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閑話 ③
オットーさんとザイルさん③
しおりを挟む◆side:ザイル
もう色々文句を言いたい。
ずっとずっと、アキラさんが亡くなったんだ思っていた。
最初の頃、自暴自棄になっていた殿下が、冬月に入って落ち着いたのは、ようやく心の折り合いをつけられたからだと、そう、思っていた。
なのに、なのに、だ。
何の縁か再びタリカ村に出向いて、本当に何の冗談か、以前と同じように魔物に襲われていたアキラさんを見つけて、助けて。
私がどれだけ驚いて、嬉しくて、混乱して、ぐちゃぐちゃになったのか、本当に理解しているんだろうか。
一言。一言あってもよくないか?
だって、明らかにオットーは知っていた様子だったんだから。然程驚きもせずに、『おかえりなさい』なんて。
生きてたこと知ってたんなら、教えてくれていいだろ…!
「……多分、団員全員が思ってる」
「仕方ないだろ。俺だって、聞いたのはつい最近なんだから」
「それにしたって」
暗い、王城の廊下。
どうしてか発熱してぐったりとしたアキラさんを、殿下が自室に連れて行ってから、私とオットーはそのまま護衛任務についているわけだけど。愚痴が止まらない。
「知っていたのはごく限られた人だけだ。陛下にも、王太子殿下にも伝えられてない。いつ戻るかわからないことを伝えて、変な期待をもたせたくなかった、っていう殿下の気持ちもわかってほしいが」
「わかってますよっ」
そりゃあ、ええ、しっかりとわかってますとも。
殿下の気持ちは、ね!?
「……オットーまで私に隠す必要ないじゃないですか……」
「ザイルはすぐ顔に出るだろ」
「うぐ……。………そんなことは、ない、と、思いますけど………」
しどろもどろで反論すれば、オットーはこれまた愉しそうに笑う。
「お前は顔に出やすい……というか、出すぎなんだよ。……男爵家から婚約について打診があったんだろ」
さらりと言われたことに、愕然とした。
「……なんでオットーがそのこと……」
「さぁね?……受けるのか?」
「受けませんよ。子爵家の婿と言われても、私は領地経営にも出世にも興味ないですから」
「それで家は納得するのか?」
「納得してもらわないと困ります。大体、婿になんてなったら、ここにいられなくなりますから。私は貴族的立場より、この団にいる方が性に合ってるんですよ」
「ふうん…?」
全く納得していなさそうな、返事。
いや、興味がないのか。
「それに…忙しくなるでしょう?アキラさんが戻ってきたんですから」
「暇になるだろ。当分の間」
「……殿下がやらない書類仕事、誰が回すと思ってるんですか……」
「あー……。まあ、それは、それだ」
思わずため息が出る。
剣を扱うことに関して、誰にも引けを取らない殿下は、書類仕事は好きではない。放り投げるほど無責任でもないけど。
そんな殿下を丸め込んで仕事をさせることに関して、オットーは容赦ない。けど、本人は書類の区分けはしても、殿下が見るまでもない簡単な書類仕事でも、一切しない。
……似た者同士。
剣を扱うのに秀でた者は、揃いも揃って書類仕事が嫌いなのか。
……また、溜息が出る。
何だろう。凄く苛々している。
……興味がないなら、家のことにまで首を突っ込んでくるなよ、とか。私の顔色見てるだけで婚約話しが出てたことなんてわかるわけもないんだから、わざわざ調べるようなことするなよ、とか。
言いたいことは、たくさんあるけど。
どれもこれも、口にしようとすると、声にならない。
はぁ……。
ほんと。
嫌になる。
◆side:オットー
ほんと、こいつはわかりやすい。
苛々してるのを隠そうともしていないのか、よくわからなくなるくらいだ。貴族、これでいいのかと心配になるほど。
ザイルに気づかれないように息をつくと、暗がりの向こう側に気配を感じ、剣の柄に手をかける。
……が、すぐにその手を離した。
「団長、副団長」
「ディック、ミルド」
「護衛、代わります。勝手に組みましたよ。俺たちのあとは、ケインとユージーンが来ます」
「夕飯食べて休んでください」
今夜、殿下が外に出てくることは無さそうだしな。
「それなら、任せます。ザイル、行きましょう」
「……はい」
「何かあればすぐに報告を入れてください」
「はい」
苛々を通り越して、どこか浮かない顔をするザイルと連れ立って、その場をあとにした。
自覚すれば、確かに腹は減っている。
もうベッドに入っていてもおかしくない時間だ。
アキラ様のことを話しながら、二人で宿舎に戻り、食堂で夕食を摂った。
ザイルの機嫌はそれで大分よくなったのか、にこにこと笑い始めた。
「――――じゃあ、明日。朝一で殿下に予定確認をしたほうがいいよな。多分、神官殿もくるから」
「ザイル」
俺の部屋の前で明日の確認をして、自室に戻ろうとしたザイルの手首を掴み、俺の自室の中に引き入れた。
「ちょ」
力の差があることはわかっていること。
手首を引き、軽く足を払えば、あっという間にベッドに押さえつけることができる。
「オットー」
照れるとか、恥じらうとか、そんな感情は一切見せない、俺を非難する視線。
「何が気に入らない?」
「何がっ」
「アキラ様のことを知らせなかったからか」
「……それは、もういい……っ。離せって……っ」
「じゃあ、婚約者のこと?」
びくりと身体を震わせ、視線をそらした。
当たりか。
「……どうだっていいんだろ。そっちから言ってきたくせに、興味なさげな態度で」
「興味がないわけじゃない」
「嘘だ。あんな素っ気ない返事で」
ふいっと俺から視線を外すザイル。
「ザイル」
「部屋に戻る。いい加減離せ」
「俺に気にかけて欲しかったのか」
「っ、別に、そんなことない…っ」
「なぁ、ザイル」
相変わらず俺を見ないザイルの耳元に口を近づけた。
「婚約なんてするな」
「っ」
ビクリと震える身体。
上がりそうになる声を抑えているのか、口元を手で隠している。
「お前は俺の嫁になるんだろ?」
「っ、誰が……っ、っっ」
こちらを向いた瞬間、口付けた。
両手を片手で封じ、逃げないように顎を押さえて。
少し震えながら、唇は固く閉ざしていて、どれほど舐めても開こうとしない。ならば、と、鼻を摘めば、それほど間を開けずに息苦しさから口を開いた。それを見落とさず、舌を入れる。鼻から離した手で、頬や目元を何度も撫でた。
観念したのか気持ちがいいのか。
舌は噛まれることはなかった。ザイルから絡めてくることもなかったが。
ふ…っと、ザイルの身体から力が抜ける。
抵抗をやめたのかと俺も拘束する手から力を抜いたのだが、その直後、思い切り蹴り飛ばされた。
「っ、あのな…っ」
怪我をするほどの衝撃ではなかったが、真っ赤な顔で息を付きながら、目元をうるませ俺を睨んでくるザイルに、文句を言う気分にはなれなかった。むしろ、小動物のようで可愛いと思ってしまって。
「オットーの……ばぁか!!!」
「は?」
ザイルはそれだけを言うと、ずんずんと部屋を横切り出ていってしまった。
「……は?ばか……って、子供か?子供なのか?」
あんなに真っ赤な顔をして。
子供みたいに『ばか』って罵って。
「あー……可愛いな」
やっぱり嫁確定じゃないか。
無自覚にでも、俺に気のある事を言っておいて。
押し倒して口付けたら、蹴って、『ばか』ときた。
……どんだけだよ。ほんと。俺が。
抱いたのは、秋月のあの時だけ。
あれ以降、休みの前に酒に誘っても、顔を赤らめて断ってくる。
それなら添い寝くらいさせろ…と、あいつの部屋のベッドに潜り込めば蹴り出されていたが、冬の三の月あたりから、諦めたのか追い出されなくなった。
なのに。
『ばか』って。
何度思い出しても笑ってしまう。
とりあえず夜も遅い。
制服を脱ぎ捨て、部屋についてる風呂を使う。
さっぱりしてから部屋着に着替え、今日は滅多にかけない鍵をかけられたかもと思いつつ、ザイルの部屋に向かった。
予想に反して鍵はかけられていなくて、扉はすんなりと開く。
気配を殺してベッドに近づけば、隅に寄って眠るザイルを見て、思わず笑ってしまう。
空けられた一人分の隙間に潜り込み、後ろからザイルを抱き寄せる。
……ああ。落ち着く。
狸寝入りしているザイルの頭に口付けを落とすと、いい香りがしてきた。
「おやすみ」
返事はないが、僅かに頷く気配。
それに満足して、俺は目を閉じた。
俺の嫁は素直じゃなくて可愛いな…と、笑いながら。
翌朝。
見事な朝勃ちをしたペニスを、ザイルの尻に擦りつけていたら、顔を真っ赤にしたザイルに蹴り落とされた。
次は尻じゃなくて太腿に挟み込もう。
そう決意し、俺に背を向けるザイルの頭に口付けてから、部屋を出た。
さてと。
休暇申請はいつ頃出そうか。
殿下とアキラ様の婚姻式の前か後か。
……後の方が現実的か。
窓の外は晴天。
今日も、いい一日になりそうだ。
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