回したリボンを首の後ろで結ぶと、見えるのは肩甲骨くらいで露出が少なめなのはありがたい。
私は谷間がないし、恥ずかしくないように純也さんはこれを選んでくれたのかもしれない。まぁ、純也さんが私の胸を心配するはずがないけれど。
「真紀は……なんというかさすがだね。いいなぁ、私もそういうのが似合うようになりたい」
対して真紀の水着は布面積が明らかに少ない。黒と白のストライプのザ・ビキニだ。
恥骨ぎりぎりまでしか布がなく、じろじろと見るのはぶしつけだとわかっていてもつい目がいってしまう。
同じ女性から見てもきゅっと引き締まったウェストやボリュームのある胸元は羨ましい。
「ふゆはそのままでいいのよ。あぁ、でも胸がほしいなら揉んでもらえば?」
「揉んでもらえって……っ! 誰にっ? 真紀なに言ってるのっ?」
私はあわあわと真紀の口元を手で塞ぐ。たくさん人がいるのに恥ずかしい。その手を外されて「ふゆこそなにを言っているの?」という表情を返された。
「誰にって純也さんに決まってるでしょ?」
「そんなことっ、して……くれないよ」
してほしいけれど、してくれない。語尾が小さくなったのことに真紀は気づいたのだろう。なぜ、と首を傾げた。どうして真紀がわからないのか私の方がわからない。
真紀にだって説明したはずだ。彼が私を妹としか思っていないこと。いつも子ども扱いばかりされてしまうことを。
「そうかなぁ? むしろ喜んですると思うけど」
そんなわけがない。私は首を横に振った。
純也さんが私を女の子として見ているのなら、私たちの関係はとっくに変わっていたはずだ。そうならないのは、彼が私に対してそういう意味でまったく興味を持てないから。考えていて悲しくなるが。
「ほら、ふざけてないで。純也さんたち待ってるんだから早く行こ」
男性より女性の方が着替えに時間がかかる。もう更衣室に入ってから三十分は経っていた。
なんとなく清貴と純也さんは気が合わないような感じがする。
話はするものの、清貴も純也さんもいつもとはどこか違う。同性だとそんなものだろうか。
更衣室は男性と女性に別れているのだから、あの二人で行ってもらうしかなかったのだが、早く合流した方がいいだろう。
私はロッカーの鍵を自分の腕につけると、真紀を置いてスタスタとプール入り口へと向かった。
「ふざけてないんだけどね……」
だから、私の耳にぼそりと呟かれた真紀の言葉はよく聞こえなかった。
更衣室の前で立っている二人は周囲からの視線を一手に集めていた。
もちろん純也さんもそうだが、清貴もまた逞しい体つきをしている。制服を着ていると痩せて見えるだけだったのか、腕にはしっかり筋肉がついていて腹筋も割れていた。
(じゅ、純也さんの水着……見れない……っ)
いつも抱きついたり、触れたりしているから、細く見える純也さんが実はかなりがっしりした体躯であることは知っている。
けれど、肌を晒した姿なんて何年も見ていないから、恥ずかしくて直視できない。同時に、彼もまた私の水着姿なんて見るのは何年かぶりだろう。
(私は……水遊びしてた小学生の頃と変わってないと思われるだろうけどね)
胸は多少成長しているが、本当に微々たるものだ。ちらりと隣の真紀を見て、寄せても谷間はできないであろう自分の体型に自然とため息が漏れる。
裸で純也さんの腕に抱きしめられたら、どんな感じなのだろう。そんな考えが一瞬脳裏を過って、私はぶんぶんと勢いよく首を振った。
「ふゆ? どうかした?」
「うっ、ううん! なんでもない!」
私の慌てっぷりに気がついた真紀は口元をにやりと緩ませて、耳元で囁いてくる。
「純也さんの裸に興奮しちゃった?」
ボンッと音が立ちそうなほど一気に私の頬が真っ赤に染まる。
「な……な……っ」
「もう、可愛いんだから、ふゆってば」
つんつんと頬を突かれて私はむぅっと唇を尖らせるしかない。
すると更衣室前に立っていた二人が私たちに気づき近づいてくる。純也さんがふわりと笑い、真紀が突いていた頬に触れた。
「お待たせ。ごめんね、遅くなって」
「いや。それよりやっぱり似合うな、これ。可愛い」
そう言って純也さんは私をひょいと抱き上げてきた。
「純也さんっ?」
彼の腕に座っているような体勢で、目の高さが同じになる。
純也さんの目は少しも真紀に向いてはいない。これだけ胸がぼよんと大きくて、女性らしい体型をした真紀を一瞬も見ずに、彼の視線が私に固定される。
たとえ恋愛感情ではないにしても、純也さんの目に私しか映っていないことが嬉しかった。
「ねぇ、恥ずかしいよ……下ろして」
「どうして? いつもしてるだろ?」
「さすがに外ではしないでしょ!」
「したいとは思ってる」
まさか保護者連れだと周囲にわからせるために、私を抱き上げたのだろうか。この人からしたら、私の歳は小学生で止まっているに違いない。
それでも、純也さんに触れられるのが嬉しくて、私は彼の首に腕を回してぎゅうっと抱きついた。
肌と肌が触れあって、互いの心音すら伝わりそうな気がする。どくどくと早鐘を打つ私の心臓は今にも止まってしまいそうなほどなのに、たぶん純也さんはいつもと変わらず平然としているのだ。それが悔しい。
つっと顔を上げると、抱き上げられている私を見る二人と目が合った。
純也さんがあまりにいつも通りだから忘れていたが、子ども扱いされているところを友人たちに見られるのはなんともいたたまれない。
「早くプール入りたいから、そろそろ下ろしてよ」
「ふゆ、俺から離れるなよ?」
「わかってるってば。誘拐なんかされないから!」
高校生にもなって誘拐の心配をされるのだ。ため息を無理矢理呑み込むと、ようやく私の足が地に着いた。
「で、どこから行きますか?」
清貴が純也さんに聞いた。
「ふゆはどこに行きたい?」
「えぇ~そりゃ最初は波のプールじゃない? ウォータースライダーはあとで絶対乗りたい!」
「葛西さんは?」
「私もふゆと同じ、ですね。でも、ウォータースライダー並ぶでしょ? お昼食べ損ねちゃうから、先に行くか午後に回した方がいいかも」
「そうだね。じゃあ午前中は波のプールと流れるプールに行って、早めに昼食べてから並ぼうか」
純也さんの提案に三人ともが頷いた。
「うん!」
波のプールは入り口からわりと近くにある。
早速とばかりに歩こうとすると、後ろから待てと純也さんに手を取られる。
「はぐれたら困る。スマホ持ってきてないし」
恋人繋ぎに指が絡まる。
力強く握られてはぐれないためだと言われたら、喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない。
いくらなんでも高校生にもなって迷子はない。けれど、そう言ったら手は離されてしまう。私が手を握り返すと純也さんは満足そうに笑みを浮かべた。
やはり大人気の波のプールは芋洗いのごとく混雑している。
純也さんは私の身長ほどもありそうな大きな浮き輪を持っていて、私の歩幅に合わせながら浅瀬を進んでいった。
「そういえば、ふゆ……日焼け止め塗ったか?」
「もちろん。塗らなかったら赤くなるもん」
「あとで塗り直してやる」
「一応ウォータープルーフにしてるよ?」
「そういえば、昔うちの庭で水遊びしてる時、五歳くらいか? 背中真っ赤に焼けて痛いって泣いてたよな」
ザブザブと足を進めながら純也さんが口にする。
へぇ~と浮き輪に乗り楽しそうに答えたのは真紀だ。それを引っ張っているのは清貴である。清貴と真紀でボートタイプの浮き輪をレンタルしたようだ。
「頭の中に浮かんだ五歳のふゆが、なんでか今のふゆなんだけど……まったく違和感ないのがすごい……」
「真紀ってばどんな想像したの!」
「たしかにな。五歳って言われても納得だ」
清貴もそう言って笑った。
「納得できるわけないでしょ! 十六歳だよ!」
純也さんが私の身体にすっぽりと浮き輪を被せてくる。そして私の身体を支えるように手を回しながら、自分も輪の内側へと入った。
ずいぶんと大きな浮き輪だとは思っていたが、男性と女性が二人で入ってもスペースに余裕がある。
「ふゆ、ほら腕出さないと。怖いだろ」
「ありがと」
そろそろ私の足がつかないと気がついてくれたのだろう。深いところでも一メートル四〇センチほどなのだが、私にはかなりきつい。足はぎりぎりつくものの、波が来ると頭から水を被る羽目になるのだ。
「二人の想像通り、ふゆは小さい頃からあまり変わってないよ。背だけちょっと伸びたか」
「ちょっとじゃない! けっこう伸びたよ!」
「そうだな、大きくなった」
そう言って浮き輪の内側で純也さんが私を抱きしめてきた。
私の足は完全に浮いてしまっていて、その太ももの間に彼の膝が入ってくる。おそらく怖かったら足に乗ってもいいということなのだろうが、足と足がするりと触れると、くすぐったいような気持ちいいような感覚がして、どうにも落ち着かない。
(純也さんは……私が、ほとんどなにも着てないなんて……感じないんだろうなぁ)
水着なんて、下着のようなものではないか。
露出は激しくない水着だが、それでも普段なら決して見せない太ももやお腹が見えている。
それに純也さんは当然のごとく、上にはなにも着ていない。
この状況が素肌で抱きあっているみたいだと思うのは、私だけなのだろう。こんな風に抱きしめられて、おかしな気分になってしまうのも。
わかっているのに、いちいち気にしてしまう自分がいやだ。
私は悔し紛れに、両足を純也さんの腰に絡ませて抱きついた。どうせなら妹としか思われていないのをいいことに、純也さんを存分に堪能してしまえばいいのだ。
「ふゆ、歩きにくい」
「なになに? どうしたの?」
真紀と清貴が視線を向けてくる。二人は定位置に収まったのか、真紀は相変わらず足を投げだして浮いていて、清貴はボートに掴まっていた。
「いや……ふゆがコアラみたいに掴まってくるから、動きにくいって話。どうせなら、腕もちゃんと掴まって」
純也さんはよいしょと私の身体を抱え直すと、私の腕を取り自分の首に回した。私は完全に木に掴まるコアラのごとく純也さんに抱っこされている。
「これ、浮き輪いらないよね?」
「いいだろ? 俺はふゆとこうやってくっつけて嬉しいし」
そりゃあ、溺愛する「妹」なんだから、嫌がるわけはないと思っていたけれど。
(なんかこう……私にドキドキする……とか、ならないのかな)
なるわけないけどね。
私はため息を呑み込んで、純也さんにぎゅうっと抱きついた。
首筋に顔を埋めてぐりぐりしても、まったく嫌がりもしない。仕方ないなと言わんばかりにより強く背中を引き寄せられる。
(こんな風にしてても……回りからは妹の面倒を見るお兄ちゃんに見えるのかな?)
足を解き、純也さんの右側面から腰を撫でるようにして、足を滑らせてみる。
さりさりと私の足にあたるのは彼のすね毛だろう。腕にはそんなに生えていないが、足はそれなりに生えているらしい。
純也さんのハーフパンツ姿なんて見たことがなかったから、なんだか足に触れるのは新鮮だ。私はぞりぞりと彼の体毛の感触を楽しんでいた。
「ふゆ。なにをやってる?」
「え……あ、純也さんも足に毛、生えてるんだなって。大人の男の人みたいだね」
「わかってないのはお前だけで、俺は大人の男なんだけどな」
学生のうちは子どもという感覚でいたが、純也さんは成人した男性だ。それはもちろんわかっている。ただ、純也さんの素肌を見る機会なんて小学生以来で、少しドギマギしてしまっただけだ。
「清貴と真紀は二人でいたらちゃんとカップルに見えるのにな~」
「ちょっと、私たちを勝手にくっつけないでくれる?」
「違うってわかってるけど、カップルにしか見えないよ?」
私が言うと、二人は顔を見合わせて、ないないと首を横に振った。
二人が付きあっていないことは知っている。けれど、ありだと思うのは私だけなのだろうか。
「清貴とふゆでもカップルに見えるわよ」
「見えないって。誰と並んでも兄と年の離れた妹だよ。私の顔がもうちょっと大人っぽければなぁ」
「じゃあちょっとこっち来てみてよ~」
「えぇ~」
真紀が手招きして私を呼ぶ。
私は純也さんから腕を離して、浮き輪から出ようとしたのだが、その時するっとなにかが抜けるような感覚がして胸の窮屈さがなくなった。
「あれ……?」
「ふゆ? どうかしたか?」
私が首を傾げると、純也さんが心配そうに聞いてくる。まさかと自分の胸元を見ると、背中で結んでいたリボンが外れて、水着が浮き輪の中心でぷかぷかと浮いていた。
腹部まで隠れるタイプだから、丸見えというわけではないけれど、純也さんからはもちろん見えてしまっているだろう。
「ひゃぁ……っ!」
「もしかして、背中の紐が外れたのか?」
私は顔を真っ赤にしてこくこくと頷いた。水で浮いてしまう水着を掴んで胸元を隠してはいるが、両手が塞がっているこの状況で背中のリボンを結ぶのは無理だ。
純也さんは瞬時に理解してくれたのか、真紀たちに「紐が解けたみたいだから、人がいないところで直してくる」とこそっと伝えてくれた。そして浮き輪に入ったまま私を隠すようにして、人があまりいない端へと移動する。
「なにかに引っかかっちゃったのかなぁ。純也さんこれ結べる?」
自分ではどうにもならない。頼れるのは純也さんだけだ。もちろん彼もそのつもりで一緒に来てくれたのだろう。
「あぁ、直してやるから、胸が見えないように俺に掴まってて」
「うん」
私がぎゅっと抱きつくと、純也さんの手が背中に回される。そして彼の手がそっと背中に触れた。つっと指先で撫でるような触れ方をされて、肌が粟立つ。
「ひゃ……ん」
おかしな声が漏れてしまったのが恥ずかしくて、私は誤魔化すように純也さんの胸に顔を埋めた。だってくすぐったかったのだ。背中を撫でられたらきっと誰だってこうなるだろう。
こうして直接肌に触れられることなんてなかったから、ものすごく意識してしまっている自覚はある。
抱き上げられることはよくあるけれど、当たり前だがいつもは服を着ている。ぴったりと肌と肌を合わせているようなこの状況に、私がドキドキしないはずがないのだ。
「くすぐったい?」
「う、うん……くすぐったい。ごめんね、変な声出して」
「リボンが浮いててなかなか掴めないんだ。それに後ろの紐も外れてるみたいだ。悪いけど、もう少しじっとしてて」
私の買った水着は、布面積は多いのだが、首の後ろでリボンを結びさらに後ろ側が紐で編まれているタイプだ。解けないようにかなりしっかり真紀に結んでもらったのだが、やはりどこかに引っかけてしまったのかもしれない。
(可愛いからって……こんな面倒な水着買わなきゃよかった)
純也さんが可愛いと言ってくれたから。決め手はそれだけだ。
硬直したまま純也さんにしがみついていると、背中に回された手が紐を探っているのか、指先でつぅっと中心をなぞられて肩が跳ねる。
紐を探しているだけだ。わかっているのに、どうしても背中に感覚が集中してしまっていて、触れられるたびにびくびくと身体が震えてしまう。
「……っ」
指先を動かされると背中からぞくぞくとした痺れが湧き上がってきて、艶めかしげな吐息が漏れた。胸元から伝わってしまうのではないかと思うくらいに心臓が早鐘を打ち、日射しの熱さにやられてしまったのか頭までぼうっとしてくる。
「純也……っ、さん」
くすぐったい、と訴えようとしたのに、口から出たのは自分でも驚くほど甘く鼻にかかった声だった。
すると純也さんの鼻先が私の耳を掠めて、背中に回された腕の力が強まる。首のリボンを直そうとしてくれているのか、今度はうなじに触れられた。
彼にそんなつもりはないのは百も承知。けれど、まるで指先で愛撫をしているみたいに撫でられて、じっとしてなどいられない。
「ふゆ」
耳元で私の名前が囁かれる。彼の息遣いが耳に届いてくすぐったさに身を捩る。すると純也さんの唇が私の首に触れて、慌てて身体を離そうとするもののがっしりと掴まれた。
「動くな、じっとしてろよ。ここ、誰かに見られるぞ。もう少し警戒心を持て。お前みたいなのが趣味の男は大勢いるんだよ」
「私みたいなのが趣味って……ロリコン……幼女趣味……?」
「幼女って、お前、十六歳だろうが」
ようは小さいのが好きな男は大勢いる、と言いたいらしいが、彼は親馬鹿ならぬ兄馬鹿だ。自慢ではないが私はモテたことがない。
純也さんは私の身体を支えながら、身体を動かした。
どうやら胸元が見えないように体勢を整えてくれているようだが、すでに私の心臓は破裂しそうなほど激しく脈打っている。早くなんとかしてほしい。
身を捩り距離を取ろうと動いてしまったからか、純也さんの指先が一瞬胸の膨らみに触れた。
「やぁ……ん、触んないで」
びくんと身体を震わせると、悪びれなく「だから動くなって言ってるんだ」と返された。
そしてがぶっと首を噛まれる。なにやらぬるりとしたものが首筋を辿って、下腹部に疼くような感覚が芽生えた。
「いた……っ、も、なんで噛むのっ?」
「お前がおとなしくしてないから」
おとなしくしていないと噛むのか。前世は犬だったのだろうか。
「お、おとなしくできないよ! くすぐったいの!」
「そういえばお前、首も脇も弱かったな」
純也さんはいたずらを思いついた少年のような顔をして口角を上げた。
「ひゃぁ、あは……っ、やめてっ、もうっ」
純也さんの手が私の脇に回り、指先で触れられる。そして猫にするように顎の下をくすぐられて、私は身をくねらせた。
その拍子に純也さんの左手が私の胸の突起にあたり、下から上と撫でられる。
「あっん」
くすぐられて敏感になっていたからだろう。硬く勃ち上がった乳首を擦られて、喘ぐような声が漏れてしまった。
純也さんの腰に絡ませていた膝がびくんと震えて、身体の中心が熱くなる。切ないような、苦しいような疼きが生まれてきて、もっとそこを弄ってほしいような気分になってくる。
「……っ、これ以上は、俺がまずいな」
俺がまずいとはどういうことだろう。私は不思議に思いながらも言葉を紡げないでいた。今口を開いたら、変な声ばかりが出てしまいそうなのだ。
耳のすぐ近くで聞いているからだろうか。純也さんの息が上がっているような気がする。いつもとは少し違った低くどこか色気のある声に、私はますますじっとしていられなくなる。
「もう……くすぐらないで」
彼の首に擦り寄ると、頬に唇が触れる。そしてちゅっと音を立ててすぐに離れていった。純也さんは、あんなに苦労していたのが嘘のように首のリボンをさっと結び、背中の紐も難なく元通りに結んでいく。
「ほら、友達が待ってるんだろ。戻るぞ」
「う、うん」
相変わらず私の足は床に着いていないため、純也さんが浮き輪を動かして清貴たちのところへと連れていってくれた。
私はそっと自分の首を摩る。
純也さんに噛みつかれた首がやたらと熱い。
Side 純也~二十一歳~
「清貴とふゆでもカップルに見えるわよ」
見えてたまるか。俺は舌打ちでもしたい気分でふゆの友人である葛西真紀と柏井清貴を睨んだ。
真紀は鋭くなる俺の視線にまったく気づいていない様子だ。だが、清貴は戸惑うように俺を見つめ返してくる。
「見えないって。誰と並んでも兄と年の離れた妹だよ」
「じゃあちょっとこっち来てみてよ~」
真紀が手招きしてふゆを呼んだ。
拒まないということは、あいつもあわよくばと思っているのだろう。それがよけいに腹立たしい。
俺は腕に力を込めてふゆを逃がさないように支える。そしてふゆに触れないように慎重を期して背中の紐を掴んだ。
そして首の後ろで結ばれたリボンと、背中の紐を勢いよく引っ張る。すると狙った通りにふゆの上半身の水着が解かれて、彼女の可愛らしい乳房が露わになった。
「あれ……?」
「ふゆ? どうかしたか?」
臆面も無く聞くと、ふゆは頬を真っ赤に染め、水着を押さえながら胸の前で手を組んだ。だが、完全に解かれている紐はぷかぷかと水面に浮いている。どうにもならない事態に陥ったと悟ったのか、ふゆは慌てふためく。
「ひゃぁ……っ!」
「もしかして、背中の紐が外れたのか?」
もちろん誰かに見せるつもりなんてない。俺は周囲からふゆを隠すようにして立ち、腕を回す。
そして真紀に水着の件を伝えると、ふゆを連れてプールの端へと移動した。ふゆは足がつかないため怖いのか、ますます身体を密着させてくる。それを俺が狙っているとも知らずに。
ふゆは、純也さんと一緒にいても兄妹にしか見えない。それどころか親子だ。などと言うが、俺としては冗談じゃない。
俺はふゆを妹だと思ったことなんて一度もない。二人で出かけていて、誰からどう見えようがどうでもよかった。
(そもそも、兄妹でこんな風に触れあうわけないだろうが……わかってないな)
それがふゆの可愛いところでもあり、苛立つところでもある。俺が妹としか見ていないと頑なに信じ込んでいるから、抱きしめようがキスをしようがそこに恋愛感情があるなんて考えもしない。
「直してやるから、胸が見えないように俺に掴まってて」
「うん」
ぎゅっと抱きつかれて、ふゆの柔らかい乳房が胸に押し当てられる。
わざとではないとわかっていても、そこに手を当てて揉みしだきたい欲求に駆られるのは致し方ないだろう。
細い背中に手を回し、紐を探すふりをする。ぷかぷかと水面に浮いているのだから結ぶのはたやすいが、あえてふゆの背中に指を這わせて、つぅっと上から下へと撫でてみる。
「ひゃ……ん」
ふゆの口から吐息のような甘い声が漏れる。
ずくんと下半身が熱くなって、喉が鳴った。このままここで抱いてしまいたい。欲望ばかりが頭をもたげて収まらない。
「くすぐったい?」
俺の声は自分でも驚くほど欲情し掠れていた。
荒くならないように意識してゆっくりと喋ってはいるが、どくどくと脈打つ鼓動は誤魔化しようがない。
ふゆも同じくらい慌てているのか気づいていないことにほっとする。
「う、うん……くすぐったい。ごめんね、変な声出して」
「リボンが浮いててなかなか掴めないんだ。それに後ろの紐も外れてるからな。悪いけど、もう少しじっとしてて」
ふゆの顔が俺の胸元に埋まる。息が首にかかり、くすぐったいよりも下半身の疼きがますます顕著になる。
時折、吐息のような声が漏れて耳に届く。そういえばふゆは昔からくすぐられるのに弱かった。小学校低学年の頃はよく足の裏をくすぐって笑い転げていたものだ。
さすがにその時は邪な感情はなかったけれど、男女の関係を知識として覚えてから、相手として考えるのはふゆしかいなかった。おかしいのではないかと思うくらい、ふゆ以外の誰も、俺の目には入らなかった。
ふゆしかいらない。ふゆのことしか考えられない。ふゆがいればそれでいい。
恐ろしいくらいの執着心であると自分でもわかってはいたが、日に日に募る恋情を抑えることは非常に困難だ。
幸い「兄」として信用されているから、抱きしめようがキスをしようが、ふゆは俺を受け入れてくれる。ふゆが俺に対して「兄」以上の感情を抱いているのは知っている。それを必死に隠そうとしていることも。
だが、俺も同じ気持ちだと打ち明けるだけでは足りない。絶対に逃げられないようにしなければ。今は時期尚早だ。
そんなことをつらつらと考えながらふゆの背中を撫でる。瞬間、ふゆの口から喘ぎ声にも似た吐息が漏れて、快感に蕩けた目を俺に向けてくる。
「純也……っ、さん」
まるでベッドに誘われているかのようだ。
このままふゆの唇を塞いで貪りたい。身体中を舐め回してみたい。身体の奥深くを俺のもので穿ち、抱き潰したい。ふゆはいったいどんな味がするのだろう。
興奮しきった身体を抑えきれず、ふゆを強く抱きしめる。リボンを結ぶふりをしてうなじを撫でながら、俺は荒々しい息を吐きだし名前を呼んだ。
「ふゆ」
滑らかなふゆの肌の触り心地が堪らなくて、無我夢中で唇を細く白い首筋に押し当てる。
「動くな、じっとしてろよ。ここ、誰かに見られるぞ。もう少し警戒心を持て。お前みたいなのが趣味の男は大勢いるんだよ」
ふゆがくすぐったさに身を捩ったタイミングで水の中でふるりと揺れる乳房に触れる。びくんと全身を震わせ、頬を赤らめるふゆが可愛くて堪らない。
「やぁ……触んないで」
「だから動くなって言ってるんだ」
首筋に歯を押し当てたまま、ねっとりと滑らかな肌を舐め回す。ふゆは舌が触れていることに気づいていないのか、それともくすぐったくてそれどころではないのか、嬌声を漏らしながら首を逸らした。
「いた……っ、も、なんで噛むのっ?」
そんな言葉すら普段のふゆからは考えられないほど扇情的で、このままではまずいと警鐘が鳴る。
「お前がおとなしくしてないから」
「お、おとなしくできないよ! くすぐったいんだもん!」
「そういえばお前、首も脇も弱かったな」
次から次へと湧きでてくる情欲を抑え込むべく、背中を撫でていた手を外し首と脇を軽くくすぐると、腕の中でふゆが身悶えた。
「ひゃぁ、あは……っ、やめてっ、もうっ」
目に涙を浮かべながら声を震わせる姿にすら興奮を覚える。名残惜しいが仕方がない。さっさとリボンを結び距離を取らなければ、自分がなにをするかわからなかった。
しかし、俺が手を動かしたと同時に、ふゆも身体をくねらせたため、水に浮いていた水着の中に手がすっぽりと入ってしまった。
小さいながらも柔らかな膨らみに、つんと硬く尖った突起。指先がするりとそこを掠めると、ふゆが喘ぎ声ともつかぬ甘い声を漏らした。
「あっん」
下半身に熱が集まってくる。
これ以上ふゆに触っていたら引き返せなくなる。
「……っ、これ以上は、俺がまずいな」
俺はぱっと手を離し、外れていた首のリボンと背中の紐をきつく結び直した。
ふゆの首筋が視界に入る。
そこには所有印とも言える歯形がくっきりと残っていた。
プール内にあるレストランは水着で入れるようだ。
濡れたまま店内に入っても寒くないように、室内は心地良く感じる程度の冷房に調整されている。
ふゆと真紀は少し寒かったのか温かいスープとサンドウィッチ。俺と清貴はカレーを選んだ。
食事を終えてふゆが洗面所へ行ってくると席を立つ。
「ふゆ、一人で大丈夫か?」
「大丈夫に決まってるでしょ! いくつだと思ってるのっ?」
俺が聞くと予想通りの答えが返される。俺はべつに、ふゆが小学生に間違われて誘拐されるかもなどという馬鹿げた心配はしていない。
実際童顔な彼女だが、小学生に間違われるよりもはるかにナンパされる回数の方が多い。鈍いからまったく気がついていないだけだ。
声をかけられたとしても、自分がナンパされているとは思わないらしい。「誰と来てるの?」と聞かれて、彼女はまた子どもと間違われたといつもふてくされている。さらに面倒だからと「お兄ちゃんと来てる」などと童顔を逆手に取った対応をするのだから笑ってしまう。
声をかけてくる相手もそれで毒気を抜かれるのか、だいたい諦めて去っていく。それでも心配は心配だから、過保護になってしまうのだが。
ふゆを見送って視線をテーブルに戻す。すると、向かい側に座った葛西真紀が俺をじっと見つめていた。
「なに?」
「あの……ふゆ、全然あなたの気持ちに気がついてないですけど、いいんですか? ふゆが好きなの、わかってますよね?」
ふゆがいたから聞けなかったのだろう。俺の気持ちまで断定しているのは、それだけ俺がわかりやすい態度を取っていたからだ。
ふゆにとっては通常運転だったとしても、彼女から見たらいちゃいちゃしているカップルにしか見えなかったはずだ。
「もちろん。だからなに?」
俺が笑みを浮かべながら言うと、彼女はわからないとでも言いたげに首を傾げた。
こっちにはこっちの事情がある。それをわざわざ説明してやる義理はない。これ以上話すつもりがないと察したのか、真紀は「そうですか」とだけ返しつまらなそうに口を噤んだ。
どう会話を切りだそうかと考えていたからちょうどよかった。実は俺からも彼女たちには話があった。
「君らの連絡先、教えてくれないか?」
「はっ?」
清貴は顔を上げて驚きに目を見開いていた。友人でもない相手に突然連絡先を聞かれたら誰だって戸惑うだろう。
俺だってふゆの友人でもなければ、女の連絡先なんて知りたくもないし、恋敵になりえる存在なんて抹消してしまいたいくらいだ。でも。
「どうしてですか?」
清貴はやはり訝しげに聞いてくる。
「心配だからだ」
本当はそれだけではないが。俺の知らないところでふゆがなにをしているか、知りたい。俺はふゆのすべてを知らなきゃ、気が済まない。
「過保護すぎませんか?」
「だから、ふゆがいない時に頼んでるんだろ?」
「承諾しかねます……そんなスパイみたいなこと」
こいつは素直に頷かないだろうと思ってはいたが、やはり面倒だ。俺に対して敵愾心を剥きだしにしてくるのも、ふゆへの恋心が故だろう。
「友人としてなら、そばにいるのを許してやると言っても?」
「……っ」
清貴が今度こそ息を呑み、俺を凝視してくる。
「どうして、あなたにそんなこと言われなきゃいけないんですか? 俺の勝手でしょうっ?」
「あいつは俺のものなんだよ。ほかの男に渡すつもりは微塵もない」
「ふゆは、まだあなたの気持ちを知らない。あなたが好きだって言わないなら、俺が先に……」
「今日一日、ふゆと俺が一緒にいるのを見て、なにも気づかないのか? 可哀想な奴だな。あいつは俺しか見てなかっただろう?」
俺は清貴の言葉を遮るように口を開く。
「友人以上の関係を迫るつもりなら、ふゆの前から消えてもらう。どうとでもやりようはあるからな」
「私はべつにいいですよ。楽しそうだし。純也さんが私たちになにをさせたいのかも気になるし。あ、でも今スマホ持ってないし。あとでもいいですか?」
ピリッと張り詰めた場の空気を壊すような真紀ののんびりとした声が横から聞こえてくる。仲裁に入ってくるというより、彼女の目は楽しげに輝いていた。
「番号言って。覚えるから」
「あ、はい。えぇと……○○○××××△△△△です」
「わかった。ありがとう。ほら、ふゆが戻ってきた」
お前はどうする、と向かい側に視線を向けると、悔しげに唇を噛んだ清貴も電話番号をそらんじた。
そして清貴は安堵したように肩から力を抜く。
こいつは友人でいることを選ぶだろうと思っていた。告白をする勇気も、俺を押しのけてまでふゆを手に入れようとする度胸もないだろうと踏んでいたのだが、どうやら俺の予想は当たっていたようだ。
「あとで電話をかけるから、俺の番号を登録しておいてくれ。ふゆになにかあったら、すぐに連絡を」
二人は黙ったまま頷いた。
あとは入籍に関してうるさく言ってくるであろう父を納得させるだけだ。
そちらは比較的簡単だろうと思っている。
もし結婚を認めないなら、ふゆを無理矢理にでも妊娠させる。そして家を捨ててふゆだけを連れて逃げてやると脅せばいい。父は俺が道を外すことを絶対に許さない。ふゆを与えておけばおとなしくしているとわかれば、首を縦に振るはずだ。
そしてふゆの両親のこともうまく言いくるめてくれるだろう。信用されるように動いてきた自信はあるから、そもそも彼女の親に反対されるとは思っていないが。
「なんの話してたの?」
ふゆがテーブルにつき、残っていたスープを飲み干した。
「早いうちにウォータースライダーに並んだ方がいいかもって話をしてたんだよ」
俺はふゆの髪を撫でながら言った。
「そうだね。もう少し休んだら行く?」
清貴が眉を顰めるのが視界に入ったが、ふゆは気づかない。
ふゆの腰に腕を回してひょいと細い身体を持ち上げると、先ほどつけた歯形が見える。
「ふゆ。少し冷たくなってるから、抱いててやろうか?」
俺はふゆの身体を抱きしめて、赤い痕の上から口づけを落とした。
了
「はじめまして。いつもふゆが世話になってるって聞いてるよ」
人好きのする笑みを浮かべた純也さんが車から降りると、清貴と真紀は揃いも揃って圧倒的な雰囲気に呑まれたようにぽかんと口を開けた。
真紀はともかく、いつも冷静沈着な清貴のそんな顔を見たのは初めてで、私は思わずくすっと笑ってしまう。
おそらく、この時の私の顔には「ほら、言ったでしょう?」と書いてあったに違いない。二人には、ものすごーくモテる、外国人のモデルみたいに背が高くてかっこいい幼馴染みを連れていく、と言ったのだから。
今日は、勉強の合間の息抜きだ。
四人でプールに行く約束をしている。もともとは真紀と清貴と三人で約束をしていたのだが、純也さんが車を出してくれるというので甘えてしまった。二人とも私の幼馴染みの純也さんに会ってみたいと言っていたので、実は紹介するタイミングを窺っていたのだ。
「はじっ……はじめまして!」
校内では高嶺の花と言われる真紀でさえ、顔を真っ赤にして純也さんの顔を凝視していた。挨拶をするものの噛み噛みである。
「幼馴染みの純也さんだよ。で、真紀と清貴。生徒会で一緒なんだ」
私はつい鼻高々な気分で彼を紹介する。べつに彼女でもないのに。
もちろん二人は私が純也さんに恋心を抱いているのを知っている。が、相手にされていないことも話した。彼からしたら、私は小さい頃から「妹」でしかない。甘やかされ溺愛されていても、そこに恋愛感情は存在しない。
「今日は、お世話になります」
清貴は襟を正して頭を下げた。真紀もはっと我に返ったように「よろしくお願いします」と言った。二人はたった数十秒で純也さんのかっこよさに慣れてしまったらしく、私は少しおもしろくない。私なら何時間でも彼の顔を見ていられるのに。
私をからかってくる時の子どもっぽい顔とか、勉強している時の真面目な顔とか、ふとした時に目が合ってふわりと笑った顔とか。全部が好きで。
何年も何年も蓄積し続けた恋心を胸の中でぎゅうぎゅうと圧縮しすぎて、たまに溢れだしそうになる。
「じゃあ、二人は後ろに乗って。荷物後ろに置いていいから。ほら、ふゆはこっち」
「うん」
純也さんが助手席のドアを開けてくれる。
ちなみに車は八人乗りのワンボックスカーで、最後列に荷物を積んである。純也さんと遊びに行く時は四人乗りのセダンが多かったけれど、今日は荷物を考えて大きい車にしてくれたのだろう。
「そういえば純也さん、アクアパークランド行ったことある?」
車を発進させた純也さんは迷いなく道を進んでいく。ナビを入れてもいないし、私はてっきり来たことがあるのかと思ったのだが。
「いや、ないな」
「道わかるの?」
「ふゆ、なんのための助手席だ?」
こつんと額に触れられて、ナビをしろということかとようやく思い至る。けれど、私は地図を読むのが苦手だ。ならばナビを入れればよかったじゃないか。
私がうっと言葉を詰まらせていると、ふきだした純也さんが「嘘だよ」と笑った。
「心配しなくても、昨日調べておいたから道ならだいたいわかる」
そう言って純也さんは私の髪をくしゃくしゃにかき回してきた。
「でもさ、私じゃ道案内の役に立たないし、清貴に助手席に座ってもらえばよかったね」
「そこはふゆの指定席だろ」
純也さんは声のトーンを落として額を弾いてくる。
指定席──そんな特別扱いだって、妹だと思っているからだ。
指定席は純也さんに恋人ができたら簡単に奪われるだろう。可愛がられて、甘やかされて。それが悲しくて悔しい私は、拗ねた心地で唇を尖らせる。
なにやら背後からの視線を感じて振り返ると、清貴と真紀の二人が私たちを呆れたような顔で見つめている。
二人がいるのを忘れていたわけではないのだが、純也さんの前だと妹でいなければ、という意識が働いているからか、いつもより子どもっぽくなってしまう自覚はあった。
純也さんが私を妹扱いするから、私もあえてそうしている、という方が正しいかもしれない。
純也さんに女の子として見られたい。それなのに、子ども扱いしないでと言いながら心地のいいぬるま湯から抜けだせないのは、この関係を壊したくないと思っているからだ。
純也さんは私を可愛がってくれている。万が一にも気持ちを知られたら、きっと今までのようにはいかない。無邪気に抱きつけるはずもないし、頬へのキスだってしてもらえなくなる。もし会えなくなったら、そう思うと怖かった。
「えぇと……あの、後ろの席、暑くない?」
私は自分の複雑な胸の内を隠すように、後部座席の二人に話を振った。
「エアコンついてるし平気よ。っていうかふゆ、純也さんの前だとそんな感じなのね」
「そんな感じってなに? いつも通りだよ」
そこは突っ込まないで、という願いは空振りに終わった。
「いつも通り? 清貴、どう思う?」
「俺に聞くなよ」
真紀がそう言ってくすくすと声を立てて笑った。清貴は苦笑している。私はそれを認めるわけにはいかない。
「だって……っ、仕方ないでしょ。なんか変な感じなんだもん。純也さんと二人が一緒にいるって」
「自慢の幼馴染みのお兄ちゃんなんだっけ~?」
真紀がからかい交じりに言う。まさか私の気持ちを告げる気では、とまでは思わなかったけれど焦ったのはたしかだ。
「なっ……それっ!」
なんでそれを言うのっ! 聞こえていませんように、という私の願いはむなしく、ばっちり聞こえていたらしい。
「へぇ、ふゆ、そうなのか?」
純也さんまで突っ込んでくる。穴があったら入りたい。純也さんと出かけられると浮かれていたけれど、四人でなんて言うんじゃなかった。二人は私が純也さんを好きなことを知っているからよけいにヒヤヒヤするのだ。
「そうですっ! 自慢の幼馴染みのお兄ちゃんなの! 本人の前で言ったら恥ずかしいでしょ!」
私は左側から真紀たちを振り返り、純也さんから見えないように人差し指を口元に当てた。「もうそれ以上は勘弁して。ばれちゃう」という私の心情を正しく汲み取ってくれたようで、真紀ははいはいと言いたげに頷いた。
このままではまずい、話を変えなければ。そう思い、私は清貴へと話を振ることにする。
「あ、そうそう。ねぇ、清貴。この間家に来た時、シャーペン忘れなかった? クッションの下に落ちてたの」
生徒会の雑用を各々家に持ち帰っていて、一人でやるよりはみんなでという話になった。それで先日、清貴と真紀が家に来た。清貴が帰った後、シャーペンが絨毯に落ちているのに気づいたが、今日会った時に確認すればいいかと連絡しなかったのだ。
「青いやつ?」
「うん、そうそう」
「それ俺のだ、悪い。取りにいくまで持っておいてくれるか?」
純也さんのではなかったし、真紀の好きな色合いではなかったから清貴しかいないと思っていたが予想は当たっていたようだ。
「来週また来るよね? じゃあ、その時に返すね」
「あぁ」
それで話は終わったはずだった。だが。
「柏井くんだっけ? 君は……よくふゆの部屋に入るの?」
車内に響いたその声は、誰が聞いても底冷えするような怒りを孕んでいた。聞き慣れたはずの彼の声なのに、私でさえ戸惑ったほどだ。
(純也さん?)
いったいどうしたのかと恐る恐る視線を向けると、純也さんは表情を一切なくしてバックミラー越しに後部座席を見ている。
清貴も真紀も、突然凍てついた空気に驚いたのか、言葉を紡げないでいた。
「どうかしたの……?」
「先週、生徒会の用事で真紀と二人でお邪魔しました。その時、シャーペンを忘れてしまったみたいです。俺一人でふゆの部屋に入ったことは一度もありませんよ。これで安心しましたか?」
安心しましたか、なんて。清貴にまで純也さんの過保護っぷりがばれてしまったらしい。
「そう。ならいいけど」
純也さんの表情はもういつもの穏やかなものだった。怒っていると思ったのは気のせいだったのだろうか。
道は思っていたより混在はなく、一時間ほどでアクアパークランドに到着した。
ウォータースライダーに乗っている人たちだろうか。「きゃー」という楽しげな声が遠くにいても聞こえてくる。
更衣室で着替えを済ませる頃には私のテンションはすっかり上がっていた。
「ふゆ、水着可愛い。純也さんと一緒に買いにいったんだっけ?」
「うん! ちょっと子どもっぽいと思うんだけど、純也さんがこれがいいって言うから。あ、真紀、悪いんだけど後ろの紐結んで」
「オッケー。さすが幼馴染みね。ふゆに似合うのちゃんとわかってる」
真紀は私の背中側に回ると、首と背中の紐を結んでくれた。はい、と背中を叩かれて真紀へと向き直る。
私が買ったのは、オレンジの生地に白の小さな花が散りばめられているデザインだ。セパレートタイプで下はボクサーパンツ付きのフレアスカート。上は腹部がほんの少し見えるノースリーブであるものの、胸元はしっかり守られている。
背中は紐で結ぶようになっているが、前から回したリボンを首の後ろで結ぶと、見えるのは肩甲骨くらいで露出が少なめなのはありがたい。
私は谷間がないし、恥ずかしくないように純也さんはこれを選んでくれたのかもしれない。まぁ、純也さんが私の胸を心配するはずがないけれど。
「真紀は……なんというかさすがだね。いいなぁ、私もそういうのが似合うようになりたい」
対して真紀の水着は布面積が明らかに少ない。黒と白のストライプのザ・ビキニだ。
恥骨ぎりぎりまでしか布がなく、じろじろと見るのはぶしつけだとわかっていてもつい目がいってしまう。
同じ女性から見てもきゅっと引き締まったウェストやボリュームのある胸元は羨ましい。
「ふゆはそのままでいいのよ。あぁ、でも胸がほしいなら揉んでもらえば?」
「揉んでもらえって……っ! 誰にっ? 真紀なに言ってるのっ?」
私はあわあわと真紀の口元を手で塞ぐ。たくさん人がいるのに恥ずかしい。その手を外されて「ふゆこそなにを言っているの?」という表情を返された。
「誰にって純也さんに決まってるでしょ?」
「そんなことっ、して……くれないよ」
してほしいけれど、してくれない。語尾が小さくなったのことに真紀は気づいたのだろう。なぜ、と首を傾げた。どうして真紀がわからないのか私の方がわからない。
真紀にだって説明したはずだ。彼が私を妹としか思っていないこと。いつも子ども扱いばかりされてしまうことを。
「そうかなぁ? むしろ喜んですると思うけど」
そんなわけがない。私は首を横に振った。
純也さんが私を女の子として見ているのなら、私たちの関係はとっくに変わっていたはずだ。そうならないのは、彼が私に対してそういう意味でまったく興味を持てないから。考えていて悲しくなるが。
「ほら、ふざけてないで。純也さんたち待ってるんだから早く行こ」
男性より女性の方が着替えに時間がかかる。もう更衣室に入ってから三十分は経っていた。
なんとなく清貴と純也さんは気が合わないような感じがする。
話はするものの、清貴も純也さんもいつもとはどこか違う。同性だとそんなものだろうか。
更衣室は男性と女性に別れているのだから、あの二人で行ってもらうしかなかったのだが、早く合流した方がいいだろう。
私はロッカーの鍵を自分の腕につけると、真紀を置いてスタスタとプール入り口へと向かった。
「ふざけてないんだけどね……」
だから、私の耳にぼそりと呟かれた真紀の言葉はよく聞こえなかった。
更衣室の前で立っている二人は周囲からの視線を一手に集めていた。
もちろん純也さんもそうだが、清貴もまた逞しい体つきをしている。制服を着ていると痩せて見えるだけだったのか、腕にはしっかり筋肉がついていて腹筋も割れていた。
(じゅ、純也さんの水着……見れない……っ)
いつも抱きついたり、触れたりしているから、細く見える純也さんが実はかなりがっしりした体躯であることは知っている。
けれど、肌を晒した姿なんて何年も見ていないから、恥ずかしくて直視できない。同時に、彼もまた私の水着姿なんて見るのは何年かぶりだろう。
(私は……水遊びしてた小学生の頃と変わってないと思われるだろうけどね)
胸は多少成長しているが、本当に微々たるものだ。ちらりと隣の真紀を見て、寄せても谷間はできないであろう自分の体型に自然とため息が漏れる。
裸で純也さんの腕に抱きしめられたら、どんな感じなのだろう。そんな考えが一瞬脳裏を過って、私はぶんぶんと勢いよく首を振った。
「ふゆ? どうかした?」
「うっ、ううん! なんでもない!」
私の慌てっぷりに気がついた真紀は口元をにやりと緩ませて、耳元で囁いてくる。
「純也さんの裸に興奮しちゃった?」
ボンッと音が立ちそうなほど一気に私の頬が真っ赤に染まる。
「な……な……っ」
「もう、可愛いんだから、ふゆってば」
つんつんと頬を突かれて私はむぅっと唇を尖らせるしかない。
すると更衣室前に立っていた二人が私たちに気づき近づいてくる。純也さんがふわりと笑い、真紀が突いていた頬に触れた。
「お待たせ。ごめんね、遅くなって」
「いや。それよりやっぱり似合うな、これ。可愛い」
そう言って純也さんは私をひょいと抱き上げてきた。
「純也さんっ?」
彼の腕に座っているような体勢で、目の高さが同じになる。
純也さんの目は少しも真紀に向いてはいない。これだけ胸がぼよんと大きくて、女性らしい体型をした真紀を一瞬も見ずに、彼の視線が私に固定される。
たとえ恋愛感情ではないにしても、純也さんの目に私しか映っていないことが嬉しかった。
「ねぇ、恥ずかしいよ……下ろして」
「どうして? いつもしてるだろ?」
「さすがに外ではしないでしょ!」
「したいとは思ってる」
まさか保護者連れだと周囲にわからせるために、私を抱き上げたのだろうか。この人からしたら、私の歳は小学生で止まっているに違いない。
それでも、純也さんに触れられるのが嬉しくて、私は彼の首に腕を回してぎゅうっと抱きついた。
肌と肌が触れあって、互いの心音すら伝わりそうな気がする。どくどくと早鐘を打つ私の心臓は今にも止まってしまいそうなほどなのに、たぶん純也さんはいつもと変わらず平然としているのだ。それが悔しい。
つっと顔を上げると、抱き上げられている私を見る二人と目が合った。
純也さんがあまりにいつも通りだから忘れていたが、子ども扱いされているところを友人たちに見られるのはなんともいたたまれない。
「早くプール入りたいから、そろそろ下ろしてよ」
「ふゆ、俺から離れるなよ?」
「わかってるってば。誘拐なんかされないから!」
高校生にもなって誘拐の心配をされるのだ。ため息を無理矢理呑み込むと、ようやく私の足が地に着いた。
「で、どこから行きますか?」
清貴が純也さんに聞いた。
「ふゆはどこに行きたい?」
「えぇ~そりゃ最初は波のプールじゃない? ウォータースライダーはあとで絶対乗りたい!」
「葛西さんは?」
「私もふゆと同じ、ですね。でも、ウォータースライダー並ぶでしょ? お昼食べ損ねちゃうから、先に行くか午後に回した方がいいかも」
「そうだね。じゃあ午前中は波のプールと流れるプールに行って、早めに昼食べてから並ぼうか」
純也さんの提案に三人ともが頷いた。
「うん!」
波のプールは入り口からわりと近くにある。
早速とばかりに歩こうとすると、後ろから待てと純也さんに手を取られる。
「はぐれたら困る。スマホ持ってきてないし」
恋人繋ぎに指が絡まる。
力強く握られてはぐれないためだと言われたら、喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない。
いくらなんでも高校生にもなって迷子はない。けれど、そう言ったら手は離されてしまう。私が手を握り返すと純也さんは満足そうに笑みを浮かべた。
やはり大人気の波のプールは芋洗いのごとく混雑している。
純也さんは私の身長ほどもありそうな大きな浮き輪を持っていて、私の歩幅に合わせながら浅瀬を進んでいった。
「そういえば、ふゆ……日焼け止め塗ったか?」
「もちろん。塗らなかったら赤くなるもん」
「あとで塗り直してやる」
「一応ウォータープルーフにしてるよ?」
「そういえば、昔うちの庭で水遊びしてる時、五歳くらいか? 背中真っ赤に焼けて痛いって泣いてたよな」
ザブザブと足を進めながら純也さんが口にする。
へぇ~と浮き輪に乗り楽しそうに答えたのは真紀だ。それを引っ張っているのは清貴である。清貴と真紀でボートタイプの浮き輪をレンタルしたようだ。
「頭の中に浮かんだ五歳のふゆが、なんでか今のふゆなんだけど……まったく違和感ないのがすごい……」
「真紀ってばどんな想像したの!」
「たしかにな。五歳って言われても納得だ」
清貴もそう言って笑った。
「納得できるわけないでしょ! 十六歳だよ!」
純也さんが私の身体にすっぽりと浮き輪を被せてくる。そして私の身体を支えるように手を回しながら、自分も輪の内側へと入った。
ずいぶんと大きな浮き輪だとは思っていたが、男性と女性が二人で入ってもスペースに余裕がある。
「ふゆ、ほら腕出さないと。怖いだろ」
「ありがと」
そろそろ私の足がつかないと気がついてくれたのだろう。深いところでも一メートル四〇センチほどなのだが、私にはかなりきつい。足はぎりぎりつくものの、波が来ると頭から水を被る羽目になるのだ。
「二人の想像通り、ふゆは小さい頃からあまり変わってないよ。背だけちょっと伸びたか」
「ちょっとじゃない! けっこう伸びたよ!」
「そうだな、大きくなった」
そう言って浮き輪の内側で純也さんが私を抱きしめてきた。
私の足は完全に浮いてしまっていて、その太ももの間に彼の膝が入ってくる。おそらく怖かったら足に乗ってもいいということなのだろうが、足と足がするりと触れると、くすぐったいような気持ちいいような感覚がして、どうにも落ち着かない。
(純也さんは……私が、ほとんどなにも着てないなんて……感じないんだろうなぁ)
水着なんて、下着のようなものではないか。
露出は激しくない水着だが、それでも普段なら決して見せない太ももやお腹が見えている。
それに純也さんは当然のごとく、上にはなにも着ていない。
この状況が素肌で抱きあっているみたいだと思うのは、私だけなのだろう。こんな風に抱きしめられて、おかしな気分になってしまうのも。
わかっているのに、いちいち気にしてしまう自分がいやだ。
私は悔し紛れに、両足を純也さんの腰に絡ませて抱きついた。どうせなら妹としか思われていないのをいいことに、純也さんを存分に堪能してしまえばいいのだ。
「ふゆ、歩きにくい」
「なになに? どうしたの?」
真紀と清貴が視線を向けてくる。二人は定位置に収まったのか、真紀は相変わらず足を投げだして浮いていて、清貴はボートに掴まっていた。
「いや……ふゆがコアラみたいに掴まってくるから、動きにくいって話。どうせなら、腕もちゃんと掴まって」
純也さんはよいしょと私の身体を抱え直すと、私の腕を取り自分の首に回した。私は完全に木に掴まるコアラのごとく純也さんに抱っこされている。
「これ、浮き輪いらないよね?」
「いいだろ? 俺はふゆとこうやってくっつけて嬉しいし」
そりゃあ、溺愛する「妹」なんだから、嫌がるわけはないと思っていたけれど。
(なんかこう……私にドキドキする……とか、ならないのかな)
なるわけないけどね。
私はため息を呑み込んで、純也さんにぎゅうっと抱きついた。
首筋に顔を埋めてぐりぐりしても、まったく嫌がりもしない。仕方ないなと言わんばかりにより強く背中を引き寄せられる。
(こんな風にしてても……回りからは妹の面倒を見るお兄ちゃんに見えるのかな?)
足を解き、純也さんの右側面から腰を撫でるようにして、足を滑らせてみる。
さりさりと私の足にあたるのは彼のすね毛だろう。腕にはそんなに生えていないが、足はそれなりに生えているらしい。
純也さんのハーフパンツ姿なんて見たことがなかったから、なんだか足に触れるのは新鮮だ。私はぞりぞりと彼の体毛の感触を楽しんでいた。
「ふゆ。なにをやってる?」
「え……あ、純也さんも足に毛、生えてるんだなって。大人の男の人みたいだね」
「わかってないのはお前だけで、俺は大人の男なんだけどな」
学生のうちは子どもという感覚でいたが、純也さんは成人した男性だ。それはもちろんわかっている。ただ、純也さんの素肌を見る機会なんて小学生以来で、少しドギマギしてしまっただけだ。
「清貴と真紀は二人でいたらちゃんとカップルに見えるのにな~」
「ちょっと、私たちを勝手にくっつけないでくれる?」
「違うってわかってるけど、カップルにしか見えないよ?」
私が言うと、二人は顔を見合わせて、ないないと首を横に振った。
二人が付きあっていないことは知っている。けれど、ありだと思うのは私だけなのだろうか。
「清貴とふゆでもカップルに見えるわよ」
「見えないって。誰と並んでも兄と年の離れた妹だよ。私の顔がもうちょっと大人っぽければなぁ」
「じゃあちょっとこっち来てみてよ~」
「えぇ~」
真紀が手招きして私を呼ぶ。
私は純也さんから腕を離して、浮き輪から出ようとしたのだが、その時するっとなにかが抜けるような感覚がして胸の窮屈さがなくなった。
「あれ……?」
「ふゆ? どうかしたか?」
私が首を傾げると、純也さんが心配そうに聞いてくる。まさかと自分の胸元を見ると、背中で結んでいたリボンが外れて、水着が浮き輪の中心でぷかぷかと浮いていた。
腹部まで隠れるタイプだから、丸見えというわけではないけれど、純也さんからはもちろん見えてしまっているだろう。
「ひゃぁ……っ!」
「もしかして、背中の紐が外れたのか?」
私は顔を真っ赤にしてこくこくと頷いた。水で浮いてしまう水着を掴んで胸元を隠してはいるが、両手が塞がっているこの状況で背中のリボンを結ぶのは無理だ。
純也さんは瞬時に理解してくれたのか、真紀たちに「紐が解けたみたいだから、人がいないところで直してくる」とこそっと伝えてくれた。そして浮き輪に入ったまま私を隠すようにして、人があまりいない端へと移動する。
「なにかに引っかかっちゃったのかなぁ。純也さんこれ結べる?」
自分ではどうにもならない。頼れるのは純也さんだけだ。もちろん彼もそのつもりで一緒に来てくれたのだろう。
「あぁ、直してやるから、胸が見えないように俺に掴まってて」
「うん」
私がぎゅっと抱きつくと、純也さんの手が背中に回される。そして彼の手がそっと背中に触れた。つっと指先で撫でるような触れ方をされて、肌が粟立つ。
「ひゃ……ん」
おかしな声が漏れてしまったのが恥ずかしくて、私は誤魔化すように純也さんの胸に顔を埋めた。だってくすぐったかったのだ。背中を撫でられたらきっと誰だってこうなるだろう。
こうして直接肌に触れられることなんてなかったから、ものすごく意識してしまっている自覚はある。
抱き上げられることはよくあるけれど、当たり前だがいつもは服を着ている。ぴったりと肌と肌を合わせているようなこの状況に、私がドキドキしないはずがないのだ。
「くすぐったい?」
「う、うん……くすぐったい。ごめんね、変な声出して」
「リボンが浮いててなかなか掴めないんだ。それに後ろの紐も外れてるみたいだ。悪いけど、もう少しじっとしてて」
私の買った水着は、布面積は多いのだが、首の後ろでリボンを結びさらに後ろ側が紐で編まれているタイプだ。解けないようにかなりしっかり真紀に結んでもらったのだが、やはりどこかに引っかけてしまったのかもしれない。
(可愛いからって……こんな面倒な水着買わなきゃよかった)
純也さんが可愛いと言ってくれたから。決め手はそれだけだ。
硬直したまま純也さんにしがみついていると、背中に回された手が紐を探っているのか、指先でつぅっと中心をなぞられて肩が跳ねる。
紐を探しているだけだ。わかっているのに、どうしても背中に感覚が集中してしまっていて、触れられるたびにびくびくと身体が震えてしまう。
「……っ」
指先を動かされると背中からぞくぞくとした痺れが湧き上がってきて、艶めかしげな吐息が漏れた。胸元から伝わってしまうのではないかと思うくらいに心臓が早鐘を打ち、日射しの熱さにやられてしまったのか頭までぼうっとしてくる。
「純也……っ、さん」
くすぐったい、と訴えようとしたのに、口から出たのは自分でも驚くほど甘く鼻にかかった声だった。
すると純也さんの鼻先が私の耳を掠めて、背中に回された腕の力が強まる。首のリボンを直そうとしてくれているのか、今度はうなじに触れられた。
彼にそんなつもりはないのは百も承知。けれど、まるで指先で愛撫をしているみたいに撫でられて、じっとしてなどいられない。
「ふゆ」
耳元で私の名前が囁かれる。彼の息遣いが耳に届いてくすぐったさに身を捩る。すると純也さんの唇が私の首に触れて、慌てて身体を離そうとするもののがっしりと掴まれた。
「動くな、じっとしてろよ。ここ、誰かに見られるぞ。もう少し警戒心を持て。お前みたいなのが趣味の男は大勢いるんだよ」
「私みたいなのが趣味って……ロリコン……幼女趣味……?」
「幼女って、お前、十六歳だろうが」
ようは小さいのが好きな男は大勢いる、と言いたいらしいが、彼は親馬鹿ならぬ兄馬鹿だ。自慢ではないが私はモテたことがない。
純也さんは私の身体を支えながら、身体を動かした。
どうやら胸元が見えないように体勢を整えてくれているようだが、すでに私の心臓は破裂しそうなほど激しく脈打っている。早くなんとかしてほしい。
身を捩り距離を取ろうと動いてしまったからか、純也さんの指先が一瞬胸の膨らみに触れた。
「やぁ……ん、触んないで」
びくんと身体を震わせると、悪びれなく「だから動くなって言ってるんだ」と返された。
そしてがぶっと首を噛まれる。なにやらぬるりとしたものが首筋を辿って、下腹部に疼くような感覚が芽生えた。
「いた……っ、も、なんで噛むのっ?」
「お前がおとなしくしてないから」
おとなしくしていないと噛むのか。前世は犬だったのだろうか。
「お、おとなしくできないよ! くすぐったいの!」
「そういえばお前、首も脇も弱かったな」
純也さんはいたずらを思いついた少年のような顔をして口角を上げた。
「ひゃぁ、あは……っ、やめてっ、もうっ」
純也さんの手が私の脇に回り、指先で触れられる。そして猫にするように顎の下をくすぐられて、私は身をくねらせた。
その拍子に純也さんの左手が私の胸の突起にあたり、下から上と撫でられる。
「あっん」
くすぐられて敏感になっていたからだろう。硬く勃ち上がった乳首を擦られて、喘ぐような声が漏れてしまった。
純也さんの腰に絡ませていた膝がびくんと震えて、身体の中心が熱くなる。切ないような、苦しいような疼きが生まれてきて、もっとそこを弄ってほしいような気分になってくる。
「……っ、これ以上は、俺がまずいな」
俺がまずいとはどういうことだろう。私は不思議に思いながらも言葉を紡げないでいた。今口を開いたら、変な声ばかりが出てしまいそうなのだ。
耳のすぐ近くで聞いているからだろうか。純也さんの息が上がっているような気がする。いつもとは少し違った低くどこか色気のある声に、私はますますじっとしていられなくなる。
「もう……くすぐらないで」
彼の首に擦り寄ると、頬に唇が触れる。そしてちゅっと音を立ててすぐに離れていった。純也さんは、あんなに苦労していたのが嘘のように首のリボンをさっと結び、背中の紐も難なく元通りに結んでいく。
「ほら、友達が待ってるんだろ。戻るぞ」
「う、うん」
相変わらず私の足は床に着いていないため、純也さんが浮き輪を動かして清貴たちのところへと連れていってくれた。
私はそっと自分の首を摩る。
純也さんに噛みつかれた首がやたらと熱い。
Side 純也~二十一歳~
「清貴とふゆでもカップルに見えるわよ」
見えてたまるか。俺は舌打ちでもしたい気分でふゆの友人である葛西真紀と柏井清貴を睨んだ。
真紀は鋭くなる俺の視線にまったく気づいていない様子だ。だが、清貴は戸惑うように俺を見つめ返してくる。
「見えないって。誰と並んでも兄と年の離れた妹だよ」
「じゃあちょっとこっち来てみてよ~」
真紀が手招きしてふゆを呼んだ。
拒まないということは、あいつもあわよくばと思っているのだろう。それがよけいに腹立たしい。
俺は腕に力を込めてふゆを逃がさないように支える。そしてふゆに触れないように慎重を期して背中の紐を掴んだ。
そして首の後ろで結ばれたリボンと、背中の紐を勢いよく引っ張る。すると狙った通りにふゆの上半身の水着が解かれて、彼女の可愛らしい乳房が露わになった。
「あれ……?」
「ふゆ? どうかしたか?」
臆面も無く聞くと、ふゆは頬を真っ赤に染め、水着を押さえながら胸の前で手を組んだ。だが、完全に解かれている紐はぷかぷかと水面に浮いている。どうにもならない事態に陥ったと悟ったのか、ふゆは慌てふためく。
「ひゃぁ……っ!」
「もしかして、背中の紐が外れたのか?」
もちろん誰かに見せるつもりなんてない。俺は周囲からふゆを隠すようにして立ち、腕を回す。
そして真紀に水着の件を伝えると、ふゆを連れてプールの端へと移動した。ふゆは足がつかないため怖いのか、ますます身体を密着させてくる。それを俺が狙っているとも知らずに。
ふゆは、純也さんと一緒にいても兄妹にしか見えない。それどころか親子だ。などと言うが、俺としては冗談じゃない。
俺はふゆを妹だと思ったことなんて一度もない。二人で出かけていて、誰からどう見えようがどうでもよかった。
(そもそも、兄妹でこんな風に触れあうわけないだろうが……わかってないな)
それがふゆの可愛いところでもあり、苛立つところでもある。俺が妹としか見ていないと頑なに信じ込んでいるから、抱きしめようがキスをしようがそこに恋愛感情があるなんて考えもしない。
「直してやるから、胸が見えないように俺に掴まってて」
「うん」
ぎゅっと抱きつかれて、ふゆの柔らかい乳房が胸に押し当てられる。
わざとではないとわかっていても、そこに手を当てて揉みしだきたい欲求に駆られるのは致し方ないだろう。
細い背中に手を回し、紐を探すふりをする。ぷかぷかと水面に浮いているのだから結ぶのはたやすいが、あえてふゆの背中に指を這わせて、つぅっと上から下へと撫でてみる。
「ひゃ……ん」
ふゆの口から吐息のような甘い声が漏れる。
ずくんと下半身が熱くなって、喉が鳴った。このままここで抱いてしまいたい。欲望ばかりが頭をもたげて収まらない。
「くすぐったい?」
俺の声は自分でも驚くほど欲情し掠れていた。
荒くならないように意識してゆっくりと喋ってはいるが、どくどくと脈打つ鼓動は誤魔化しようがない。
ふゆも同じくらい慌てているのか気づいていないことにほっとする。
「う、うん……くすぐったい。ごめんね、変な声出して」
「リボンが浮いててなかなか掴めないんだ。それに後ろの紐も外れてるからな。悪いけど、もう少しじっとしてて」
ふゆの顔が俺の胸元に埋まる。息が首にかかり、くすぐったいよりも下半身の疼きがますます顕著になる。
時折、吐息のような声が漏れて耳に届く。そういえばふゆは昔からくすぐられるのに弱かった。小学校低学年の頃はよく足の裏をくすぐって笑い転げていたものだ。
さすがにその時は邪な感情はなかったけれど、男女の関係を知識として覚えてから、相手として考えるのはふゆしかいなかった。おかしいのではないかと思うくらい、ふゆ以外の誰も、俺の目には入らなかった。
ふゆしかいらない。ふゆのことしか考えられない。ふゆがいればそれでいい。
恐ろしいくらいの執着心であると自分でもわかってはいたが、日に日に募る恋情を抑えることは非常に困難だ。
幸い「兄」として信用されているから、抱きしめようがキスをしようが、ふゆは俺を受け入れてくれる。ふゆが俺に対して「兄」以上の感情を抱いているのは知っている。それを必死に隠そうとしていることも。
だが、俺も同じ気持ちだと打ち明けるだけでは足りない。絶対に逃げられないようにしなければ。今は時期尚早だ。
そんなことをつらつらと考えながらふゆの背中を撫でる。瞬間、ふゆの口から喘ぎ声にも似た吐息が漏れて、快感に蕩けた目を俺に向けてくる。
「純也……っ、さん」
まるでベッドに誘われているかのようだ。
このままふゆの唇を塞いで貪りたい。身体中を舐め回してみたい。身体の奥深くを俺のもので穿ち、抱き潰したい。ふゆはいったいどんな味がするのだろう。
興奮しきった身体を抑えきれず、ふゆを強く抱きしめる。リボンを結ぶふりをしてうなじを撫でながら、俺は荒々しい息を吐きだし名前を呼んだ。
「ふゆ」
滑らかなふゆの肌の触り心地が堪らなくて、無我夢中で唇を細く白い首筋に押し当てる。
「動くな、じっとしてろよ。ここ、誰かに見られるぞ。もう少し警戒心を持て。お前みたいなのが趣味の男は大勢いるんだよ」
ふゆがくすぐったさに身を捩ったタイミングで水の中でふるりと揺れる乳房に触れる。びくんと全身を震わせ、頬を赤らめるふゆが可愛くて堪らない。
「やぁ……触んないで」
「だから動くなって言ってるんだ」
首筋に歯を押し当てたまま、ねっとりと滑らかな肌を舐め回す。ふゆは舌が触れていることに気づいていないのか、それともくすぐったくてそれどころではないのか、嬌声を漏らしながら首を逸らした。
「いた……っ、も、なんで噛むのっ?」
そんな言葉すら普段のふゆからは考えられないほど扇情的で、このままではまずいと警鐘が鳴る。
「お前がおとなしくしてないから」
「お、おとなしくできないよ! くすぐったいんだもん!」
「そういえばお前、首も脇も弱かったな」
次から次へと湧きでてくる情欲を抑え込むべく、背中を撫でていた手を外し首と脇を軽くくすぐると、腕の中でふゆが身悶えた。
「ひゃぁ、あは……っ、やめてっ、もうっ」
目に涙を浮かべながら声を震わせる姿にすら興奮を覚える。名残惜しいが仕方がない。さっさとリボンを結び距離を取らなければ、自分がなにをするかわからなかった。
しかし、俺が手を動かしたと同時に、ふゆも身体をくねらせたため、水に浮いていた水着の中に手がすっぽりと入ってしまった。
小さいながらも柔らかな膨らみに、つんと硬く尖った突起。指先がするりとそこを掠めると、ふゆが喘ぎ声ともつかぬ甘い声を漏らした。
「あっん」
下半身に熱が集まってくる。
これ以上ふゆに触っていたら引き返せなくなる。
「……っ、これ以上は、俺がまずいな」
俺はぱっと手を離し、外れていた首のリボンと背中の紐をきつく結び直した。
ふゆの首筋が視界に入る。
そこには所有印とも言える歯形がくっきりと残っていた。
プール内にあるレストランは水着で入れるようだ。
濡れたまま店内に入っても寒くないように、室内は心地良く感じる程度の冷房に調整されている。
ふゆと真紀は少し寒かったのか温かいスープとサンドウィッチ。俺と清貴はカレーを選んだ。
食事を終えてふゆが洗面所へ行ってくると席を立つ。
「ふゆ、一人で大丈夫か?」
「大丈夫に決まってるでしょ! いくつだと思ってるのっ?」
俺が聞くと予想通りの答えが返される。俺はべつに、ふゆが小学生に間違われて誘拐されるかもなどという馬鹿げた心配はしていない。
実際童顔な彼女だが、小学生に間違われるよりもはるかにナンパされる回数の方が多い。鈍いからまったく気がついていないだけだ。
声をかけられたとしても、自分がナンパされているとは思わないらしい。「誰と来てるの?」と聞かれて、彼女はまた子どもと間違われたといつもふてくされている。さらに面倒だからと「お兄ちゃんと来てる」などと童顔を逆手に取った対応をするのだから笑ってしまう。
声をかけてくる相手もそれで毒気を抜かれるのか、だいたい諦めて去っていく。それでも心配は心配だから、過保護になってしまうのだが。
ふゆを見送って視線をテーブルに戻す。すると、向かい側に座った葛西真紀が俺をじっと見つめていた。
「なに?」
「あの……ふゆ、全然あなたの気持ちに気がついてないですけど、いいんですか? ふゆが好きなの、わかってますよね?」
ふゆがいたから聞けなかったのだろう。俺の気持ちまで断定しているのは、それだけ俺がわかりやすい態度を取っていたからだ。
ふゆにとっては通常運転だったとしても、彼女から見たらいちゃいちゃしているカップルにしか見えなかったはずだ。
「もちろん。だからなに?」
俺が笑みを浮かべながら言うと、彼女はわからないとでも言いたげに首を傾げた。
こっちにはこっちの事情がある。それをわざわざ説明してやる義理はない。これ以上話すつもりがないと察したのか、真紀は「そうですか」とだけ返しつまらなそうに口を噤んだ。
どう会話を切りだそうかと考えていたからちょうどよかった。実は俺からも彼女たちには話があった。
「君らの連絡先、教えてくれないか?」
「はっ?」
清貴は顔を上げて驚きに目を見開いていた。友人でもない相手に突然連絡先を聞かれたら誰だって戸惑うだろう。
俺だってふゆの友人でもなければ、女の連絡先なんて知りたくもないし、恋敵になりえる存在なんて抹消してしまいたいくらいだ。でも。
「どうしてですか?」
清貴はやはり訝しげに聞いてくる。
「心配だからだ」
本当はそれだけではないが。俺の知らないところでふゆがなにをしているか、知りたい。俺はふゆのすべてを知らなきゃ、気が済まない。
「過保護すぎませんか?」
「だから、ふゆがいない時に頼んでるんだろ?」
「承諾しかねます……そんなスパイみたいなこと」
こいつは素直に頷かないだろうと思ってはいたが、やはり面倒だ。俺に対して敵愾心を剥きだしにしてくるのも、ふゆへの恋心が故だろう。
「友人としてなら、そばにいるのを許してやると言っても?」
「……っ」
清貴が今度こそ息を呑み、俺を凝視してくる。
「どうして、あなたにそんなこと言われなきゃいけないんですか? 俺の勝手でしょうっ?」
「あいつは俺のものなんだよ。ほかの男に渡すつもりは微塵もない」
「ふゆは、まだあなたの気持ちを知らない。あなたが好きだって言わないなら、俺が先に……」
「今日一日、ふゆと俺が一緒にいるのを見て、なにも気づかないのか? 可哀想な奴だな。あいつは俺しか見てなかっただろう?」
俺は清貴の言葉を遮るように口を開く。
「友人以上の関係を迫るつもりなら、ふゆの前から消えてもらう。どうとでもやりようはあるからな」
「私はべつにいいですよ。楽しそうだし。純也さんが私たちになにをさせたいのかも気になるし。あ、でも今スマホ持ってないし。あとでもいいですか?」
ピリッと張り詰めた場の空気を壊すような真紀ののんびりとした声が横から聞こえてくる。仲裁に入ってくるというより、彼女の目は楽しげに輝いていた。
「番号言って。覚えるから」
「あ、はい。えぇと……○○○××××△△△△です」
「わかった。ありがとう。ほら、ふゆが戻ってきた」
お前はどうする、と向かい側に視線を向けると、悔しげに唇を噛んだ清貴も電話番号をそらんじた。
そして清貴は安堵したように肩から力を抜く。
こいつは友人でいることを選ぶだろうと思っていた。告白をする勇気も、俺を押しのけてまでふゆを手に入れようとする度胸もないだろうと踏んでいたのだが、どうやら俺の予想は当たっていたようだ。
「あとで電話をかけるから、俺の番号を登録しておいてくれ。ふゆになにかあったら、すぐに連絡を」
二人は黙ったまま頷いた。
あとは入籍に関してうるさく言ってくるであろう父を納得させるだけだ。
そちらは比較的簡単だろうと思っている。
もし結婚を認めないなら、ふゆを無理矢理にでも妊娠させる。そして家を捨ててふゆだけを連れて逃げてやると脅せばいい。父は俺が道を外すことを絶対に許さない。ふゆを与えておけばおとなしくしているとわかれば、首を縦に振るはずだ。
そしてふゆの両親のこともうまく言いくるめてくれるだろう。信用されるように動いてきた自信はあるから、そもそも彼女の親に反対されるとは思っていないが。
「なんの話してたの?」
ふゆがテーブルにつき、残っていたスープを飲み干した。
「早いうちにウォータースライダーに並んだ方がいいかもって話をしてたんだよ」
俺はふゆの髪を撫でながら言った。
「そうだね。もう少し休んだら行く?」
清貴が眉を顰めるのが視界に入ったが、ふゆは気づかない。
ふゆの腰に腕を回してひょいと細い身体を持ち上げると、先ほどつけた歯形が見える。
「ふゆ。少し冷たくなってるから、抱いててやろうか?」
俺はふゆの身体を抱きしめて、赤い痕の上から口づけを落とした。
了
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「うん………こ、怖かった。——」
っていうところが、うん○に見えて少し笑ってしまったw
感想ありがとうございます!
それは集中できなくなるやつですね!(笑)私も見直して笑ってしまいました!直そうかな……。
最後まで楽しんでいただけますように(≧∀≦)
ドキドキしながら 更新楽しみに拝読してます。
唯野ってほんっと何がしたいのかわからないし 居なくなるとか どうなるかよめない展開😶
感想ありがとうございます!
唯野さん怖いですよねぇ……まだちょっとやらかしてくれるので、最後までお楽しみいただければ嬉しいです!ハピエンですので、ご安心を♡