天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居

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安永2(1773)年4月、秀の懐妊 ~御誕生御用掛に将軍・家治附の御客会釈の大崎が選ばれ、一橋家に派される~

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 萬壽ますひめ歿ぼっするや、萬壽ますづき奥女中おくじょちゅう唯一ゆいいつ上臈じょうろう年寄どしより梅田むめだ年寄としより小枝さえだ筆頭ひっとう一旦いったん将軍しょうぐん家治附いえはるづきへと「吸収きゅうしゅう」された。

 御台所みだいどころ倫子ともこ歿ぼっしたおりにはその姫君ひめぎみ―、むすめ萬壽ますそんしていたので、倫子ともこづき奥女中おくじょちゅうぐには家治附いえはるづきとして「吸収きゅうしゅう」されることはなく、それどころか倫子ともこ一回忌いっかいきむかえるまではみな萬壽ますつかえ、そして一回忌いっかいきぎてから、あるものは―、たとえば上臈じょうろう年寄どしより花薗はなぞの飛鳥井あすかいの2人は将軍しょうぐん家治附いえはるづき上臈じょうろう年寄どしよりへと異動いどう横滑よこすべりをたし、またあるものは―、おなじく上臈じょうろう年寄どしより梅田むめだ年寄としより小枝さえだ、それにひでのぞいた中年寄ちゅうどしよりみな引続ひきつづ萬壽ますつかつづけた。

 だがその姫君ひめぎみ萬壽ますまでもうしなったいま本丸大奥ほんまるおおおくにては奥女中おくじょちゅうつかえるべき主君しゅくんと言えば、それは将軍しょうぐん家治いえはるいてほかにはいなかった。

 無論むろん西之丸にしのまるければ次期じき将軍しょうぐん家基いえもとやその母堂ぼどう生母せいぼ於千穂おちほかた君臨くんりんしており、そこで萬壽ますづき奥女中おくじょちゅうには家基いえもとや、その母親ははおや於千穂おちほかたつかえるという選択肢せんたくしもあった。

 しかしそれも今直いますぐに、というわけにはゆくまい。

 一回忌いっかいきぎるまでは本丸大奥ほんまるおおおくから西之丸にしのまる大奥おおおくへの異動いどうひかえるのが大奥おおおく仕来しきたりだからだ。死者ししゃたいするれいからである。

 かくして萬壽ますつかえていた奥女中おくじょちゅうみな萬壽ます歿ぼつには将軍しょうぐん家治いえはるつかえるようになった。

 もっとも、中年寄ちゅうどしよりとしてつかえていたものは、すなわち、大崎おおさき高橋たかはし将軍しょうぐん家治附いえはるづきの、一方いっぽう類津るいつ山野やまの家基附いえもとづきの、夫々それぞれ御客会釈おきゃくあしらい配属はいぞくされた。

 これは中年寄ちゅうどしよりという役職ポスト御台所みだいどころ姫君ひめぎみといったわば「おんなづき」だけのそれであり、将軍しょうぐん次期じき将軍しょうぐんといった「おとこづき」の奥女中おくじょちゅう役職ポストなかには中年寄ちゅうどしよりというそれは存在そんざいしない。

 そのわりというわけでもないが、御客会釈おきゃくあしらいは「おとこづき」、将軍しょうぐん次期じき将軍しょうぐん附属ふぞくする奥女中おくじょちゅうだけの役職ポストであり、つ、中年寄ちゅうどしより相当そうとうするのが、所謂いわゆる

「カウンターパート」

 それがこの御客会釈おきゃくあしらいであり、かる次第しだい萬壽ます中年寄ちゅうどしよりとしてつかえていた大崎おおさきたちは将軍しょうぐん家治附いえはるづき御客会釈おきゃくあしらい異動いどうしたのであった。

 さて、萬壽ますひめ薨去こうきょから2ヵ月後の4月、ひで懐妊かいにんした。

 そこで本丸大奥ほんまるおおおくより「誕生たんじょうようがかり」がえらばれることになった。

 将軍家しょうぐんけ―、将軍しょうぐん家族ファミリーたる三卿さんきょう懐妊かいにんがあったならば、本丸大奥ほんまるおおおくより奥女中おくじょちゅうが「誕生たんじょうようがかり」としてその三卿さんきょう屋敷やしきへとされる。

 若君わかぎみ母乳ぼにゅうあたえる「御差おさし」と、その養育よういくにな乳母うばである「乳持ちもち」の選定せんていたらせるためである。

 それゆえ、その「誕生たんじょうようがかり」をおおけられる奥女中おくじょちゅうと言えば高級女中こうきゅうじょちゅう具体的ぐたいてきには一生いっしょう奉公ぼうこうである錠口じょうぐち以上いじょう奥女中おくじょちゅうからえらばれるのが通例つうれいであった。

 そしてひで場合ばあい、つまりは一橋家ひとつばしけ嫡子ちゃくし場合ばあい将軍しょうぐん家治附いえはるづき御客会釈おきゃくあしらい大崎おおさきがこの「誕生たんじょうようがかり」にえらばれ、一橋家ひとつばしけへとされた。4月16日のことであった。

 大崎おおさき一橋家ひとつばしけされるや、老女ろうじょ―、一橋家ひとつばしけ老女ろうじょ岡村おかむら梅尾うめお藤嶋ふじしまとも相談そうだんしながら「御差おさし」と「乳持ちもち」の選定せんていたった。

 その結果けっか母乳ぼにゅうあたえる「御差おさし」については本丸書院番ほんまるしょいんばん谷口たにぐち内蔵助くらのすけ正熈まさひろ妻女さいじょかつてることにした。

 谷口たにぐちと言えば、治済はるさだ祖母そぼひさ実家じっかであり、谷口たにぐち内蔵助くらのすけはそのひさおいたる。

 いや実際じっさいには谷口たにぐち内蔵助くらのすけつながりのない義理ぎりおいぎない。

 谷口たにぐち内蔵助くらのすけ実際じっさいには牧野まきの越前守えちぜんのかみ成凞しげてる七男しちなんではあるものの、しかしその実母じつぼ、つまり牧野まきの成凞しげてる妻女さいじょむめ治済はるさだすで取込とりこまれていた上臈じょうろう年寄どしより梅田むめだじつ叔母おばたり、それゆえ谷口たにぐち内蔵助くらのすけはそのむめ実子じっしということで、梅田むめだとは従姉弟いとこ間柄あいだがらであり、そうであればつながりがないとはもうせ、治済はるさだにとって谷口たにぐち内蔵助くらのすけ最早もはや身内みうち同然どうぜんにて、その妻女さいじょかつであれば、

治済はるさだも、そしてひで安心あんしんして…」

 への授乳じゅにゅうまかせられよう。

 大崎おおさきたちはかる次第しだいかつに「御差おさし」をめいずることにした。

 一方いっぽう養育担当よういくたんとうの「乳持ちもち」であるが、これは一橋家ひとつばしけ若年寄わかどしより飯嶋いいじままかせることにした。

 飯嶋いいじまが「乳持ちもち」にえらばれた理由りゆうであるが、治済はるさだ要求リクエストによる。

 治済はるさだ飯嶋いいじまを「乳持ちもち」にのぞんだのは「個人的こじんてき」な理由りゆうによる。

 すなわち、飯嶋いいじま治済はるさだがもう一人ひとり愛妾あいしょうである喜志きよしじつ叔母おばであるのだ。

 治済はるさだ飯嶋いいじまくことこそしなかったものの、それでも才智さいちあふれ、若年寄わかどしよりとして活躍かつやくしていた。

 そうであれば成程なるほど、「乳持ちもち」にはうってつけであろう。

 かくして「乳持ちもち」には一橋家ひとつばしけ若年寄わかどしより飯嶋いいじまえらばれたのであった。

 そのころ本丸中奥ほんまるなかおくにある将軍しょうぐん秘密ひみつ部屋べやともしょうされる用之間ようのまにおいては部屋へやあるじとも言うべき将軍しょうぐん吉宗よしむねとそのおとうと清水しみず重好しげよしかいっていた。

 ことこりは―、用之間ようのまにおいて家治いえはる重好しげよしかいうにいたったのは家治附いえはるづき中臈ちゅうろう美代みよにあった。

 この美代みよもまた、以前いぜん萬壽ますづき中臈ちゅうろうであり、萬壽ます歿後ぼつごには家治附いえはるづき中臈ちゅうろうへと異動いどう横滑よこすべりをたしていたのだが、美代みよ萬壽ますの「死因しいん」に疑惑ぎわくいていた。

 なにしろ萬壽ます実母じつぼ倫子ともこ歿ぼっするまでは健康けんこうそのものであり、それが倫子ともこ歿ぼっしたのち、まるで倫子ともこあとうかのごとく、きゅう体調たいちょう悪化あっかさせたからだ。

 それでも竹姫たけひめこと淨岸院じょうがんいんつかえていた山野やまの中年寄ちゅうどしよりに、よう毒見どくみやくくわわってから萬壽ます体調たいちょう快復かいふくしたものの、それもつかぎず、萬壽ますふたた体調たいちょう悪化あっかさせ、つい歿ぼっしてしまった。

 萬壽ます一時的いちじてき体調たいちょう快復かいふくさせてからくなるまでおおよそ2ヶ月あまり、そのかん山野やまのつねほか相役あいやく同僚どうりょう中年寄ちゅうどしよりとも萬壽ます食事しょくじ毒見どくみになってきた。

 これでかり萬壽ます病死びょしではなく、一服いっぷくられたことによるだとして、その場合ばあい下手人げしゅにん筆頭ひっとうげられるのは中年寄ちゅうどしよりとしてつね毒見どくみになってきた山野やまのいてほかにはいない。

 そしてかりにをかさねるならば、山野一人やまのひとりの「仕業しわざ」ではあるまい。

 山野やまの萬壽ます毒殺どくさつへと駆立かりたてさせた「黒幕フィクサー」がいるにちがいなく、それは一橋ひとつばし治済はるさだいてほかにはかんがえられなかった。

 美代みよかんするど女子おなごである。それも「政治勘せいじかん」にすぐれており、ぐに一橋ひとつうばし治済はるさだかおおもかべたものである。

 山野やまの清水家臣しみずかしん―、可愛かわいおとうと重好しげよしつかえる家臣かしん大河原喜三郎おおがわらきさぶろう良寛すけひろ実姉じっしということで、家治いえはる盲目的もうもくてきしんじたようだが、しかし真実まことそれだけか―、つまりは一橋ひとつばし治済はるさだとの所縁ゆかりはないのか、美代みよはそれを調しらべるべく、あに人見ひとみ甚四郎じんしろう思義かねよしたよった。

 美代みよ実兄じっけいにして公儀ばくふ儒者じゅしゃ人見ひとみ七之助しちのすけかなふ宿元やどもと身元みもと保証人ほしょうにんとしていたが、もう一人ひとりあに人見ひとみ七之助しちのすけ実弟じっていでもある甚四郎じんしろう思義かねよしもまた、大河原喜三郎おおがわらきさぶろう同様どうよう清水家臣しみずかしんであるのだ。

 しかも大河原喜三郎おおがわらきさぶろう小十人こじゅうにん組頭くみがしらであるのにたいして、人見ひとみ甚四郎じんしろうはと言うと近習きんじゅうばん主君しゅくん重好しげよしとの「距離きょり」というてんにおいては人見ひとみ甚四郎じんしろうほう大河原喜三郎おおがわらきさぶろうよりも、

はるかに…」

 主君しゅくん重好しげよしちかかった。

 そこで美代みよあに人見ひとみ甚四郎じんしろうかいして清水しみず重好しげよし山野やまの大河原喜三郎おおがわらきさぶろう姉弟きょうだいの「身元みもと調査ちょうさ」、それも、

一橋ひとつばし治済はるさだとの所縁ゆかりについて…」

 それを重点的じゅうてんてき調しらべてくれるよう依頼いらいしたのであった。

 山野やまの大河原喜三郎おおがわらきさぶろう姉弟きょうだい一橋ひとつばし治済はるさだの「かげ」がないのか、それを調しらべてくれるようにと、美代みよあに人見ひとみ甚四郎じんしろうててふみつかわし、すると甚四郎じんしろうもこれをけてそのむね主君しゅくん重好しげよし進言しんげんしたのであった。


 重好しげよし近習きんじゅうばんなかでも学識がくしきある人見ひとみ甚四郎じんしろう寵愛ちょうあいしており、その甚四郎じんしろうからの願出ねがいでであらばと、その進言しんげん受容うけいれ、早速さっそく山野やまの大河原喜三郎おおがわらきさぶろう姉弟きょうだいの、実際じっさいには家臣かしん大河原喜三郎おおがわらきさぶろうの「身元みもと調査ちょうさ」に乗出のりだしたのであった。

 と言っても、「おぼっちゃん」の重好しげよしみずか調しらべられるはずもなく、そこで家臣かしん名簿めいぼ管理かんりする右筆ゆうひつたよった。

 清水家しみずけ右筆ゆうひつなかでも黒川くろかわ久左衛門きゅうざえもん盛宣もりよし名簿めいぼ管理かんりしており、そこで重好しげよしはこの黒川くろかわ久左衛門きゅうざえもんめいじて大河原喜三郎おおがわらきさぶろう身元みもと徹底的てっていてきに、それこそ、

くまなく…」

 調しらべさせた。

 その結果けっか、ある事実じじつ判明はんめいした。

 すなわち、山野やまのかつて、竹姫たけひめこと淨岸院じょうがんいん若年寄わかどしよりとしてつかえていた時分じぶんとも淨岸院じょうがんいんに、それも小姓こしょうとしてつかえていたいわなる女子おなご養女ようじょとしてそだてた。

 このいわなる女子おなご実際じっさいには鷹匠組頭たかじょうくみがしら三橋みつはし藤十郎とうじゅうろう盛壽もりなか次女じじょであるのだが、いわ実際じっさいにはとも淨岸院じょうがんいんつかえる、それも上司じょうしたる山野やまのそだてられ、成長せいちょうには養母ようぼ山野やまの口利くちききで本丸小姓組番ほんまるこしょうぐみばん橋本はしもと喜平太きへいた敬賢ゆきまさ後添のちぞいにむかえられ、喜平太きへいたとのあいだみちなる長女ちょうじょをもうけたのだが、そのみちなんと、西之丸にしのまる目附めつけ岩本いわもと内膳正ないぜんのかみ正利まさとし養女ようじょむかえられていたのだ。

 岩本正利いわもとまさとしと言えば、一橋ひとつばし治済はるさだ側妾そくしょうとしてのぞんだ―、そしていま治済はるさだ身篭みごもったひで実父じっぷであり、美代みよ大奥おおおくにいてはその程度ていどのことはぞんじていた。

 無論むろん山野やまのがまだ淨岸院じょうがんいんつかえていたころはなし、つまりは萬壽ますづき中年寄ちゅうどしより着任ちゃくにんするまえはなしであり、だとするならば山野やまの岩本正利いわもとまさとしかいして一橋ひとつばし治済はるさだとのつながりが、「所縁ゆかり」が出来できたともかんがえられる。

 そして治済はるさだとの「所縁ゆかり」と言えば今一人いまひとり類津るいつにしてもそうであった。

 類津るいつもまた清水家臣しみずかしん縁者えんじゃつ。すなわち、川崎かわさき十兵衛じゅうべえ正武まさたけである。

 類津るいつ小普請こぶしん組頭くみがしら川崎かわさき平八郎へいはちろう正方まさかた末娘すえむすめであり、宿元やどもと―、身元みもと保証人ほしょうにんもこのちち川崎かわさき平八郎へいはちろうつとめているのだが、平八郎へいはちろうには川崎かわさき十兵衛じゅうべえ正武まさたけなる実弟じっていがおり、彼者かのもの清水家臣しみずかしんであり、類津るいつとはつまりは叔父おじめい間柄あいだがらであった。

 美代みよもやはりそのことは承知しょうちしており、そこでねんため、この類津るいつについてもやはり、あに人見ひとみ甚四郎じんしろうかいして清水しみず重好しげよし調査ちょうさ依頼いらい重好しげよしもそれをけて、これまたやはり黒川くろかわ久左衛門きゅうざえもん調査ちょうささせたところ、もう何度目なんどめかの、

「やはり…」

 であった。

 類津るいつまでも治済はるさだとの「所縁ゆかり」が発見はっけんされたのである。

 すなわち、川崎かわさき平八郎へいはちろうには今一人いまひとり並河なみかわしょうする兵蔵ひょうぞう正央まさなかなる実弟じっていがおり、彼者かのものなん一橋ひとつばし家臣かしんであるのだ。

 それもただの家臣かしんではない。小姓こしょうとして治済はるさだつかえているのだ。

 この並河なみかわ兵蔵ひょうぞう清水家臣しみずかしん川崎かわさき十兵衛じゅうべえにとってはもう一人ひとりあにたり、類津るいつにとってももう一人ひとり叔父おじたる。

 しかもさら問題もんだいなのが、この一橋ひとつばし家臣かしん並河なみかわ兵蔵ひょうぞう清水家臣しみずかしん川崎かわさき十兵衛じゅうべえ兄弟きょうだい実姉じっしこそが、だれあろう花川はなかわなのである。

 花川はなかわと言えば、かつては御台所みだいどころ倫子ともこ中年寄ちゅうどしよりとしてつかえ、倫子ともこ歿後ぼつごにはその一回忌いっかいきむかえるまでは姫君ひめぎみ萬壽ます中年寄ちゅうどしよりとしてつかつづけたものの、倫子ともこ一回忌いっかいきむかえるや、家基附いえもとづき御客会釈おきゃくあしらいへの異動いどう希望きぼう、これがみとめられ、いま花川はなかわ西之丸にしのまる大奥おおおくにて家基附いえもとづき御客会釈おきゃくあしらいとしてつとめているわけだが、御客会釈おきゃくあしらいと言えば、将軍しょうぐんあるいは次期じき将軍しょうぐん大奥おおおくにて食事しょくじさいにその毒見どくみやくつとめる。

 その御客会釈おきゃくあしらいに、それも家基附いえもとづき御客会釈おきゃくあしらいへとみずか希望きぼうするとは、どうにもキナくさい。

 とても花川はなかわ一人ひとりかんがえとはおもわれず、その背後はいご一橋ひとつばし治済はるさだかげかくれする。

 つまりは花川はなかわ治済はるさだ使嗾しそうけしかけられて家基附いえもとづき御客会釈おきゃくあしらいへの異動いどう願出ねがいでたに相違そういなく、その目的もくてきたるや、

家基いえもと暗殺あんさつ…」

 それも毒殺どくさつたくらんでいるからと、そうとしかかんがえられなかった。

 重好しげよしはその「調査ちょうさ結果けっか」を直接ちょくせつ将軍しょうぐんいや腹違はらちがいのあに家治いえはるつたえるべく本丸中奥ほんまるなかおくへと登城とじょうすると、秘密ひみつ部屋べやである用之間ようのまにて家治いえはる面会めんかいすることをねがったのであった。

 さいわいにも一橋ひとつばし治済はるさだ今日きょう登城とじょうしてはいなかった。

 ひで懐妊かいにんしたということで、各方面かくほうめんからいわいの使者ししゃ一橋家ひとつばしけおとずれ、治済はるさだはそれへの対応たいおうわれて登城とじょうどころではなかった。

 一方いっぽう家治いえはるはいつもとは様子ようすことなるおとうと重好しげよし姿すがたたりにして、重好しげよしのぞどおり、用之間ようのまにてった。

 こうして重好しげよし家治いえはる二人ふたりきりでかいったところで、これまでの経緯いきさつについて説明せつめいしたのだ。

 家治いえはる当然とうぜん仰天ぎょうてんすると同時どうじ山野やまのや、さらには一橋ひとつばし治済はるさだへの憤怒ふんぬ沸上わきあがった。

「されば大崎おおさきめも治済はるさだいきがかかっていたとしたならば…、治済はるさだ大崎おおさき誕生たんじょうようがかりねがたてまつりしもうなずけまする…」

 重好しげよしはそうらした。

 大崎おおさきが「誕生たんじょうようがかり」にえらばれたのはいま重好しげよしらしたとおり、治済はるさだ希望リクエストによる。

 だとしたら大崎おおさきすで治済はるさだいきがかかっており、「誕生たんじょうようがかり」は萬壽ます毒殺どくさつの「褒美ほうび」ともかんがえられなくもなかった。

 いや大崎おおさきだけではない。相役あいやく高橋たかはしや、さらには年寄としより小枝さえだまでが治済はるさだいきがかかっている可能性かのうせいたかまった。

 なにしろ山野やまのつねに、高橋たかはし大崎おおさきあるいは一橋ひとつばし家臣かしん縁者えんじゃ類津るいつと「ペア」で萬壽ます食事しょくじ毒見どくみにない、そこには毒見どくみ監視役かんしやくとしてやはりつね小枝さえだ立会たちあっていたからだ。

 萬壽ます毒殺どくさつだとしたならば、それも治済はるさだ陰謀いんぼうによるものだとしたら、山野やまのほか小枝さえだかこ必要ひつようがあり、ほかに「ペア」で毒見どくみにな大崎おおさきたちもかこ必要ひつようかせない。

 真実まこと、そうまでして萬壽ます毒殺どくさつしたとしたら、治済はるさだというおとこ家治いえはるにしてみれば当然とうぜんゆるせぬ。

 が、からぬこともある。

 それは動機どうきであった。

 だがそれも重好しげよしがあっさりと解明ときあかしてしまった。

治済はるさだめは…、もしや上様うえさま…、いえ、兄上あにうえ血筋ちすじ根絶ねだやしにして、おのれってわろうとしているのではござりますまいか?」
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