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アヴァリス視点②
しおりを挟むまさかいきなり蹴られるとは思っていなかったアヴァリスはガードをする事もできず、吹っ飛んだ。
プライドを傷つけられた怒りと最近のミドリ関連への憤りが乗った琥太郎全身全霊の回し蹴りであった。
部屋の中央にいた筈なのにあまりの勢いに壁に叩きつけられたアヴァリスは最初、混乱した。幹部の中では最弱であるが魔族の中では強い自身が不意だったとしても吹っ飛ばされ壁に叩きつけられたこの状況が飲み込めない。
「え?え?」と立ち上がれず、困惑していると胸ぐらを掴まれて強制的に立たされた。
「おい。…今の言葉。もう一度言ってみろ…。」
ずいっと近付く整った綺麗な顔。
しかし、殺気が乗ったその顔はとても恐ろしくアヴァリスはちびりかけた。
だが、アヴァリスも魔王幹部のひとり。敬愛なる魔王の直属の部下が情夫にちびるなんて許されない。ギュッと膀胱を閉めてなんとかちびらずにすんだ。だが…。
「い、いえ。なんでもありません。」
もう一度先程の喧嘩文句を言う程、彼は勇者にはなれなかった。
しかし、先程の喧嘩文句を取り下げても琥太郎の怒りはおさまらない。寧ろ、取り下げた事により更に怒りが増す。
ギリギリと胸ぐらを閉め、今度はドスの効いた声で脅す。
「俺はさっき言った言葉をもう一度言ってみろって言ったんだッ。男が一度言った言葉を簡単に取り下げてなかった事にすんじゃねぇッ!!」
「ま、股を開くしか脳のない情夫の分際でって言ったんだよ。」
「あ"あ?俺に喧嘩売ろってぇのかッ。」
「も、もう一度言えって言ったのはお前だろ!?なんで拳構えてんの??」
「一度売った喧嘩だ。返品なんて出来やしねぇんだよ。……歯ぁ、食いしばれや。」
「ぎゃあぁあああッ。なんて凶暴な召喚獣なんだ!?これ、護る必要あるんですか、陛下ッ!!?」
胸ぐらから手を離し、拳を振るう。
アヴァリスはその拳から逃げながらふと、この前、「気に食わない。」というだけで火口に自身を飛ばしたシャルマンを思い出し、切に思う。
何故、美人は気が強くて性格に難ありなのが多いのか…と。やはり、美しくても性格も完璧な陛下は別格なのだと…。
しかし、はたと自身の敬愛するミドリ思い出した事で、彼はグッと「美人は怖い。」というトラウマを心の奥底にしまって琥太郎を睨む。
「お前が居る所為で陛下が愚弄されているんだ。出てけッ。」
言ってやったと思いつつもまた蹴りが来ると怯えて身構えるアヴァリス。しかし、待てども蹴りはおろか拳も飛んでこない。代わりに飛んできたのは質問だった。
「…俺がいるとミドリが舐められんのか?」
「そうだよ。陛下はご自身の実力で魔王の座を手に入れたというのにお前が居る所為で、元老院から難癖を付けられている。陛下が魔王になれたのはお前の力だってな。」
「いや、まごう事なく、アイツの力だろ。俺に舎弟を魔王にする特殊能力はねぇよ。」
「ふんっ、当たり前だ。陛下は素晴らしい。あの魔王決定戦での戦い振りを見て、それを疑う神経がどうかしているんだ。」
「へぇ…。お前は随分とミドリに慕ってんだな。」
「当たり前だ。陛下は私の憧れなのだから。」
先程まで意地を張りつつも怯えていたアヴァリス。しかし、ミドリの事になると目を爛々とさせて、自慢げに話し出す。
琥太郎が何時の間にかに拳を下げて、ベッドに腰掛けて耳を傾け始めたのも気付かずに。
「俺が陛下を始めて目にしたのはパレスとの試合の時だった…。」
………。
…………。
魔法でコロシアム一体の大気を掌握したパレスは氷点下の世界を作り上げていた。
「さぁーて、おじさんは寒いのが得意でね。死なない程度に凍り漬けにしてあげるよ。」
面倒臭がりなパレスは毎回、初手で大技を出して決めようとする。
普段はくたびれたオヤジな癖に本気を出せばシャルマンに並ぶ魔法技術を持ち、ラ・モール並みの戦闘能力を誇るこの男の魔法を誰も破れるものはいなかった。
権力に興味を持たないシャルマンが出場していないこの魔王の座を賭けたトーナメント戦の決勝戦を飾るのはラ・モールとパレスの一騎打ちだと誰もが思っていた。
しかもパレスの準決勝の相手はトーナメントを勝ち抜いてきたとは言え、ゴブリン。誰しもがパレスの勝利を疑わなかった。
だが、そのゴブリンは開始早々のパレスの魔法をゴブリンとは思えぬ手際で解体し、驚くパレスの隙をつき、一気に間合いを詰めた。
そこからは魔法と拳の近接戦。
パレスが氷魔法で即座に攻撃を取って間合いを取ろうとするが、氷魔法を避ける事もせず拳で受け止めて自身の傷付いた拳に治癒魔法を掛けながら放たれる拳。
「君は…。君はゾンビかい!?」
何時も飄々としているパレスも流石に焦りの色を浮かべ始めた。ダメージを幾ら与えても即座に治癒して向かってくるんだからたまったもんじゃない。
格上相手に引けを取らずに向かっていく姿はとても爽快だった。
幹部の中で新参者で最弱だったアヴァリスにとっては普段不真面目な癖に敵わない相手であるパレスを追い詰めるミドリの姿はヒーローのように見えた。
気付けば会場もゴブリンだと侮っていたミドリに惹きつけられ、応援するものまで現れた。それ程までにミドリの戦いっぷりは鮮烈で魔族達を夢中にさせた。
続く攻防に長期戦が予想される中。
パレスが少し荒くなった息を整え、納得いかないような顔でミドリを見た。
「ねぇ。君の魔力量からして魔法もかなり得意でしょ?なんで治癒魔法しか使わないの?」
君が他の魔法を使えば余裕でおじさん負けちゃうんだけど…、そのパレスの発言にミドリはさも当たり前のように答える。
「喧嘩は拳で語るものです。私はこの教えを誇りに思っているので決して破る気はありません。」
そう言い切る姿はアヴァリスには眩しかった。どんなに強い相手との戦いであろうと自身の信念を貫くその姿に男惚れした。
男として憧れを抱き、その背中を追って何時かは自分もあんな風になりたいと感じたのだ。
「青いねぇ。…でも、新しい風に身を任せるのも一興かもね。」
パレスはまだまだ戦えそうに見えたが、そう呟くと魔法を解き、降参の意を示した。
………。
…………。
「どうだ。陛下は凄いだろッ。あの方は決勝戦でのラ・モールとの一騎打ちでもその教えを貫いたんだ。」
本当に男として憧れると、目をキラキラさせて興奮気味に語るアヴァリスに琥太郎は苦笑を浮かべた。アヴァリスはその苦笑を馬鹿にされたと取り、憤慨した。
キッと睨むがそれすら嬉しそうに先程とは打って変わって優しく微笑むから調子が狂う。
「もう孤独じゃねぇんだな、アイツは。」
そう呟くと琥太郎はアヴァリスには心の底からホッとしているように見え、まるで自身よりもミドリを想っているように見えてムッとした。
俺の方が陛下の役に立っている。
そう絶対の自身を持ちつつも負けているような気持ちになり、そんな負の感情が苛立ちに変わる。
「陛下には俺達が居れば充分だ。お前は召喚獣なんだろ?なら、召喚主の人族の下に帰ればいいだろ。陛下に迷惑を掛けるな。」
「帰る?」
「そうだよ。召喚獣なんだから召喚主の下にいた方が魔力回路も深く結べてもらえる魔力も多いだろ。」
アヴァリスにとってこれは八つ当たりで放った言葉だった。琥太郎が落ち込む事を少し期待したアヴァリスだったが、琥太郎の反応は期待とは違うものだった。
「魔力回路…。召喚主。召喚獣。」
アヴァリスの言葉の一部を反復して、琥太郎はハッと何かに気付き、腕を組んで考え始めた。
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