君を選ぶ理由 〜花の香りと幼なじみのΩ〜

なの

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届かない距離

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翌日から、凪ははっきりと変わった。

朝の登校時間が微妙にずれる。  
休み時間に行くと席を外している。
放課後は「用事がある」と先に帰るか、友達に埋もれる。

どれも、単体で見れば些細なこと。  
言い訳として成立する程度の距離感。  
でも、それが毎日続くと、さすがに湊にもわかってしまう。

「最近、避けられてるよな」

昼休み、購買の紙パックコーヒーを飲みながら、颯がぽつりと言った。  
何気ない口調で、でも目はちゃんとこっちを見てる。

「……別に」

否定したつもりだったけど、声に力が入らない。  
自分でも、誤魔化しきれてないのがわかった。

「別にって顔じゃねえよ」

颯は軽く笑って、缶コーヒーを一口。

「Ωってのはさ、検査後しばらくナーバスになる時期があるんだろ。結構典型的なパターンらしいぜ」

「……知ってるよ、そんなこと」

学校の保健の授業で習った。  
Ωの精神不安定期、フェロモン調整の大変さ。  
知識としては頭に入ってる。

「なら、放っておけよ。  
 無理に踏み込むと、余計こじれる」

颯の言葉に、湊は何も返せなかった。  
放っておけるなら、こんなに胸がざわつかない。



午後の授業が終わり、校舎を出ると、校門近くで凪の姿を見つけた。

一人じゃない。  
隣に颯がいた。

二人は少し距離を置いて歩いている。  
それでも、颯が凪の歩調に合わせて遅く歩いてるのがわかる。  
まるで、自然にエスコートしているみたいに。

凪の表情は、湊の知ってる顔じゃなかった。  
緊張してるけど、拒絶はしてない。  
颯の言葉に小さく頷いたり、軽く口元を緩めたりしてる。

胸の奥が、ひどくざらついた。  
息が詰まるような、嫌な予感。

「……兄貴」

声をかけると、颯が軽く振り向く。

「お、湊。遅かったな」

凪も、半拍遅れてこちらを見る。  
視線が一瞬だけ合って、すぐに逸らされた。  
その目が、なんだか落ち着いて見えた。

「一緒に帰ってたのか」

「偶然だよ」

颯はあっさり答えて、肩をすくめる。

「なんか体調悪そうだったからさ。途中まで送るだけ。心配すんな」

「……そう」

湊の声が、低く掠れる。  
凪は何も言わない。否定もしない。ただ、じっと地面を見つめている。

その沈黙が、湊には答えのように聞こえた。  
(兄貴のほうが、安心なんだ)

「じゃあ、俺はこっちだから」

凪がぽつりとそう言って、軽く会釈。  
湊の返事を待たずに、颯とは逆の方向へ歩き出す。

背中からは、香りがしなかった。  
いつもなら、ふわりと漂ってくるはずの花の匂いが、完全に消えてる。 意識的に抑えてるのが、はっきりわかる。

「気にすんなよ」

颯が肩を叩いてくる。

「あいつ、たぶん俺のほうが話しやすいだけだ。お前だと、香りで意識しちまうんだろ」

その言葉が、慰めなのか決定打なのか、湊には判断できなかった。  
ただ、胸のざらつきが、どんどん大きくなっていく。



夜、湊はスマホを握ったままベッドに転がっていた。

LINEの画面には、未送信のメッセージが何度も打たれては消されている。

[今日、どうした?]  
[避けてるなら、理由教えてくれ]  
[祖父たちの話、まだ気にしてるのか?]  
[声出せよ]

どれも、送ったら重くなる。  
凪を追い詰める気がして、指が止まる。

代わりに、頭の中で最悪の答えがぐるぐる回る。

兄貴のほうがαとして完成されてる。  
余裕があって、Ωを不安にさせない距離感がある。  
凪にとって、安心できる存在なんだ。

だったら、自分は――何だ?

幼馴染だから、そばにいるのが当たり前だっただけ?  
αとΩの相性がいいから、期待されてるだけ?  
本当は、兄貴みたいな「ちゃんとしたα」のほうが、凪にはふさわしいんじゃないか。

「……最悪だ」

誰も悪くないのに、全部が噛み合わない。  
凪の香りが届かない距離が、こんなに息苦しいなんて、知らなかった。

スマホを放り投げて、天井を見上げる。  
隣の部屋から、兄貴の笑い声が微かに聞こえてくる。  
電話か何かしてるんだろう。  
あの余裕のある声が、凪の前でも同じように響いてると思うと、胸が焼けるように痛んだ。

(香りが、しない)

いつもなら、凪の近くに行けばふわりと広がるはずの匂い。  
それがないのが、こんなに寂しいなんて。

湊は目を閉じた。  
瞼の裏に、今日の凪の背中が浮かぶ。  
颯と並んで歩く姿。  
小さく頷く横顔。

あの距離のほうが、凪は落ち着いてるのかもしれない。  
Ωとして、正しい選択をしてるのかもしれない。

自分は、ただの幼馴染の分際で、  
αの本能で凪を縛ろうとしてるだけなんじゃないか。

そう考えると、ますます自分が嫌になる。  
香りのない夜は、ただただ長かった。



翌朝も、凪は先に教室へ向かっていたらしい。  
Ωの特別教室だから、顔を合わせる機会は少ないはずなのに、  
休み時間に廊下ですれ違っただけでも、視線を合わせない。

放課後、校門で待ってみても来ない。  
LINEも既読がつかない。

距離が、少しずつ広がっていく。  
花の香りは、もうどこにも届かなくなっていた。

湊は、初めて、凪がいない世界の息苦しさを思い知った。


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