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1章 始まりの高2編

同居のすすめ

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 啓吾の家から、八千代の家に戻ってきた。啓吾に掛けたい言葉は沢山ある。しかし、どれも上っ面だけの軽い言葉になってしまう気がして、僕は安易に言葉を発することができないでいた。
 
 
「お前、あっちの部屋使え。物置き部屋だから散らかってるけど、ソファがあるから暫くはそれで寝れんだろ」

 啓吾は黙って、とりあえずで持ってきた着替えや日用品の入った鞄を、廊下にドサッと置いた。
 僕たちは、これまで入ったことのない物置き部屋を見学する。少し埃っぽいが、物置と言えるほど物は無い。3人掛けのソファと、ダンボールが数個置いてあるだけだ。なんという部屋の無駄遣いだろう。

「あーっと、場野····。マジでいいの? ここ住んで」

「いいつっただろ。つーか、お前は良かったんか?」

「何が?」

「何がってお前なぁ····。話しに行くつったのに、俺らがキレて話終わらせちまって、結局こうなって、お前は後悔しねぇんか?」

「あー····どうだろうね。たま~に母ちゃんの事心配になったりさ、なんで引き止めてくんなかったんだろ~ってセンチメンタルになったりするかもな。けど、お前らが俺の家族になってくれるって言ってくれたみたいで嬉しかったんだよなぁ」

 啓吾は荷物を片しながら、純粋無垢な子供のように笑って見せた。

「ちょ、啓吾、恥ずかしいからやめて。何言ってんの? 良いように解釈し過ぎだからね。こっちは可哀想な犬拾った気分だから!」

 りっくんは照れ隠しなのか、1人でわたわしている。誰より先に怒っていたくせに、誤魔化せると思っているのだろうか。
 それに便乗して、僕は思い切って声を絞り出す。

「啓吾····。あのね、お母さんと縁切るみたいになっちゃってごめんね。謝って済むことじゃないけど、それでもね、あそこで啓吾が1人で辛い思いを噛み締めてるのは嫌だったの」

 玄関先で見た、唇を噛み締める啓吾の顔が頭から離れない。あの時、僕の知りえないところで、啓吾が身も心までも傷つけられている姿を想像してしまった。それに耐えられなかったのは、啓吾本人よりも僕の方だった。
 これまで啓吾が耐えてきたものを、僕が壊してしまったんだ。けれど、それでも僕は、決してこの決断を悔いたりはしないだろう。

「あのね、僕が啓吾の家族になるよ。寂しい思いなんてさせないから! 辛い時はちゃんと言ってね。僕、鈍感みたいだから····」

「結人、あんがとね。つぅか、なんで結人が謝んだよ。そんな泣きそうな顔してさ····」

 啓吾は僕の頭を撫でて、優しく笑ってくれた。

「俺ね、さっきあんなん言ったけどさ、案外後悔しないと思うよ。血の繋がりだけで母ちゃんに固執すんのも、なーんか違うなぁって思えたからさ。それはさ、結人と皆のおかげだよ? 俺の居場所はちゃんとあるんだって思えたんだよね。だからさ、マジで早く一緒に住みてぇな」

 そう言ってくれた啓吾は、ニカッといつも通りの明るい笑みを見せた。

「うん、そうだね。あっ、れ? どうしたんだろ····」

「え~、なんでこのタイミングで泣くの? 俺何か変な事言った?」

「違····なんだろ。啓吾が笑ってくれて安心したからかな。僕ね、啓吾のしょぼくれた顔見るの、ホントに辛かったの」

「あー、ごめんな? 俺、そんなしょぼくれてた?」

「うん。しょぼっしょぼだった。えっとね、心配掛けたとか思わないでね? 違うの。啓吾が傷つけられてる事に、すっごく腹が立ったんだ。自分でもびっくりするくらい頭に血が昇ったの。だからね、僕の我儘だったから啓吾は気にしないでほしくて····えーっと······」

 僕は何を言っているのだろう。この件で、啓吾が気に病む事はないと伝えたいのだが難しい。

「結人は人の為に怒れるんだな。すげぇ事だと思うぞ」

 パニクっている僕を見て、朔が優しく微笑んで言った。

「何言ってんの、朔。皆だって怒ってたでしょ? 啓吾の方が落ち着いてたじゃない」

「ははっ。ホント、ゆいぴまで熱くなっちゃってさ、まったく話になんなかったよねぇ。····って、場野はさっきから何してんの?」

 スマホと睨めっこをしている八千代に、りっくんが言った。そういえば、さっきからずっと誰かと連絡とっているようだった。時々眉間に皺を寄せて、スマホを睨みつけては小さな溜め息を漏らしていたのだ。

「あの彼氏の首んトコ。見た事ある刺青スミがあったんだよ。んで気になったから親父に聞いてただけ」

「へぇ。それで、何かわかった?」

「なんつったらわかんだ····? 組のトレードマーク? みたいな感じの刺青だって。小っせぇ組の下っ端みたいでよ。まぁ、危ねぇ感じじゃねぇから、放っといても大丈夫····って····ぁんだよ」

「場野、啓吾のお母さんの心配してんだ。やっさし~」

「莉久、テメェデコ貸せ。10発で許してやっから」

「やーだよ。場野のデコピン、おデコ割れるって言ってんじゃん! 10発も食らったら血まみれになるじゃん!! ちょっ、はーなーせーっ」

 りっくんの胸ぐらを掴んでいる八千代の手を、りっくんが必死で引き剥がそうとしている。

「うるせぇ! 黙ってデコ貸せ」

「あははっ。場野、マジであんがとな。母ちゃんの事、ちょっと安心したわ。皆もな。俺さ、お前らと居れて良かったわ」

「うわ。改めてそういうのやめてって。うーわ、鳥肌たったんだけど」

 りっくんが本気で引いている。黙って聞いてあげればいいのに。その隙に、八千代がデコピンを一発見舞った。

「いぃっっったぁぁ!!」

 りっくんはおデコを両手で押えてうずくまった。余程痛かったのだろう。ゴチッと凄い音がしていた。

「莉久、デコは割れてねぇから安心して黙ってろ。なぁ、大畠。お前、この後たぶん大変だぞ? その辺わかってんのか?」

 りっくんに辛辣な朔は、啓吾の先行きを案じて聞いた。しかし、当の本人はポカンとしている。

「んぇ? 何が?」

「はぁ····。お前、明日学校に住所の変更伝えてみろ。すぐにわかるから」

 八千代が項垂れて言った。

「え? なんなの? なんか問題あんの?」

「啓吾····、問題だらけだと思うよ。何か言われたら、僕たちからも説明するから呼んでね」

「えぇ?? 説明って、誰に何の?」

 と、おとぼけな啓吾は翌日、この問題が何かを知るところとなる。



 翌日、啓吾は沢先生に住所の変更を申し出た。心配だからと八千代が同伴したのだが、やはり親が呼び出される事になった。
 しかし、啓吾のお母さんは来ず、八千代のお母さんが学校に来た。八千代のお母さんには、昨晩のうちに八千代が説明していたらしく、上手く言ってくれるとのことだった。
 僕と朔、りっくんは会議室の前で、話し合いの様子を窺っていた。


「大畠のお母さんは来れないのか····」

「····すんません」

「いや、うーん····どうしたもんかね····。まぁ、事情はわかった。で、一昨日から場野の家に?」

「うん····。場野が来いって言ってくれてさ。母ちゃんに話すんのも皆ついて来てくれてさ、そんで····ダメだったんだよねぇ」

 啓吾は笑顔を作って、先生の心配を逸らそうとする。

「そうか····。大畠のお母さん、奔放そうだもんなぁ······」

「先生、よろしいですか?」

「あぁ、はい。どうぞ」

 先生は姿勢を正して、八千代のお母さんの言葉を待つ。

「私は昨日、八千代から大畠くんの家庭の事情を聞かされまして、同居する事を二つ返事で了承しました。と言いますのも第一に、大人は子供を擁護すべき立場であるからです。今回の事は子供達で勝手に決めたことですが、事が事でしたので、説教を添えた上で許可しました。それに加え、大人子供関係なく、差し伸べられる手がある者は差し伸べて然るべきだと思っております。今回それがたまたま、八千代であったというだけの事です。それを踏まえてどうか、寛大なご判断を願います」

 八千代のお母さんは机に触れるほど、深く頭を下げた。

「いやいやお母さん、頭を上げてください。····そうですね。お母さんの仰る通りなんです。僕も同じように思います。けど····学校としてはまぁ····容易に認める訳にも、ましてや大畠の家庭の問題を放置する訳にはいきませんので····。大畠の保護者と話もしませんと何とも······」

 沢先生は、煮え切らない返事で言葉を濁す。

「それは承知しております。ですので、大畠くんのお母様とお話ができるまで、せめてそれまでは見守ってやっていただけないでしょうか。何より大畠くんの人生です。彼が選んだ道を、八千代が微力ながら助けることができるなら、当人たちの限界まで思うようにさせてみたいと思っております。しかしながら、これは私どもの勝手ですので、何か起きた場合の責任は全て私が持ちます」

「お袋····。責任は俺が持つ。お袋にも関係ねぇから。大畠引き取ったんは俺だしな」

「場野ぉ····お前、俺の事めっちゃ好きじゃ~ん」

「誰がお前なんか····うぉっ、お前何で半泣きなんだよ。ブッサイクな面してんじゃねぇよ······」

「ひっど····。俺めっちゃ感動してんのに」

「一応言っとくけど、俺がお前をどうこじゃねぇからな。結人が····。お前の辛そうな顔見てっと、アイツまで辛そうな顔してんだよ。んなの見てらんねぇだろ」

「えーっと····? なんでそこで武居が出てくんだ? お前ら──」

「八千代、私に関係ないってどういう事よ。そういう訳にはいかないの、わかるでしょ。あんた達はどう転んでも親に責任がいく歳なんだからね。好き勝手ばっか言ってんじゃないわよ」

 お母さんは、八千代の肩を力いっぱい叩いた。きっと、強引だが話を逸らしてくれたのだろう。

「ってぇな! ····悪かったよ。まぁ、意地っつぅか、そんくらいの覚悟はあるっつぅわけだから。先生もごちゃごちゃ言ってくれんなよ」
 
「まぁ、丸く収まってんだったら言いたかないんだけどなぁ····」
 
「たまたまコイツと縁があって、たまたま部屋が空いてたから、帰るトコ無くなったコイツを住まわせてるだけ。何か問題あんの? つぅかさ、これに関して学校は何ができんの? 住まわすのがダメだっつーんならコイツ家に帰すんか? あのクソ彼氏に殴り殺されたらどうすんだよ。そもそもなぁ、話したところで、コイツの母親もクソ彼氏も話通じねぇぞ」

「はぁ······。お前の気持ちはよーくわかったから落ち着け。彼氏が危ないのもよくわかった。そこはマジで何とかするから。大畠のお母さんには根気強く俺から連絡入れるよ。場野と同居っていうのも、まぁ当面は仕方ないとして······。って事は、これ以上話す事もないわけだ····。場野も最近落ち着いてるみたいだし、お前ら武居中心に仲良いみたいだしな。まぁ、信じてないわけじゃねぇけどな、問題だけは起こさないでくれよ?」

「沢っち····。母ちゃんにさ、俺らの事何か言われたら教えてよ。友達の事、ある事ない事言われて勘違いされんのも嫌だしさ」

「わかった。お母さんと連絡が取れたらお前にもちゃんと言うから。あんま心配すんな」

「あんがとね。場野の母さんも、ありがとうございます」

「大畠くん。1人で抱え込まないでね。アナタには味方が沢山いるんだから」

「なーにクセェ事言ってんだよ····ってぇな! いちいち殴んじゃねぇよ」
 
「アンタ、近々1回帰ってきなさい。色々と話あるから」

「わーったよ」


 話が終わり、啓吾たちが出てきた。八千代のお母さんはすぐに帰ってしまい、お礼もろくに言えなかった。

 僕たちは、八千代の家に荷物を置いて買い物に繰り出した。
 歯ブラシと衣類しか持ってきていなかった啓吾の、生活用品の買い出しだ。啓吾は意外と堅実で、無駄にあれこれ買ったりはしない。頑張って貯めているバイト代を、少しでも残したいらしい。

「啓吾、必要な物は買えた? 買い忘れない?」

「ん~····たぶん。とりあえず、歯ブラシあったらいけるくね? って思ってたんだよね。荷物詰め混んでる時マジで頭回ってなかったわ。ワックスも持ってなかったっつーね」

「お前、歯ブラシ置きっぱのあっただろ。むしろ、なんで持ってきたんだよ。要らねぇだろ」

「俺もさ、昨日洗面所に置いた時思った。要らなくね? って」

 啓吾はケラケラ笑って、買い物袋を振り回している。嘘みたいにご機嫌だ。
 
「はぁ····。どうせ住ますんなら、アホなチャラ男より結人が良かったわ」

「うーわ。傷つくんですけどー。なぁなぁ、場野は自炊しねぇの?」

「めんどくせぇ」

「んじゃ俺が作ってやろっか? あそうだ、家賃ってどうしたらいい?」

「要らねぇよ。飯なんか何でもいいだろ····。家賃は俺の口座から引き落とされてっからいい。お前、貯めてんだろ?」

「貯めてるけどさ、そういう訳にはいかねぇだろ。俺も半分出すから······って、なぁ····あの家、家賃いくら?」

「15万くらい? あー····20だったか? 覚えてねぇ」

「······ごめん。お世話になります。って、それ結局親に出してもらってんじゃねぇの? あー····さっきその話すりゃ良かったぁ」

「お前、案外そういうトコ真面目だよな。チャラ男どこ行ったんだよ。安心しろ。払ってんの俺だから」
 
「え····。八千代、バイトしてるの? 知らなかった····」

「いや、普通のバイトで稼げる額じゃねぇだろ。っとなぁ····投資とかまぁそんなんだ。全部説明すんのめんどくせぇな····とりあえず、危ねぇ事も汚ぇ事もしてねぇから安心しろ」

「何なの? 高校生がウン十万稼げるの? 絶対危ないヤツじゃん!」

「危なくねぇって。実家にいた頃から杉村と遊びでやってたら安定したから····な」

「な、じゃねぇよ。わかんねぇって。つぅか杉村って誰だよ」

「こないだ実家行った時居ただろ。料理とか運んでた奴。紹介しなかったか?」

「されてないよ。俺、料理と晴れ着の結人しか見てなかったし」

「マジか。悪ぃ。杉村 煌星こうせいつって、俺の10個くらい上の兄貴みてぇな奴なんだけどな、金にがめつい奴で稼ぎ方はだいたいアイツから教えこまれたんだよ」

「へぇ。インテリ系ヤクザだ。現代っぽーい」

 りっくんが茶々を入れる。そして、八千代から肩パンを喰らう。見慣れた光景だ。

「楽して稼ぐがモットーな奴で、稼いだ金は全部ギャンブルでスってくんだよ。親父にしょっちゅうキレられてたわ。勉強できるくせにアホなんだよ」

「なぁ、俺もそれできねぇ? バイトしなくて済むじゃん」

「アホには無理だな。あとな、楽して金稼ぐもんじゃねぇぞ。将来絶対アホになる」

「え? アホになんならアホでも出来んじゃねぇの? ん? どゆこと?」

「大畠、頑張って汗水垂らして働け。お前に頭使う系は無理だ」

「朔まで!?」

「ねぇ、もう買う物ないんだったら帰ってから喋ろうよ。ゆいぴがお腹空かしてんじゃん」

 仰る通り、さっきからお腹の虫が鳴り止まない。けど、空腹を理由に帰ろうだなんて、子供っぽいにも程がある。

「んじゃあとねぇ、晩飯の材料買うわ」

「啓吾、料理できるの?」

「まぁ、家庭環境アレだとねぇ。作らざるを得ない的な? 何気に得意なのよ、お料理」

「いや、出前とかコンビニでいいだろ」

「えぇ~? これだから金持ちは····。庶民の味食わしたるわ」

「めんどくせぇな····。何作んだよ」

「食いたいもんある?」

「牛丼····」

「ははっ。なんで結人が答えんだよ。そこは俺の食いてぇもんだろ」

 思わず今食べたいものを言ってしまい、八千代に笑われてしまった。

「結人も食って帰る? 牛丼作るよ」

「いいの!? 食べる! やったぁ! 母さんに連絡してくるね」

 啓吾の料理が食べられる。まだ皆と居る口実ができた。なんて僕は、また子供の様にはしゃいでいた。
 主に啓吾と八千代が騒がしいので、少し離れた所で母さん電話をかける。

「おい、俺の食いたいもんじゃねぇのかよ」

「結人が優先だもーん。いいじゃん。おかげで食って帰るつってんだし」

「まぁ····っておい、結人は?」

「そこの隅っこで電話して······あれ? 朔、ゆいぴは?」

「今の今まで、そこで電話してたぞ。俺あっち見てくる」

「大畠はここに居ろ。結人が戻ったら知らせろよ」

「おう。わかったから早く行けよ」

 こうして小さい子は迷子になるのだろう。ただ、僕は迷子ではなく、怖い人に手を引かれているのだが。これは所謂、誘拐というやつだ。
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