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祝福という名の未来
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検査から数日後、湊と凪はそれぞれの祖父に呼ばれて、桐生家に集まっていた。
居間には、懐かしい匂いが広がっている。
淹れたての番茶と、コンビニの季節外れの最中。
昔から変わらない、「集まる」時の空気だ。
「いやあ、めでてえ!」
最初に大声を上げたのは、桐生正人だった。
皺だらけの顔をくしゃっと緩めて、隣の桜庭恒一の肩をばしっと叩く。
「お前んとこはΩ、うちはα。これ以上ないくらいバッチリじゃねえか!」
「まったくだよ」
恒一も目を細めて、満足げにうなずく。
「昔から言ってたろ?この二人は絶対、番になるってな」
湊は、湯呑みを握ったまま固まっていた。
いつかこんな話になる気はしてた。
でも、こうやって「当然」みたいに言われると、胸の奥がぐらっと揺れる。
「まだ早えよ」
思わず口を滑らせた。
「二人とも中学生だぞ」
「何言ってんだ」
正人はゲラゲラ笑って、手を振る。
「今すぐ結婚しろって話じゃねえよ。将来の話だ。考えておくのは大事だろ?」
「だな、凪」
恒一が穏やかに、でも有無を言わさぬ調子で続ける。
「αがそばにいるのは安心だ。ヒートとかのときも、湊が守ってくれる。お似合いだよ、ほんとに」
凪の肩が、ぴくりと強張ったのが見えた。
湊も、同じ言葉に引っかかる。
守る。安心。全部正論だ。
でも、そこに「好きだろ?」って気持ちは、どこにもない。
「……はい」
凪は、静かにそう答えた。
笑みも拒絶もない、ただ穏やかな返事。
波風立てないための、いつもの凪の対応。
それが、湊にはたまらなく嫌だった。
「凪」
名前を呼ぶと、凪が一瞬だけこちらを見る。
その瞳が、なんだか遠くを彷徨っているみたいで。
「俺は――」
言いかけて、言葉が詰まった。
「好きだ」と言えば、αの本能みたいに聞こえる。
「嫌だ」と言えば、祖父たちを傷つける。
「……まだ、ちゃんと話してないだろ」
かろうじて絞り出した言葉に、正人が「おお」と少し驚いた顔をして、また笑っていた。
「真面目だな、お前は、嫌でもそのうち向き合わされるさ。αとΩなんだから、うまくいくって」
恒一も、ゆったりうなずいた。
「心配するな。お前らは、最高の組み合わせだよ」
その「断言」が、二人の胸に、じわじわと重くのしかかっていた。
帰り道、夕暮れの住宅街を並んで歩いた。オレンジ色の空が、やけに高く感じた。
「……ごめん」
先に口を開いたのは凪だった。
いつもの静かな声で、でもどこか力がない。
「急に、あんな話になって」
「謝るなよ」
湊は言いながら、自分の声が硬いことに気づく。
隣を歩く凪の香りが、いつもより強く漂ってくる。
甘いはずの匂いが、なんだか切なく揺れている。
凪は、少しだけ口角を上げた。無理してる笑顔だと、すぐわかった。
「でもさ、納得してるよ。俺」
「は?」
「俺Ωだし。湊はαだし。 それでいいじゃん、当たり前だろ?」
さらっと、まるで天気予報でも読むみたいに言う。
湊は思わず足を止めた。
凪の腕をつかみそうになって、慌てて手を下ろす。
触れたら、香りがもっと強くなる。
そしたら、自分が何を言い出すか、わからなくなる。
「……送るよ」
「いいよ。一人で帰れる」
凪はそう言って、さっと一歩距離を取った。
いつもより、明らかに素早い動き。
その細い背中が、夕陽に溶けていくのを、湊はただ見ていることしかできなかった。
(……これが、祝福?)
胸の奥で、冷たいものが膨らむ。
祖父たちの笑顔も、凪の笑顔も、全部「αとΩだから」っていう枠の中にある。
凪を追い詰めてるだけじゃないか。
自由を、静かに奪ってるだけなんじゃないか。
花の香りは、遠く小さくなっていく。
でも、その切なさは、湊の胸にずっと残ったままだった。
居間には、懐かしい匂いが広がっている。
淹れたての番茶と、コンビニの季節外れの最中。
昔から変わらない、「集まる」時の空気だ。
「いやあ、めでてえ!」
最初に大声を上げたのは、桐生正人だった。
皺だらけの顔をくしゃっと緩めて、隣の桜庭恒一の肩をばしっと叩く。
「お前んとこはΩ、うちはα。これ以上ないくらいバッチリじゃねえか!」
「まったくだよ」
恒一も目を細めて、満足げにうなずく。
「昔から言ってたろ?この二人は絶対、番になるってな」
湊は、湯呑みを握ったまま固まっていた。
いつかこんな話になる気はしてた。
でも、こうやって「当然」みたいに言われると、胸の奥がぐらっと揺れる。
「まだ早えよ」
思わず口を滑らせた。
「二人とも中学生だぞ」
「何言ってんだ」
正人はゲラゲラ笑って、手を振る。
「今すぐ結婚しろって話じゃねえよ。将来の話だ。考えておくのは大事だろ?」
「だな、凪」
恒一が穏やかに、でも有無を言わさぬ調子で続ける。
「αがそばにいるのは安心だ。ヒートとかのときも、湊が守ってくれる。お似合いだよ、ほんとに」
凪の肩が、ぴくりと強張ったのが見えた。
湊も、同じ言葉に引っかかる。
守る。安心。全部正論だ。
でも、そこに「好きだろ?」って気持ちは、どこにもない。
「……はい」
凪は、静かにそう答えた。
笑みも拒絶もない、ただ穏やかな返事。
波風立てないための、いつもの凪の対応。
それが、湊にはたまらなく嫌だった。
「凪」
名前を呼ぶと、凪が一瞬だけこちらを見る。
その瞳が、なんだか遠くを彷徨っているみたいで。
「俺は――」
言いかけて、言葉が詰まった。
「好きだ」と言えば、αの本能みたいに聞こえる。
「嫌だ」と言えば、祖父たちを傷つける。
「……まだ、ちゃんと話してないだろ」
かろうじて絞り出した言葉に、正人が「おお」と少し驚いた顔をして、また笑っていた。
「真面目だな、お前は、嫌でもそのうち向き合わされるさ。αとΩなんだから、うまくいくって」
恒一も、ゆったりうなずいた。
「心配するな。お前らは、最高の組み合わせだよ」
その「断言」が、二人の胸に、じわじわと重くのしかかっていた。
帰り道、夕暮れの住宅街を並んで歩いた。オレンジ色の空が、やけに高く感じた。
「……ごめん」
先に口を開いたのは凪だった。
いつもの静かな声で、でもどこか力がない。
「急に、あんな話になって」
「謝るなよ」
湊は言いながら、自分の声が硬いことに気づく。
隣を歩く凪の香りが、いつもより強く漂ってくる。
甘いはずの匂いが、なんだか切なく揺れている。
凪は、少しだけ口角を上げた。無理してる笑顔だと、すぐわかった。
「でもさ、納得してるよ。俺」
「は?」
「俺Ωだし。湊はαだし。 それでいいじゃん、当たり前だろ?」
さらっと、まるで天気予報でも読むみたいに言う。
湊は思わず足を止めた。
凪の腕をつかみそうになって、慌てて手を下ろす。
触れたら、香りがもっと強くなる。
そしたら、自分が何を言い出すか、わからなくなる。
「……送るよ」
「いいよ。一人で帰れる」
凪はそう言って、さっと一歩距離を取った。
いつもより、明らかに素早い動き。
その細い背中が、夕陽に溶けていくのを、湊はただ見ていることしかできなかった。
(……これが、祝福?)
胸の奥で、冷たいものが膨らむ。
祖父たちの笑顔も、凪の笑顔も、全部「αとΩだから」っていう枠の中にある。
凪を追い詰めてるだけじゃないか。
自由を、静かに奪ってるだけなんじゃないか。
花の香りは、遠く小さくなっていく。
でも、その切なさは、湊の胸にずっと残ったままだった。
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