177 / 229
第一部
誤りを正して 10
しおりを挟む
「いや、です…」
「難しいことは何もない。お前はただこれを握っていれば良いだけだ」
手を重ねるように柄を握り込まされた腕は、たったそれだけで振るう事もできなくなる。短剣を振り落とすことが出来ないまま、そっと身体を引き寄せられた。
「まっ、まって!いやです!ギガイ様止めて下さい!!」
ゆっくりと伝わってくる剣が肉の繊維を断つ感触に、レフラが恐怖に引き攣った声を上げる。ギガイの口から漏れる息もわずかに苦痛の色があった。
それでもかまわずグイッとギガイがレフラの身体を引き寄せようとした時、パキンッと金属が折れる高い音が聞こえてきた。
視線を落とせば、刀身がまだ露出した状態で短剣が根元から折れていた。
「やっ、いや!ギガイ様!どうして!」
ギガイの腹に刺さった短剣と、そこから滲み出る血にレフラの顔が青ざめる。
「な、何でこんな事を!!」
「私もお前に言っただろう。お前は私にとっての唯一だと。お前以外は不要だと。昔からずっとお前だけを求めていた。お前のためだけに力を磨いた。そんなお前を失って私が冷静でいられるはずがない」
「そ、そんな…なら、なら、なぜ他の臣下の方へ身体を開かせたりしたのですか!」
「あれは私の指示ではない。あの男の勝手な振る舞いだ。だからあの男は処分した」
「でもその後だってギガイ様はそんなこと一言も仰らなかった!それどころか、強引に私を抱いていらっしゃったじゃないですか!」
「私の采配のミスだった。だから挽回策を模索した。起きたことをなかったことにできない以上、それ以外に術がなく、またそうするべきだと思っていた。それに強引に抱いたあの時は、お前に拒否をされたと思ったから冷静では居られなかった…」
一息で告げたギガイが熱い吐息と小さなうめき声を上げながら、ずるりとその場に腰を落とした。
「ギガイ様!待ってて下さい、いま誰かを呼んでーー!」
その姿に駆け出そうとしたレフラの手を「ここに居ろ」とギガイが強く握りしめる。決して放さないと言わんばかりの力と、縋るように見えた目にレフラが横に座り込む。
苦痛に眉を寄せながら身体を引き寄せたギガイが、レフラの頬をまたそっと撫でていく。まるで覚えておくように辿る指に苦しくなる。
「ずっとずっとお前だけを求めてきた私だ。どんな事をしてでも失いたくなかった。失わないために、逃げ出す気をなくさせるしかないと思った」
「そんな……」
「それでも愛しめばお前を幸せにしてやれると思っていた。この腕の中ならば、どんな憂いからも守ってやれると思ったはずなのに、抱き上げたお前は辛いと泣いていた……」
「……」
「なぁレフラ。傷付いたお前に私の言葉が届かないこの状況で、もう私の選択が誤りだった事を今では分かっている。だがそれを補う挽回策が思いつかないのだ……」
「まち、がい…だったん、ですか……?」
「あぁ…。ただ、あまりに多すぎた過ちに、今さら何をしても愚策にしかならないようだ。だからお前が求めるなら、私を殺して自由を得ろ」
「な、何で…何で、そんな風に言うんですか! わざとじゃなかったんでしょ!? 間違えたって今は思うんでしょう!? なら、ごめんなさいってギガイ様も謝って、ただやり直せば良いじゃないですか!!」
悲しくて、苦しくて、でもそれよりもすごく腹が立って、思わずレフラはギガイを怒鳴りつけていた。
誰よりも大切だとレフラだってギガイのことを思っているのに、そんな自分に殺せと言うのだ。これほど酷いことなんてない。
今まで経験した何よりも腹が立って、御饌だとか、隷属だとか、黒族長だとか。そんなギガイへの遠慮なんかは全て吹き飛んでいた。
「……私が、謝る……?」
「こうやって私に殺されてやるぐらいなら、謝るぐらい良いじゃないですか!! 謝るよりは死ぬ方がギガイ様にはマシなんですか!?」
「いや、そうではない…ただ、謝ったことがないだけだ……責任から逃れきれない以上は、謝って許しを得られる立場ではないと…その行為を認められたこともない…」
「他の方は分かりません! でもギガイ様の孤独に寄り添える唯一だと仰るなら、私にはちゃんと謝って下さい! 私だけは何があってもギガイ様を許します。それで済まないことだって言うなら、一緒に方法だって探します! それで誰かの迷惑になるなら、一緒に怒られて、責任を取ったって良いです! 私はちゃんとギガイ様と一緒にやり直すから、間違えたって思うなら、謝って…そしてまたやり直して下さい……ギガイ様を殺せだなんて…言わないで…いや、です…ぜったい、それだけは、いや、です……」
「そうか、分かった…もう言わん…。その…済まなかった……」
バッと顔を上げたレフラの目の前で、情けないような微妙な表情を浮かべたギガイがレフラの方をうかがい見ていた。
「はいっ!許します、でも2回目はダメですからね!」
ギガイが豆鉄砲を食らった鳩のようにレフラの言葉に目を見開く。その後クククッと笑った瞬間、傷口に触ったのだろう。うめき声をわずかに漏らした。
「難しいことは何もない。お前はただこれを握っていれば良いだけだ」
手を重ねるように柄を握り込まされた腕は、たったそれだけで振るう事もできなくなる。短剣を振り落とすことが出来ないまま、そっと身体を引き寄せられた。
「まっ、まって!いやです!ギガイ様止めて下さい!!」
ゆっくりと伝わってくる剣が肉の繊維を断つ感触に、レフラが恐怖に引き攣った声を上げる。ギガイの口から漏れる息もわずかに苦痛の色があった。
それでもかまわずグイッとギガイがレフラの身体を引き寄せようとした時、パキンッと金属が折れる高い音が聞こえてきた。
視線を落とせば、刀身がまだ露出した状態で短剣が根元から折れていた。
「やっ、いや!ギガイ様!どうして!」
ギガイの腹に刺さった短剣と、そこから滲み出る血にレフラの顔が青ざめる。
「な、何でこんな事を!!」
「私もお前に言っただろう。お前は私にとっての唯一だと。お前以外は不要だと。昔からずっとお前だけを求めていた。お前のためだけに力を磨いた。そんなお前を失って私が冷静でいられるはずがない」
「そ、そんな…なら、なら、なぜ他の臣下の方へ身体を開かせたりしたのですか!」
「あれは私の指示ではない。あの男の勝手な振る舞いだ。だからあの男は処分した」
「でもその後だってギガイ様はそんなこと一言も仰らなかった!それどころか、強引に私を抱いていらっしゃったじゃないですか!」
「私の采配のミスだった。だから挽回策を模索した。起きたことをなかったことにできない以上、それ以外に術がなく、またそうするべきだと思っていた。それに強引に抱いたあの時は、お前に拒否をされたと思ったから冷静では居られなかった…」
一息で告げたギガイが熱い吐息と小さなうめき声を上げながら、ずるりとその場に腰を落とした。
「ギガイ様!待ってて下さい、いま誰かを呼んでーー!」
その姿に駆け出そうとしたレフラの手を「ここに居ろ」とギガイが強く握りしめる。決して放さないと言わんばかりの力と、縋るように見えた目にレフラが横に座り込む。
苦痛に眉を寄せながら身体を引き寄せたギガイが、レフラの頬をまたそっと撫でていく。まるで覚えておくように辿る指に苦しくなる。
「ずっとずっとお前だけを求めてきた私だ。どんな事をしてでも失いたくなかった。失わないために、逃げ出す気をなくさせるしかないと思った」
「そんな……」
「それでも愛しめばお前を幸せにしてやれると思っていた。この腕の中ならば、どんな憂いからも守ってやれると思ったはずなのに、抱き上げたお前は辛いと泣いていた……」
「……」
「なぁレフラ。傷付いたお前に私の言葉が届かないこの状況で、もう私の選択が誤りだった事を今では分かっている。だがそれを補う挽回策が思いつかないのだ……」
「まち、がい…だったん、ですか……?」
「あぁ…。ただ、あまりに多すぎた過ちに、今さら何をしても愚策にしかならないようだ。だからお前が求めるなら、私を殺して自由を得ろ」
「な、何で…何で、そんな風に言うんですか! わざとじゃなかったんでしょ!? 間違えたって今は思うんでしょう!? なら、ごめんなさいってギガイ様も謝って、ただやり直せば良いじゃないですか!!」
悲しくて、苦しくて、でもそれよりもすごく腹が立って、思わずレフラはギガイを怒鳴りつけていた。
誰よりも大切だとレフラだってギガイのことを思っているのに、そんな自分に殺せと言うのだ。これほど酷いことなんてない。
今まで経験した何よりも腹が立って、御饌だとか、隷属だとか、黒族長だとか。そんなギガイへの遠慮なんかは全て吹き飛んでいた。
「……私が、謝る……?」
「こうやって私に殺されてやるぐらいなら、謝るぐらい良いじゃないですか!! 謝るよりは死ぬ方がギガイ様にはマシなんですか!?」
「いや、そうではない…ただ、謝ったことがないだけだ……責任から逃れきれない以上は、謝って許しを得られる立場ではないと…その行為を認められたこともない…」
「他の方は分かりません! でもギガイ様の孤独に寄り添える唯一だと仰るなら、私にはちゃんと謝って下さい! 私だけは何があってもギガイ様を許します。それで済まないことだって言うなら、一緒に方法だって探します! それで誰かの迷惑になるなら、一緒に怒られて、責任を取ったって良いです! 私はちゃんとギガイ様と一緒にやり直すから、間違えたって思うなら、謝って…そしてまたやり直して下さい……ギガイ様を殺せだなんて…言わないで…いや、です…ぜったい、それだけは、いや、です……」
「そうか、分かった…もう言わん…。その…済まなかった……」
バッと顔を上げたレフラの目の前で、情けないような微妙な表情を浮かべたギガイがレフラの方をうかがい見ていた。
「はいっ!許します、でも2回目はダメですからね!」
ギガイが豆鉄砲を食らった鳩のようにレフラの言葉に目を見開く。その後クククッと笑った瞬間、傷口に触ったのだろう。うめき声をわずかに漏らした。
35
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる