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番外編
予定調和は作為的。
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学友わちゃわちゃ⋯⋯?
シフ伯爵家はアイゼン子爵家と仲がいい。どのくらい仲がいいのかと言うと、伯爵家の長男アランと子爵家の三男フレッドが王太子の学友同士で、親友と言っていい仲である他に、アランの妹エレンとフレッドの姪パヴァーヌが互いの家を行き来するほどに仲良しなのだ。そして、同じくフレッドの姪でパヴァーヌの姉にあたるアリアがアランの婚約者として名が上がっている。
アランとアリアはフレッドを通じて幼馴染と言っていい関係で、お互いなんとなくの初恋同士だ。アリアが婿取りをする可能性があるうちはそれぞれ淡い想いを隠していたものだが、アイゼン子爵家に待望の跡取り息子が誕生した。アランは礼儀正しく手順を踏んで、親友の長兄にアリアとの正式な交際を申し込んだのだった。
アランは身体も大きく剣技に秀で、頭もよかった。そしてなにより常識人だった。新婚の親友が奥方に対して暴走しがちなのを引き止めたり、私生活はおっとりしすぎる主君⋯⋯王太子リューイ殿下を諌めたりと、貧乏籤を引かされ気味である。
そのアランが現在頭を痛めているのは、十四歳になる妹のエレンであった。
エレンは小柄で可憐な少女だった。留学先のスニャータ王国で、エスタークの若獅子と呼ばれた勇猛果敢な兄にまるで似ない容姿は、花の精に例えられるほどだ。ふわふわとした金髪を背中に流し、けぶる睫毛に彩られた群青色の瞳はキラキラと輝いている。
そして、手にした剣もキラキラと輝いている⋯⋯。
「わたくし、女性王族の御身をお守りする、騎士になりとうございます!」
勇ましく言い切ったエレンは、確かに剣の腕はそこらの新人騎士より上だった。体格の不利と腕力のなさを俊敏さと的確な剣さばきで補い、同年代の少年相手の礼儀正しい試合なら負けなしである。
ただし、女性王族は極めて少ないので、就職先があるかは不明だ。なにより問題なのはエレン自身が王太子妃の有力候補であることだった。彼女は自分が王族入りする可能性を、綺麗さっぱり忘れていた。
「申し訳ありません。いつまでも子どもで⋯⋯」
学友同士集まっての昼食会で、アランは情けなさそうに言った。エレンに打ち負かされたどこぞの伯爵の息子が、絶望のあまり出家して聖職の道を目指すと言い出して一悶着あったのを、リューイが取り成したのだ。
「そろそろ騎士の真似事は辞めさせようと、父も申しております」
「エレン嬢は作法も完璧だから、無理に辞めさせなくてもいいのでは? 剣を振るっているときの笑顔は、輝いていて素敵だよ」
朝露に濡れた蕾のような可憐な少女は、笑顔でいるのが一番可愛らしい。リューイはニコニコ笑った。
「⋯⋯リューイ様、アランが言ってるのはそういうことじゃないですよ」
「あなたの花嫁候補が剣を振り回してちゃ、外聞が悪いって言ってるんですよ」
侯爵子息のナサニエルと伯爵子息のクリスがため息混じりに言った。アランとナサニエル、クリスは王太子リューイよりもひとつ歳上で、一足早く成人している。特にナサニエルはお兄さんぶることが多いが、既に侯爵位を継いでいるオリヴァーは更にもうひとつ歳上で、おっとりと優しい眼差しで学友たちのお喋りを聞いていた。
「外聞が悪いって? そんなのただのやっかみじゃない。可憐な令嬢に敵わないからって、相手を貶めてもいいわけないでしょう? だったら自分の鍛錬を増やすか、他に自分に向いた一芸を磨けばいい」
「私もそう思いますが、世の中男尊女卑野郎が多すぎます。一方的にエレン嬢を悪様に言う輩は必ず居るんですよ。あなたの花嫁候補から引き摺り下ろそうとする勢力は、何処から湧いて出てくるかわかりませんよ」
ナサニエルがため息混じりに言った。
リューイは王族ではあるが、五歳の誕生日の直前まで市井で暮らし、王城に住むようになってからも平民育ちの叔父に養育されている。そしてそんなリューイと共に勉学に励んだ学友たちもまた、ガチガチの貴族主義者とは相容れない。比較的大雑把な性格に育ってしまったのは、リューイの叔父、エルフィン后子の教えの賜物だろう。
「リューイ様はエレン嬢がお妃候補なのはどう思ってるの?」
新婚のフレッドは、どこか大人の余裕を漂わせて言った。この中ではリューイとふたりで最年少だが、既婚者はフレッドだけだ。他は婚約者がまだ未成年のため清く正しいお付き合いをしている最中だったり、決まった相手がいなかったりと様々だ。
リューイにはアランの妹の他に数名の候補がいるが、他の令嬢についてなにかを言っているのを聞いたことがない。ちなみにフレッドの姪のパヴァーヌはエレンと同い年だが、子爵家の娘なので王太子妃になるには家格が足りない。
「エレン嬢が側にいてくれたら、一生楽しいだろうなぁ、と思うよ」
リューイはアランに向かってほにゃんと笑った。
「それに私、普段はのんびりしている自覚があるから、エレン嬢くらいしっかりした令嬢じゃないとダメなんじゃないかなぁ」
「リューイ様、そのほんわりした表情は、お仕事中にはやめてくださいね」
ナサニエルがピシャリと言って、クリスが控えめにまぁまぁと宥めた。
「せっかく父に似ず、母の姿そっくりに生まれたのに」
アランは頭を抱えた。令嬢が学ぶべき作法や勉学は、全て及第点を貰っている。しかし、剣を持った瞬間に、その全てが人々の記憶から飛んで逃げる。ひらひらと花びらのように舞いながら、楽しげに少年たちをちぎっては投げするインパクトが強すぎて、じゃじゃ馬の呼び声も高い。
「ふふふ、恋敵が減っていいね」
リューイが微笑んだ。
「リューイ様、エルフィン様を膝にお乗せになってるときの陛下と同じお表情をされてますよ」
「姉上と一緒にいるときの、義兄上っぽい気もします」
「どっちかって言うと、シルヴィー殿を見てるときのフレディじゃない?」
「僕そんな表情してる? ランバート様にお菓子を食べさせてるときの補佐殿っぽいと思ったんだけど」
どれも例えが酷い。
アランは頭を抱えたが、よく考えたら騎士団長が宰相府の事務官を職場に送り届けるときの表情も同じだった。
「あの、リューイ様はうちのエレンを候補の筆頭にお考えで?」
「筆頭って言うか、ほかは考えてないよ?」
恐る恐る尋ねたアランは「それがなにか?」と言わんばかりのリューイの返事に、あんぐりと口を開けた。
「私が八歳のころだっけ、シフ伯爵の屋敷でエレン嬢にはじめて会ったよね。お人形みたいに可愛いのに、棒っきれを振り回して庭を駆け回ってたんだ」
その当時、エレンは三歳か四歳だった。
「その子が私に気づいた瞬間、棒っきれを放って完璧なカーテシーをしたんだよ。あんなに幼いのに不安定な中腰の礼を、ふらつかずにやってのけたんだ」
貴族の娘は外遊びはほとんどしない。陽に灼けるからだ。運動量が足りないから自然と足腰が育たない。エレンは同年代の少女に比べると遥かに健康的だった。
「お人形のように可愛いのに剣技に優れ、作法も完璧。エルがね『ギャップ萌え』って言うんだって教えてくれたよ」
学友たちには『ギャップ』がなにかわからなかったが、后子殿下はときどき妖精の国の言葉を喋るので、その類だろうと納得した。
「⋯⋯よくわかりませんが、リューイ様はエレンを好ましく思っていてくださっているので?」
「ふふふ」
照れ臭そうに笑うリューイはとても幸せそうだった。
「それはその、父に伝えて、エレンの教育を」
アランは真っ青になってしどろもどろに言った。リューイとは幼いころに学友として引き合わされ、為人は充分理解しているし、かけがえのない主君であり、友である。しかし、それとこれとは話が別だ。自分が王の義兄になるのもあり得ないが、奔放な妹が王妃に納まるだなんてなんの冗談かと思う。淑女のマナーが行き届いていることと、未来の王妃の資質は別物だからだ。
「無理矢理は駄目だよ。このままエレン嬢らしくゆっくり大人になってくれたらいいから」
エレンらしくというのが問題なのだが。
「だったら、うちに来ればいいよ」
突然割り込んできたのは、鐡の混じった濃い銀髪と黄金の瞳の青年だった。
「アンディ兄様」
「こら、私はもう臣籍に降ったし、あなたは立太したのだから、兄様はなしだよ」
先の王弟の長子は公子の位を返上して公爵の位を賜った。公爵位は臣籍とは言えほぼ王族である。王太子の会食の場に悠々と割り込めるのは、兄貴分でもある彼くらいだろう。
「はい、アンディ。ところでうちとは?」
リューイは素直にアンドリューの言葉を受け入れた。そして疑問を口にした。
「うちというか、母上の話し相手なんてどうだろう? もともと王太后殿下の護衛騎士だったし、今でも剣を振り回しているから、話は合うと思うよ」
アンドリューの母は大公妃の位に納まってはいるが、息子が言うようにもともと王太后殿下の護衛騎士であった。生まれは子爵家である。家格で言ったら王弟に嫁げる身分ではなかったが、大公の身体が不自由だったこともあり、王太后が引き合わせた縁として無事に婚姻に至った。
「ふふふ、元老院は前例が大好きだからね。エレン嬢が成人するころにはわたしも議員になってるはずだから、後押しは任せてくれ。伯爵令嬢だから、母上のときより楽なはずだよ」
「⋯⋯実の兄の前で、外堀を埋める相談をしないでください」
薄寒い笑みを浮かべたアンドリューとにこにこ笑うリューイの前でアランはがっくりと肩を落とした。
「アランを通して僕とリューイ様も親戚筋になりますね。シルヴィーが王城に来るのに遠慮がちなので、少し気が楽になるかもしれませんね」
「フレディ、君はブレないね」
ナサニエルが眉間に皺を寄せてフレッドを見た。
フレッドは相変わらず、新妻のことしか考えていない。彼の妻は后子殿下の話し相手として王城に招かれることに、ひどく戸惑っているようだ。
「待て、待ってくれ。⋯⋯じゃない、待ってください。妹の意見は聞いてくださるのでしょうか?」
動揺のあまりアランの言葉が乱れた。
「もちろんだよ。エレン嬢の気持ちが一番大切だからね」
リューイが爽やかに言って、アランはほっと息をついた。彼の主君は人の心を大事にする人だと知っている。リューイがそう言うなら信用してもいい。
「私を意識してもらえるように、全力で頑張るよ!」
「は?」
王子様の全力宣言に、アランはほっとしたはずの息を再び吸い込んだ。喉の奥でヒュッと変な音がした。
性格の基礎は后子殿下、頭脳の出来は国王陛下、知識の源は宰相閣下。アランは妹が逃げ切る未来を思い浮かぶことが出来なかった。
「リューイ様は立場上、常にエレン嬢の側にはいられないから、アランが気をつけてあげてくれると嬉しいな」
「うちのパヴァーヌにもそれとなく言っておきますよ」
アンドリューとフレッドがアランのほうを向いた。とてもいい笑顔が輝いている。
⋯⋯それは男を蹴散らしておけと?
アランは天を仰ぎ、オリヴァーが慰めるように背中をさすったのだった。
シフ伯爵家はアイゼン子爵家と仲がいい。どのくらい仲がいいのかと言うと、伯爵家の長男アランと子爵家の三男フレッドが王太子の学友同士で、親友と言っていい仲である他に、アランの妹エレンとフレッドの姪パヴァーヌが互いの家を行き来するほどに仲良しなのだ。そして、同じくフレッドの姪でパヴァーヌの姉にあたるアリアがアランの婚約者として名が上がっている。
アランとアリアはフレッドを通じて幼馴染と言っていい関係で、お互いなんとなくの初恋同士だ。アリアが婿取りをする可能性があるうちはそれぞれ淡い想いを隠していたものだが、アイゼン子爵家に待望の跡取り息子が誕生した。アランは礼儀正しく手順を踏んで、親友の長兄にアリアとの正式な交際を申し込んだのだった。
アランは身体も大きく剣技に秀で、頭もよかった。そしてなにより常識人だった。新婚の親友が奥方に対して暴走しがちなのを引き止めたり、私生活はおっとりしすぎる主君⋯⋯王太子リューイ殿下を諌めたりと、貧乏籤を引かされ気味である。
そのアランが現在頭を痛めているのは、十四歳になる妹のエレンであった。
エレンは小柄で可憐な少女だった。留学先のスニャータ王国で、エスタークの若獅子と呼ばれた勇猛果敢な兄にまるで似ない容姿は、花の精に例えられるほどだ。ふわふわとした金髪を背中に流し、けぶる睫毛に彩られた群青色の瞳はキラキラと輝いている。
そして、手にした剣もキラキラと輝いている⋯⋯。
「わたくし、女性王族の御身をお守りする、騎士になりとうございます!」
勇ましく言い切ったエレンは、確かに剣の腕はそこらの新人騎士より上だった。体格の不利と腕力のなさを俊敏さと的確な剣さばきで補い、同年代の少年相手の礼儀正しい試合なら負けなしである。
ただし、女性王族は極めて少ないので、就職先があるかは不明だ。なにより問題なのはエレン自身が王太子妃の有力候補であることだった。彼女は自分が王族入りする可能性を、綺麗さっぱり忘れていた。
「申し訳ありません。いつまでも子どもで⋯⋯」
学友同士集まっての昼食会で、アランは情けなさそうに言った。エレンに打ち負かされたどこぞの伯爵の息子が、絶望のあまり出家して聖職の道を目指すと言い出して一悶着あったのを、リューイが取り成したのだ。
「そろそろ騎士の真似事は辞めさせようと、父も申しております」
「エレン嬢は作法も完璧だから、無理に辞めさせなくてもいいのでは? 剣を振るっているときの笑顔は、輝いていて素敵だよ」
朝露に濡れた蕾のような可憐な少女は、笑顔でいるのが一番可愛らしい。リューイはニコニコ笑った。
「⋯⋯リューイ様、アランが言ってるのはそういうことじゃないですよ」
「あなたの花嫁候補が剣を振り回してちゃ、外聞が悪いって言ってるんですよ」
侯爵子息のナサニエルと伯爵子息のクリスがため息混じりに言った。アランとナサニエル、クリスは王太子リューイよりもひとつ歳上で、一足早く成人している。特にナサニエルはお兄さんぶることが多いが、既に侯爵位を継いでいるオリヴァーは更にもうひとつ歳上で、おっとりと優しい眼差しで学友たちのお喋りを聞いていた。
「外聞が悪いって? そんなのただのやっかみじゃない。可憐な令嬢に敵わないからって、相手を貶めてもいいわけないでしょう? だったら自分の鍛錬を増やすか、他に自分に向いた一芸を磨けばいい」
「私もそう思いますが、世の中男尊女卑野郎が多すぎます。一方的にエレン嬢を悪様に言う輩は必ず居るんですよ。あなたの花嫁候補から引き摺り下ろそうとする勢力は、何処から湧いて出てくるかわかりませんよ」
ナサニエルがため息混じりに言った。
リューイは王族ではあるが、五歳の誕生日の直前まで市井で暮らし、王城に住むようになってからも平民育ちの叔父に養育されている。そしてそんなリューイと共に勉学に励んだ学友たちもまた、ガチガチの貴族主義者とは相容れない。比較的大雑把な性格に育ってしまったのは、リューイの叔父、エルフィン后子の教えの賜物だろう。
「リューイ様はエレン嬢がお妃候補なのはどう思ってるの?」
新婚のフレッドは、どこか大人の余裕を漂わせて言った。この中ではリューイとふたりで最年少だが、既婚者はフレッドだけだ。他は婚約者がまだ未成年のため清く正しいお付き合いをしている最中だったり、決まった相手がいなかったりと様々だ。
リューイにはアランの妹の他に数名の候補がいるが、他の令嬢についてなにかを言っているのを聞いたことがない。ちなみにフレッドの姪のパヴァーヌはエレンと同い年だが、子爵家の娘なので王太子妃になるには家格が足りない。
「エレン嬢が側にいてくれたら、一生楽しいだろうなぁ、と思うよ」
リューイはアランに向かってほにゃんと笑った。
「それに私、普段はのんびりしている自覚があるから、エレン嬢くらいしっかりした令嬢じゃないとダメなんじゃないかなぁ」
「リューイ様、そのほんわりした表情は、お仕事中にはやめてくださいね」
ナサニエルがピシャリと言って、クリスが控えめにまぁまぁと宥めた。
「せっかく父に似ず、母の姿そっくりに生まれたのに」
アランは頭を抱えた。令嬢が学ぶべき作法や勉学は、全て及第点を貰っている。しかし、剣を持った瞬間に、その全てが人々の記憶から飛んで逃げる。ひらひらと花びらのように舞いながら、楽しげに少年たちをちぎっては投げするインパクトが強すぎて、じゃじゃ馬の呼び声も高い。
「ふふふ、恋敵が減っていいね」
リューイが微笑んだ。
「リューイ様、エルフィン様を膝にお乗せになってるときの陛下と同じお表情をされてますよ」
「姉上と一緒にいるときの、義兄上っぽい気もします」
「どっちかって言うと、シルヴィー殿を見てるときのフレディじゃない?」
「僕そんな表情してる? ランバート様にお菓子を食べさせてるときの補佐殿っぽいと思ったんだけど」
どれも例えが酷い。
アランは頭を抱えたが、よく考えたら騎士団長が宰相府の事務官を職場に送り届けるときの表情も同じだった。
「あの、リューイ様はうちのエレンを候補の筆頭にお考えで?」
「筆頭って言うか、ほかは考えてないよ?」
恐る恐る尋ねたアランは「それがなにか?」と言わんばかりのリューイの返事に、あんぐりと口を開けた。
「私が八歳のころだっけ、シフ伯爵の屋敷でエレン嬢にはじめて会ったよね。お人形みたいに可愛いのに、棒っきれを振り回して庭を駆け回ってたんだ」
その当時、エレンは三歳か四歳だった。
「その子が私に気づいた瞬間、棒っきれを放って完璧なカーテシーをしたんだよ。あんなに幼いのに不安定な中腰の礼を、ふらつかずにやってのけたんだ」
貴族の娘は外遊びはほとんどしない。陽に灼けるからだ。運動量が足りないから自然と足腰が育たない。エレンは同年代の少女に比べると遥かに健康的だった。
「お人形のように可愛いのに剣技に優れ、作法も完璧。エルがね『ギャップ萌え』って言うんだって教えてくれたよ」
学友たちには『ギャップ』がなにかわからなかったが、后子殿下はときどき妖精の国の言葉を喋るので、その類だろうと納得した。
「⋯⋯よくわかりませんが、リューイ様はエレンを好ましく思っていてくださっているので?」
「ふふふ」
照れ臭そうに笑うリューイはとても幸せそうだった。
「それはその、父に伝えて、エレンの教育を」
アランは真っ青になってしどろもどろに言った。リューイとは幼いころに学友として引き合わされ、為人は充分理解しているし、かけがえのない主君であり、友である。しかし、それとこれとは話が別だ。自分が王の義兄になるのもあり得ないが、奔放な妹が王妃に納まるだなんてなんの冗談かと思う。淑女のマナーが行き届いていることと、未来の王妃の資質は別物だからだ。
「無理矢理は駄目だよ。このままエレン嬢らしくゆっくり大人になってくれたらいいから」
エレンらしくというのが問題なのだが。
「だったら、うちに来ればいいよ」
突然割り込んできたのは、鐡の混じった濃い銀髪と黄金の瞳の青年だった。
「アンディ兄様」
「こら、私はもう臣籍に降ったし、あなたは立太したのだから、兄様はなしだよ」
先の王弟の長子は公子の位を返上して公爵の位を賜った。公爵位は臣籍とは言えほぼ王族である。王太子の会食の場に悠々と割り込めるのは、兄貴分でもある彼くらいだろう。
「はい、アンディ。ところでうちとは?」
リューイは素直にアンドリューの言葉を受け入れた。そして疑問を口にした。
「うちというか、母上の話し相手なんてどうだろう? もともと王太后殿下の護衛騎士だったし、今でも剣を振り回しているから、話は合うと思うよ」
アンドリューの母は大公妃の位に納まってはいるが、息子が言うようにもともと王太后殿下の護衛騎士であった。生まれは子爵家である。家格で言ったら王弟に嫁げる身分ではなかったが、大公の身体が不自由だったこともあり、王太后が引き合わせた縁として無事に婚姻に至った。
「ふふふ、元老院は前例が大好きだからね。エレン嬢が成人するころにはわたしも議員になってるはずだから、後押しは任せてくれ。伯爵令嬢だから、母上のときより楽なはずだよ」
「⋯⋯実の兄の前で、外堀を埋める相談をしないでください」
薄寒い笑みを浮かべたアンドリューとにこにこ笑うリューイの前でアランはがっくりと肩を落とした。
「アランを通して僕とリューイ様も親戚筋になりますね。シルヴィーが王城に来るのに遠慮がちなので、少し気が楽になるかもしれませんね」
「フレディ、君はブレないね」
ナサニエルが眉間に皺を寄せてフレッドを見た。
フレッドは相変わらず、新妻のことしか考えていない。彼の妻は后子殿下の話し相手として王城に招かれることに、ひどく戸惑っているようだ。
「待て、待ってくれ。⋯⋯じゃない、待ってください。妹の意見は聞いてくださるのでしょうか?」
動揺のあまりアランの言葉が乱れた。
「もちろんだよ。エレン嬢の気持ちが一番大切だからね」
リューイが爽やかに言って、アランはほっと息をついた。彼の主君は人の心を大事にする人だと知っている。リューイがそう言うなら信用してもいい。
「私を意識してもらえるように、全力で頑張るよ!」
「は?」
王子様の全力宣言に、アランはほっとしたはずの息を再び吸い込んだ。喉の奥でヒュッと変な音がした。
性格の基礎は后子殿下、頭脳の出来は国王陛下、知識の源は宰相閣下。アランは妹が逃げ切る未来を思い浮かぶことが出来なかった。
「リューイ様は立場上、常にエレン嬢の側にはいられないから、アランが気をつけてあげてくれると嬉しいな」
「うちのパヴァーヌにもそれとなく言っておきますよ」
アンドリューとフレッドがアランのほうを向いた。とてもいい笑顔が輝いている。
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