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田島の資産状況
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「田島の資産状況だが、まず預金。これは2億4千万ある」
押田部長は先ほど、高橋査察管理課長との電話の内容をメモしたそのメモ書きに目を落として俺たちに報告した。
一方、それを聞いた俺たちはさすがに仰天した。
「2億4千万…、ですか?」
俺は思わずそう聞き返したほどだ。押田部長も俺が聞き返すのも無理もないとそう言いたげな表情でうなずくと、さらに俺たちを驚かせる報告を続けた。
「それだかじゃない。例の、田島が所有している渋谷区松濤にあるマンション…、パレス松濤だが、これは2億6千万で購入している」
「2億6千万っ!?」
俺は今度は素っ頓狂な声を上げた。
「ああ」
「それはローンで…、ローンを組んで購入したということですか?」
俺は恐る恐る尋ねた。2600万のマンションならともかく、2億6千万のマンションともなると、一介の警察官が例えローンを組んだところで購入できるシロモノではない。いや、そもそも銀行からして一介の警察官に2億6千万もの融資をするなどあり得ないだろう。
「いや、それが一括…、キャッシュで購入されていたそうだ…、高橋課長、気を利かせて登記簿を取って確かめてくれたそうだが、登記はまっさらだったそうだ…」
「それは…、抵当権設定の痕跡がない、と?」
俺がそう尋ねると押田部長は頷いた。百歩譲って、いや、一万歩譲って、仮に銀行が田島に対して2億6千万ものローンを組んでやり、それで田島が晴れてマンションを購入できたとして、必ずや銀行は抵当権を設定し、そのことが登記にしっかりと記録される。そしてこれまた一万歩譲って、いや、今度は一億歩譲ってだが、田島が晴れて銀行からの借金を返済し終えたとしても、今度は抵当権が抹消された記録、いわゆる抵当権抹消登記が打たれているはずであった。
だがそれらの痕跡がないということは、それはすなわちキャッシュ、一括払いしたことに他ならない。
「それはいつのことです?」
俺の言葉は必要最小限であったが、それで通じない押田部長ではなかった。
「今から5年前に購入…、ちなみに2億4千万の預金についても同様だ」
「それじゃあ…、田島は5年前に5億の金を手にしたということですか?」
「そういうことになる。それまでの…、5年よりも前までの田島はけいしん…、警視庁職員信用組合に300万を預けていただけで、家にしても寮…、待機寮と思われるが、そこで暮らしていたそうだ…」
「寮ってことは田島は独身ですか?」
「そうだ」
「それが5年前に急に金回りが良くなって…、ああ、寮を…、待機寮ですか?それを出たということは田島は結婚でもしたんですか?」
「そこまでは分からんが、草壁忍は女子少年院を退院した折、田島のマンションに住まわせてくれたと、草壁忍はそう供述しているところから察して恐らくは今でも独身だろう…、あるいは寮を出た時には結婚して、すぐに離婚したか、それは分からんが…」
「ああ、そうか…、ともあれ5年前に急に金回りが良くなったと…、それにしても税務署も目をつけなかったんですか?2億4千万の預金…、ああ、ちなみにどこの…」
「三つ葉中央銀行だ」
「また、三つ葉中央銀行ですか…」
田島が草壁忍に対して支払った報酬の100万についても確か、三つ葉中央銀行の袋に入れられていた、そのことを俺は思い出した。
「田島は5年前に三つ葉中央銀行に口座を開設して、そこに2億4千万を振り込んだと?」
「いや、振り込んだのは5億だ」
「何とまぁ…、それでそのあとで2億6千万を引き出してマンションの購入費に充てたと?」
「そういうことだろう」
「だったらなおさら、税務署の目を惹くはずだと思うんですけどねぇ…」
「ああ。その通りだよ」
「と言うと、税務署は…、渋谷税務署の署員が田島の元へ?」
「ああ。おうかがいに行ったそうだ。一体、5億もの金をどうやって手に入れたのか、と…」
「それに対して田島は何と…」
「雑所得で押し切ったそうだ…」
「雑所得って…、それじゃあ…、さしずめ競馬で儲けた金とか?」
「ああ。正に、そう主張したそうだ」
「そんな馬鹿な…」
「そんな馬鹿な話があるか…、渋谷税務署の署員も追及したそうだが、しかし、田島はそれで押し切り、そうなると税務署としてもこれを覆す証拠がない以上はもう、追及のしようがなかったそうだ…」
「ですが…、雑所得ともなると当然、税金が…」
「ああ。雑所得は累進税率…、要は所得が高ければ高いほど、税率も高くなるというやつで、この場合…、5億もの雑所得ともなれば税率にしても最高税率が適用される」
「最高税率って…」
「55%だ」
「55…、5億の半額が2億5千万で、それに5億の5パーが2500万だから…、2億7500万ってことですか?」
「そういうことだ」
「それじゃあ渋谷税務署の署員は2億7500万を支払えと田島に迫ったわけですね?」
「そういうことだ」
「それで田島は…」
「一週間後に全額用意したそうだ」
「全額って…、2億7500万も、ですか?」
「そうだ。しかもキャッシュで…」
「キャッシュって…、現金で、って意味ですか?」
「ああ。驚いたことに、田島は自宅マンションに再び、税務署員を呼び寄せたんだ」
「金を払うから取りに来い…、というわけですか?」
「そういうことだ」
「連絡を受けた税務署員…、渋谷税務署員も驚いたのではありませんか?」
「ああ。何しろ額が額だからな…、それでも払うから取りに来いと言っている以上、行かないわけにはいかないだろう…」
「それで税務署員は半信半疑の思いで田島のマンション…、億ションに向かったと?」
「そういうことだ。で、そこには…、リビングにジュラルミンケースが2個積まれていたそうだ…」
「2個…、ってことはさしずめ、1億5千万入りのジュラルミンケースってところですか?」
「ああ、正しくその通りだ。それで田島は訪れた税務署員に対してそのジュラルミンケース2個を開け、現金を…、2億7500万もの現金を見せたそうだ」
「税務署員もさぞかし驚いたでしょう…」
「ああ。よもやとは思うが、それでも偽札の可能性も視野に入れていた税務署員はあらかじめ、最新式の計算機…、偽札もはじく最新式の現金の計算機を持参して足を運んだので、その計算機でもって田島が用意した金を数えさせたところ…」
「偽札でもなければ、1つの…、1万円の漏れもなかった、と?」
「ああ。きっちり2億7500万、間違いなく揃っていたそうだ」
「それにしても…、その2億7500万にしても一体、どうやって用意したと…」
「無論、税務署員もそれを追及した」
「それに対して田島は…、さしずめ今度は借金したとでも言い訳したわけですか?」
「良く分かったな」
「だってまた、競馬で儲けたなんて口実を使おうものなら、その2億7500万、そいつも雑所得認定されて、さらに税金が…、2億7500万ともなると、やはり最高税率が…、55パーが適用されるでしょうから…、ええっとこの場合だと2億7500万の半額で1億3750万で、2億7500万の5パーが1375万だから足すと…」
俺が暗算に苦慮していると、「1億5125万だ」と志貴が親切にもそう教えてくれた。志貴は既にスマホに搭載されているらしい計算機でもって簡単に答えをはじき出していた。やはり頭の良い人間は違うと俺は感心させられた。
「ともあれ、今度はまた、1億5125万もの税金がかかるから、そうならないためにはここは借金して用立てた金だと言うしかないでしょう…」
「ああ、正しくその通りで、税務署員も勿論、その点を追及した。だが…」
「それなら…、そんなにイチャモンをつけるなら、国税不服審判所で白黒つけようじゃないか。それまでこの用意した2億7500万は渡さねぇ…、さしずめそう脅したんじゃないですか?田島は税務署員に対して…」
「良く分かったな…」
押田部長はそのセリフを、今度は目を丸くして繰り返した。
「そりゃ分かりますよ。俺だった田島の立場だったらそう脅しをかけますよ…、もっともそれで税務署員のやつらが大人しく引き下がるかどうか、それは何とも分かりませんが…」
俺がそう言うと、押田部長は苦笑した。
「確かに…、これで田島が民間人なら税務署員にしても売り言葉に買い言葉で、それならどうぞと、本当に国税不服審判所で白黒つける…、そんな事態に発展していたやも知れんな…」
「でしょうね。その場合、困るのは田島の方で…、田島が民間人だった仮定してですが、その場合にはマルサのことです、徹底的に意地悪されるでしょうね。例えばさらに重加算税を上乗せしたりして…」
「どうも吉良君は税務署に対して良いイメージを持ち合わせてはいないようだな…」
押田部長は相変わらず苦笑しながらそう尋ねた。
「まぁ…、俺の親父は金融会社…、要はサラ金を経営しておりますが、つまりは自営業ってことで、自営業者にとって税務署はいわば天敵のようなものですから…」
「それで…、国税不服審判所なる組織を知っていたんだね?」
俺が国税不服審判所という組織名を口にしたことを押田部長は内心、訝しんでいたようだが、それで合点がいったらしい。
「まぁ…、父親から何かの折に国税不服審判所なる組織を教えてもらったことがありまして…」
「そうかね…」
「ともあれ、田島は民間人ではなく現役の刑事…、それで税務署員も腰が引けたと?」
「そういうことだ。それに目の前に2億7500万もの現金が積まれていれば…」
「もうそれで手を打っても良いと…、その税務署員はそう思ったわけですね?」
「ああ。勿論、その税務署員の判断だけではないがな」
「と言うと」
「それなら一応、上と掛け合ってみますと、その税務署員はいったん税務署に戻ったそうだ」
「田島と現金を残して、ですね?」
「ああ。それでその税務署員はとりあえず事の次第を直属の上司に…、その税務署員は渋谷税務署の個人課税第1部門の統括国税調査官で直ちに副署長に…、個人課税担当の副署長に相談したんだが…」
「ことがことだけに、副署長にも判断できなかったと?」
「ああ。それで副署長は一応、署長に相談の上、東京国税局に相談を…、課税第一部の個人課税課に相談を持ちかけたそうなんだが…」
「結果として、田島が2億7500万を支払うと言うのなら、それで手を打てと…、東京国税局はそう判断したわけですね?」
「ああ。一応、同じく課税第一部の資料調査第一課…、いわゆるリョウチョウは重大な関心を示したとのこと、らしいんだが…」
高橋査察課長にしても伝聞情報を押田部長に伝えたのであろう。何とも歯切れが悪かった。
「結局、上が…、この場合だと国税局長がもう良いだろうと、そう判断したわけですね?」
「そういうことだ。まぁ、マルサ…、国税としてもできれば警察と事を構えたくはないからな…、ここでへたに事を構えて警察全体の恨みを買おうものなら、税務調査などで…、例えば張り込みなどで徹底的に妨害される恐れもあるからな…」
「なるほど…、で、田島は2億7500万を支払い、5億もの巨額の金を手にした件はチャラといわけですか?」
「そういうことだ」
「それにしても2億7500万とは…、勿論、それもどっかから引っ張ってきた金でしょう…、いや、この際、はっきり言いますが、田島は誰かを…、5年前の田島と言えばまだ、高島平警察署の生活安全課の少年係か、あるいはもう、草壁忍に対して…、4年前に女子少年院を退院したばかりの草壁忍に対して名刺をきった、その名刺にある通り、既に警視庁本部の生活安全部の少年事件課少年事件指導の指導第一係長でしたっけ?そいつになっていたのか、それは分かりませんけど、ともかく5年前の時点ではまだ、田島は少年事件を追う刑事だったでしょうから、誰か有力者、それも金持ちの馬鹿息子のしでかした事件をもみ消し、その見返りとしてまず5億、それからさらに2億7500万もゆすり取った…、そうは考えられませんか?」
俺がそんな推理を展開すると押田部長は微笑を浮かべ、「やはり吉良君は良い勘をしているな…」とそう俺の勘働きを褒めてくれた。
「そいつはどうも…、て、どういう意味ですか?」
「この5億だが、実はある企業から振り込まれた金なんだよ…」
「振り込まれた…、ってことはまず、田島が三つ葉中央銀行に口座を開設し、その後、それも直後にある企業から5億もの金が振り込まれたと?」
「そういうことだ」
「その企業ってのは…」
「大友商事だ」
俺は目を丸くした。それもこれまでにないほどに。
押田部長は先ほど、高橋査察管理課長との電話の内容をメモしたそのメモ書きに目を落として俺たちに報告した。
一方、それを聞いた俺たちはさすがに仰天した。
「2億4千万…、ですか?」
俺は思わずそう聞き返したほどだ。押田部長も俺が聞き返すのも無理もないとそう言いたげな表情でうなずくと、さらに俺たちを驚かせる報告を続けた。
「それだかじゃない。例の、田島が所有している渋谷区松濤にあるマンション…、パレス松濤だが、これは2億6千万で購入している」
「2億6千万っ!?」
俺は今度は素っ頓狂な声を上げた。
「ああ」
「それはローンで…、ローンを組んで購入したということですか?」
俺は恐る恐る尋ねた。2600万のマンションならともかく、2億6千万のマンションともなると、一介の警察官が例えローンを組んだところで購入できるシロモノではない。いや、そもそも銀行からして一介の警察官に2億6千万もの融資をするなどあり得ないだろう。
「いや、それが一括…、キャッシュで購入されていたそうだ…、高橋課長、気を利かせて登記簿を取って確かめてくれたそうだが、登記はまっさらだったそうだ…」
「それは…、抵当権設定の痕跡がない、と?」
俺がそう尋ねると押田部長は頷いた。百歩譲って、いや、一万歩譲って、仮に銀行が田島に対して2億6千万ものローンを組んでやり、それで田島が晴れてマンションを購入できたとして、必ずや銀行は抵当権を設定し、そのことが登記にしっかりと記録される。そしてこれまた一万歩譲って、いや、今度は一億歩譲ってだが、田島が晴れて銀行からの借金を返済し終えたとしても、今度は抵当権が抹消された記録、いわゆる抵当権抹消登記が打たれているはずであった。
だがそれらの痕跡がないということは、それはすなわちキャッシュ、一括払いしたことに他ならない。
「それはいつのことです?」
俺の言葉は必要最小限であったが、それで通じない押田部長ではなかった。
「今から5年前に購入…、ちなみに2億4千万の預金についても同様だ」
「それじゃあ…、田島は5年前に5億の金を手にしたということですか?」
「そういうことになる。それまでの…、5年よりも前までの田島はけいしん…、警視庁職員信用組合に300万を預けていただけで、家にしても寮…、待機寮と思われるが、そこで暮らしていたそうだ…」
「寮ってことは田島は独身ですか?」
「そうだ」
「それが5年前に急に金回りが良くなって…、ああ、寮を…、待機寮ですか?それを出たということは田島は結婚でもしたんですか?」
「そこまでは分からんが、草壁忍は女子少年院を退院した折、田島のマンションに住まわせてくれたと、草壁忍はそう供述しているところから察して恐らくは今でも独身だろう…、あるいは寮を出た時には結婚して、すぐに離婚したか、それは分からんが…」
「ああ、そうか…、ともあれ5年前に急に金回りが良くなったと…、それにしても税務署も目をつけなかったんですか?2億4千万の預金…、ああ、ちなみにどこの…」
「三つ葉中央銀行だ」
「また、三つ葉中央銀行ですか…」
田島が草壁忍に対して支払った報酬の100万についても確か、三つ葉中央銀行の袋に入れられていた、そのことを俺は思い出した。
「田島は5年前に三つ葉中央銀行に口座を開設して、そこに2億4千万を振り込んだと?」
「いや、振り込んだのは5億だ」
「何とまぁ…、それでそのあとで2億6千万を引き出してマンションの購入費に充てたと?」
「そういうことだろう」
「だったらなおさら、税務署の目を惹くはずだと思うんですけどねぇ…」
「ああ。その通りだよ」
「と言うと、税務署は…、渋谷税務署の署員が田島の元へ?」
「ああ。おうかがいに行ったそうだ。一体、5億もの金をどうやって手に入れたのか、と…」
「それに対して田島は何と…」
「雑所得で押し切ったそうだ…」
「雑所得って…、それじゃあ…、さしずめ競馬で儲けた金とか?」
「ああ。正に、そう主張したそうだ」
「そんな馬鹿な…」
「そんな馬鹿な話があるか…、渋谷税務署の署員も追及したそうだが、しかし、田島はそれで押し切り、そうなると税務署としてもこれを覆す証拠がない以上はもう、追及のしようがなかったそうだ…」
「ですが…、雑所得ともなると当然、税金が…」
「ああ。雑所得は累進税率…、要は所得が高ければ高いほど、税率も高くなるというやつで、この場合…、5億もの雑所得ともなれば税率にしても最高税率が適用される」
「最高税率って…」
「55%だ」
「55…、5億の半額が2億5千万で、それに5億の5パーが2500万だから…、2億7500万ってことですか?」
「そういうことだ」
「それじゃあ渋谷税務署の署員は2億7500万を支払えと田島に迫ったわけですね?」
「そういうことだ」
「それで田島は…」
「一週間後に全額用意したそうだ」
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「そうだ。しかもキャッシュで…」
「キャッシュって…、現金で、って意味ですか?」
「ああ。驚いたことに、田島は自宅マンションに再び、税務署員を呼び寄せたんだ」
「金を払うから取りに来い…、というわけですか?」
「そういうことだ」
「連絡を受けた税務署員…、渋谷税務署員も驚いたのではありませんか?」
「ああ。何しろ額が額だからな…、それでも払うから取りに来いと言っている以上、行かないわけにはいかないだろう…」
「それで税務署員は半信半疑の思いで田島のマンション…、億ションに向かったと?」
「そういうことだ。で、そこには…、リビングにジュラルミンケースが2個積まれていたそうだ…」
「2個…、ってことはさしずめ、1億5千万入りのジュラルミンケースってところですか?」
「ああ、正しくその通りだ。それで田島は訪れた税務署員に対してそのジュラルミンケース2個を開け、現金を…、2億7500万もの現金を見せたそうだ」
「税務署員もさぞかし驚いたでしょう…」
「ああ。よもやとは思うが、それでも偽札の可能性も視野に入れていた税務署員はあらかじめ、最新式の計算機…、偽札もはじく最新式の現金の計算機を持参して足を運んだので、その計算機でもって田島が用意した金を数えさせたところ…」
「偽札でもなければ、1つの…、1万円の漏れもなかった、と?」
「ああ。きっちり2億7500万、間違いなく揃っていたそうだ」
「それにしても…、その2億7500万にしても一体、どうやって用意したと…」
「無論、税務署員もそれを追及した」
「それに対して田島は…、さしずめ今度は借金したとでも言い訳したわけですか?」
「良く分かったな」
「だってまた、競馬で儲けたなんて口実を使おうものなら、その2億7500万、そいつも雑所得認定されて、さらに税金が…、2億7500万ともなると、やはり最高税率が…、55パーが適用されるでしょうから…、ええっとこの場合だと2億7500万の半額で1億3750万で、2億7500万の5パーが1375万だから足すと…」
俺が暗算に苦慮していると、「1億5125万だ」と志貴が親切にもそう教えてくれた。志貴は既にスマホに搭載されているらしい計算機でもって簡単に答えをはじき出していた。やはり頭の良い人間は違うと俺は感心させられた。
「ともあれ、今度はまた、1億5125万もの税金がかかるから、そうならないためにはここは借金して用立てた金だと言うしかないでしょう…」
「ああ、正しくその通りで、税務署員も勿論、その点を追及した。だが…」
「それなら…、そんなにイチャモンをつけるなら、国税不服審判所で白黒つけようじゃないか。それまでこの用意した2億7500万は渡さねぇ…、さしずめそう脅したんじゃないですか?田島は税務署員に対して…」
「良く分かったな…」
押田部長はそのセリフを、今度は目を丸くして繰り返した。
「そりゃ分かりますよ。俺だった田島の立場だったらそう脅しをかけますよ…、もっともそれで税務署員のやつらが大人しく引き下がるかどうか、それは何とも分かりませんが…」
俺がそう言うと、押田部長は苦笑した。
「確かに…、これで田島が民間人なら税務署員にしても売り言葉に買い言葉で、それならどうぞと、本当に国税不服審判所で白黒つける…、そんな事態に発展していたやも知れんな…」
「でしょうね。その場合、困るのは田島の方で…、田島が民間人だった仮定してですが、その場合にはマルサのことです、徹底的に意地悪されるでしょうね。例えばさらに重加算税を上乗せしたりして…」
「どうも吉良君は税務署に対して良いイメージを持ち合わせてはいないようだな…」
押田部長は相変わらず苦笑しながらそう尋ねた。
「まぁ…、俺の親父は金融会社…、要はサラ金を経営しておりますが、つまりは自営業ってことで、自営業者にとって税務署はいわば天敵のようなものですから…」
「それで…、国税不服審判所なる組織を知っていたんだね?」
俺が国税不服審判所という組織名を口にしたことを押田部長は内心、訝しんでいたようだが、それで合点がいったらしい。
「まぁ…、父親から何かの折に国税不服審判所なる組織を教えてもらったことがありまして…」
「そうかね…」
「ともあれ、田島は民間人ではなく現役の刑事…、それで税務署員も腰が引けたと?」
「そういうことだ。それに目の前に2億7500万もの現金が積まれていれば…」
「もうそれで手を打っても良いと…、その税務署員はそう思ったわけですね?」
「ああ。勿論、その税務署員の判断だけではないがな」
「と言うと」
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「田島と現金を残して、ですね?」
「ああ。それでその税務署員はとりあえず事の次第を直属の上司に…、その税務署員は渋谷税務署の個人課税第1部門の統括国税調査官で直ちに副署長に…、個人課税担当の副署長に相談したんだが…」
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「結果として、田島が2億7500万を支払うと言うのなら、それで手を打てと…、東京国税局はそう判断したわけですね?」
「ああ。一応、同じく課税第一部の資料調査第一課…、いわゆるリョウチョウは重大な関心を示したとのこと、らしいんだが…」
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「結局、上が…、この場合だと国税局長がもう良いだろうと、そう判断したわけですね?」
「そういうことだ。まぁ、マルサ…、国税としてもできれば警察と事を構えたくはないからな…、ここでへたに事を構えて警察全体の恨みを買おうものなら、税務調査などで…、例えば張り込みなどで徹底的に妨害される恐れもあるからな…」
「なるほど…、で、田島は2億7500万を支払い、5億もの巨額の金を手にした件はチャラといわけですか?」
「そういうことだ」
「それにしても2億7500万とは…、勿論、それもどっかから引っ張ってきた金でしょう…、いや、この際、はっきり言いますが、田島は誰かを…、5年前の田島と言えばまだ、高島平警察署の生活安全課の少年係か、あるいはもう、草壁忍に対して…、4年前に女子少年院を退院したばかりの草壁忍に対して名刺をきった、その名刺にある通り、既に警視庁本部の生活安全部の少年事件課少年事件指導の指導第一係長でしたっけ?そいつになっていたのか、それは分かりませんけど、ともかく5年前の時点ではまだ、田島は少年事件を追う刑事だったでしょうから、誰か有力者、それも金持ちの馬鹿息子のしでかした事件をもみ消し、その見返りとしてまず5億、それからさらに2億7500万もゆすり取った…、そうは考えられませんか?」
俺がそんな推理を展開すると押田部長は微笑を浮かべ、「やはり吉良君は良い勘をしているな…」とそう俺の勘働きを褒めてくれた。
「そいつはどうも…、て、どういう意味ですか?」
「この5億だが、実はある企業から振り込まれた金なんだよ…」
「振り込まれた…、ってことはまず、田島が三つ葉中央銀行に口座を開設し、その後、それも直後にある企業から5億もの金が振り込まれたと?」
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仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
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