天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居

文字の大きさ
49 / 132

安永2(1773)年10月3日、一橋豊千代の誕生。そして一橋治済は我が子・豊千代の為に次期将軍・家基暗殺の「舞台装置作り」に本腰を入れる。

しおりを挟む
 安永2(1773)年10月3日、上刻じょうこくである昼四つ(午前10時頃)、つい治済はるさだ待望たいぼう男児だんじめぐまれた。

 愛妾あいしょうひで男児だんじ出産しゅっさんしたのである。

 御七夜おしちやたる10月9日、豊千代とよちよ命名めいめいされた。

 これで治済はるさだ愈々いよいよ本格的ほんかくてき家基暗殺いえもとあんさつための「足場あしばがため」に乗出のりだすことにした。

 それまではたしてひで男児だんじ出産しゅっさんしてくれるかどうか、さしもの治済はるさだにも自信じしんがなく、「足場あしばがため」にも、

今一いまひとつ…」

 はいらなかったが、しかし男児だんじが、豊千代とよちよまれたことで、

心置こころおきなく…」

 足場あしばがために取組とりくめるというものである。

 そしてこの場合ばあいの「足場あしばがため」とは勿論もちろん家基いえもと鷹狩たかがりの利用りようして毒殺どくさつ―、如何いかにも鷹狩たかがりのさい一服いっぷくられたかのごとく、よそおための「舞台装置ぶたいそうちづくり」にほかならない。

 それも清水家しみずけ、それに田沼家たぬまけ所縁ゆかりもの鷹狩たかがりに扈従こしょうさせるというものであった。

 そのためには家基いえもと鷹狩たかがりにだれ扈従こしょうさせるのか、それをめるけんのあるもの取込とりこむことがかせない。

 次期じき将軍しょうぐんとして西之丸にしのまる盟主めいしゅにある家基いえもと鷹狩たかがりにだれ扈従こしょうさせるのか、その決定権者けっていけんしゃ一応いちおう西之丸にしのまる老中ろうじゅうとその補佐ほさ若年寄わかどしよりにある。

 だが実際じっさいには西之丸にしのまる老中ろうじゅう若年寄わかどしよりは「おかざり」にぎず、西之丸にしのまる御側衆おそばしゅう、それも筆頭ひっとう御用取次ごようとりつぎ事実上じじつじょう決定権者けっていけんしゃであった。

 いま西之丸にしのまる御側御用取次おそばごようとりつぎ水上みずかみ美濃守みののかみ興正おきまさ佐野さの右兵衛尉うひょうえのじょう茂承もちつぐの2人であり、治済はるさだはこのうち佐野さの茂承もちつぐ取込とりこんでいたが、水上興正みずかみおきまさほう取込とりこんではいなかった。

 いや正確せいかくには取込とりこめなかったのだ。

 さらに言えば、取込とりこむことに失敗しっぱいした。

 治済はるさだは7月中旬ちゅうじゅん有川ありかわ勇馬ゆうまとの会談後かいだんご早速さっそく水上興正みずかみおきまさ取込とりこむべく、興正おきまさ連絡コンタクトった。

 だが興正おきまさ天下てんが御三卿ごさんきょう一橋ひとつばし治済はるさだからの連絡コンタクトだと言うにそれに見向みむきもせずに、これを退けたのだ。

 興正おきまさまさ秋霜烈日しゅうそうれつじつ絵おううういたようおとこであり、それゆえ治済はるさだからの連絡コンタクトには見向みむきもしなかったのだ。

 それどころか興正おきまさ次期じき将軍しょうぐん家基いえもと側近そっきんたるおのれ連絡コンタクトろうとした一橋ひとつばし治済はるさだというおとこおおいに警戒心けいかいしん始末しまつであった。

 それで治済はるさだ水上興正みずかみおきまさ取込とりこむことをあきらめた。

 だが治済はるさだにとっては、それはそれで「理想的りそうてき」な展開てんかいと言えた。

 何故なぜか。

 それは家基いえもと鷹狩たかがりにだれ扈従こしょうさせるのか、それをめるとき役立やくだつからだ。

 たとえば、すで治済はるさだ取込とりこみの御側御用取次おそばごようとりつぎ佐野さの茂承もちつぐより、

家基様いえもとさま放鷹ほうよう扈従こしょうせしものだが、一橋家ひとつばしけ所縁ゆかりもの排除はいじょしたい…、なにやら一橋家ひとつばしけでは次期じき将軍職しょうぐんしょくねろうて、家基様いえもとさまものにせんとたくらんでいるとのうわさがあるによって…」

 そう提案ていあんさせれば、相役あいやく水上興正みずかみおきまさなんうたがうことなく、それに飛付とびつくであろう。

 興正おきまさとしては治済はるさだから連絡コンタクトけた過去かこがあるだけに、佐野さの茂承もちつぐのその提案ていあんみみにすれば、治済はるさだ態々わざわざ家基いえもと側近そっきんたるおのれ連絡コンタクトろうとしたことに、言うなれば治済はるさだの「真意しんい」に合点がてんがいくと同時どうじに、

茂承もちつぐ提案ていあんもっともなり…」

 そうかんがえて、これに飛付とびつくにちがいない。

 そして水上興正みずかみおきまさ賛成さんせいさら平御側ひらおそば大久保おおくぼ志摩守しまのかみ忠翰ただなり賛成さんせい見込みこめた。

 家基いえもと鷹狩たかがりにだれ扈従こしょうさせるか、その決定権者けっていけんしゃ御側御用取次おそばごようとりつぎであるとは言え、けっして御側御用取次おそばごようとりつぎだけで独断的どくだんてきめているわけではなく、平御側ひらおそばさら小納戸こなんど頭取とうどりをもまじえた会議かいぎにおいて話合はなしあわれ、御側御用取次おそばごようとりつぎ最終的さいしゅうてきめるのだ。

 それゆえ平御側ひらおそば意見いけん賛成さんせいもまた重要じゅうようと言えた。

 さて、そこで西之丸にしのまる平御側ひらおそば大久保おおくぼ忠翰ただなりだが、末娘すえむすめ水上興正みずかみおきまさ嫡孫ちゃくそん五兵衛ごへえ正相まさすけ婚約こんやくちゅうであった。

 大久保おおくぼ忠翰ただなり将来しょうらい大事だいじ末娘すえむすめ水上家みずかみけとつがせるということもあってか、当主とうしゅたる興正おきまさにはなにかとあたまがらないところがあった。

 その興正おきまさ佐野さの茂承もちつぐ提案ていあんすなわち、

家基いえもと鷹狩たかがりから一橋家ひとつばしけ所縁ゆかりもの排除はいじょ…」

 その提案ていあん賛成さんせいしたとなれば、大久保おおくぼ忠翰ただなりもこれにならい、賛成さんせいするにちがいない。

 さて、治済はるさだとしてはそのうえ佐野さの茂承もちつぐにはさらに、

「ついては上様うえさま御寵愛ごちょうあいあつ舎弟しゃていにおわします清水しみず宮内卿様くないきょうさまならびに田沼たぬま主殿頭様とのものかみさま、この御両人ごりょうにん所縁ゆかりもの扈従こしょうさせたいとぞんずる…」

 そう提案ていあんさせれば、西之丸にしのまる小納戸こなんど頭取とうどり押田おしだ信濃守しなののかみ岑勝みねかつとその相役あいやく新見しんみ讃岐守さぬきのかみ正則まさのり賛成さんせい見込みこめるであろう。

 なにしろ両人りょうにんとも田沼家たぬまけ所縁ゆかりものだからだ。

 すなわち、押田おしだ岑勝みねかつ嫡子ちゃくし熊太郎くまたろう勝融かつなか田沼家たぬまけ重臣じゅうしん三浦みうら庄司しょうじむすめめとっていれば、新見しんみ正則まさのりいたっては意次おきつぐそのひと実妹じつまいめとっており、しかもそのあいだには正徧まさゆきという嫡子ちゃくしまでもうけていたのだ。

 意次おきつぐにとって正徧まさゆき実妹じつまいせがれということで、やはりじつおいたり、つまり田沼家たぬまけながれていた。

 かくして、押田おしだ岑勝みねかつ新見しんみ正則まさのりという2人もの小納戸こなんど頭取とうどりまでが佐野さの茂承もちつぐのその提案ていあん賛成さんせいしたとなれば、ほか小納戸こなんど頭取とうどりもとより、平御側ひらおそばもこれにつづくに相違そういあるまい。

 それと言うのも、西之丸にしのまる小納戸こなんど頭取とうどり定員ていいん現在げんざい4人であり、押田おしだ岑勝みねかつ新見しんみ正則まさのりほかには前田まえだ淡路守あわじのかみ孝武たかたけ大井おおい大和守やまとのかみ持長もちながの2人であり、しかし前田まえだ孝武たかたけにしろ、大井おおい持長もちながにしろ、田沼家たぬまけ所縁ゆかりのある押田おしだ岑勝みねかつ新見しんみ正則まさのりの2人には、

まったあたまがらぬ…」

 という「テイタラク」であり、それゆえ押田おしだ岑勝みねかつ新見しんみ正則まさのりの2人が佐野さの茂承もちつぐの「提案ていあん」に賛成さんせいしたならば、前田まえだ孝武たかたけ大井おおい持長もちながの2人もこれにつづくにちがいなかった。

 それは西之丸にしのまる御側衆おそばしゅうにもまり、平御側ひらおそばなかでも御用取次ごようとりつぎ水上興正みずかみおきまさ所縁ゆかりのある大久保おおくぼ忠翰ただなり一頭地いっとうちいており、そのあと同族どうぞく大久保おおくぼ下野守しもつけのかみ忠恕ただみつづく。

 その大久保おおくぼ忠恕ただみはと言うと、大久保おおくぼ忠翰ただなり完全かんぜんなる「イエスマン」であり、それゆえ大久保おおくぼ忠翰ただなり水上興正みずかみおきまさならい、佐野さの茂承もちつぐ提案ていあん賛成さんせいしたとあらば、大久保おおくぼ忠恕ただみもそれにつづくことが予期よきされた。

 西之丸にしのまる平御側ひらおそばにはこのほかにも本堂ほんどう伊豆守いずのかみ親房ちかふさ金田かねだ近江守おうみのかみ正甫まさよしがおり、このうち本堂親房ほんどうちかふさじつ意次おきつぐとは盟友めいゆう老中ろうじゅう板倉いたくら佐渡守さどのかみ勝清かつきよ四男よんなんであり、それゆえ親房当人ちかふさとうにん意次おきつぐ贔屓びいきであり、やはり佐野さの茂承もちつぐ提案ていあん賛成さんせいするにちがいなかった。

 のこるは金田かねだ正甫まさよし唯一人ただひとりであり、こちらは大勢順応たいせいじゅんのういたようおとこであり、相役あいやくみな佐野さの茂承もちつぐ提案ていあん賛成さんせいしたとあらば、これにつづくにちがいなかった。

 かくして家基いえもと鷹狩たかがりに扈従こしょうさせるものとして、西之丸にしのまるよりは清水家しみずけならびに田沼家たぬまけ所縁ゆかりものめさせる「舞台装置ぶたいそうち」が調ととのったと言えるであろう。

 よう清水家しみずけ田沼家たぬまけ所縁ゆかり西之丸にしのまる小姓こしょう西之丸にしのまる小納戸こなんどあるいは西之丸にしのまる小姓組番こしょうぐみばんや、あるいは西之丸にしのまる書院番しょいんばんなどを扈従こしょうさせられるということだ。

 問題もんだい本丸ほんまるからもやはり、清水家しみずけなら美に田沼家たぬまけ所縁ゆかりもの如何いかにして扈従こしょうさせるかというてんである。

 西之丸にしのまる盟主めいしゅたる次期じき将軍しょうぐん家基いえもと鷹狩たかがりに扈従こしょうするのはなに西之丸にしのまる役人やくにんだけにかぎらない。

 本丸ほんまる小姓組番こしょうぐみばんならびに書院番しょいんばん所謂いわゆるりょうばんばんもこれにくわわる。

 本丸ほんまる小姓組番こしょうぐみばんならびに書院番しょいんばん両番士りょうばんし本丸ほんまるでの勤務きんむほかにも西之丸にしのまるでの勤務きんむもあり、こといまよう西之丸にしのまる次期じき将軍しょうぐんそんする場合ばあいには、

西之丸にしのまる供番ともばん

 としょうして、次期じき将軍しょうぐん鷹狩たかがりなどの外出時がいしゅつじ扈従こしょうもする。

 本丸ほんまる両番士りょうばんしによる通例つうれいとも言える西之丸にしのまるでの勤務きんむなればあらかじめ勤務表シフトめられており、そこに情実じょうじつはい余地よちはない。

 だが西之丸にしのまる供番ともばんともなるとはなしべつである。

 本丸ほんまる両番士りょうばんしなかからだれ西之丸にしのまる盟主めいしゅたる次期じき将軍しょうぐん外出がいしゅつに、この場合ばあい鷹狩たかがりに扈従こしょうさせるか、それは西之丸にしのまる当番とうばん大目付おおめつけの「胸三寸むなさんずん」であった。

 本丸ほんまるにあって西之丸にしのまるにはない役職ポストとして奏者番そうじゃばんや、その筆頭ひっとう寺社じしゃ奉行ぶぎょう大番おおばん、それに大目付おおめつけ町奉行まちぶぎょう勘定かんじょう奉行ぶぎょうなどがある。

 そのうち奏者番そうじゃばん大目付おおめつけには交替こうたい西之丸にしのまる当番とうばんがあった。

 西之丸にしのまる当番とうばんとはそのとおり、西之丸にしのまるめるわけだが、このうち西之丸にしのまる当番とうばん大目付おおめつけには、

本丸ほんまる両番士りょうばんしなかからだれ西之丸にしのまる盟主めいしゅたる次期じき将軍しょうぐん外出がいしゅつに、この場合ばあい鷹狩たかがりに扈従こしょうさせるか…」

 その決定権けっていけんがあったのだ。

 大目付おおめつけ現在げんざい、4人おり、平日へいじつ毎日まいにち交替こうたい西之丸にしのまる当番とうばんとして1人が西之丸にしのまるめる。

 一方いっぽう鷹狩たかがりだが、将軍しょうぐんにしろ、次期じき将軍しょうぐんにしろ、その1週間前に鷹狩たかがりの予定よていまれる。

 そこで鷹狩たかがりの予定よていまれた―、次期じき将軍しょうぐん家基いえもと鷹狩たかがりをれいるならば、家基いえもと鷹狩たかがりの予定よていまれたその西之丸にしのまる当番とうばんとして西之丸にしのまるめていた大目付おおめつけかる決定権けっていけんがあったのだ。

 本丸ほんまるからも―、清水家しみずけならびに田沼家たぬまけ所縁ゆかり本丸ほんまる両番士りょうばんしをも家基いえもと鷹狩たかがりに扈従こしょうさせたい治済はるさだとしては大目付おおめつけをも取込とりこ必要ひつようがあった。

 だが生憎あいにく治済はるさだにはその「手蔓てづる」がなかった。

 いまの4人の大目付おおめつけみな一橋家ひとつばしけとは所縁ゆかりがなかったからだ。

 このよう状況じょうきょうでは治済はるさだ迂闊うかつにはせなかった。

 水上興正みずかみおきまさ場合ばあいすでにその相役あいやく西之丸にしのまる御側御用取次おそばごようとりつぎ佐野さの茂承もちつぐ取込とりこみであったので、水上興正みずかみおきまさ取込とりこみに失敗しっぱいしたところで治済はるさだとしてはなん差支さしつかえなかった。

 いや失敗しっぱいしたらしたで、実際じっさい、そのとおりになったわけだが、水上興正みずかみおきまさ治済はるさだへの警戒心けいかいしん植付うえつけられ、治済はるさだとしてはそれもまた、理想的りそうてき展開てんかいと言えた。

 つまりはどちらにころんでも―、水上興正みずかみおきまさ取込とりこみに成功せいこうしようが失敗しっぱいしようが、治済はるさだとしてはどちらでもかまわなかった。

 だが大目付おおめつけ取込とりこみはちがう。

 西之丸にしのまる御側御用取次おそばごようとりつぎとはことなり、大目付おおめつけいま段階だんかいでは誰一人だれひとりとして治済はるさだ取込とりこめてはいなかったのだ。

 そのよう状況下じょうきょうかでは治済はるさだには失敗しっぱいゆるされず、

「さてさて…、如何いかにして大目付おおめつけ取込とりこむか…」

 治済はるさだがそうおもいあぐねていたところ、やはり取込とりこみであった本丸ほんまる御側御用取次おそばごようとりつぎ稲葉いなば越中守えっちゅうのかみ正明まさあきから耳寄みみよりな情報じょうほうもたらされた。それは、

公事方くじがた勘定かんじょう奉行ぶぎょう松平まつだいら對馬守つしまのかみ忠郷たださと田沼たぬま意次おきつぐ一派いっぱとの経済政策けいざいせいさくちがいから近々きんきん大目付おおめつけへと棚上たなあげされるらしい…」

 というものであった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

処理中です...