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医局に戻ってすぐ幸樹が駆け寄ってきた。どうだった?大丈夫なのか?
「うん。あさひくんの身体のあざとかを見て春樹は動揺して少しパニックになってたけど…今は落ち着いて大丈夫だよ」
「そんなに酷いのか?」
「そうだね…日常的に殴られてた感じがするよ、古いものから新しくできたものまで、まちまちにあるから。それに…タバコを押し付けられてできた怪我もある。かわいそうだけど一生残っちゃうかもしれないね…ただ場所が背中だから本人は見えないことが救いかな」
そうか…そんなに…
幸樹は何か考え込むように黙ってしまった。
「幸樹?どうした?大丈夫?そろそろ帰ったら?」
「アイツの発情期はいつまでだ?」
「うーん初めてだからすぐ治っちゃう人もいれば、1週間くらい続く人と…やっぱり人それぞれだからね。こればっかりはわからないよ…」
「アイツが一般病棟に移るまで、ここにいてもいいか?」
「えっ?仕事は?」
「急ぎのだけ終わらせてるから平気だ。何かあればメッセ来るだろうし…」
「でも…会えないよ?」
そうだよな…会えないんだよな…そうだった…俺はアルファだし…緊急の特効薬を打つわけにもいかない…あの時は随分と必死だったが今、あの匂いを嗅いでしまったら、アイツに手を出さないとは言い切れないな。
アイツに会ったあの日、俺は得意先の家から自宅に帰る途中だった。いつもは通らないが久しぶりに何もない駅前通りを通ってみたくなって車で走っていた。
今、この駅はほとんど乗客がいない…利用者も減ってきてしまった。駅前の商店街が高齢化で跡を継ぐ人がいなかったり、店の老朽化だったりして店を畳む人が増えた。それに伴い近くに大型のショッピングモールができたことにより廃れてしまったからだろう。また自家用車を使う人が多くなって、車がない人や高齢者のためにコミュニティバスが走るようになって、ここから近い大型のショッピングモールや病院、役所、銀行まであちこちバスで移動できるようになったしな。昔は星空の街なんて言われて賑わっていたが一時のブームが去れば記憶にも残らない。星空目当ての観光客は昔に比べたら随分と減ったものだ。
そんな昔のことを考えてらうちに商店街の橋の近くまでやって来た。
橋の真ん中に人が倒れているのが目に入り急いで車を降りると、ふわっとどこからか甘い香りがしてきた。首元からチョーカーをしているのが見えて俺はオメガだと気づいた。
少し近づいてみた。もしかして、この子から香ってるのか?でもヒートにしては香りが弱い。顔を覗き込んだ。かわいい顔をしているなと思った途端、身体に電気が走ったように感じた。
『俺のオメガ…運命の…番』
昔、聞いたことがある。出会える確率はかなり低いけど運命の番がどこかにいるかもしれないと…
そんなものは、ただのおとぎ話だと思っていた。こんな所で会えるなんて思って見なかったが…
でもその子はピクリとも動かない。もしかして?強い衝動に駆られて抱き寄せた。
「しっかりしろ!大丈夫か!頑張れ」気づいたら大声で叫んでいた。この子を死なせるわけにはいかない。俺は急いで幼馴染のいる明けの里病院に向かった。車の中でも声をかけ続けた。「頑張れ。大丈夫だからな」
達也からあの子が死のうとして薬を飲んだと聞いた時、強い衝撃を受けたと同時になぜそんなことをしなければならないのかと…人間どんなに辛くても苦しくても生きていかなきゃいけない。それに、まだチョーカーをしているってことは番もいなんだろう。それなのに…その時、俺はそんなに強い絶望感なんて番を持っていない人なら感じないだろうと…自分の考えだけで、目が覚めたばかりのアイツに怒鳴ってしまった。アイツは怯えて震えていた。俺が運命の番だと気づいてないことにも腹立たしかった。
しかもアイツはこの病院から逃げようとした。なんで俺から逃げる?どうして?アイツを捕まえてもう一度、寝かせてやった。
頭を撫でてやれば嬉しいのか、その手に擦り寄って口角を少しだけ上げて微笑んでくれた。その笑顔を見たい。自分のものにしたい。
でも起きた時のアイツは俺に怯え、笑顔を見せてくれることはなかった。このオメガを自分のものにしたいのに…どうにもできない現実…
俺は1つの望みをかけた。自分のフェロモンの匂いを作ろうと…
調香師である俺は、だいたいの香りのイメージで作ることができる。だから微かに香ったアイツの匂いを先に作った。バニラように甘く食べてしまいたい香りの中に花の香りが混じってる。そんなイメージだ。でも思い通りに作るのは難しかった。香水は時間が経つと香りが少しずつ変化してしまう。足すことはできるが、引くことはできないから最初から作り直すこともしょちゅうだ。それでもなんとか作り終わった。
香りを嗅いでいるとアイツを抱きたいという衝動に駆られる。今すぐ自分の番にしたい。頸を噛みたい。アイツの匂いがする香水だけで俺は自分の欲を3度も出した。その欲の中にある匂いを元に俺自身の香水を作り出した。
アイツに俺が番だと…運命の番だとこの匂いで感じ取って欲しい。そう願いを込めて…
「うん。あさひくんの身体のあざとかを見て春樹は動揺して少しパニックになってたけど…今は落ち着いて大丈夫だよ」
「そんなに酷いのか?」
「そうだね…日常的に殴られてた感じがするよ、古いものから新しくできたものまで、まちまちにあるから。それに…タバコを押し付けられてできた怪我もある。かわいそうだけど一生残っちゃうかもしれないね…ただ場所が背中だから本人は見えないことが救いかな」
そうか…そんなに…
幸樹は何か考え込むように黙ってしまった。
「幸樹?どうした?大丈夫?そろそろ帰ったら?」
「アイツの発情期はいつまでだ?」
「うーん初めてだからすぐ治っちゃう人もいれば、1週間くらい続く人と…やっぱり人それぞれだからね。こればっかりはわからないよ…」
「アイツが一般病棟に移るまで、ここにいてもいいか?」
「えっ?仕事は?」
「急ぎのだけ終わらせてるから平気だ。何かあればメッセ来るだろうし…」
「でも…会えないよ?」
そうだよな…会えないんだよな…そうだった…俺はアルファだし…緊急の特効薬を打つわけにもいかない…あの時は随分と必死だったが今、あの匂いを嗅いでしまったら、アイツに手を出さないとは言い切れないな。
アイツに会ったあの日、俺は得意先の家から自宅に帰る途中だった。いつもは通らないが久しぶりに何もない駅前通りを通ってみたくなって車で走っていた。
今、この駅はほとんど乗客がいない…利用者も減ってきてしまった。駅前の商店街が高齢化で跡を継ぐ人がいなかったり、店の老朽化だったりして店を畳む人が増えた。それに伴い近くに大型のショッピングモールができたことにより廃れてしまったからだろう。また自家用車を使う人が多くなって、車がない人や高齢者のためにコミュニティバスが走るようになって、ここから近い大型のショッピングモールや病院、役所、銀行まであちこちバスで移動できるようになったしな。昔は星空の街なんて言われて賑わっていたが一時のブームが去れば記憶にも残らない。星空目当ての観光客は昔に比べたら随分と減ったものだ。
そんな昔のことを考えてらうちに商店街の橋の近くまでやって来た。
橋の真ん中に人が倒れているのが目に入り急いで車を降りると、ふわっとどこからか甘い香りがしてきた。首元からチョーカーをしているのが見えて俺はオメガだと気づいた。
少し近づいてみた。もしかして、この子から香ってるのか?でもヒートにしては香りが弱い。顔を覗き込んだ。かわいい顔をしているなと思った途端、身体に電気が走ったように感じた。
『俺のオメガ…運命の…番』
昔、聞いたことがある。出会える確率はかなり低いけど運命の番がどこかにいるかもしれないと…
そんなものは、ただのおとぎ話だと思っていた。こんな所で会えるなんて思って見なかったが…
でもその子はピクリとも動かない。もしかして?強い衝動に駆られて抱き寄せた。
「しっかりしろ!大丈夫か!頑張れ」気づいたら大声で叫んでいた。この子を死なせるわけにはいかない。俺は急いで幼馴染のいる明けの里病院に向かった。車の中でも声をかけ続けた。「頑張れ。大丈夫だからな」
達也からあの子が死のうとして薬を飲んだと聞いた時、強い衝撃を受けたと同時になぜそんなことをしなければならないのかと…人間どんなに辛くても苦しくても生きていかなきゃいけない。それに、まだチョーカーをしているってことは番もいなんだろう。それなのに…その時、俺はそんなに強い絶望感なんて番を持っていない人なら感じないだろうと…自分の考えだけで、目が覚めたばかりのアイツに怒鳴ってしまった。アイツは怯えて震えていた。俺が運命の番だと気づいてないことにも腹立たしかった。
しかもアイツはこの病院から逃げようとした。なんで俺から逃げる?どうして?アイツを捕まえてもう一度、寝かせてやった。
頭を撫でてやれば嬉しいのか、その手に擦り寄って口角を少しだけ上げて微笑んでくれた。その笑顔を見たい。自分のものにしたい。
でも起きた時のアイツは俺に怯え、笑顔を見せてくれることはなかった。このオメガを自分のものにしたいのに…どうにもできない現実…
俺は1つの望みをかけた。自分のフェロモンの匂いを作ろうと…
調香師である俺は、だいたいの香りのイメージで作ることができる。だから微かに香ったアイツの匂いを先に作った。バニラように甘く食べてしまいたい香りの中に花の香りが混じってる。そんなイメージだ。でも思い通りに作るのは難しかった。香水は時間が経つと香りが少しずつ変化してしまう。足すことはできるが、引くことはできないから最初から作り直すこともしょちゅうだ。それでもなんとか作り終わった。
香りを嗅いでいるとアイツを抱きたいという衝動に駆られる。今すぐ自分の番にしたい。頸を噛みたい。アイツの匂いがする香水だけで俺は自分の欲を3度も出した。その欲の中にある匂いを元に俺自身の香水を作り出した。
アイツに俺が番だと…運命の番だとこの匂いで感じ取って欲しい。そう願いを込めて…
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