天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居

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安永のトリカブト殺人事件 ~遅効性の毒の完成、そして一橋治済は西之丸御膳奉行の神谷與市郎久武に命じてフグ毒を次期将軍・家基に服ませることに~

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 治済はるさだれいの「アリバイ」づくり、すなわち、

自分じぶん家基暗殺計画いえもとあんさつけいかくなどたくらんではいない…」

 水谷勝富みずのやかつとみ田沼たぬま市左衛門いちざえもん意致おきむねの2人の家老かろうにそうしんませるべく、大奥おおおくにて勝富かつとみと、それに田沼一家たぬまいっか起居ききょともにしていた。

 四六時中しろくじちゅうまさに「24時間じかん」、家老かろう監視下かんしかさらされた状況下じょうきょうか家基いえもとくなった場合ばあい治済はるさだはそのには関与かんよしていないなによりのあかしまさ鉄壁てっぺきの「アリバイ」が成立せいりつする。

 もっとも、「トイレ」と「風呂ふろ」だけは家老かろうも、とりわけ秋霜烈日しゅうそうれつじつらす水谷勝富みずのやかつとみ流石さすがひかえ、治済はるさだはその「すき」をいた。

 治済はるさだ入浴にゅうよくさいには湯女ゆなともなう。

 その湯女ゆなだが、治済はるさだ一番いちばんあたらしい側妾そくしょうまちであった。

 このまちだが、ただのめかけではない。

 まち西之丸にしのまる廣敷番ひろしきばんがしら中村なかむら久兵衛きゅうべえ信興のぶおき末娘すえむすめなのであるが、この中村なかむら久兵衛きゅうべえじつかつては庭番にわばんであり、その嫡子ちゃくし―、まち実兄じっけい銕太郎てつたろう信之のぶゆきちち久兵衛きゅうべえのその「」をいており、庭番にわばんつとめていた。

 そしてまちにしてもこの庭番にわばんの「」が、

脈々みゃくみゃく…」

 その体内たいないながれていた。

「トリカブトの栽培さいばい繁殖はんしょく具合ぐあいについて、明日あすにでも信喜のぶよしいてまいれ…」

 治済はるさだまちにそうめいじたのだ。しかもこえにはさず、である。

 まち庭番にわばんの「」をいているだけあって、治済はるさだくちうごきだけで、そうとさっした。

 たしてその翌日よくじつまち六番町ろくばんちょうにある小笠原おがさわら信喜のぶよし屋敷やしきへとはしり、屋敷やしきあるじたる信喜のぶよし治済はるさだよりあずかったその「下問かもん」をつたえた。

 それが信喜のぶよし出勤しゅっきんおよあけの六つ半(午前7時頃)のことであった。

 信喜のぶよし治済はるさだ名代みょうだい名乗なのまちなる女子おなご最初さいしょうたがった。

 まちとはこれまで面識めんしきがないのだから、信喜のぶよしうたがうのも当然とうぜんであった。

 が、そのまちが「トリカブト」なる固有名詞こゆうめいししたことから、まえまちなる女子おなご治済はるさだからのつかいのものであるとしんじた。

 こうして治済はるさだからの「下問かもん」、すなわち、トリカブトの繁殖はんしょく具合ぐあいについて、

「10月には満開まんかいになるかと…」

 信喜のぶよしはそうこたえたのだ。

 その夕方ゆうがた信喜のぶよしはやはり風呂場ふろばにて湯女ゆなをもつとめるまちからそうかされるや、正確せいかくには耳元みみもとささやかれるや、

「10月か…、10月なれば河豚フグ季節きせつでもあろう…、されトリカブトが満開まんかいになり次第しだい人体実験じんたいじっけんはじめさせようぞ…」

 治済はるさだはそうだんくだした。

 そして10月にはいると治済はるさだふたたび、まち信喜のぶよしもとへとはしらせた。

満開まんかいとなったであろうトリカブトだが、これを三分さんぶんし、先手さきてゆみがしら市岡いちおか左太夫さだゆう正峰まさみね飯塚いいづか勘解由かげゆ忠餘ただなか、そして先手さきて鉄砲てっぽうがしら中島なかじま久右衛門きゅうえもん正勝まさかつ、この3人の屋敷やしきへとはこように…」

 治済はるさだはまたしてもまちかいして出勤前しゅっきんまえ信喜のぶよしにそうつたえたのであった。

 小石川こいしかわ薬園内やくえんない、それも芥川家あくたがわけ管理かんりする西北半分せいほくはんぶんうちにある小笠原おがさわら信喜のぶよし中屋敷なかやしきにて、芥川あくたがわ元珍もとつらによってそだてられたトリカブトは10月になると見事みごと満開まんかいとなった。

 そこで治済はるさだはこのトリカブトを市岡いちおか左太夫さだゆう飯塚いいづか勘解由かげゆ、そして中島なかじま久右衛門きゅうえもん屋敷やしきはこませることとした。

 それと言うのも、彼等かれら3人の役宅やくたくねた屋敷やしきで「人体実験じんたいじっけん」をおこなわせるためであった。

 そこで治済はるさだはまず、トリカブトの「運搬うんぱん」を信喜のぶよし指示しじすると同時どうじに、彼等かれら3人の先手さきてがしらにトリカブトの「受入態勢うけいれたいせい」をととのえるよう指示しじした。

 こちらはやはりまちかいしてだが、市岡いちおか左太夫さだゆうへはかちがしら岩本いわもと喜内きないより、飯塚いいづか勘解由かげゆへは小姓こしょう飯塚いいづか五兵衛ごへえ方昭まさてるより、そして中島なかじま久右衛門きゅうえもんへは近習きんじゅうばん中島なかじま荘蔵しょうぞう胎之はつゆきより各々伝おのおのつたえさせた。

 市岡いちおか左太夫さだゆう妻女さいじょ岩本いわもと喜内きない実姉じっしであり、つまり市岡いちか左太夫さだゆう岩本いわもと喜内きないとは義兄弟ぎきょうだいであった。

 また飯塚いいづか勘解由かげゆ飯塚いいづか五兵衛ごへえ中島なかじま久右衛門きゅうえもん中島なかじま荘蔵しょうぞうの「コンビ」にいたってはじつ兄弟きょうだいであった。

 それゆえ市岡いちおか左太夫さだゆう飯塚いいづか勘解由かげゆ中島なかじま久右衛門きゅうえもんたいして、

「トリカブトの受入態勢うけいれたいせいととのえるように…」

 治済はるさだよりのその言伝ことづてだが、義弟ぎてい岩本いわもと喜内きないや、あるいは実弟じってい飯塚いいづか五兵衛ごへえ中島なかじま荘蔵しょうぞうよりつたえさせたほう間違まちがいがない。

 そこでまずはまち治済はるさだよりあずかったその言伝ことづて岩本いわもと喜内きない飯塚いいづか五兵衛ごへえ中島なかじま荘蔵しょうぞうへとつたえ、そのうえ岩本いわもと喜内きないより市岡いちおか左太夫さだゆうへ、飯塚いいづか五兵衛ごへえより飯塚いいづか勘解由かげゆへ、そして中島なかじま荘蔵しょうぞうより中島なかじま久右衛門きゅうえもんへ、各々おのおの治済はるさだのその言伝ことづてをまるで「伝言でんごんゲーム」の要領ようりょうつたえさせたのであった。

 治済はるさだ何故なにゆえかるまわりくどい方法ほうほうったのかと言うと、それは勿論もちろん家老かろうの、こと水谷勝富みずのやかつとみひかっていたからだ。

 かり治済はるさだ直接ちょくせつ岩本いわもと喜内きないらにかる言伝ことづてたくそうものなら、かならずや水谷勝富みずのやかつとみにバレてしまう。

 そこで治済はるさだまちかいした次第しだいである。

 さて治済はるさだ同時どうじまちかいして岩本いわもと喜内きないらに、

河豚フグ仕入しいれ…」

 その言伝ことづてたくした。「人体実験じんたいじっけん」にはトリカブトと同時どうじ河豚フグかせなかったからだ。

 かくして市岡いちおか左太夫さだゆう飯塚いいづか勘解由かげゆ、そして中島なかじま久右衛門きゅうえもん夫々それぞれ役宅やくたくねた屋敷やしきへとトリカブトがはこまれると同時どうじに、屋敷やしきあるじたる彼等かれら3人の先手さきてがしら治済はるさだが「言付いいつけ」にしたがい、河豚フグ仕入しいれ、「人体実験じんたいじっけん」の準備じゅんびととのった。

 いや今一いまひとつ、「人体実験じんたいじっけん」にはかせない「被験者ひけんしゃ」の「仕入しいれ」も完了かんりょうした。

 このことが彼等かれら3人の先手さきてがしらより岩本いわもと喜内きない飯塚いいづか五兵衛ごへえ、そして中島なかじま荘蔵しょうぞうを、さらまちかいして治済はるさだへとつたえられるや、

「されば…、医師いしさねばならぬのう…」

 治済はるさだはそうつぶやいた。

 人体実験じんたいじっけんにはそれをにな医者いしゃ存在そんざい不可欠ふかけつである。

 治済はるさだはそのため西之丸にしのまるおく医師いし小川おがわ子雍たねやす山添直辰やまぞえなおとき叔父おじおいおもてばん医師いし天野あまの敬登たかなり峯岸瑞興みねぎしよしおき、そしておなじくおもてばん医師いし遊佐ゆさ信庭のぶにわと、それに一橋家ひとつばしけ出入でいりするまち小野おの玄養章以げんようあきしげの6人の医者いしゃ人体実験じんたいじっけんになわせるつもりであった。

 ちなみに小野おの章以あきしげ小児科医しょうにかいであり、豊千代とよちよの「担当医たんとうい」であった。

 そこで治済はるさだ小川おがわ子雍たねやす山添直辰なおとき市岡いちおか左太夫さだゆうの、天野あまの敬登たかなり峯岸瑞興みねぎしよしおき飯塚いいづか勘解由かげゆの、そして遊佐ゆさ信庭のぶにわ小野おの章以あきしげ中島なかじま久右衛門きゅうえもんの、夫々役宅それぞれやくたくねたる屋敷やしきへとさせて交替こうたい人体実験じんたいじっけんたらせることとした。

 これは屋敷やしき位置いち、つまりは「住所じゅうしょ」の利便性りべんせいかんがえてのことであった。

 すなわち、市岡いちおか左太夫さだゆう屋敷やしきうら五番町ごばんちょうにあり、このうら五番町ごばんちょうからちか場所ばしょ医師いしと言えば、それはうら二番町にばんちょうまう小川おがわ子雍たねやす京橋きょうばし元四町もとよんまちまう山添直辰やまぞえなおときであった。

 そこで市岡いちおか左太夫さだゆう屋敷やしきへは小川おがわ子雍たねやす山添直辰やまぞえなおときの、それも都合つごういことに同僚どうりょうであり、じつ叔父おじおいでもある2人をして「人体実験じんたいじっけん」にたらせることとした。

 おな要領ようりょうで、飯塚いいづか勘解由かげゆ屋敷やしきがある小石川こいしかわひがし富坂下ともみさかしたちかいのは市谷本村いちがやもとむらまう天野あまの敬登たかなり小石川こいしかわ神保じんぼう小路こうじまう峯岸瑞興みねぎしよしおき、そして中島なかじま久右衛門きゅうえもん屋敷やしきがある雉子きじばしどおり小川町おがわちょうからちかいのはきた八丁堀はっちょうぼり永澤町ながさわちょうまう遊佐ゆさ信庭のぶにわ日本橋にほんばしほんしろがね町《ちょう》にまう小野おの章以あきしげであり、そこで飯塚いいづか勘解由かげゆ屋敷やしきには天野あまの敬登たかなり峯岸瑞興みねぎしよしおきを、中島なかじま久右衛門きゅうえもん屋敷やしきには遊佐ゆさ信庭のぶにわ小野おの章以あきしげ夫々それぞれしては「人体実験じんたいじっけん」にたらせることとした。

 かくして夫々それぞれ屋敷やしき役宅やくたくねたる先手さきてがしら屋敷やしきにて、「狩込かりこみ」としょうしてとらえられた無宿人むしゅくにん乞食こじきにトリカブトと河豚フグどく同時どうじ摂取せっしゅさせることで、如何いかほど遅効性ちこうせい発揮はっきするのか―、どく効果こうか現出げんしゅつするのに、どれほど時間じかんがかかるか、それを調しらべた。

 その「人体実験じんたいじっけんは安永7(1778)年のくれまでつづき、結果けっか、トリカブトと河豚フグどく同時どうじ摂取せっしゅさせることで、1時間40分後にどく効果こうかあらわれることが判明はんめいした。

 それもトリカブトのどくあらわれることがかった。

 トリカブトと河豚フグどく同時どうじ摂取せっしゅさせた場合ばあい摂取せっしゅ、1時間40分のあいだはトリカブトのどく河豚フグどく拮抗きっこうい、結果けっかどく効果こうかあらわれない。

 だが1時間40分がぎると、河豚フグどく無害化むがいかし、するとその時点じてん拮抗きっこうくずれ、結果けっか、トリカブトのどく現出げんしゅついたることが判明はんめいしたのだ。

 それは1時間40分後、くるしみした「被験者ひけんしゃ」たる無宿人むしゅくにん乞食こじきにトリカブトのどく摂取せっしゅさせたところ急死きゅうししたのにたいして、そのぎゃく河豚フグどく摂取せっしゅさせたところ、いったん小康しょうこう状態じょうたいとなったことから、1時間40分後に現出げんしゅつしたどく効果こうかがトリカブトのそれによるものと判明はんめいしたのだ。

 その「実験じっけん結果けっか」は小川おがわ子雍たねやす山添直辰やまぞえなおとき天野あまの敬登たかなり峯岸瑞興みねぎしよしおき、そして遊佐ゆさ信庭のぶにわ小野おの章以あきしげ、この3つのチーム、すべてに共通きょうつうするものであった。

 ちなみに1時間40分後に河豚フグどく摂取せっしゅさせられた無宿人むしゅくにん乞食こじきだが、それでいったんは小康しょうこう状態じょうたいになったとは言え、それでトリカブトのどく無害化むがいかしたわけではなく、それから1時間40分後にやはりどくが、改《あらた》めてトリカブトのどく効目ききめ現出げんしゅつし、いたった。

 それは何回なんかい繰返くりかえしてもおなじことであった。

 治済はるさだはその「実験じっけん結果けっか」をもとに、ある計画けいかくてた。

 治済はるさだ当初とうしょより家基いえもと鷹狩たかがりの暗殺あんさつ毒殺どくさつしようとかんがえていた。

 その鷹狩たかがりだが、いつもよりもあさはやい。

 すなわち、将軍しょうぐんにしろ次期じき将軍しょうぐんにしろ、普段ふだん朝餉あさげは朝五つ(午前8時頃)である。

 だが鷹狩たかがりともなると、それよりも半刻はんとき(約1時間)はやい、あけの六つ半(午前7時頃)に朝餉あさげる。

 家基いえもといま将軍しょうぐんにしてじつちちである家治いえはる差配さはいにより、朝昼晩あさひるばん大奥おおおくにて食事しょくじっていた。

 大奥おおおくならば―、家基いえもと附属ふぞくし、家基いえもと食事しょくじ毒見どくみにな老女ろうじょ初崎はつざきや、それに御客会釈おきゃくあしらい砂野いさの笹岡ささおか治済はるさだいきがかかっていないと、家治いえはるがそうおもんでいるためだ。

 そこで治済はるさだはまず、家基いえもと食事しょくじ毒見どくみ最終的さいしゅうてきにな初崎はつざき笹岡ささおか砂野いさのにトリカブトと河豚フグどく混入こんにゅうさせることをおもいた。

 そのためにはトリカブトと河豚フグどく初崎はつざきらへ手渡てわた必要ひつようがあったが、それは西之丸にしのまる小納戸こなんど中野なかの虎之助とらのすけ清翰きよふで高島たかしま安三郎やすざぶろう廣儔ひろかずの2人にやらせればい。

 中野なかの虎之助とらのすけ初崎はつざきおいたれば、一方いっぽう高島たかしま安三郎やすざぶろう伊丹いたみ藤三郎とうざぶろう直彝なおつね長女ちょうじょめとっていた。

 この伊丹いたみ藤三郎とうざぶろうと言えば、じつあね田沼たぬま意次おきつぐしつであった。

 のみならず、伊丹いたみ藤三郎とうざぶろうがやはりじつめい一橋ひとつばし家老かろう田沼たぬま市左衛門いちざえもんあらた能登守のとのかみ意致おきむねしつでもあった。

 かる次第しだいで、一見いっけん伊丹いたみ藤三郎とうざぶろうかいしてだが、田沼家たぬまけ所縁ゆかりのある高島たかしま安三郎やすざぶろうならば、中野なかの虎之助とらのすけ同様どうよう

一橋ひとつばし治済はるさだめに取込とりこまれることはあるまい…」

 家治いえはるはそうかんがえ、中野なかの虎之助とらのすけ高島たかしま安三郎やすざぶろうの2人に膳番ぜんばんねさせたのだ。

 将軍しょうぐんにしろ次期じき将軍しょうぐんにしろ、その食事しょくじはまず、膳奉行ぜんぶぎょう毒見どくみをする。

 そして膳奉行ぜんぶぎょうによって毒見どくみになわれたその食事しょくじだが、膳番ぜんばん小納戸こなんどによってあたたなおされるわけだが、あたたなおされたその食事しょくじふたたび、今度こんどはその膳番ぜんばん小納戸こなんどによって毒見どくみされ、そのかん―、膳番ぜんばん小納戸こなんど食事しょくじあたたなおしてからふたた毒見どくみをするまで、膳奉行ぜんぶぎょう監視かんしする。

 膳番ぜんばん小納戸こなんどが「不正ふせい」をはたらかぬよう、はっきり言えばどく混入こんにゅうせぬよう膳奉行ぜんぶぎょう監視かんしをするのである。

 さて、そうして毒見どくみんだ食事しょくじだが、大奥おおおくにて場合ばあいにはやはり膳番ぜんばん小納戸こなんどによって大奥おおおくへとはこばれる。

 正確せいかくには中奥なかおく大奥おおおくとをつなしもすず廊下ろうかまではこび、そこで待機たいきしている御客会釈おきゃくあしらい手渡てわたすのである。

 家治いえはるはその膳番ぜんばん中野なかの虎之助とらのすけ高島たかしま安三郎やすざぶろうの2人にもねさせたのであった。

 中野なかの虎之助とらのすけ去年きょねんの安永6(1777)年7月に、一方いっぽう高島たかしま安三郎やすざぶろうおなじく去年きょねんの11月に夫々それぞれ小納戸こなんど取立とりたてられたばかりであったが、それでも、

一橋ひとつばし治済はるさだめには取込とりこまれることはあるまい…」

 家治いえはるはその自信じしんから、この2人を膳番ぜんばん召加めしくわえたのであった。

 だが実際じっさいには中野なかの虎之助とらのすけにしろ高島たかしま安三郎やすざぶろうにしろ、すで治済はるさだ取込とりこまれていたのだ。

 中野なかの虎之助とらのすけ場合ばあいすで治済はるさだ取込とりこまれていた叔母おば初崎はつざきかいして取込とりこんだ。

 一方いっぽう高島たかしま安三郎やすざぶろう場合ばあい、そのじついもうとかいして、正確せいかくには実妹じつまいおっとかいして取込とりこんだ。

 すなわち、高島たかしま安三郎やすざぶろう実妹じつまい今年ことし、安永7(1778)年の7月に一橋家ひとつばしけにて治済はるさだ小姓こしょうとしてつかえる小川おがわ七郎左衛門しちろうざえもん廣隆ひろたかもとへととついだのだ。

 治済はるさだはそれにじょうじて、つまりは小川おがわ七郎左衛門しちろうざえもんかいして、その義兄ぎけいたる高島たかしま安三郎やすざぶろう取込とりこんだのだ。

 それゆえ、この中野なかの虎之助とらのすけ高島たかしま安三郎やすざぶろうならば治済はるさだめいしたがい、大奥おおおくへと家基いえもと食事しょくじはこさいに、トリカブトと河豚フグどくをもはこんでくれるにちがいない。

 具体的ぐたいてきには家基いえもと食事しょくじ御客会釈おきゃくあしらいの、それも治済はるさだ取込とりこまれている砂野いさの笹岡ささおかわたさい、トリカブトと河豚フグどくをもわたさせるのである。

 こうして砂野いさの笹岡ささおかがトリカブトと河豚フグどくれられればあと簡単かんたん―、簡単かんたん家基いえもと食事しょくじ朝餉あさげにそのトリカブトと河豚フグどく混入こんにゅうさせられるというものである。

 さて、家基いえもとがトリカブトと河豚フグどくりの朝餉あさげ摂取せっしゅしょくしたとして、それはあけの六つ半(午前7時頃)のことなので、それから1時間40分後の午前8時40分にはトリカブトのどく現出げんしゅつすることになる。

 午前8時40分と言えばまだ、鷹狩たかがりに出立しゅったつしてからがない。おそらくは鷹場たかばにも到着とうちゃくしてはいまい。

 治済はるさだとしてはこの段階だんかいでトリカブトのどく現出げんしゅつされては、つまりは家基いえもとなれてはこまる。

 そこでそのまえ河豚フグどく無害化むがいかするであろう午前8時40分まえ家基いえもとにはあらためて河豚フグどく摂取せっしゅしてもらわねばならず、これには西之丸にしのまる膳奉行ぜんぶぎょうかんがえていた。

 鷹狩たかがりともなると、膳奉行ぜんぶぎょう水筒すいとうたずさえ、将軍しょうぐんあるいは次期じき将軍しょうぐんのどうるおわせる。

 次期じき将軍しょうぐんたる家基いえもと場合ばあい西之丸にしのまる膳奉行ぜんぶぎょうがそれをになう。

 そこで治済はるさだはその水筒すいとう河豚フグどく仕込しこんでおき、河豚フグどく無害化むがいかする直前ちょくぜん家基いえもとにその河豚フグどくりのみずませることをおもいた。

 そうすればトリカブトのどく現出げんしゅつを、つまりは家基いえもとさらに1時間40分、おくらせることが出来できるからだ。

 そのためには当然とうぜん西之丸にしのまる膳奉行ぜんぶぎょうをも取込とりこんでおく必要ひつようがあり、そのてん治済はるさだかりがなかった。

 すなわち、西之丸にしのまる膳奉行ぜんぶぎょう一人ひとり神谷かみや與市郎よいちろう久武ひさたけ取込とりこんでおいたのだ。

 神谷かみや與市郎よいちろうじつめいいもうと末娘すえむすめがここ一橋家ひとつばしけにて侍女じじょとしてつかえていたのだ。

 そこで治済はるさだはこのめいかいして神谷かみや與市郎よいちろうへも触手しょくしゅばし、家基暗殺計画いえもとあんさつけいかくの「共犯者きょうはんしゃ」に仕立したてたのだ。

 この神谷かみや與市郎よいちろうならば家基いえもと河豚フグどくふくませてくれるはずであった。
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