その召喚獣、ツッパリにつき

きっせつ

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ただ愛されたくて

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トーリ。
そうあの変態に呼ばれる青年は朝からとてもよく働く。
朝早く起きると台所に向かい、変態の隣で料理の手伝いをして、それが終わると洗濯物のお手伝い。朝ごはんを食べたら食器洗い、それが終われば掃除に、薬屋の店番。

遊ぶ事もサボる事もせず、ずっと変態の後ろをついてお手伝いしている。そして、「ありがとう。」、「偉いねぇ。」と変態に頭を撫でられるととても幸せな顔を浮かべる。

そんなトーリにあの変態は一切変態行為をしない所か、俺にすらしなくなった。まるでトーリに自身の性癖を隠すように…。



「お前…。なんでアイツの前で常人ぶってんだ。お前は救いようのないド変態だろ。」

あまりの変態の豹変っぷりにドン引きし、トーリがお昼寝した隙を見て、思いの丈をぶつける。すると変態は声を抑えろと手でジェスチャーをして、トーリを撫でながら小声で返答する。

「トーリはねぇ。産まれたての赤ん坊と一緒でね。ただ純粋に誰かに愛されたくて愛されようと必死なんだよ。…そんな無垢な子供に無体を働く程、僕は腐ってないよ。」

そう苦笑を浮かべる変態の表情は今まで見てきた俺の知る奴とは違い、柔らかで自然体に感じた…のだが。

「それにトーリは僕の親友の子孫でねぇ。その親友はコタくんにリスっ子ちゃんを足して二で割ったような口の悪さで自身の親族に手を出すものには一切の容赦がない家族愛の持ち主なんだよ。」

「…つまり、手を出してその親友に怒られるのが怖いと。」

変態はフッと自嘲気味に笑い、目を逸らす。

なんてしょうもない変態なんだ…。
コイツはただ単に親友が怖くて、トーリの前ではやっぱり常人のフリをしてるだけの変態だった。

侮蔑の目で見ると「だって、だって。」と癪に触る嘘泣きを始める。…そうだな。コイツはこういう奴だった。

馬鹿馬鹿しくなって盛大にため息を吐く。
ドカッと変態の隣に座るともう一回態とらしく溜息を吐き、冷え冷えとした目で変態を見やる。

「コタくん…。お怒りはごもっともだけど。なんでミドリくんの元から帰ってきたのかな?僕は大人しくミドリくんの元にいた方が君はいいと思うんだよねぇ。」

「どうせ、お前はミドリが旅立った本当の理由も知ってたんだろ。…態々、のらりくらりと真実を俺から遠ざけて何がしたい?何を企んでいる?」

「……コタくん。僕はただ、僕のの事がしたかっただけだよ。でも、もうこれ以上は手出しも邪魔もしないよ。」

「それは…どういう意味だ。」

変態は少し顔を俯けるとそっと腰に何時も差している剣に触れ、心の中に溜まる何かを吐き捨てるように一つため息をついた。

「君はもう進む道を選んだ。その道が君の幸せに繋がる事を祈ってる。…君が探している召喚主は君を待っている。」

相変わらず、言い回しが回りくどく、言っている事が詩人っぽくて内容が理解し辛い。だが、最後の言葉だけはなんとか理解できた。

「トリスタンから魔力を奪った弟が俺の今の召喚主なのか。」

兄が壊れると分かっていて、兄から無理矢理魔力を奪った鬼畜野郎。
その鬼畜野郎は何故か俺を待っている。

ー 面白えじゃねぇか。

ざわりと身体から怒りが吹き出し、闘争心へと変わっていく。

やる事は今も変わらない。
俺は俺の召喚主に拳骨を喰らわして断ち切った魔力供給を再開させる。ただそこにやらかした事を後悔させてやるという目的が一つ更新されただけだ。

やっぱり、あんなしょうもない奴だったトリスタンでもこんな目に遭うのは気に入らねぇ。お前の事は気に食わなかったが、やられた分はやり返してやるよ。お前がもうやり返せない分をきっちりと。


そして…もう一つ…。

モモを見つけて今度こそ引き摺ってでも変態の所に連れて行く。

アイツに何があったのかは分からない。
だが、今度は崖から落ちるようなヘマはしない。ぶん殴ってでも連れて行く。


そうとなれば、行動あるのみと再度、トーリを見やる。
するとトーリは変態の指をまるで赤ん坊のように握っていた。その姿にふと怒る事さえしなくなった母の後ろ姿をただ見る事しか出来なかった自分を思い出し、死に掛けた花園であった《あの人》の言葉がふと頭に浮かんだ。

『私の可愛い獣よ。どんな悪人だろうと善人だろうと、どれ程心ない生き物であろうと、世界にその産声を上げた日から愛を求めてその胸に鼓動を刻み始める。』

あの甘い花の匂いの中、《あの人》の膝に頭を預けて微睡む俺の頭を優しく撫でる。その優しい手に何故だかホロホロと涙が止まらず、気持ちが離れて行く母の背に手すら伸ばせない弱い自身を思い、悔しくて口をキツく結んだ。

『愛されたくない者なんてこの世には存在しない。誰しも愛されたくて愛して欲しいとこの世界で産声をあげるのだから。』


記憶とともにふわりと花の香りが漂う。
その香りを嗅ぐと自然と涙が溢れそうになって顔を上に向け、その感情ごと心の奥にしまった。

あの時、あの日、あの場所での感情が全て雪崩れ込んであの日の自分に意識を持っていかれそうになる。

モモに突き落とされて、崖から落ちてから小学生の頃に死に掛けて出会った《あの人》との忘れていた記憶の断片をよく思い出すようになった。その思い出はあまりにも今起こっているかのように鮮明で、頭が混乱する。

フラリとよろめきながら立ち上がると変態がこちらに手を伸ばそうとしたが、その手をゆっくりと下ろした。その顔は何か言いたげだったが、何も言わなかった。


「トーリはきっと今、幸せなんだろうな。望んだものをお前に与えてもらえて。」

アイツが何も言わないから俺は今思った事、今感じた事を、一方的に口にする。その言葉に変態は目を見開く。

おかしな奴だ。
例え、親友が怖いからとはいえ、ここまで献身的にトーリを面倒見ているというのに。トーリが幸せそうな表情でいられるのはお前がトーリを大事にしているからだというのに。
なんで罪悪感に顔を歪めているんだか…。
本当におかしな奴だ。

この二年ちょい。
この変態とは付き合いがあるが、やはりコイツの事は未だにふざけた変態である事しか分からない。コイツが本当は何を思い生きているのかもコイツが何も言わないから何一つ分からない。

「そいつの事を頼む。」

一応、元召喚主であったのだからと礼儀を通して頭を下げる。しょうもない変態ではあるもののコイツは頼りにしていい相手。

何だかんだ言っても俺はコイツの事を最終的に信頼している。例え、コイツのせいで丸々二年棒に振ってしまっても揺るがないくらい恩義を感じてしまっている。勿論、魔力供給の件は許せないが…。

「後、モモを引き摺ってくるからそっちも頼む。」

頼りにしてるぞ、辛気臭い顔をすんじゃねぇよと気合いを込めて、何故か気落ちしている変態の背を叩いて部屋を出た。


「君は真っ直ぐ過ぎる。」

ぽそりと吐き出すように呟いた言葉も。
もう一度、伸ばそうとして下げた手もこの時の俺は知らない。
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