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眠りの姫(♂)は眠らずに王子様を待ち続ける
第3夜
しおりを挟むだから、今夜の私は、唯一、自我を出した本来の我儘な私だ。
城が僅かな夜警を残し寝静まったのを確認し、黒いマントを羽織り、自室の窓から外に躍り出る。
僅かに足元に風魔法を纏わせれば、着地に音も出ない。
厩から愛馬を連れ出し、楽しそうに瞳を輝かせるその子に乗って、城の敷地から駆け出る。もちろん、風魔法は忘れない。
軽やかに。
素早く。
夏場の夜風を切りながら。
たった一夜の夢のように。
「……ここだ」
暫く愛馬を走らせれば、目的地に造作もなく到着した。
特に照明が設置されたわけでもない、私の腰の高さくらいまでの柵が無造作に建てられた場所。
月明かりに照らされて、毒があるという棘がやけに生生しく見える、呪いの茨の森。
「お前はここで待っていてくれ」
愛馬の鼻筋を丁寧に撫でる。
わかった、とでもいうように、その子はその場でくつろぎ始めた。
「さて、と」
こんな柵、すぐに飛び越えられる。
案の定、結界も何もないそこを飛び越えるのは造作もない事だった。
着地した瞬間、茨が突如ざざざっと動き出し、先生が教えてくれたように一本の道が出来上がった。
「……凄いな」
先生はここで怯んだと言っていたけれど。
私は胸の高揚が抑えきれず、一歩、その道に足を踏み入れた。
私が進めば、茨は帰り道を閉ざしていく。
一旦戻ろうとしても、帰り道は開かない。
なるほど。
宝を手に入れるか、呪いを受けるか、いずれかの結果を出さねば、茨の外に出ることはかなわないのか。
「面白い」
ならば進むだけだ。
それほど時間はかからなかった。
私の目の前に、やがてひとつの屋敷が見えた。
近づけば違和感に襲われる。
いつからここにあったのかわからないはずの屋敷は、特に朽ちた様子もなく、綺麗に整っているのだ。……少なくとも、外観だけは。
それに、窓からは明かりが漏れている。
……誰かがここに住んでいる、のか?
私は疑問に思いながら、扉に手をかけた。
意外にも扉はすんなりと開き、私を迎え入れる。
天井には豪華なシャンデリア。
玄関ホールも特に荒れた様子はない。
「誰かいないのか」
大きく声を張り上げてみたが、返答はない。
さてどうしたものかと見渡し、二階にあがる階段を見つけた。
私はその階段を――――不自然なほどはっきりと『こっちだな』と認識し、上がった。
階段を登りきった先に、大きな扉があった。
念の為ノックをしてみたが、返事はない。
ここを開けなければという強い衝動にかられ、私はその扉を開けた。
室内は広く、窓辺には花が飾られ、カーテンをしていない窓からは、柔らかな月光が差し込んでいた。
その室内の中央付近に、不自然に置かれた箱のようなものに近づいた。
「………え」
そこには、少女が眠っていた。
箱のようなものは、水晶でできた棺のようなものだった。
その中は色とりどりの花で埋め尽くされ、その上に一人の少女が横たわっていたのだ。
「……綺麗だ」
真っ白な、足首までもある夜着で、お腹の上で手を組んでいる少女。
眠っているとも、亡くなっているとも、見える様子。
……これほどまでに心奪われたことがあっただろうか。
「綺麗だ…。君は……誰なんだい……?」
頬に触れるとぬくもりを感じた。
では、生きているのか。
失礼かと思いながら、左胸に触れた。
手のひらに、確実な心音が伝わってくる。
「起きて…私に君の瞳を見せてくれ」
いつぞや読んだ物語の中で、姫は王子の口付けで目を覚ます、というものがなかっただろうか。
「姫……そうか。君は、姫なんだ」
私の姫。
彼女はここで、私を待ち続けていてくれたんだ。
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