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本編 第一部 ~騎士の娘は茶会にて~

殿下、ご無理をなさらないで下さい。

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玄関ホールには、使用人達とお母様がお見送りをしようと待ってくれていた。

「では、行ってまいります。お母様。」

お母様に淑女の礼をとり、その後は身嗜みチェックを受けるのが、何時もの見送りの際の流れの筈なのだが・・・
今日のお母様はそんな事はせず、私の手を取り優しく笑うだけだった。

「フローラ・・・、楽しんで来なさい。・・・」

思わず目を見開いてしまった・・・。
前回迄とは全く違うお母様のお言葉に、何と返答して良いか分からず、言葉に詰まってしまった・・・。

時間が差し迫っているのか、護衛の者にエスコートされ、そのまま馬車へ乗り込む事となってしまう。

遠くなる屋敷を馬車の窓から見つめて・・・、私は言いたかった言葉をようやく見付ける。

(ありがとう、お母様・・・)

お母様が握ってくれた手を胸に当てる・・・。温かくて、何だか泣きそうなったーーー。







30分程すると馬車は、減速を始めた。どうやら、王宮の敷地内に入った様だ。

その後、御者が近衛兵と少し話をしている声が聞こえると、馬車は完全に停止した。

向かいに座っていた護衛の者が、馬車の扉を開けて先に降りる。

私は小さく深呼吸をして、呼吸を整える。
この馬車を降りれば、すぐ目の前に彼が現れる事を私は知っているからだ。

護衛の者が差し出している手を取り、馬車を降り、顔を上げたその瞬間だった。

「ルークフォン第二王子殿下!!」

周りに居た近衛兵や、本日の茶会の招待客から声が上がり、同時に皆頭を下げる。
勿論、私も例外では無く優雅に淑女の礼を取った。

「フローラ・アナスタシア嬢、お迎えに上がりました。」

白を基調とした王族の式典服は、金色の刺繍が縁取られており、胸元には王家の象徴である太陽のマークが施されていた。重厚な赤いマントを靡かせて私の目の前で礼をする、少し幼さを残した16歳の婚約者・・・。

正妃様と同じ視線を集める銀髪に、切れ長の瞳はまるでサファイアの様に澄んだ青色だ。耳から離れない色気すら感じさせる美声は、瞳を閉じていても殿下のものだとすぐに分かる・・・。
絵物語に出てくる王子様を体現したかの様な、見目麗しい殿下はこの国で暮らす全ての女性の憧れなのだろう・・・。

このヴェストリア王国の第二王子で有り、本日の茶会の主催者であるルークフォン・ヴェストリアとは、良くも悪くも周りの視線を集めてしまう人間なのだ。

(もれなく隣に居るだけで、羨望の眼差しを得られる私は良い標的まとよね・・・。)

差し伸べられた殿下の手を優雅に取り、顔を上げる。前回迄と変わらない・・・、無表情の殿下がそこには立っていた。

「殿下、恐れ多いですわ。この様な場所までお迎えなど・・・」

「婚約者を迎えに来るのは当然ですから、気にしないで下さい。」

その時。
私の頭の隅に小さな雷が落ちた。
率直に言うと、イラッとしてしまったのだ。
理由は明確だ・・・前回の婚約破棄理由が頭の中でループしていたからである。

(貴方も大概、感情の無い人間だけれどねぇ~っ!ご自分の事を棚に上げて、よくもまぁ・・・私にあんな事を言えたものだわっっ!)

勿論、そんな事言える訳も無いので・・・表には一切出さずに、自慢の令嬢スマイルを貼り付ける。

衆人環視の前で恥をかかせる訳にもいかないので、そのまま殿下の腕に手を移動させ、エスコートされるがまま歩き始める。

王宮の廊下に入ると、立派な庭園が左側に広がる。先程までの人混みが徐々に減っていき、ついに誰ともすれ違わなくなった。

「「・・・・・・・・。」」

2人分の足音だけが響き渡る廊下ーーー。

殿下は無口な方なのでご自分からは、ほとんど話し掛けて下さらない。私は無言の時間が辛くて、空っぽの引き出しから面白くも無い話を捻り出し、いつも話を頑張って振っていたが、今回は婚約破棄してやるつもりで居るのだ。別に無言でも全然へっちゃらだ。

もう5回目だと言うのに・・・初めて廊下の左側に広がる庭園をゆっくり見るなぁ。と見惚けていた。

すると殿下の方が無言に我慢出来なかったのか、珍しく話し掛けてきたのだ。

「花が、好きなのですか?」

「ふふっ。そうですね、嫌いでは有りませんよ?」

そして何故か〝前回迄の私の苦労を思い知らせてやろう〟という邪な野望が私の中で渦巻いてしまい、言わなくてもいい一言を添えてしまった。

「殿下、ご無理をなさらないで下さい。別に会話等交わさずとも、私は充分楽しんでおりますから・・・」

(言ってやった!言ってやったぞ!ざまぁぁぁ!どうだ、少しは思い知ったか!!)

令嬢スマイルはあくまでも崩さずに、脳内では凱旋パレード中だ。私にとって100%嫌味のその言葉は、何故か殿下の心に刺さってしまったらしく・・・

「フローラ嬢はとてもお優しい方なのですね。」

美しい笑みを浮かべるその横顔を見て、思わず頬を赤らめてしまったのは、お茶会が始まる1時間前の事だった。





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