婚約破棄されましたが、私は愛よりも信じます。

夏乃みのり

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「……ヒーナ様。一応確認しますが、我々は今、宝探しをしているのですよね? 不法投棄の現場検証ではなく」

ゼクスが、鼻をハンカチで押さえながら呆れた声を上げました。

地下室の重い扉を開けた先にあったのは、金銀財宝の山……などではなく、大量の「割れた瓶」と、そこから漏れ出た「どろりとした謎の液体」でした。

「失礼ねゼクス。これはゴミじゃないわ。時を経て熟成された『未開発の資産』よ」

私は顔を輝かせ、床にこぼれた液体の匂いを嗅ごうと顔を近づけました。

「おやめなさい、ヒーナ様! それはかつての領主が趣味で作らせていた、失敗作の香料だと記録にあります。あまりの悪臭に、当時のメイドたちが一斉に退職したという伝説の代物ですよ」

「悪臭? いいえ、これは『個性的で持続性の高いベースノート』と呼ぶべきものだわ」

私は指先でその液体を少し掬い取り、手持ちの小瓶に採取しました。

確かに、そのまま嗅げば鼻が曲がるような刺激臭です。

しかし、私の計算高い鼻は、その奥に潜む「圧倒的な定着力」を嗅ぎ取っていました。

「ゼクス。この屋敷の庭に生えていた、あの不快な匂いのする雑草……じゃなくて、薬草を持ってきてちょうだい」

「あの、触れるだけで一週間は臭いが取れないという『悪魔の吐息(デビルズ・ブレス)』ですか?」

「ええ。それと、キッチンにあった安物のアルコールも。今からここで、錬金術(マーケティング)を行うわ」

私は地下室の片隅にあった実験器具のような瓶を並べ、テキパキと作業を始めました。

「ヒーナ様。まさかとは思いますが、それを王宮の夜会で売るつもりではありませんよね? テロ行為で極刑になりますよ」

「失礼ね。誰がそのまま売ると言ったかしら? いい、ゼクス。価値というものは、組み合わせとストーリーで決まるのよ」

私は雑草の汁を抽出し、例の「悪臭の液体」と絶妙な比率で調合していきます。

さらに、カバンの中に忍ばせていた「唯一の贅沢品」……実家からくすねてきた最高級の薔薇の精油を一滴だけ垂らしました。

するとどうでしょう。

地下室を埋め尽くしていたドブのような臭いが、一瞬にして「深く、神秘的で、一度嗅いだら忘れられない官能的な香り」へと変貌したのです。

「……なっ。香りが、変わった……?」

ゼクスが目を見開きました。

「ベースが強力な悪臭だからこそ、華やかな香りが引き立ち、しかも驚異的な持続力を発揮するのよ。これ一滴で、三日は香りが消えないわ。お風呂に入ってもね」

私はその試作品を掲げ、不敵な笑みを浮かべました。

「名付けて、『悪役令嬢の執念(オブセッション)』。一本につき、金貨十枚で売り出すわ」

「……ネーミングセンスはさておき、確かにこれは商売になりそうです。しかし、誰がそんな怪しげな香水を買うのですか?」

「決まっているじゃない。ミア様に『香りが安っぽいわね』と影で笑われている、流行に敏感(でプライドが高い)令嬢たちよ」

私は地下室の在庫を数え始めました。

「瓶は全部で三百本。すべて製品化すれば金貨三千枚……。修繕費を差し引いても、かなりの利益(キャッシュフロー)が出るわね!」

「ヒーナ様、目が金貨の形になっていますよ」

「当たり前でしょう! 愛なんて一銭にもならないけれど、この香水は私に自由と新しい屋敷の屋根をもたらしてくれるんだから!」

私は早速、ゼクスに命じて空き瓶の洗浄を始めさせました。

「さあゼクス、休んでいる暇はないわよ。明日の朝までに百本は完成させるわ。労働時間は二十四時間営業、休憩は五分よ!」

「……ブラック企業も真っ青ですね。私の残業代、本当に支払われるのでしょうね?」

「もちろんよ。私の成功報酬の0.01%を、将来的に支払う権利をあげるわ」

「……限りなくゼロに近い数字ですが、投資だと思っておきましょう」

地下室に、怪しげな調合の音と、私の高笑いが響き渡りました。

婚約破棄からわずか一日。

私は絶望に暮れるどころか、廃墟の中で新たな「金脈」を掘り当てようとしていたのです。

(見てなさい、カイル王子。ミア様。貴方たちが贅沢に溺れている間に、私はこの王都の経済を裏から支配して差し上げるわ!)

私の計算機(頭脳)は、すでに次の「市場独占」へのカウントダウンを始めていました。
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