痴漢冤罪に遭遇したニートな俺のダイハードな48時間

ご隠居

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俺の推理 6

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「…ところで吉良君」

 田林主任検事が執務室をあとにし、再び、俺と押田部長の二人きりとなるや、押田部長からそう声をかけられた。

「はい」

「もう一つ、君の意見を聞きたい」

「何でしょう…」

「痴漢冤罪の件だが…、何でも隼町にある警視総監公舎において田島が近野とそれに杉山なるやはり刑事であろう、それも草壁忍が言うには部下らしきその二人の刑事を交えて痴漢冤罪の打ち合わせをしたそうだが…」

「やはり確証はありませんが、それでもその可能性が極めて高いと思います」

「うむ。俺も同感だが、しかし、だとするならば、だよ?総監の小山は田島たちに…、いや、恐らくは田島に対してであろう、痴漢冤罪の打ち合わせのために田島に総監公舎を貸し出したことになるわけだが…」

「でしょうね…、恐らくは田島が小山にせがんだんだと思いますよ…」

「草壁忍と痴漢冤罪の打ち合わせをするために隼町にある総監公舎を貸し出せ、と?」

「そうです。何しろ田島は…、やはり恐らくですが、小山から浅井さんを痴漢冤罪で嵌めるよう、直接に命じたものと思われます…」

「小山と田島のつながりから、やはりワンクッション置くことなく、直接に、だな?」

「ええ。あるいは小山には浅井さんをどうやって処置すべきか、その具体的なアイディアを持ち合わせてはおらず、そこで田島に助けを求めるべく、田島に連絡を取ったのかも知れません…」

「だとするならば、小山から相談を持ちかけられた田島が痴漢冤罪で嵌めることを提案したと?」

「ええ。そして俺としてはその可能性の方が極めて高いと思いますけどね…」

 警視総監の小山は腐ってもキャリアである。その小山が痴漢冤罪で嵌めようなどと、そんな下世話なことを思いつくとは思えなかったからだ。

「なるほど…、確かに言われてみればそうかも知れんな…」

 押田部長も同意した。

「で、田島はその際、痴漢冤罪の打ち合わせのために総監公舎を貸し出せと、小山にそう頼んだと思われます」

「それもやはり…、保険の意味合いがあってのことか?」

「だと思いますね。仮に痴漢冤罪で浅井さんを嵌めることに成功した暁には、その時こそ本当に小山は俺を切り捨てるかも知れない…、田島がそう考えたとしても不思議ではないでしょう…」

「うむ…、そしてそれを阻止するには痴漢冤罪に総監の小山を巻き込むのが一番だと?」

「ええ。そのための場所の…、総監公舎の提供要請ではなかったかと…」

「なるほど…、痴漢冤罪の打ち合せたのために…、そうと知りながら小山はその打ち合わせのために、こともあろうに総監たる自分の住処たる公舎を貸し出したとなれば、小山も痴漢冤罪…、虚偽告訴の共犯になるからな…」

「ええ…、そしてそれこそが田島の狙いであったと…」

「なるほど…、仮に俺を切り捨てるようなことがあれば、総監であるあんたも痴漢冤罪を仕掛けた共犯になると、さしずめ、世間にバラしてやるとでも脅しに使おうして、だな?」

「ええ。あるいは仮に運悪く…、正に今のような状況ですが、痴漢冤罪が発覚して逮捕されそうになった場合、田島としては総監の名は出さずにすべて自分の個人犯罪として罪を引っ被るので、その代わり、出所した暁にはそう…、例えば一生遊んで暮らせるだけの金を寄越せと…、田島は小山に対してそのようにも頼んだものと思われます…」

「なるほど…、そして仮にその約束を違えるような場合にはやはり…」

「ええ。あんたも共犯だってことを世間にバラしてやる…、田島はそのようにも小山を脅したんじゃないでしょうかねぇ…」

「つまり総監公舎の貸し出しは…、総監公舎にて痴漢冤罪の打ち合わせを行うべく、総監公舎の貸し出しを求めた背景にはそのような事情が隠されていると?」

「恐らくは…、無論、何の確証もありませんがね…」

 俺はそう付け加えるのも忘れなかった。

「それから、田島が草壁忍に支払ったとする100万の報酬だが…」

「勿論、田島からのポケットマネーではありますまい…」

「とすると小山から?」

「そう考えるのが自然でしょう。もしかして小山自身も仲介手数料か何かの名目で報酬を受け取ったと思われます」

「その場合は勿論、草壁忍と同額、ということはあるまい…」

「ええ。当然、草壁忍が受け取った100万以上の金を小山から引き出したはずです。いや、田島だけじゃない。田島に力を貸した近野と杉山、それに高島平警察署の刑事組織犯罪対策課の連中にしても…」

「なに?近野や杉山が報酬を受け取っただろうことは理解できるが、高島平警察署の連中までも報酬を受け取っただと?」

「ええ。その可能性が高いのではないかと…」

「その根拠は?」

「部長も村野さんから報告があったことと思いますが、草壁忍の被害者供述調書は既に出来上がっていたそうですから…、草壁忍が田島たちと共に、高島平警察署に着いた時点でね…」

「そうだった…」

 押田部長は思い出したように頷いた。

「だとしたら勿論、高島平警察署も…、刑事組織犯罪対策課の連中も共犯ということになるでしょう。何しろ志貴と俺が高島平警察署に押しかけ、浅井さんについて…、浅井さんは冤罪だと訴えたところ、対応に出たのが刑事組織犯罪対策課の石田なる課長でしたから…」

「痴漢…、東京都の迷惑防止条例違反などではなく、強制わいせつ容疑事案として立件すべく、そこで刑事組織犯罪対策課が動いていたんだったな?」

 押田部長は俺に確かめるように尋ねた。

「ええ。だとしたら被害者供述調書の改竄も当然、刑事組織犯罪対策課の連中が行ったと考えるべきでしょう…、つまりは痴漢冤罪の共犯者ということに他ならず…」

「それゆえ高島平警察署の刑事組織犯罪対策課の連中にも報酬が支払われたというのか?小山から…」

「だと思いますね。無論、小山から直に手渡されたわけではないでしょうが…」

「やはり田島が渡したと?」

「それも前払いではないかと…」

「それでは…、高島平警察署の刑事組織犯罪対策課が買収されたことになるではないか…」

「そういうことになりますねぇ…、俺の推理が正しければの話ですが…」

「そんな馬鹿なことが…」

 あるはずがない…、押田部長はそう言おうとしたようだが、しかし、その言葉はついぞ聞かれなかった。どうやら俺の推理が正しいと、直感したようだ。

「それに草壁忍の話によると、田島は本部勤めの前は所轄の高島平警察署の少年係の刑事だったそうですから、今でも高島平警察署では田島の後輩が勤めているかも知れませんし、あるいは田島から世話になった刑事もいるかも知れない…」

「そういった刑事たちが刑事組織犯罪対策課に勤めていたと?」

「ええ。あくまで可能性ですが…、それに加えて高額の報酬と、さらに昇進までチラつかされれば、極めてリスクの高い、それもデカ過ぎる痴漢冤罪に手を貸したんじゃないでしょうかねぇ…」

「田島は…、出世までチラつかせたというのか?高島平警察署の刑事組織犯罪対策課の連中に…」

「だと思いますね。総監より特命事項を仰せ付かった…、とか何とか言って痴漢冤罪の件を…、浅井さんを痴漢冤罪で嵌めるので、その片棒を担いで欲しいとでも、もしかしたら課長の石田にでも持ちかけたのかもしれませんが…」

「だが…、特命事項だなんて…、そんな話を切り出されたところで普通なら眉に唾するところだがな…」

「確かに…、これで田島が本部勤めとは言え、一介の少年事件課の刑事であれば石田とて、そんな特命事項だなんて言われたところで…、痴漢冤罪の片棒を担いでほしいと持ちかけられたところで部長の仰る通り、眉に唾していたところでしょう…」

「田島の今の肩書きが…、信用させたと?例えば石田に?」

「ええ。何しろ天下の警備部警護課の、それも第一警護でしたっけ?第一とつくからには恐らく課内の筆頭でしょう、その警護管理係長ともなれば…、警護管理係長の田島からそう持ちかけられれば、石田も信用したはずです…」

「それで石田は…、いや、石田だけじゃない、高島平警察署の刑事組織犯罪対策課の連中が皆、揃って痴漢冤罪に手を貸したと言うのかね?」

「恐らくは…、荒唐無稽かも知れませんがね…」

 俺は一応、そう付け加えたが、しかし、押田部長からは何の反論も聞かれなかった。

「だが仮に…、吉良君の言う通り、高島平警察署の刑事組織犯罪対策課の連中、それも皆が買収されたとなると、その金額たるや、並大抵のものではないぞ…」

「ええ。確かに…、出世の約束もしたでしょうが、それよりも目の前の現金が欲しいでしょうからねぇ…、報酬として現金が交付されれば、それはすなわち出世の約束という契約の手付けの意味もありますから…」

「出世の約束は決して空手形ではないことを証するために、か?」

「ええ。報酬として現金を交付することにはそういった意味も含まれていると思いますね…」

「なるほど…、だとしたら余計に並大抵の金額ではなくなるぞ。それこそ億は必要だぞ…、刑事組織犯罪対策課そのものを買収するとなると…」

「ええ…」

「いかに小山が警視総監とは言え、億を用意できるとは…」

「裏金を使ったとは考えられませんか?」

「いや、いくら小山が警視総監だとしても、そんな一時に億もの裏金を使えるとも思えんな…」

 俺も押田部長も警察に裏金があることを前提に会話していた。

「まぁ、いずれにしろ小山の金融資産を洗う必要があるだろうな…」

「やはり例の、捜査関係事項照会書を使って?」

「当然そうなる」

「でも、それは…」

「当然、時間がかかるだろうな…、何しろ小山がどこの金融機関に預金残高があるのかすら分かっていないのだからな…」

「あっ、でもそれなら100万の入っていた封筒ですが…」

「ああ、そうか…、確か村野さんからの報告によると…」

「ええ。三つ葉中央銀行の封筒だったそうですから…、って俺もこの目で見ましたけど…」

「と言うことは小山は…」

「ええ。三つ葉中央銀行に小山名義の預金があるのかも知れません…」

「ああ。それなら何とかなるかも知れんな…」

 押田部長がそう呟いたところで田林主任検事が戻って来た。その様子からしてどうやら吉報のようであった。
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