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2.炎妖精の鱗粉
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窓から差し込む光で目が覚めた。春のトリューシカは日の出も早く、人々が活動する時間も自然と早くなる。窓の外からはガラガラと荷馬車が通る音が聞こえた。一応周りのことを気遣っているのか、耳障りだと思うほど大きな音ではない。
うんと伸びをして外を見る。天気は快晴。絶好の採集日和である。
イチノセ素材店の一日は至って単調だ。目覚めてから顔を洗って朝食をとり、店の掃除など開店準備をし、開店したら客の相手をしつつ、陳列している品物の補充や時期によってレイアウトを変えたりと店内の業務を行う。昼食はとらない。不死鳥にとっての食事は人間の食事とは少し違うので、本来は朝食だって必要ないくらいだ。朝食だけでもとるのは、ちょっとした娯楽の一環である。
閉店時間になったら一日の売上を確認して帳簿に記録を残し、掃除をしておしまい。商人なら品物を発注するための手続きが必要なのだろうが、わたしは自ら素材を集めるのでそれもない。二階にある自室にもどったら少しだけ人間の姿から不死鳥の姿に戻り、言葉通り羽を伸ばしてから、再び人間に戻り風呂などをすませて眠る。洗濯や買い物は週に一度の休みの日にまとめて行う。そして、その休みとは別の日に、お店は休みだけどもわたしの仕事として、トリューシカ内の森を巡って素材集めをする。
今日はその素材集めの日だ。
利便性と歩きやすさを重視した服に着替える。汚れても問題ないシャツとズボンに、皮のブーツ。腰には大きめのポーチを装備した。そのポーチの中に、口の大きな麻袋を小さく折りたたんで詰める。一見普通の麻袋だが実は魔術具で、袋の口より小さなものであれば容量無制限で荷物を詰めることができる代物なのだ。しかも重さは変わらない。採集にぴったりな、お気に入りの魔術具である。
ポーチの外側のポケットには空き瓶をいくつか突っ込んだ。この空き瓶は魔術具でも何でもない、普通の瓶だ。素材集めには空き瓶は必須。なければいくら麻袋が容量無制限とはいえ、その中で散らばって回収の手間が増えてしまう。面倒なのは極力避けたい。
身支度を整え、忘れ物がないか確認し終えると、わたしはベッドサイドの引き出しから魔術具の一つを取り出した。それを床に転がして、ゆっくりと魔力を注ぎ込む。淡い青色の魔法陣が浮かび上がるその様子は何度も見てきたのだが、初めて見た時は大はしゃぎしたものだ。
「ロードリーエの森」
行き先を告げると、魔法陣はぱっと輝いた。この光だけはどうしても慣れなくて、つい目を閉じてしまう。瞼の奥に残る青色の光が収まってから目を開けると、木造の部屋から一転、辺りは薄暗い森の中へと景色を変えていた。
わたしが使ったのは転移魔術が仕込まれた魔術具である。現在地と目的地を魔力で登録し、使用するときに魔力を注ぎ込むことによって転移が可能となっている。魔術国家トリューシカが誇る発明品の一つだ。当然そんな便利なものだから、必要とする魔力量は膨大で、平民はもちろん魔力量が多めな貴族だって簡単には使えない。使用するためには予め準備が必要で、日数をかけて必要な魔力を補充しておくのが一般的な使用法である。
魔力量という点では、わたしは一応これでも不死鳥なので人間を基準にしたら常識外といえよう。そのため本来なら一つの魔術具で一箇所を登録するのがやっとだというのに、わたしは複数の場所を目的地に登録できた。
ロードリーエの森はその一つだった。トリューシカの南に位置しており、常に薄暗く、人間基準で相当な魔力がなければ入った瞬間迷ってしまうような森だ。もちろん、わたしは勝手知ったる森なので、今更迷うことはない。
ロードリーエの森は薄暗かったが、足元が見えないほどではないし、明かりを準備する必要もなかった。曇り空の日中、といった感じだ。人の気配はなく、代わりにさまざまな魔力が混ざった、不思議な気配が常に側にあった。あまり大きな気配ではないので、精霊や小型の幻想生物がこちらの様子をうかがっているだけだろう。もしかしたら、見た目が人間なのに流れ出る魔力は不死鳥のものだから不思議に思っているのかもしれない。少なくともわたしから不死鳥の魔力がする以上、ここは動物からも、植物からですら守られた、どこよりも安全な場所だった。
広葉樹が敷き詰められた足元を気をつけて歩くだけで、サラマンダーの尻尾はいくつか見つけることが出来た。トリューシカにおいてのサラマンダーは、妖精から派生した精霊の一種である。幻想生物の中では数が多いが、あまり強いとはいえず、常に外敵に狙われているようなものだった。幻想生物の棲家であるこの森でも例外ではなく、むしろより強い生き物たちの巣窟でもあるので、普通の森より狙われやすい。
「サラマンダーの尻尾と、炎妖精の鱗粉と……ああ、この辺りは王術院の課題で火傷なおしの調合があるって言ってたから、その関連かな。千年茸とロードリーエの葉は、魔術師団長様の私物ってとこかしら。なら枝も今後必要になるかもしれない」
メモを見ながら素材を集めていく。数が必要なのは主にサラマンダーの尻尾と、この森の名前にもなっているロードリーエの木の葉だった。ロードリーエの木は広葉樹で、葉はこぶし大ほどある。トリューシカの南に位置するため他の地域に比べるとやや温かいので、のびのびと葉が生い茂るのだ。それが陽の光を遮るために、穏やかな日光が降り注いでいるのにも関わらずこの森は常に薄暗い。森の入り口付近ならば普通の人間でもそれほど迷うことはないので、ロードリーエの葉や枝自体は幻想植物として広く知られているし、流通もしている。ただこれも王都ラッセルだと運ばれている間に葉が少し乾いて痛むため、品質の良いものは少し値が張る品である。
千年茸の方は、ロードリーエの森に限らず、幻想生物の棲む森ならどこでも採集できるが、こちらは森の奥に行かないと『千年』の名を掲げるほどの大きさのものは見つかり辛い。茸のかさの大きさが三十センチを越えなければ、同種の茸でも千年茸とは呼ばれないので、人がすぐに採集できる場所だとそこまで育ちにくいのが原因だ。
元々森の奥を転移地点として登録しているので、これもすぐ見つけることができた。あとは炎妖精の鱗粉だけだ。
炎妖精の居場所は分かっていた。どこを徘徊しているか分からない幻想生物と違って、妖精は基本的に棲家と決めた場所からあまり遠くには行かない。そして、ロードリーエの森の炎妖精は、森の中心部にある祠を棲家にしている。
目的地がはっきりしているので、わたしはすたすたと迷いなく歩いていった。落葉したロードリーエの葉が地面を覆い、人間がやってくることが稀なため、獣道と化したその道は歩いていても同じような景色が続くだけだった。しかし人間では感じ取れないほど微かな魔力の気配は、徐々に近付いてくる。魔力に満ちた森を歩くには、目立つ魔力ではなく隠れるように潜む魔力を見つけられる力がないと難しい。故に、目立つ魔力に引っ張られる人間にとってこういった森は魔境とも言えた。
しばらく歩くと、唐突に開けた場所に出た。密集するように生えていた木々は円になるようにその場を囲み、中央には苔むした長方形の祠に、向かい合うようにして不死鳥を模した石像が佇んでいる。
この祠ははるか昔、この森の奥までやって来ても迷わないほど魔力を持った人間が、国の聖獣である不死鳥を祀り、ロードリーエの森を中心にこの辺り一帯の守りとなるよう祈りを込めて作られたものだ。当時の先代の不死鳥がその人間のことをやけに気に入っていたから、わたしの……正しくは不死鳥の記憶として、はっきりと刻まれている。
そして、その周りを仄かな赤色を纏った、まだ形も定まらない柔らかな毛玉がほよほよと浮いている。――炎妖精だ。
朝緋としての記憶を得て初めて属性妖精たちと出会った時、わたしは真っ先に『ケサランパサラン』という単語が頭に浮かんだ。あれがそれぞれの属性の色をしていると思えばいい。妖精はまだ自我がなく、その場に漂うだけの存在だ。魔力の多い土地を棲家として、時間をかけてその土地の魔力を取り込み、やがて自我を持つ。自我を持った妖精は精霊となり、また時間をかけてその土地の魔力を得て妖精を生み、そしてその妖精たちを連れて新たな土地へ旅立ち、そこでまた新たな精霊を生む。
妖精の鱗粉というのは、蓄えようとして失敗した分が溢れ出て、粒子になったもののことを指した。人間の中にはこの粒子を常に得るために、棲家を探して旅立った妖精を捕まえて瓶に閉じ込め、自分の魔力を与えている者もいるらしい。だが元々妖精は繊細な存在だ。こうして棲家の定まった妖精たちは実際生まれた妖精からかなり数が減っていて、その大半は得られる魔力が足りず妖精にすらなれぬままこの世界を漂いやがて消えてしまう。同じように、人間に飼われた妖精も、初めこそ与えられる魔力で事足りても、精霊へと近づくにつれて必要な魔力量が多くなり、そしてそれが人間の魔力では得られず消えてしまう運命にあった。
「さて、と。少しだけ鱗粉をくださいな」
腰につけていたポーチから空き瓶を取り出し、蓋を開け待つ。すると、魔力が溢れ出ている妖精たちがふんわりとこちらに近付いてきて、瓶の縁に触れた。自我はなくともわたしの魔力には反応するようで、今の妖精たちが蓄えられる魔力から溢れ出た分を瓶の中に流してくれているのが分かる。
魔力が少なすぎてもダメだが、多すぎてもダメ。それが妖精や精霊だ。そのバランスの調整が難しいのか、精霊になれる妖精は少なく、大精霊になれる精霊は少ない。それでもその存在が絶えることはないから、これはわたしにも分からないこの世界そのものの魔力が関わっているのだろう。
そんなことをぼんやりと考えているうちに、炎妖精の鱗粉で瓶はいっぱいになっていた。橙に近い赤色をした鱗粉は、ひと目で炎妖精のものだと分かる。蓋をしてポーチに戻してから「ありがとう」と一言告げると、自我のない妖精たちが心なしか楽しそうにぷかぷか浮かんでいる気がした。
ロードリーエの葉や枝、千年茸などを麻袋に詰め込み、帰還用の魔術具を使って帰宅したわたしは、早速戦利品の整理をした。大半は倉庫に保管するのだが、予め注文を受けていた分は別の木箱によけておき、うっかり別の人に売らないようタグを付けておいた。
「……明らかに試されてるよね……」
魔術師団長からの注文は回を追うごとに増えている。まるでどこまでこちらが用意できるのか試しているようでもあった。正直なところ、わたしが集められない素材はほとんどない。季節が関わっていたり、天気が影響したり、特定の条件でしか得られない素材はすぐに手に入れることはできないが、それでもその機会さえ逃さなければ基本的に不可能ではない。どうしても無理なものは幻想生物の目や心臓といった肉体的な部位で、幻想生物を殺さなければならないような素材は取り扱わないようにしている。
人間の基準で考えたら、どうやってそれらを仕入れているのか、あるいは採集しているのか、不思議で仕方ないことだろう。ドルガー団長や他の客には、独自の仕入れルートを確保していて、わたしではなくその商人が手練なのだ、という風にごまかしているが、いつまでもこの嘘が通じるとは思えない。
かといって、わたしが不死鳥であることを伝える気もない。不死鳥の涙は再生の効果を持ち、血には不死の力が宿っている。それを求めて荒事を企てる人間がいなくならないことは、初代から脈々と継がれる記憶で嫌というほど知っていた。
魔術師団長は会ったことこそないものの、わたしの良い収入源だから融通をきかせてきたけれども。流石にそろそろ、デッドラインをはっきりさせておかなければいけないのかもしれない。
たとえ要求されても絶対に渡せないのが不死鳥の涙と血。羽はセーフだと思っていたが、ここもアウトに含めたほうが無難そうだ。
不自然すぎるくらい平民に情報が流れてこない魔術師団長のことを気にしすぎていても仕方がない。そう分かっているのに懸念するのは、すでに予感があったからかもしれなかった。
うんと伸びをして外を見る。天気は快晴。絶好の採集日和である。
イチノセ素材店の一日は至って単調だ。目覚めてから顔を洗って朝食をとり、店の掃除など開店準備をし、開店したら客の相手をしつつ、陳列している品物の補充や時期によってレイアウトを変えたりと店内の業務を行う。昼食はとらない。不死鳥にとっての食事は人間の食事とは少し違うので、本来は朝食だって必要ないくらいだ。朝食だけでもとるのは、ちょっとした娯楽の一環である。
閉店時間になったら一日の売上を確認して帳簿に記録を残し、掃除をしておしまい。商人なら品物を発注するための手続きが必要なのだろうが、わたしは自ら素材を集めるのでそれもない。二階にある自室にもどったら少しだけ人間の姿から不死鳥の姿に戻り、言葉通り羽を伸ばしてから、再び人間に戻り風呂などをすませて眠る。洗濯や買い物は週に一度の休みの日にまとめて行う。そして、その休みとは別の日に、お店は休みだけどもわたしの仕事として、トリューシカ内の森を巡って素材集めをする。
今日はその素材集めの日だ。
利便性と歩きやすさを重視した服に着替える。汚れても問題ないシャツとズボンに、皮のブーツ。腰には大きめのポーチを装備した。そのポーチの中に、口の大きな麻袋を小さく折りたたんで詰める。一見普通の麻袋だが実は魔術具で、袋の口より小さなものであれば容量無制限で荷物を詰めることができる代物なのだ。しかも重さは変わらない。採集にぴったりな、お気に入りの魔術具である。
ポーチの外側のポケットには空き瓶をいくつか突っ込んだ。この空き瓶は魔術具でも何でもない、普通の瓶だ。素材集めには空き瓶は必須。なければいくら麻袋が容量無制限とはいえ、その中で散らばって回収の手間が増えてしまう。面倒なのは極力避けたい。
身支度を整え、忘れ物がないか確認し終えると、わたしはベッドサイドの引き出しから魔術具の一つを取り出した。それを床に転がして、ゆっくりと魔力を注ぎ込む。淡い青色の魔法陣が浮かび上がるその様子は何度も見てきたのだが、初めて見た時は大はしゃぎしたものだ。
「ロードリーエの森」
行き先を告げると、魔法陣はぱっと輝いた。この光だけはどうしても慣れなくて、つい目を閉じてしまう。瞼の奥に残る青色の光が収まってから目を開けると、木造の部屋から一転、辺りは薄暗い森の中へと景色を変えていた。
わたしが使ったのは転移魔術が仕込まれた魔術具である。現在地と目的地を魔力で登録し、使用するときに魔力を注ぎ込むことによって転移が可能となっている。魔術国家トリューシカが誇る発明品の一つだ。当然そんな便利なものだから、必要とする魔力量は膨大で、平民はもちろん魔力量が多めな貴族だって簡単には使えない。使用するためには予め準備が必要で、日数をかけて必要な魔力を補充しておくのが一般的な使用法である。
魔力量という点では、わたしは一応これでも不死鳥なので人間を基準にしたら常識外といえよう。そのため本来なら一つの魔術具で一箇所を登録するのがやっとだというのに、わたしは複数の場所を目的地に登録できた。
ロードリーエの森はその一つだった。トリューシカの南に位置しており、常に薄暗く、人間基準で相当な魔力がなければ入った瞬間迷ってしまうような森だ。もちろん、わたしは勝手知ったる森なので、今更迷うことはない。
ロードリーエの森は薄暗かったが、足元が見えないほどではないし、明かりを準備する必要もなかった。曇り空の日中、といった感じだ。人の気配はなく、代わりにさまざまな魔力が混ざった、不思議な気配が常に側にあった。あまり大きな気配ではないので、精霊や小型の幻想生物がこちらの様子をうかがっているだけだろう。もしかしたら、見た目が人間なのに流れ出る魔力は不死鳥のものだから不思議に思っているのかもしれない。少なくともわたしから不死鳥の魔力がする以上、ここは動物からも、植物からですら守られた、どこよりも安全な場所だった。
広葉樹が敷き詰められた足元を気をつけて歩くだけで、サラマンダーの尻尾はいくつか見つけることが出来た。トリューシカにおいてのサラマンダーは、妖精から派生した精霊の一種である。幻想生物の中では数が多いが、あまり強いとはいえず、常に外敵に狙われているようなものだった。幻想生物の棲家であるこの森でも例外ではなく、むしろより強い生き物たちの巣窟でもあるので、普通の森より狙われやすい。
「サラマンダーの尻尾と、炎妖精の鱗粉と……ああ、この辺りは王術院の課題で火傷なおしの調合があるって言ってたから、その関連かな。千年茸とロードリーエの葉は、魔術師団長様の私物ってとこかしら。なら枝も今後必要になるかもしれない」
メモを見ながら素材を集めていく。数が必要なのは主にサラマンダーの尻尾と、この森の名前にもなっているロードリーエの木の葉だった。ロードリーエの木は広葉樹で、葉はこぶし大ほどある。トリューシカの南に位置するため他の地域に比べるとやや温かいので、のびのびと葉が生い茂るのだ。それが陽の光を遮るために、穏やかな日光が降り注いでいるのにも関わらずこの森は常に薄暗い。森の入り口付近ならば普通の人間でもそれほど迷うことはないので、ロードリーエの葉や枝自体は幻想植物として広く知られているし、流通もしている。ただこれも王都ラッセルだと運ばれている間に葉が少し乾いて痛むため、品質の良いものは少し値が張る品である。
千年茸の方は、ロードリーエの森に限らず、幻想生物の棲む森ならどこでも採集できるが、こちらは森の奥に行かないと『千年』の名を掲げるほどの大きさのものは見つかり辛い。茸のかさの大きさが三十センチを越えなければ、同種の茸でも千年茸とは呼ばれないので、人がすぐに採集できる場所だとそこまで育ちにくいのが原因だ。
元々森の奥を転移地点として登録しているので、これもすぐ見つけることができた。あとは炎妖精の鱗粉だけだ。
炎妖精の居場所は分かっていた。どこを徘徊しているか分からない幻想生物と違って、妖精は基本的に棲家と決めた場所からあまり遠くには行かない。そして、ロードリーエの森の炎妖精は、森の中心部にある祠を棲家にしている。
目的地がはっきりしているので、わたしはすたすたと迷いなく歩いていった。落葉したロードリーエの葉が地面を覆い、人間がやってくることが稀なため、獣道と化したその道は歩いていても同じような景色が続くだけだった。しかし人間では感じ取れないほど微かな魔力の気配は、徐々に近付いてくる。魔力に満ちた森を歩くには、目立つ魔力ではなく隠れるように潜む魔力を見つけられる力がないと難しい。故に、目立つ魔力に引っ張られる人間にとってこういった森は魔境とも言えた。
しばらく歩くと、唐突に開けた場所に出た。密集するように生えていた木々は円になるようにその場を囲み、中央には苔むした長方形の祠に、向かい合うようにして不死鳥を模した石像が佇んでいる。
この祠ははるか昔、この森の奥までやって来ても迷わないほど魔力を持った人間が、国の聖獣である不死鳥を祀り、ロードリーエの森を中心にこの辺り一帯の守りとなるよう祈りを込めて作られたものだ。当時の先代の不死鳥がその人間のことをやけに気に入っていたから、わたしの……正しくは不死鳥の記憶として、はっきりと刻まれている。
そして、その周りを仄かな赤色を纏った、まだ形も定まらない柔らかな毛玉がほよほよと浮いている。――炎妖精だ。
朝緋としての記憶を得て初めて属性妖精たちと出会った時、わたしは真っ先に『ケサランパサラン』という単語が頭に浮かんだ。あれがそれぞれの属性の色をしていると思えばいい。妖精はまだ自我がなく、その場に漂うだけの存在だ。魔力の多い土地を棲家として、時間をかけてその土地の魔力を取り込み、やがて自我を持つ。自我を持った妖精は精霊となり、また時間をかけてその土地の魔力を得て妖精を生み、そしてその妖精たちを連れて新たな土地へ旅立ち、そこでまた新たな精霊を生む。
妖精の鱗粉というのは、蓄えようとして失敗した分が溢れ出て、粒子になったもののことを指した。人間の中にはこの粒子を常に得るために、棲家を探して旅立った妖精を捕まえて瓶に閉じ込め、自分の魔力を与えている者もいるらしい。だが元々妖精は繊細な存在だ。こうして棲家の定まった妖精たちは実際生まれた妖精からかなり数が減っていて、その大半は得られる魔力が足りず妖精にすらなれぬままこの世界を漂いやがて消えてしまう。同じように、人間に飼われた妖精も、初めこそ与えられる魔力で事足りても、精霊へと近づくにつれて必要な魔力量が多くなり、そしてそれが人間の魔力では得られず消えてしまう運命にあった。
「さて、と。少しだけ鱗粉をくださいな」
腰につけていたポーチから空き瓶を取り出し、蓋を開け待つ。すると、魔力が溢れ出ている妖精たちがふんわりとこちらに近付いてきて、瓶の縁に触れた。自我はなくともわたしの魔力には反応するようで、今の妖精たちが蓄えられる魔力から溢れ出た分を瓶の中に流してくれているのが分かる。
魔力が少なすぎてもダメだが、多すぎてもダメ。それが妖精や精霊だ。そのバランスの調整が難しいのか、精霊になれる妖精は少なく、大精霊になれる精霊は少ない。それでもその存在が絶えることはないから、これはわたしにも分からないこの世界そのものの魔力が関わっているのだろう。
そんなことをぼんやりと考えているうちに、炎妖精の鱗粉で瓶はいっぱいになっていた。橙に近い赤色をした鱗粉は、ひと目で炎妖精のものだと分かる。蓋をしてポーチに戻してから「ありがとう」と一言告げると、自我のない妖精たちが心なしか楽しそうにぷかぷか浮かんでいる気がした。
ロードリーエの葉や枝、千年茸などを麻袋に詰め込み、帰還用の魔術具を使って帰宅したわたしは、早速戦利品の整理をした。大半は倉庫に保管するのだが、予め注文を受けていた分は別の木箱によけておき、うっかり別の人に売らないようタグを付けておいた。
「……明らかに試されてるよね……」
魔術師団長からの注文は回を追うごとに増えている。まるでどこまでこちらが用意できるのか試しているようでもあった。正直なところ、わたしが集められない素材はほとんどない。季節が関わっていたり、天気が影響したり、特定の条件でしか得られない素材はすぐに手に入れることはできないが、それでもその機会さえ逃さなければ基本的に不可能ではない。どうしても無理なものは幻想生物の目や心臓といった肉体的な部位で、幻想生物を殺さなければならないような素材は取り扱わないようにしている。
人間の基準で考えたら、どうやってそれらを仕入れているのか、あるいは採集しているのか、不思議で仕方ないことだろう。ドルガー団長や他の客には、独自の仕入れルートを確保していて、わたしではなくその商人が手練なのだ、という風にごまかしているが、いつまでもこの嘘が通じるとは思えない。
かといって、わたしが不死鳥であることを伝える気もない。不死鳥の涙は再生の効果を持ち、血には不死の力が宿っている。それを求めて荒事を企てる人間がいなくならないことは、初代から脈々と継がれる記憶で嫌というほど知っていた。
魔術師団長は会ったことこそないものの、わたしの良い収入源だから融通をきかせてきたけれども。流石にそろそろ、デッドラインをはっきりさせておかなければいけないのかもしれない。
たとえ要求されても絶対に渡せないのが不死鳥の涙と血。羽はセーフだと思っていたが、ここもアウトに含めたほうが無難そうだ。
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