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3章 希う大学生編

カッコ良すぎるよ

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 もう一度、グローブをパンッと鳴らして意気込む啓吾。合図のゴングがカンッと耳を抜ける。
 少し助走をつけ、思い切り殴り込む。ダンッと凄い音がした。思わず、驚いてビクッと跳ねる。

「う、わぁ··すごぉい····」

 啓吾は『へへん』とドヤ顔を見せる。その間に的が起き上がり、続けて二発目へ。一発目は肩慣らしで、次が本番だと言う啓吾。的を見据える瞳がすぅっと変わった。

 一発目よりも重い音を響かせ的が倒れる。結果は、二発目の方が20kgほど上がって182kと表示されている。ぶら下げてあった表を見ると、平均が150kgくらいらしいから、それよりは断然強いんだ。本当に凄いや。

「啓吾、平均より強いんだって! すっごいね!」

「ま、こんなもんかな。高校ン時よりは強くなってるわ」

 満足そうな啓吾は、グローブを外して渡す。次はりっくんだ。

「ゆいぴ、啓吾より上行くから楽しみにしててね♡」

 言葉とは裏腹に、低めのトーンで全然甘くない。
 啓吾にだけは負けないよう、それと、カッコイイ所を見せる為に甘々モードは封印するらしい。カッコイイところが見られるなら、どっちが上でもいいんだけどな。
 けど、りっくんのやる気を削ぐのも悪い気がして、僕は『頑張って♡』と乗せておいた。録画開始の音を待って、ウインクを飛ばしてくれる。

 僕の比じゃないけれど、皆の中ではりっくんも筋肉がつきにくい。パワー系ではないのは明瞭な体つきだ。
 絞ってはいるけど、筋肉質という程でもない。モデル体型って感じかな。

 しかし、殴る時のフォームは1番綺麗だと思う。一発目を繰り出すと、周囲から小さな歓声が聞こえた。見れば、気づかないうちにかなりのギャラリーができていた。
 こんな中で、僕は情けない姿を晒すのだろう。そう思うと気が引けてきた。

 なんて思っていると、二発目の結果が出た途端、納得がいかないと喚きだすりっくん。結果は180kgで、2kgだけ啓吾に負けている。

「あっれぇ~? 俺最弱じゃなくな~い? 良かったぁ~」

「う、うるっさいなぁ! 2とかほぼ一緒じゃん!」

「でもぉ? 負けは負けだよなぁ? ほら、さっさとアイス買ってこいよ~」

 いつの間に賭けをしていたのか、負けたほうがアイスを奢る約束だったらしい。りっくんは、ブツブツ文句を言いながら買いに行った。

 りっくんが戻るのを待つ間に、僕はグローブを嵌める。そう、いよいよ僕の番だ。
 100kgくらいは出したいな。そう思い、啓吾の真似をしてグローブを鳴らす。が、バフッと情けない音しか出せない。

 僕が『おかしいなぁ』と首を傾げていると、女の子を振り切ったりっくんが、慌てた様子で戻ってきた。

「グローブ嵌めるところから撮りたかったのにぃ」

 そう言って、啓吾にアイスを押し付けた。

「女の子と喋ってるからでしょ」

 僕は、唇を尖らせて嫌味を放つ。

「ははっ、妬かせてやんの。安心しろって、バッチリ撮ってるから」

 気がつくと、朔と八千代も撮っている。沢山のギャラリーだけでもやりにくいのになぁ····。
 なんて思っている間に、ゲームがスタートしていた。カンッと鳴ったゴングで、僕は力いっぱい的に拳をめり込ませる。

 画面に表示された数字を見て、僕は愕然とした。53kg、そうデカデカと表示されている。153kgの間違いじゃなくて?
 いや、見間違いではないらしい。あまりの低得点に、皆、反応できずにいるようだ。

「まぁ、1発目は練習な。感覚分かったら2発目もうちょいいけるって。大丈夫、こう、ダンッて感じでさ、押し込むようにしたら数字出るから! 大丈夫だから! んな可愛いしょぼんすんなよ~」

 啓吾が、身振り手振りでアドバイスしながら一生懸命励ましてくれる。けど、可愛いしょぼんって何だ。
 啓吾が頬を揉み解し、緊張を和らげてくれている間に二発目のゴングが鳴った。アドバイスを頼りに全力を注ぐも、たいして変わらず58kg。
 分かってたよ。どうせ、非力な僕の実力なんてこんなものだって事は。不貞腐れるのもバカらしいほどの差だ。

 僕のはなかったことにして、続いて朔の番。これをプレイするのは初めてらしいが、加減は大丈夫だろうか。

 朔も、グローブ嵌めるとバンッと鳴らす。空気を痺れさせるようなその音だけで、威力と言うか重さの違いは明白である。
 そして、ゴングとほぼ同時に的を殴り倒す。涼しい顔をして、助走もつけずにドダンッと、啓吾やりっくんとは次元の違う音がした。
 2人どころか、ギャラリーも若干引き気味だ。そんな威力で殴っておきながら、困惑した顔で『加減はやっぱり苦手だな····』とか言うんだもん。これには誰もがドン引きだ。

 画面には459kgと表示され、僕たちは初めて見るぶっ飛んだ数字に目を白黒させる。周囲のシャッター音が鳴り止まない。
 一瞬慌てたが、どうやら故障ではないらしい。表の裏にあった説明書によると、この機械では500kgまで測れるんだそうだ。
 それにしたって、待機画面の間エンドロールの様に流れてくる過去の記録の中では、断トツで1位に輝いている。2位の268kgだって、啓吾やりっくんと『凄いね』って話していたのに。流石、自慢のゴリラだ。

 さて、いよいよ本物のゴリラ····もとい、八千代の番がきてしまった。これを壊したことがあるって事は、限界を超えたという事なのだろう。八千代ならやりかねない。

「ちなみにだけどさ、これどうやって壊したん? 高校ン時?」

 勇者な啓吾がズバッと聞く。

「んゃ、中学ン時。一発目でエラー出てよ、ふざけんなつって先輩が無理やり起こしたヤツ殴ったら壊れた。んっとヤワだよな」

 そうじゃない。間違っても機械が弱いわけじゃないよ。アレを無理やり起こせるのも意味が分からない。まったく、ヤンキーのやる事は理解し難い。
 僕たちは、まさかの中学時代に起きたヤバめな話を聞いて、やらせていいものか真剣に迷う。が、本人はやる気満々なようだ。

「ねぇ八千代、ちゃんと加減できるの? 大丈夫? ホントに壊しちゃダメだよ?」

「左だったら··まぁ、いけんじゃね?」

 そう言って、八千代は左手用のグローブを嵌めた。

 僕たちはゲーム機の心配しかしてないのだけれど、八千代はそんな心配など微塵もしていなかった。朔より上で、かつ機械を壊さないよう、難易度マックスの挑戦に向け集中を高めている。

 皆が固唾を呑んで見守る中、無情にもゴングが鳴り、八千代は朔同様立ち尽くしたまま殴り掛かった。上着がぶわっと舞い、ネックレスがチャリッと踊る。
 動画を撮っているのなんて忘れて、呆然と肉眼でそれを眺める。思わず『カッコイイ····』と呟いてしまった。
 加減の為なのだろう、殴った直後、絞り出すように『うるぁッ!』と舌を巻いた。その声で現実に引き戻される。

 的の倒れる音は、朔の時よりも激しい。けれど、記録は428kg。
 朔は、顔に『勝った』と書いてある。それを見た八千代は、当然負けず嫌いを発揮する。

「もうちょいイケんな。つか右でもいけんじゃねぇの?」

「ダメだよ、絶対測定限界超えるでしょ! 八千代は左だけね。八千代なら、左で余裕だよね?」

「ハッ、誰に言ってんだよ。ヨユーに決まってんだろ」

 なんとか本気を出させずに済んだようだ。けれど、さっきので要領を掴んだとはいえ、加減を間違えない保証はない。
 一発目よりもハラハラしながら見ていた僕たちは、二発目のゴングの直後、瞬きを忘れるほどの記録を目にした。

「っしゃ、イイ感じだな」

 498kg、そう表示されている。限界ギリギリじゃないか。左でこれなら、右だと余裕で超えるんだろうな。本当に恐ろしいや。

「マジでゴリラかよ」

 聞き慣れた声に振り向くと、冬真がアイスを食べながらベンチにふんぞり返って座っていた。隣には、大きなサメのぬいぐるみを抱えた猪瀬くんが立っている。
 どうやら、冬真の努力は報われたらしい。これで、ようやく帰れるんだ。

 僕たちは、バッティングセンターも大いに満喫して帰路についた。

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