32 / 43
田島の証拠の隠し場所についての俺の推理
しおりを挟む
「田島はともあれ、そのような経緯から三つ葉中央銀行に口座を開設し、その口座に5億もの金を入金させたと…」
押田部長が議論をまとめるようにそう言った。
「ええ。大友商事からね…、龍二の実父の龍三が社長を務めるその大友商事から…」
俺もそう合いの手を入れると、「うむ」と押田部長はうなずいた。俺はその上で、「いや…」と続けた。
「田島が大友商事から…、実際には大友グループから入金、いや、脅し取ったのは5億だけにとどまらなかった…」
「例の、2億7500万にも上る納税だな?」
「ええ。大友商事からの5億もの入金、さらにそこから2億6千万を引き出して、渋谷区松濤にあるパレス松濤、そこの分譲マンションを購入した経緯について渋谷税務署から指摘されるや、田島は咄嗟に競馬で得た金だと主張、大友商事からの振り込みであることも忘れて…、恐らく田島は税務署員を追い返した後で、自分の迂闊さに気付いたはずです…。それで…」
「即座に大友商事に…、社長の龍三に連絡を入れたと?」
「ええ。大友商事からの5億もの入金、さらにそこから2億6千万を引き出して今のこのマンションを購入した経緯について渋谷税務署から指摘を受けて…、アポなしで訪れた税務署員に指摘されて咄嗟に競馬で得た金だと主張してしまった…、恐らく税務署員は今度は大友商事にも足を運ぶであろうから、調子を合わせて欲しいと…」
「口裏を合わせて欲しいと、田島が龍三に頼んだと言うんだな?」
「ええ。恐らくは…、それで龍三もそれならということで、例の無茶苦茶な理由を思いついたんでしょう…、田島が競馬で5億もの金を稼いだことを把握したので、事業資金としていったん借り受け、即座に返済した、と…、それなら大友商事から5億もの金が振り込まれていたことと、田島が競馬で5億もの金を得たこと、この二つの主張に整合性が生まれるというもので…、極めて無理のある説明ですけどね…」
「確かに…」
「だがそこは、天下の大友グループだ。財務・国税当局からの天下りを受け入れている強みから、その極めて無理のある説明で押し通したというわけでして…」
「そういうことになるな…」
「それでともあれ、5億については田島の主張が国税当局に容れられて、雑所得と認定され、最高税率の55パーが適用された…、そこで田島はさらに大友グループからさらに2億7500万もの金を引き出して、それを納税に充てた…、もっともその2億7500万まで口座に、それも大友商事名で入金させたりしたら、またその2億7500万にしても雑所得認定されて、それにもさらに55パーの最高税率が適用されてまた納税を迫られるかも知れないから、ということで、キャッシュで…、それこそ大友グループでは…、龍三郎かあるいは龍三は1億5千万入りのジュラルミンケース2個に2億7500万を詰め込んでそれを田島に直に手渡ししたものと思われます…」
「と言うことは田島が渋谷税務署に対して納税すると言って自宅マンションに呼び寄せ、そして自宅マンションに訪れたその税務署員に対して田島が見せたというジュラルミンケース…、1億5千万入りのジュラルミンケース2個、そいつに2億7500万もの金が入れられていたわけだが、その2個のジュラルミンケースを用意したのが…」
「正に、大友グループでして、田島は大友グループから手渡された…、恐らくは自宅マンションに運び込んでもらったのでしょう、その1億5千万入りのジュラルミンケースをそのまま、訪れた渋谷税務署員に見せたのでしょう…、そこに2億7500万もの現金が入れられているのも…」
「なるほど…」
「いや、待てよ…」
「何だね?」
「田島が住んでるマンション…、2億6千万の価格だと…」
「ああ。だから田島は5億もの預金から2億6千万を引き出して購入したんだろう…」
「いや、それはそうなんですけどね…、でも肉や野菜を買うのとはわけが違う…、いや、肉や野菜を買うにしても軽減税率が適用されると言ってもきっちりと8パーの税金は毟り取られるわけでして、そうであれば、それが不動産の購入ともなると、軽減税率の比ではないでしょう…、不動産取得税や、印紙税などの税金と、それに登記が絶対に必要なわけですから当然、司法書士に頼むことになるわけですから、司法書士への報酬なども必要になる…、ってことで、とてもじゃないが2億6千万でおさまりきるものではないと思うんですが…」
「さすがに吉良君だ。いいところに気がついたな…」
「と言うと?」
「そのマンションだが…、パレス松濤だが、売りに出したのは大友不動産なんだよ…」
「大友不動産…、ってことは大友グループの?」
「ああ。傘下の企業だ」
「ってことは…、不動産購入に際して絶対に必要となるそれら諸々の費用についても大友グループが面倒をみてやった…、だから2億6千万の購入代金だけで足りたと?」
「恐らくはな…、いや、それだけじゃない」
「それだけじゃないって…、まだ他にも大友商事から入金があったと?」
「その通りだ。まだ報告していなかったが、高橋査察管理課長からの報告によれば、田島はさらに大友商事から月々300万も受け取っている…、三つ葉中央銀行の田島の口座に対して大友商事から月々300万の入金があった」
「その300万で…、例えば固定資産税を払っていた、とか?」
「そうだろうな…」
俺は不意に草壁忍のことを思い出した。
「不動産と言えば…、田島が紹介した例の板橋のアパートですが、これもやはり大友不動産が?」
俺のその問いに対しては草壁忍を取り調べた志貴が答えた。
「いや、それが不動産会社を介さなかったそうだ」
「ってことは大家と直接交渉ってわけか?」
「ああ。アパートと言っても大家が管理人を兼ねてアパートの一室に、一応、最上階だが、とはいえ2階建ての2階だが、ともあれその大家と直接交渉で入居したらしい…」
「それは…、一応、確かめるが、田島が、だよな?」
「ああ。田島が草壁忍の代理人、っつか保証人として大家と直接交渉して決めたらしい」
「そうか…」
俺は一人合点した。するとそれに気付いた志貴が、「どうした?」と尋ねた。
「いや…、もしかしたら田島は草壁忍に頼んだんじゃないだろうか…」
俺がそう問いかけると、それで志貴にも俺が一人合点した理由に納得したのであろう、「ああ」という声を上げた。
「吉良は田島が草壁忍に対して何かを…、はっきり言えば大友グループを脅す材料を託したと思っているんだろ?」
「ああ、正しくその通りだ」
「その点については俺も尋ねてみたよ。一応…、田島から何か預かってはいないか、とね?」
「それで草壁忍は何と…」
「何も預かっていないとさ」
「本当に?」
俺は疑わしげな視線を志貴に注いだ。
「いや、今になって草壁忍が嘘をついているとも思えない…」
「確かに…」
そう言われてみればその通りであった。今さら、草壁忍が田島を庇い立てする道理はなかった。
「だとしたら…、草壁忍がただ忘れているだけかも知れない…」
「いや、俺もその可能性も考えて、忘れているだけじゃないか、と…」
「良く思い出せと、草壁忍に対して迫ったわけだな?」
「ああ」
「それで草壁忍は何と?」
「思い出そうにも本当に田島からは何も預かっていないんだから、思い出しようがない、と…」
「そうか…、だが、俺には引っ掛かるんだよな…」
「田島が大友不動産ではなく、大家と直接交渉したことをか?」
「ああ。ただ草壁忍のために…、女子少年院を退院して、しかし、家族を頼れずに行き場を失い、それで田島を頼った草壁忍のために、田島が住む所と、それに職場を用意してやるだけなら、どちらも大友グループを頼れば済む話のはずだ…、現に職場に関しちゃ、田島は大友商事を紹介したわけだからな…」
「確かに…、住居だけ、大友不動産ではなく…、それも不動産会社を介さずして大家と直接交渉に及んだのは不自然かも知れんな…」
志貴も俺に調子を合わせてそう言った。
「だろ?だとしたら…、田島としては草壁忍の住むアパートにそれら証拠を隠そうと思ったからこそ、大友グループとは関係のない、それどころか一切の不動産会社を介さずして、大家との直接交渉に臨んだんじゃね?何しろ…、俺の勘が正しいとすればだが、田島は大友グループへの脅しの材料を隠そうとしているわだから…、そのための住処を探しているわけだから、その住処探しのためにわざわざ大友グループ系列の大友不動産を頼るというのはちょっと、心理的にあり得ないと思うんだが…」
「確かに吉良の言う通りだが、しかし…」
「ああ。草壁忍は何も預かっていないんだったな…」
「ああ」
「確かに…、草壁忍の言う通りだろう…、いや、考えてみれば公安だって…、警視総監の小山に命じられて、小山の馬鹿息子の犯罪行為がおさめられたビデオテープを奪取しろと命じられ、そのビデオテープ探しに狩り出された公安にしても、田島のことを…、田島の住処について徹底的に調べたはずだろう。どこかに隠し場所があるのではないかと…、その過程で田島が草壁忍の保証人になっていることぐらい突き止めただろうから、そうなれば今度は…」
「公安は草壁忍のアパート…、その暮らしている部屋にまで侵入して捜索したと?」
「その可能性は大いにあり得ると思うぜ?」
俺がそう水を向けると志貴は言葉に詰まった様子をのぞかせた。
「…だとしたら…、吉良の言う通りだとしたら…」
「俺の推理通りだとしたら、田島はもう一部屋、草壁忍にも内緒で借りている…、そうは考えられないか?」
「なるほど…、不動産会社を介さなかったのも、そのためだと?」
「ああ。不動産会社を通すとなれば、草壁忍に内緒でそのアパート内でもう一部屋借りるなど不可能、とは言わないまでも、それでも不動産会社の不審を招くだろうし、何より公安がすぐに嗅ぎ付けるだろう…」
「なるほど…、不動産会社を介さずして大家との直接交渉であれば…、直接交渉でもう一部屋借りたとすれば、さしもの公安にもそのことを…、さらにもう一部屋借りたことを嗅ぎ付けられる恐れがない、と?」
「そういうことだ」
俺はうなずいた。
「志貴検事」
押田部長が呼びかけた。
「はい」
「悪いがこれから、板橋にある草壁忍のアパートに行ってくれないか」
「大家を締め上げれば良いんですね?」
志貴は飲み込みの早さをみせた。
「そうだが、大家は被疑者ではないんだから、締め上げる必要はないぞ」
押田部長は苦笑しながらそう言った。
「承知しました」
「ああ。それから場合によっては…、いや、間違いなくだろうが、証拠品の押収が予期されるだろうから、ワゴン車で…、それも大人数でいった方が良いな…」
「大人数で、ですか?」
志貴は首をかしげた。
「ああ。まさかとは思うが、公安に狙われないとも限らないからな…」
押田部長のその言葉に志貴は目を丸くした。俺もそうで、
「もしかして…、仮に志貴がたった一人で、あるいは事務官の村野さんの二人だけで証拠品を…、総監の小山の馬鹿息子の犯罪行為が収録されているビデオテープ、それを押収しようものなら、公安に奪い取られる、と?」
俺がその可能性を指摘するや、押田部長は「まぁ、取り越し苦労だとは思うが一応、な…」と答えた。
「検事と事務官が大挙して証拠品を押収すれば、さしもの公安も無茶はできない、と…」
やはり俺がそう尋ねると押田部長はうなずいた。すると志貴は「承知しました」と答え、その上で、
「それなら機動捜査班の事務官を連れて行っても構いませんか?」
そう尋ねた。
「ああ。機動捜査班の事務官はいずれも優秀だからな。それが良い」
押田部長も即座に志貴の申し出を了承すると、
「それから田林主任検事、徳間事務官も同道してくれ」
そうも命じたのであった。押田部長の命令の趣旨は明らかであった。すなわち、徳間事務官はかつて…、5年前に発生したエリー・ホワイト失踪事件の折には本部事件係の検事付の事務官として、エリー・ホワイト失踪事件を捜査する特捜本部が置かれた麻布警察署に出張っていたことがあるからだ。
仮に俺の推理通り、田島が草壁忍のために大家と直接交渉の末、住まわせてやった例の板橋のアパートにもう一部屋、草壁忍にも内緒でやはり大家と直接交渉の末、借り受けていたとしたら、その部屋には大友グループ総帥の大友龍三郎の孫の龍二がエリー・ホワイトをそれこそ殺した決定的な証拠、あるいは田島自身がエリー・ホワイトの遺体を遺棄したその現場を示すような地図の類でもあるに違いなく、そうであればエリー・ホワイト失踪事件に本部事件係の検事付の事務官として捜査に加わっていたことがある徳間事務官をも同道させてやろうとの、押田部長の親心であり、そうであれば徳間事務官が仕える、といったら語弊があるだろう、相棒とも言うべき田林主任検事も同道させないわけにはゆかないということで、押田部長はそう命じたのであろう。
すると田林主任検事にしろ、徳間事務官にしろ、そんな押田部長の親心に気付かぬはずがなく、深々と頭を下げてありがたく押田部長の親心を受け取ったものである。
押田部長が議論をまとめるようにそう言った。
「ええ。大友商事からね…、龍二の実父の龍三が社長を務めるその大友商事から…」
俺もそう合いの手を入れると、「うむ」と押田部長はうなずいた。俺はその上で、「いや…」と続けた。
「田島が大友商事から…、実際には大友グループから入金、いや、脅し取ったのは5億だけにとどまらなかった…」
「例の、2億7500万にも上る納税だな?」
「ええ。大友商事からの5億もの入金、さらにそこから2億6千万を引き出して、渋谷区松濤にあるパレス松濤、そこの分譲マンションを購入した経緯について渋谷税務署から指摘されるや、田島は咄嗟に競馬で得た金だと主張、大友商事からの振り込みであることも忘れて…、恐らく田島は税務署員を追い返した後で、自分の迂闊さに気付いたはずです…。それで…」
「即座に大友商事に…、社長の龍三に連絡を入れたと?」
「ええ。大友商事からの5億もの入金、さらにそこから2億6千万を引き出して今のこのマンションを購入した経緯について渋谷税務署から指摘を受けて…、アポなしで訪れた税務署員に指摘されて咄嗟に競馬で得た金だと主張してしまった…、恐らく税務署員は今度は大友商事にも足を運ぶであろうから、調子を合わせて欲しいと…」
「口裏を合わせて欲しいと、田島が龍三に頼んだと言うんだな?」
「ええ。恐らくは…、それで龍三もそれならということで、例の無茶苦茶な理由を思いついたんでしょう…、田島が競馬で5億もの金を稼いだことを把握したので、事業資金としていったん借り受け、即座に返済した、と…、それなら大友商事から5億もの金が振り込まれていたことと、田島が競馬で5億もの金を得たこと、この二つの主張に整合性が生まれるというもので…、極めて無理のある説明ですけどね…」
「確かに…」
「だがそこは、天下の大友グループだ。財務・国税当局からの天下りを受け入れている強みから、その極めて無理のある説明で押し通したというわけでして…」
「そういうことになるな…」
「それでともあれ、5億については田島の主張が国税当局に容れられて、雑所得と認定され、最高税率の55パーが適用された…、そこで田島はさらに大友グループからさらに2億7500万もの金を引き出して、それを納税に充てた…、もっともその2億7500万まで口座に、それも大友商事名で入金させたりしたら、またその2億7500万にしても雑所得認定されて、それにもさらに55パーの最高税率が適用されてまた納税を迫られるかも知れないから、ということで、キャッシュで…、それこそ大友グループでは…、龍三郎かあるいは龍三は1億5千万入りのジュラルミンケース2個に2億7500万を詰め込んでそれを田島に直に手渡ししたものと思われます…」
「と言うことは田島が渋谷税務署に対して納税すると言って自宅マンションに呼び寄せ、そして自宅マンションに訪れたその税務署員に対して田島が見せたというジュラルミンケース…、1億5千万入りのジュラルミンケース2個、そいつに2億7500万もの金が入れられていたわけだが、その2個のジュラルミンケースを用意したのが…」
「正に、大友グループでして、田島は大友グループから手渡された…、恐らくは自宅マンションに運び込んでもらったのでしょう、その1億5千万入りのジュラルミンケースをそのまま、訪れた渋谷税務署員に見せたのでしょう…、そこに2億7500万もの現金が入れられているのも…」
「なるほど…」
「いや、待てよ…」
「何だね?」
「田島が住んでるマンション…、2億6千万の価格だと…」
「ああ。だから田島は5億もの預金から2億6千万を引き出して購入したんだろう…」
「いや、それはそうなんですけどね…、でも肉や野菜を買うのとはわけが違う…、いや、肉や野菜を買うにしても軽減税率が適用されると言ってもきっちりと8パーの税金は毟り取られるわけでして、そうであれば、それが不動産の購入ともなると、軽減税率の比ではないでしょう…、不動産取得税や、印紙税などの税金と、それに登記が絶対に必要なわけですから当然、司法書士に頼むことになるわけですから、司法書士への報酬なども必要になる…、ってことで、とてもじゃないが2億6千万でおさまりきるものではないと思うんですが…」
「さすがに吉良君だ。いいところに気がついたな…」
「と言うと?」
「そのマンションだが…、パレス松濤だが、売りに出したのは大友不動産なんだよ…」
「大友不動産…、ってことは大友グループの?」
「ああ。傘下の企業だ」
「ってことは…、不動産購入に際して絶対に必要となるそれら諸々の費用についても大友グループが面倒をみてやった…、だから2億6千万の購入代金だけで足りたと?」
「恐らくはな…、いや、それだけじゃない」
「それだけじゃないって…、まだ他にも大友商事から入金があったと?」
「その通りだ。まだ報告していなかったが、高橋査察管理課長からの報告によれば、田島はさらに大友商事から月々300万も受け取っている…、三つ葉中央銀行の田島の口座に対して大友商事から月々300万の入金があった」
「その300万で…、例えば固定資産税を払っていた、とか?」
「そうだろうな…」
俺は不意に草壁忍のことを思い出した。
「不動産と言えば…、田島が紹介した例の板橋のアパートですが、これもやはり大友不動産が?」
俺のその問いに対しては草壁忍を取り調べた志貴が答えた。
「いや、それが不動産会社を介さなかったそうだ」
「ってことは大家と直接交渉ってわけか?」
「ああ。アパートと言っても大家が管理人を兼ねてアパートの一室に、一応、最上階だが、とはいえ2階建ての2階だが、ともあれその大家と直接交渉で入居したらしい…」
「それは…、一応、確かめるが、田島が、だよな?」
「ああ。田島が草壁忍の代理人、っつか保証人として大家と直接交渉して決めたらしい」
「そうか…」
俺は一人合点した。するとそれに気付いた志貴が、「どうした?」と尋ねた。
「いや…、もしかしたら田島は草壁忍に頼んだんじゃないだろうか…」
俺がそう問いかけると、それで志貴にも俺が一人合点した理由に納得したのであろう、「ああ」という声を上げた。
「吉良は田島が草壁忍に対して何かを…、はっきり言えば大友グループを脅す材料を託したと思っているんだろ?」
「ああ、正しくその通りだ」
「その点については俺も尋ねてみたよ。一応…、田島から何か預かってはいないか、とね?」
「それで草壁忍は何と…」
「何も預かっていないとさ」
「本当に?」
俺は疑わしげな視線を志貴に注いだ。
「いや、今になって草壁忍が嘘をついているとも思えない…」
「確かに…」
そう言われてみればその通りであった。今さら、草壁忍が田島を庇い立てする道理はなかった。
「だとしたら…、草壁忍がただ忘れているだけかも知れない…」
「いや、俺もその可能性も考えて、忘れているだけじゃないか、と…」
「良く思い出せと、草壁忍に対して迫ったわけだな?」
「ああ」
「それで草壁忍は何と?」
「思い出そうにも本当に田島からは何も預かっていないんだから、思い出しようがない、と…」
「そうか…、だが、俺には引っ掛かるんだよな…」
「田島が大友不動産ではなく、大家と直接交渉したことをか?」
「ああ。ただ草壁忍のために…、女子少年院を退院して、しかし、家族を頼れずに行き場を失い、それで田島を頼った草壁忍のために、田島が住む所と、それに職場を用意してやるだけなら、どちらも大友グループを頼れば済む話のはずだ…、現に職場に関しちゃ、田島は大友商事を紹介したわけだからな…」
「確かに…、住居だけ、大友不動産ではなく…、それも不動産会社を介さずして大家と直接交渉に及んだのは不自然かも知れんな…」
志貴も俺に調子を合わせてそう言った。
「だろ?だとしたら…、田島としては草壁忍の住むアパートにそれら証拠を隠そうと思ったからこそ、大友グループとは関係のない、それどころか一切の不動産会社を介さずして、大家との直接交渉に臨んだんじゃね?何しろ…、俺の勘が正しいとすればだが、田島は大友グループへの脅しの材料を隠そうとしているわだから…、そのための住処を探しているわけだから、その住処探しのためにわざわざ大友グループ系列の大友不動産を頼るというのはちょっと、心理的にあり得ないと思うんだが…」
「確かに吉良の言う通りだが、しかし…」
「ああ。草壁忍は何も預かっていないんだったな…」
「ああ」
「確かに…、草壁忍の言う通りだろう…、いや、考えてみれば公安だって…、警視総監の小山に命じられて、小山の馬鹿息子の犯罪行為がおさめられたビデオテープを奪取しろと命じられ、そのビデオテープ探しに狩り出された公安にしても、田島のことを…、田島の住処について徹底的に調べたはずだろう。どこかに隠し場所があるのではないかと…、その過程で田島が草壁忍の保証人になっていることぐらい突き止めただろうから、そうなれば今度は…」
「公安は草壁忍のアパート…、その暮らしている部屋にまで侵入して捜索したと?」
「その可能性は大いにあり得ると思うぜ?」
俺がそう水を向けると志貴は言葉に詰まった様子をのぞかせた。
「…だとしたら…、吉良の言う通りだとしたら…」
「俺の推理通りだとしたら、田島はもう一部屋、草壁忍にも内緒で借りている…、そうは考えられないか?」
「なるほど…、不動産会社を介さなかったのも、そのためだと?」
「ああ。不動産会社を通すとなれば、草壁忍に内緒でそのアパート内でもう一部屋借りるなど不可能、とは言わないまでも、それでも不動産会社の不審を招くだろうし、何より公安がすぐに嗅ぎ付けるだろう…」
「なるほど…、不動産会社を介さずして大家との直接交渉であれば…、直接交渉でもう一部屋借りたとすれば、さしもの公安にもそのことを…、さらにもう一部屋借りたことを嗅ぎ付けられる恐れがない、と?」
「そういうことだ」
俺はうなずいた。
「志貴検事」
押田部長が呼びかけた。
「はい」
「悪いがこれから、板橋にある草壁忍のアパートに行ってくれないか」
「大家を締め上げれば良いんですね?」
志貴は飲み込みの早さをみせた。
「そうだが、大家は被疑者ではないんだから、締め上げる必要はないぞ」
押田部長は苦笑しながらそう言った。
「承知しました」
「ああ。それから場合によっては…、いや、間違いなくだろうが、証拠品の押収が予期されるだろうから、ワゴン車で…、それも大人数でいった方が良いな…」
「大人数で、ですか?」
志貴は首をかしげた。
「ああ。まさかとは思うが、公安に狙われないとも限らないからな…」
押田部長のその言葉に志貴は目を丸くした。俺もそうで、
「もしかして…、仮に志貴がたった一人で、あるいは事務官の村野さんの二人だけで証拠品を…、総監の小山の馬鹿息子の犯罪行為が収録されているビデオテープ、それを押収しようものなら、公安に奪い取られる、と?」
俺がその可能性を指摘するや、押田部長は「まぁ、取り越し苦労だとは思うが一応、な…」と答えた。
「検事と事務官が大挙して証拠品を押収すれば、さしもの公安も無茶はできない、と…」
やはり俺がそう尋ねると押田部長はうなずいた。すると志貴は「承知しました」と答え、その上で、
「それなら機動捜査班の事務官を連れて行っても構いませんか?」
そう尋ねた。
「ああ。機動捜査班の事務官はいずれも優秀だからな。それが良い」
押田部長も即座に志貴の申し出を了承すると、
「それから田林主任検事、徳間事務官も同道してくれ」
そうも命じたのであった。押田部長の命令の趣旨は明らかであった。すなわち、徳間事務官はかつて…、5年前に発生したエリー・ホワイト失踪事件の折には本部事件係の検事付の事務官として、エリー・ホワイト失踪事件を捜査する特捜本部が置かれた麻布警察署に出張っていたことがあるからだ。
仮に俺の推理通り、田島が草壁忍のために大家と直接交渉の末、住まわせてやった例の板橋のアパートにもう一部屋、草壁忍にも内緒でやはり大家と直接交渉の末、借り受けていたとしたら、その部屋には大友グループ総帥の大友龍三郎の孫の龍二がエリー・ホワイトをそれこそ殺した決定的な証拠、あるいは田島自身がエリー・ホワイトの遺体を遺棄したその現場を示すような地図の類でもあるに違いなく、そうであればエリー・ホワイト失踪事件に本部事件係の検事付の事務官として捜査に加わっていたことがある徳間事務官をも同道させてやろうとの、押田部長の親心であり、そうであれば徳間事務官が仕える、といったら語弊があるだろう、相棒とも言うべき田林主任検事も同道させないわけにはゆかないということで、押田部長はそう命じたのであろう。
すると田林主任検事にしろ、徳間事務官にしろ、そんな押田部長の親心に気付かぬはずがなく、深々と頭を下げてありがたく押田部長の親心を受け取ったものである。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる