痴漢冤罪に遭遇したニートな俺のダイハードな48時間

ご隠居

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痴漢冤罪事件のおさらい、そしてカジノ管理委員会委員長の国見と委員に内定している城崎らの資産状況をマルサに問い合わせるよう俺は特捜部長に進言す

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「仮に…、草壁忍への報酬を支払ったのが…、すなわち田島たちへの報酬についても、ですが、それらを支払ったのが小山でないとしたら、一体、誰が支払ったと?」

 俺はそう尋ねたが、それに押田部長は答えられなかった。

「俺としてはやはり、田島に浅井事務官を痴漢冤罪で嵌めるよう命じたのは小山以外には考えられないと思いますね」

 俺がそんな感想を洩らすと、押田部長はそれには同意した。

「同感だな。今回の登場人物の中で田島とつながりがあるのは小山だけだからな…」

 押田部長はそう言うと、ホワイトボードへと目を転じた。ホワイトボードには今回の、前最高検次長検事にして東京高検検事長の藤川弘一郎による調査活動費の横領事件と、そこから派生した浅井事務官の痴漢冤罪事件、その両者の事件の登場人物、それがチャートとして描かれていた。いわゆるチャート図である。

「小山が支払っていないとすれば…、小山の上にいる、国見、城崎、河井、垣内という線は考えられませんか?」

 小山の名前の上にはカジノ管理委員長に就任した元警察庁長官の国見孝光、それに新たにカジノ管理委員に就任予定の前警察庁長官の城崎家光、前警視総監の河井良昭、そして前警察庁刑事局長の垣内孝治の名が横一列に記されていた。

「そもそも今回の痴漢冤罪…、浅井さんを痴漢冤罪で嵌めようってことになったのは、浅井さんが藤川の調査活動費の横領を告発しようとしていたから、ですよね…」

「ああ。吉良君の推理が正しければな…、いや、もう間違いないだろう…」

 押田部長は合いの手を入れた。

「ええ…、浅井さんはいったんは警視庁本部捜査二課に対して藤川の横領を告発したは良いが、警察はこれをカジノ利権を検察の手から奪うことに利用しようと思いついた…、カジノ管理委員会委員長のポストは高検検事長経験者、つまりは検察側の人間が座っていたが、これを警察側の人間に座らせるべく、さらにはカジノ管理委員会委員もその過半、どころか民間人枠の1人を除いた3人の枠をすべて警察側で奪うべく、浅井さんからのその告発状を利用しようとした…、すなわち、警察としては検察の大不祥事として喧伝されるに違いない、東京高検検事長の就任が予定されている最高検次長検事という検察幹部、それも大幹部の横領事件をもみ消してやる代わりに、今、高検検事長経験者が座っているカジノ管理委員会委員長ポストは警察側によこせと…、それで検察側もそれに屈する形でカジノ管理委員会委員長のポストを警察側に…、当時はまだヒラの委員であった元警察庁長官の国見を委員長に昇格させ、警察側ではさらに親警察の官房長官の草加の威光をバックにして、委員の過半をも警察の掌中に収めようとしている…、そんな警察にとって浅井さんの動向は脅威だ…、警察側はいったんは浅井さんの告発状を…、藤川の横領を告発するその告発状を受理したように見せかけ、さらに藤川の横領を裏付ける証拠まで提出してもらっておきながら、警察は検察との間でその汚い取引が成立するや、浅井さんの告発状を不受理にして告発状のみ突っ返し、しかし、浅井さんが告発状と共に警察に渡した藤川の横領を裏付けるその証拠は返却しなかった…、恐らくは警察としては検察に対する保険の意味からだったのでしょう…、あるいはカジノ委員会委員の過半をも、というかほとんどすべてを警察で埋め尽くすための大事な切り札に利用しようとしたのでしょうが、ともあれ浅井さんとしては当然、裏切られたと思うはずであり、警察としてもそんな浅井さんの気持ちは勿論、分かっていたはずです…」

 俺のおさらいに、押田部長は「うむ」と頷いた。

「また警察は同時に、浅井さんはまだ他にも証拠を…、藤川の横領を裏付ける証拠を握っているに違いないとも見越したはずです。仮にも検察事務官としてこれまで様々な事件にかかわってきた浅井さんです。相当にしたたかなはずですから、よもやすべての証拠を…、藤川の横領を裏付けるすべての証拠を警察に提出するほど甘くはないだろう、とも警察は察したはずです…」

 俺がそうおさらいを展開すると、「確かに…、そして実際、その通りに事は運んだわけだが…」と押田部長はそう応じた。

「ですよね…、であれば警察としては浅井さんが次に移るであろう行動も当然、読めていたはず…」

「それが特捜部長である俺への告発…、ということだな?」

「その通りです。警察も当てにならない、まして検察の、それも身内とも言うべき刑事部はさらに当てにならない、となれば残るは同じく検察と言えども、身内にも厳しい姿勢を見せてくれるに違いない特捜部…、浅井さんはきっと特捜部に駆け込むだろうと警察は…、いや、この際はっきり言いますけど、カジノ利権を手に入れようとしている警察側の代表とも言うべき国見たちはそう見越したからこそ、早急に浅井さんのその動きを…、特捜部への告発を封じようと考えたはずです…」

「特捜部に駆け込まれた日には、検察は元より…、いや、ある意味、検察以上に警察はぶっ叩かれることになるからなぁ…、何しろ、カジノ利権を手に入れるべく、犯罪を立証する明らかな証拠が目の前にありながら、こともあろうにそれを潰してまでカジノ利権を優先させようと図った…、そのことが表沙汰になれば警察はマスコミからの格好の餌食となるだろうし、そうなればカジノ利権を手に入れるという警察の野望すら打ち砕かれることになるだろう…」

 押田部長はそう応じ、「その通りです」と俺は首肯した。

「だからこそ国見たちは浅井さんの動きを封じるべく、新たに警視総監に就任した小山に対して浅井さんの処置を命じた…、小山にしても警察幹部である以上、カジノ利権を警察の掌中に収めるという警察の基本方針は当然把握していたはずであり、尚且つ承知していたでしょうから、カジノ利権を警察の掌中に収めるという、警察の基本方針を正に体現しようとしている国見たちからのその命令とあらば…、浅井さんの存在はカジノ利権を掌中に収めようとする警察の野望を打ち砕く恐れがありますから、そんな浅井さんの排除の命令とあらば、小山としては当然、これに従ったことでしょう…、いや、従わざるを得なかったと言うべきか…」

「確かに…」

「そうであれば、浅井さんを嵌めるために実際に動いた田島たちへの報酬にしても小山ではなく、国見たちから支出されたものと見るべきではないでしょうか…」

「だとしたら…、国見たちの資産状況を洗うべきだろうな…」

 押田部長はそう呟くや、再び執務机へと向かい、卓上電話に手を伸ばした。国税庁の高橋査察管理課長に連絡するつもりであるのは明らかであった。

 案の定、押田部長の電話の相手は高橋査察管理課長その人であり、押田部長は受話器に向かってこれまでの経緯を伝えた上で国見たち…、カジノ管理委員会委員長の国見孝光と、それにカジノ管理委員会委員に内定している城崎家光、河井良昭、垣内孝治の4人の資産状況を洗ってくれるよう依頼した。

「時間はかかると思いますが、そこを何とか…」

 押田部長は電話の相手に…、高橋査察管理課長に対してそれこそ、

「辞を低うして…」

 頼んだもんである。だがそれに対する高橋査察管理課長の答えが押田部長にとっては余程に意外なものであったらしく、目を丸くし、そして、

「ええ。分かりました…、勿論です。お待ち申し上げております…」

 押田部長はまるで高橋査察管理課長を目の前にしているかのように頭を下げながらそう答えると、受話器を置いた。

「あの…、もしかして高橋さん…、高橋査察管理課長さんがここに来られるとか?」

 俺はその場にいた皆が疑問に思っていたことを電話を終えたばかりの押田部長に対してぶつけた。

「ああ、その通りだ」

「それは一体…」

「高橋課長曰く、詳しいことはここへ来た時に話すとのことだが、あの口ぶりではどうやら国見たちの資産状況について把握しているようだな…」

「それって…、マルサが国見たちの資産状況について重大な関心を寄せているから…、もっと言えば脱税している可能性が高いから、ですか?」

 俺はそう勘を働かせると、押田部長は頷いた。

「まぁ、いずれにしろ高橋課長が来れば分かることだろう…」

「それで高橋課長はいつ…」

「なるべく急いで来るとのことだった…」

「そうですか…」

 果たしてマルサは国見たちの資産状況について何ゆえに重大な関心を寄せているのか、俺の勘通り、そこに脱税の匂いを嗅ぎ取ったからだろうか。いずれにしろ高橋課長が姿を見せれば何もかも分かることだろうと、俺はそう思うと急に、このまま自分がここに、天下の特捜部長室にいても良いのだろうかと、この段になって急に不安を覚え始め、押田部長にその不安をぶつけた。

 だが押田部長はそんな俺の不安を一笑に付した。

「吉良君はさしずめ、高橋課長の反応を恐れているのだろう?どうして部外者がここに…、特捜部長室にいるのかと、そんな反応を示すことを恐れているんだろ?」

「ええ、正しく…」

「その結果、高橋課長が国見たちの情報を教えてくれないかもと、そうも恐れているんだろ?」

 押田部長の言う通りであったので、「ええ、正しく…」と俺は繰り返した。

「それなら心配ご無用だ…」

 心配ご無用…、それはどうやら押田部長の好きなフレーズらしい。

「どうしてです?」

「君のことは既に…、以前だが高橋課長にも打ち明けたことがあるんでな…」

「俺のことを、ですか?」

「そうだ…」

 つまりそれだけ押田部長は頻繁に高橋査察管理課長とやりとりをしている証拠とも言えた。

「こうして特捜部長室に入り浸っていることも、ですか?」

「ああ。さすがに高橋課長も驚いた様子を見せたがな…」

 それがまともな反応と言うべきだろう。

「だから、高橋課長が君を認めても、それほど驚かないだろうし、まして君の存在により高橋課長が情報を教えないなどおよそあり得ない。だからそう萎縮する必要はないんだよ」

 押田部長はやはり諭すような口調でそう言い、一方、俺としては押田部長にそこまで言われた以上はこの場をあとにするわけにはゆかないと思い定め、この場に…、特捜部長室に留まることにした。

「それはそうと、良いニュースもあるぞ」

 押田部長は努めて明るい口調でそう言った。恐らくは萎縮した俺をおもんぱかってのことであろう。そうと察した俺はそんな押田部長の心遣いに応える格好で、「良いニュースって何ですか?」と身を乗り出すようにして尋ねた。

「言うまでもない、田島の資産状況についてだ…」

「田島の資産状況…、何か不自然な点でも?」

 俺がそう水を向けると押田部長は「ああ」と頷いた上で、

「それも重大な犯罪行為の匂いが漂う…、それほどにな」

 押田部長はそんな思わせぶりなことを言う始末であった。

「重大な犯罪行為の匂い漂う、ですか?」

 俺は押田部長に対して疑わしげな視線を注いでそう問い返した。すると押田部長も俺が懐疑的な様子に気付いたのであろう、

「ああ。勿論、比喩などではなく実際問題、重大な犯罪行為の匂いが漂うんだ…」

 わざわざそう付け加えたのであった。こうなると俺としても傾聴姿勢を改めざるを得なかった。
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