寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ

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逃げるが勝ちって言葉もあるし

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「人を強くするものは『危機感』である。」

これは私が考えた座右の銘である。

さて、私はここの所ずっと走っている。いや、走らされている。

別に誰かが私に「走れ。」と強要した訳ではない。しかし、私は走らなければいけない。

何故なら足を止めてしまえば、もれなく私のトラウマの権化、エリアスに捕まってしまうからだ。

『捕まる』それは即ち『死』だ。
いや、実際は死にはしないが、シュネーの何かがきっと死んでしまう。

生きる為に走る。
だから私は走っている。
お茶会なのに。



正当防衛でエリアスを平手打ちしたその後、特に音沙汰は無かった。

お咎めも何も来ないので私は大いに安心した。『嵐の前の静けさ』とも心の何処かでは思っていたが、きっと気の所為だと思いたかった。

しかし、身体も少しは良くなり、本格的に貴族の一員としてお茶会と言う名の人脈形成の場に出る様になると一気に状況は一変した。

エリアスが何故か私を追い掛けてくる。兄が用事で離れた隙を見て、私を追い掛けてくる。

私は出来るだけエリアスと関わりたくないので、距離を置いて居るのだが、どんなに離れていても、どんなに影に隠れても奴は見つける。

最初、身体の弱く寝ている事の多いシュネーは体力も無く。捕まり掛けて、恐怖のあまり吐き、ぶっ倒れる(流石に倒れた相手に手は出さないらしい)を繰り返していた。

しかしそれも一年近く続けていると、体力が付き、逃げ切れる様になってきた。

元々、シュネーの為に体力は付けようとは思っていた。まさかこんな形で付くとは思っていなかったので、とても複雑だ。


そしてそれが二年も続けば流石に身体も強くなり、病気もしなくなった。

だからだろう。
段々、走れば逃げられるなんて思ってしまったのは。

「四足歩行ならもっと早く走れるのに。」

と的外れな嫉妬を動物に抱いた程、走って逃げればなんとかなるなんて甘い幻想を少し前まで抱いてた。



「…で、何で私は個別で城に招待されたのだろう。」

嫌な予感を肌で感じながら初めて王宮の中を歩く。私の横を通り過ぎる人は皆、思わず振り返っていた。「えっ、あの子大丈夫? 」っと。

それ程今、私の顔色は悪い。
多分、本能が分かっているのだろう。頭では分かりたくないが、何かが着々と進んでいる気がする。
嫌な方向に着々と。


「行きたくないな。せめて兄上が一緒なら…いや、兄上は天然だから…。」

目的の場所。
王宮の温室の扉の前で立ち止まる。案内してくれた侍従は中々、中に入らない私を心配そうに見る。

ここまで来てゴネてもしょうがない。
呼んだ相手が相手なのだ。
逃げたら不敬に値する。
 
覚悟を決めて温室に入る。
すると温室の花の匂いに混じり、紅茶の香りが鼻をくすぐった。花々に囲まれて、優雅に四人の少年がお茶を楽しんでいた。

「やぁ、初めましてだね。シュネー・ハースト殿。招待に応じてくれてありがとう。」

柔らかな笑顔で彼は迎える。
その隣で他人事のようにお茶を楽しむ少年を見て、「そうきたか。」と溜息をはきかけたがグッと堪える。

「初めまして、リヒト殿下。この度をお招き頂き、ありがとうございます。」

挨拶をすると人畜無害そうな眩しい笑顔でリヒト王子はハニカム。その隣でこちらを見て悪魔が笑う。


リヒト王子と同い年で友人である事は知っていた。だが、まさか友人である王子を使って逃げ道を塞ぐとは思わなかった。
思わず表情筋が痙攣する。

「久しぶり、シュネー。王子に君の事話したら是非会いたいって仰って。」

エリアスがこちらを見て、まるで友人に向けるような自然な笑みを浮かべて手招きをする。隣へ座れと。
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