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2章 覚悟の高3編

皆が居るから

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 おばあちゃんの調子が悪くなってから数日後。新学期の朝。
 啓吾に髪をセットしてもらい、皆にカッコイイ僕を見てもらう。啓吾から沢山写真が送られたはずなのだが、当然のように撮影会が始まった。
 ここ教室だし、もうすぐ始業式が始まるんだけどなぁ····。

「こういうゆいぴ新鮮だなぁ~。ねぇ、女の子に何か言われなかった?」

「谷川さんたちに『雰囲気違うね』って。あと『カッコイイけど可愛い』って。どっちなんだろう····」

「どっちもだろ。俺らからしたら、可愛いのにカッコよくなっちまったって感じだぞ」

 朔が僕の頬を撫でながら言うが、全く意味がわからない。
 とりあえず、イイ感じなのは間違いないらしい。が、可愛いからの脱却はなかなか難しいようだ。


 そして、空腹で迎えた昼休み。
 僕たちは、冬真と猪瀬くんを理科準備室へ呼び出し、お昼を食べながら事件のあらましを話す。集まる人数が増え、この部屋もだんだん狭くなってきた。
 2人とも、なんでもっと早く言わなかったんだと怒った。あの場で協力させなかった事にも凄く憤っている。

「結人がどんな状態かわかんねぇのに、お前らに見せれっかよ」

 八千代が言うと、猪瀬くんは納得したが冬真がさらに怒った。

「わかんねぇからこそ人海戦術でもなんでも、早く助けなきゃなんじゃねぇの? お前らの気持ちもわかるけどさ、優先すんのは結人の安全だろ」

「そうなんだけどね、俺らにだって譲れないものがあるんだよ。気持ちはありがたいけど、ゆいぴの彼氏は俺たちだから····。責任を全うしたかったんだよね。全然カッコつかなかったけどさ」

 りっくんがそう言って、冬真を宥める。

「融通きかねぇのな。それで結人に何かあって手遅れになったらどうすんだよ」

「まぁ、言い方は良くないけど、今は犯されるだけで済んでるからいいけどさ。本当に危ないよ?」

 冬真も猪瀬くんも、本気で僕の事を心配してくれているんだ。なんだか、凄く嬉しいし心強い。

 今回は僕が無事だったからという事で、2人は渋々引き下がってくれた。2人とも、これっぽっちも納得はしていないようだが。
 皆は2人の話をしっかりと受け止め、今度何かあった時は頼る事を約束した。まぁ、何も起こらないように、日頃から気をつけるのが大前提なんだけどね。



 それからまた数日。僕たちは平穏な日常を過ごしていた。いつもと違うのは、僕が放課後、おばあちゃんのお見舞いへ行くようになった事くらいだ。
 
 そして、夏の暑さが引くところを知らぬ9月の半ば。4限目の終わりに、杉岡先生が教室へ駆け込んできた。
 
「武居、家から連絡だ」

 それは母さんからで、おばあちゃんが危篤だという報せだった。僕が固まっていると、八千代が僕の手を引いてくれた。

「荷物、後で朔が持ってくるってよ。スマホは··持ってんな」

「うん··八千代····おばあちゃんが······」

 父さんからメールも来ていて、それを呆然と見ていると、八千代が震える僕の手を握って言った。

「俺も一緒に行ってやっから落ち着け。どこの病院だ」

 八千代はタクシーを呼び、僕を連れて急いで病院に向かう。
 その間、震えが止まらない僕の手を握り、ずっと肩を抱いてくれていた。時々、頭を撫でて『落ち着け』と耳元で低い声を鳴らしてくれる。すると、心が溶けていくように震えも治まった。


 病院に着くと、母さんと父さんが病室の前のベンチに座っていた。

「母さん! おばあちゃんは!?」

「······今夜、もつかどうかですって····」

「そんな····。なんで? 昨日も帰りに『そろそろ退院かな』って言ってたでしょ!?」

 僕が母さんに詰め寄ると、父さんが僕の肩を持って言った。

「おばあちゃんにね、結人には言わないでって強く頼まれてたんだよ」

 どうやら、以前の検査入院の時には、あまり時間がないとわかっていたらしい。
 僕には教えてもらえなかった。それが凄く悔しくて悲しくて、僕はその場から逃げ出した。

 僕は、談話室のベンチで膝を抱えて泣いていた。追ってきた八千代が、何も言わず隣に座る。
 少しだけ泣く時間をくれて、大粒の涙が勢いを弱めた頃、八千代が僕の頭を抱えて言った。

「落ち着いたら病室行くぞ。早くばーちゃんに会っとけ」

「······うん。でも、会いたくない」

「アホか。ばーちゃんはお前に会いたいだろ」

「····うん。僕も会いたい」

 顔を洗い、八千代に連れられて病室に向かう。
 病室の前には、啓吾とりっくん、僕の荷物を持った朔が居た。皆、来てくれたんだ。
 りっくんは、無言で僕を抱き締める。親の前なのに。けれど、そんな事は頭にないようだ。優しく頭を撫でてから、ゆっくりと離れる。

「ゆいぴ、俺たちも一緒にいい?」

「うん」

 病室には、電子音が静かに響いていた。
 おばあちゃんは機械に繋がれて眠っている。おじいちゃんはおばあちゃんの手を優しく握っていた。
 おじいちゃんは随分と憔悴している。そして、僕よりも辛いはずなのに、優しく微笑んで僕を呼んでくれた。

「結くん、おばあちゃんの手、握ってあげてくれないかな。まだ分かるだろうって、さっきお医者さんが言ってたから····さぁ」

 僕は涙をこらえ、おばあちゃんの手を握る。小さい頃、何度も繋いだ手だ。
 最後に手を繋いだのはいつだろう。いつも温かくて大きく感じた手を、今はとても小さく感じる。

「おばあちゃん····。僕、来たよ。ねぇ、早く家に帰ろうよ····」

 一定のリズムで鳴っていた心電図が乱れる。そして、指がピクッと反応した。

「おばあちゃん?」

「······ゆ··いくん····」

「うん、僕だよ。····ね、手繋ぐのいつぶりかな。もう、僕の手のほうがおっきぃや」

「ほん··と、だねぇ。大··きく··なった··ねぇ····」

 そう言って、おばあちゃんは再び意識を失った。僕には、少しだけ微笑んでくれたように見えた。
 それが、おばあちゃんとの最後の会話。もっと、他にも言いたい事はあった。ありがとうも沢山伝えたかったのに。けど、泣くのを我慢できなくて、それ以上何も話せなかった。


 深夜におばあちゃんは息を引き取った。僕は、八千代の胸に抱かれて泣きじゃくった。
 小さい子供みたいに、泣きながら『やだよぅ』だなんて、思い返すと少し恥ずかしい。けれど、皆は何も言わずに傍に居てくれた。
 りっくんと啓吾なんて、僕と一緒に泣いてくれたんだ。本当に優しいんだから。


 翌々日、おばあちゃんの葬儀が執り行われた。おばあちゃんの意向でお通夜はせず、親族だけで見送るささやかな葬儀だ。
 もちろん、家族も同然である皆も参列してくれた。けれど、親戚には何も説明していないので、それだけが気がかりだった。

 りっくんと啓吾、それに僕は制服だが、八千代と朔はきちんとした喪服を着ている。尋常ではない格好の良さに、関係などそっちのけでおばさん達が色めき立っている。


「お前、おもしれぇくらい可愛い言われてんな。どんだけ頭撫でられんだよ」

「昔からなんだよ····。おじさんには特に言われるんだ。皆、僕が男だって忘れてるんじゃないかな····」

 親戚なんてそんなものなのだろう。いつまでも僕を小さい子だと思っているようだ。もう高校生だというのに。
 幸い、八千代たちの事は特に話題に上がらず、ホッと胸を撫で下ろしていた。

「それより、皆ごめんね? おばさん達、皆がカッコイイからって絡んじゃって」

「いーよ、あんくらい。俺いっぱいアメ貰ったし。····俺らの事聞かれねぇから、正直ちょっとホッとしてる」

 啓吾が正直な気持ちを零してくれる。もらったアメを口に放り込み、ガリゴリと噛み潰すそれに、心情が現れているようだ。

「聞かれてもさ、この話するの今じゃない感凄いもんね」

「今日はおばあさんが主役だからな。その邪魔はしたくねぇ」

「それな。それがあるから、来んのマジで悩んだわ」

「けどなぁ、やっぱおばーちゃんに最後の挨拶してぇもんなぁ~」

「そ。俺らの我儘なんだから、ゆいぴは気にする事ないんだよ」

 またこうやって優しくしてくれる。けれど、僕がおじさんたちにちやほやされているのを見て、流石に皆もモヤモヤし始めているのだろう。
 これは、あの子に会ったらもっとびっくりするだろうな····。なんて思っていた矢先、騒がしいのがやってきた。

ゆいにぃ····? ねぇ、誰その人達。友達? 今日は親族だけでって言ってなかった? つぅかさぁ、なんか近くない?」

 僕たちの目の前に駆け寄ってきて、失礼にも皆を指さして言う。

「····ゆいぴ、誰?」

 りっくんが耳打ちしてくるや否や、鮮烈な罵声を浴びせてきた。

「お前が誰だよ。ナヨナヨしてるくせに馴れ馴れしいな。友達だか何だか知らないけど、結にぃに触んなバーカ」

「もうっ、真尋まひろ! りっくんにそういう事言わないで」

「りっくん····? あぁっ!! 幼馴染の変態!?」

「「「ぶふっ····」」」

 八千代と啓吾、それに朔が同時に吹き出した。

「ゆいぴ····これ誰?」

 りっくんの眉がひくひくしている。僕の親戚なのは間違いないので、怒るのを必死に我慢しているのだろう。

「えっと、父方の従兄弟の武居真尋です。中学3年生で、絶賛反抗期なんだ」

「はぁぁ!!? 誰が反抗期だよ! 俺は結にぃに変な虫がつかないように守ってやってんだろ!?」

「また言ってる····。変な虫なんてつかないよ。虫除けスプレーとかちゃんとしてるよ?」

「「「「ブハッ····」」」」

 皆が吹き出し、真尋は項垂れた。何か変な事を言ったのだろうか。

「あれ? ねぇ、匠真たくまくんは?」

「あぁ、匠真なら····あれ? さっきまでここに····」

 僕を見つけて駆けて来たものだから、匠真くんをどこかに置いてきたらしい。

「またなの!? ごめん、皆。4歳くらいの男の子探して──」

「真尋ぉ····」

 僕だちが探し出そうとした瞬間、真尋の背後からドスの効いた声が聞こえた。

「お前、また匠真を置いてっただろ」

 真尋の背後から、ガチムチで喪服がパツパツの男性が、幼児を抱えて足速に迫ってきた。

「お、親父····ごめーん」

 恐る恐る振り返った真尋は、強烈な平手打ちをくらった。それを見て、匠真くんはキャッキャと笑っている。
 そうだ、呆気にとられている皆に紹介しなければ。

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