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神山 備

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指輪の記憶

乾いた平凡な日々

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 翌日、会社で会った健史は、いつもの健史だった。大体、元から仕事とプライベートを混同するような奴じゃなかったけど、彼の口からは海の名前――倉本――の「く」の字も出てはこなかった。
「だからですね、ここは思い切ってこうアプローチした方が、先方のウケは良いと思うんですよ」
 仕事の時の妙に丁寧な口調が、僕にもこの話をするなと暗に告げていた。
 
 そのまま僕は海と別れて……乾いた平穏な日々が続いた。
 そしてそれから七年経った頃、僕はあの人に勧められるままに見合いをした志穂とあっさり結婚した。
「GMも丸くなったもんだ。それだけお互い歳をとったってことですかね」
もうすっかり役職でしか呼ばなくなった健史がそう皮肉った。
 僕もこの結婚が実は偽装で、本当は志穂には裏に男がいることなど、彼に熱を込めて弁解するような子供でもなくなっていた。
 
 だから、本心を隠し続けて……僕の想いは日々に埋もれて行く、はずだった。

 ところがそんなある日、健史は久しぶりにプライベートで僕を誘った。そこで彼は、高校時代の同窓会の話を始めた。
「自分がどう変わったかなんて判んないんだけどさ、みんな変わってるんでビックリした。北野なんて、ありゃ詐欺だよ、詐欺!」
まるで高校時代にタイムスリップしたような口調で、健史はクラスのマドンナ的な存在だった北野紀子の変貌ぶりを、面白おかしく話した。
「それから……倉本も来てた。お前の名字じゃないってルリに言われて苦笑してたぞ」
そのあと、健史はトーンを落として海の消息を告げた。
「そりゃそうだよな、五年も前に結婚して、二人目がもうすぐ生まれるらしいよ。大きなお腹で幸せそうに笑ってた。『今更龍太郎の事言われても』ってな」
 そうか、海も結婚していたのか……自分の結婚も棚に上げて、当然と言えば当然の事実に僕は動揺していた。僕はあの日、彼女のそうした幸せを願って突き放したはずなのに。
 “今更”なんだ、僕の事は彼女にとって……
僕にとっては君は今でも……

 僕はその夜、健史が止めるのも聞かずにどんどんと酒を呷った。そして、ふらつく足で自宅に戻ると、リビングの志穂に声もかけずに寝室に向かって、ベッドの上に膝を抱えて座り込んだ。
 するとしばらくして、背後から誰かが僕の首筋を優しく抱いた。
「う、海?」
僕はびっくりしてその優しい手の主を見た。 
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