君を選ぶ理由 〜花の香りと幼なじみのΩ〜

なの

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身を引くという選択

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家に帰ると、凪は部屋の灯りもつけずにベッドに腰を下ろした。

カーテン越しに街灯の光が細く差し込んで、床にぼんやりした影を落とす。  
静かすぎて、自分の呼吸の音がやけに大きく響く。  
制服のまま横になり、腕で目元を覆うと、ふわりと自分の香りが鼻先をかすめた。

花の香り。

昔、湊が「いい匂いだな」って笑ってくれたそれ。  
今はただ、Ωである証みたいにしか思えない。

「……はあ」

小さく吐息をもらす。  
今日の祖父たちの言葉が、また頭の中で反響する。

――αとΩだから、うまくいく。  
――お似合いだよ。

正論だ。誰も間違ってない。  
それが、余計に胸をえぐる。

湊はαになった。  
これからいくらでも選択肢がある。  
もっとフェロモンが強いΩ、相性が完璧な相手、家の期待に応えられる「完璧な番」

その中で、自分が選ばれる理由ってなんだろう。

幼馴染だから?  
祖父同士が仲がいいから?  
それとも、ただ――Ωだから?

答えを知るのが怖くて、考えたくなかった。

スマホが小さく震えた。  
画面を見ると、湊の名前。

一瞬、指が反射的に動く。  
でも、すぐに止めた。  
出たら、きっとあの優しい声が聞こえてくる。  
「大丈夫か?」「何かあったら言えよ」と、何も決めずに全部抱え込もうとする声で。

それが、凪には耐えられなかった。

通知を消して、スマホを枕元に伏せる。  
画面が暗くなると、部屋はさらに静かになる。

「……ごめん、湊」

誰に向けた言葉かわからないまま、ぽつりと呟く。

湊は優しすぎる。  
だからこそ、責任感で全部背負おうとしてしまう。

だったら、自分が身を引けばいい。

湊が迷わなくていいように。  
αとしての選択肢を自由に選べるように。

幼馴染の場所に、戻ればいいだけだ。

ベッドから起き上がり、窓際に立つ。  
カーテンを少し開けると、向かいの桐生家の灯りがぼんやり見えた。  
湊の部屋の窓は、まだ明るい。  
きっと今も、スマホを握りしめてるんだろうな。

胸がちくりと痛んだ。

「明日から、どうしよう」

具体的に考え始める。  
学校では、Ωの特別教室だから顔を合わせにくい。  
それでも、放課後や帰り道では会ってしまう。二人きりにならないようにしなきゃいけない。


・部活の時間に合わせて、先に帰る  
・休み時間は友達と固まって過ごす  
・LINEは、必要最低限にする  
・香りが強くなりそうな日は、家に籠る  


一つ一つ、頭の中でリストアップしていく。  
湊が心配しない程度の「普通の距離」を保つ方法を。

でも、どんなに考えても、根本は変わらない。  
湊のそばにいたい気持ちは、消えないから。

「Ωだから、湊のそばにいたいなんて……思っちゃダメだ」

自分に言い聞かせる。  
鏡に映る自分の顔が、情けないほど青白い。

そういえば、小さい頃。  
秘密基地で遊んでたとき、湊が言ったっけ。

「凪は、俺のいちばんの相棒だよな」

あのときは、ただ嬉しかった。  
今は、その言葉が重たく響く。  
相棒じゃなくて、番として見られてるんじゃないか。  
義務感で、そばにいてくれるんじゃないかって。

スマホがまた震えた。今度はLINEの通知。  
湊からだ。未読メッセージが三つ、四つと増えていく。

[心配しなくてもいいよ]  
[祖父たちの話、気にしてる?]  
[声聞かせて]

読むだけで、胸が詰まる。  
返事を打とうとして、指が止まる。  
なんて返せばいい? 「大丈夫だよ」って嘘をつくのか。

通知をオフにして、スマホを枕の下に押し込む。  
見えないところに隠せば、少しは楽になるかと思った。

カーテンを閉め直して、再びベッドに倒れ込む。  
天井の染みが、じっと見つめ返してくるようだ。

「湊には、もっとふさわしい人が……」

言葉が途切れる。  
想像しただけで、吐き気がする。  
湊の隣に、他の誰かがいるなんて。  
笑い合って、花の香り以外の匂いに囲まれてる湊なんて。

「……やめろって」

自分を止める。  
そんなこと、考えちゃいけない。  
身を引くって決めたんだから。

それでも、瞼の裏に湊の顔が浮かぶ。  
廊下で手首をつかまれた感触。  
あの熱さと、少し汗ばんだ指先。  

香りが、またふわりと広がった。  
今度は、自分のものじゃなくて、記憶の中の湊の匂い。  
甘くて、少しスパイシーな、αの気配。

涙がこぼれそうになって、慌てて腕で顔を覆う。  
嗚咽を噛み殺すように、息を殺す。

「……決めた」

声は震えていなかった。  
泣いてもいなかった。

ただ、胸の奥が静かに、深く痛んでいた。

翌日から、少しずつ距離を取ろう。  
二人きりにならないように。  
香りが届かないように。

幼馴染としての、最後の場所を守るために。

それが、湊を本当に想うからこその、  
一番きれいな終わり方だと信じて。

凪は目を閉じた。  
花の香りは、まだ消えなかった。  
でも、もう誰にも届かなくていい。

そう思い込もうとしながら、長い夜に身を委ねた。


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