婚約破棄されましたが、私は愛よりも信じます。

夏乃みのり

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「さあ、ゼクス。稼ぎに行くわよ。軍資金(キャッシュ)がないと、屋根の修理もままならないわ」


私は、自作の「カーテン改造ドレス」に身を包み、王都で最も賑わう中央広場へと降り立ちました。


手には、怪しく輝く小瓶を詰め込んだバスケット。


「ヒーナ様、その格好……遠目に見れば公爵令嬢ですが、近くで見るとカーテンレールの跡が残っていますよ」


「細かいことは気にしないで。これは『サステナブルな最先端ファッション』よ。それより、あそこを見て」


私が指差したのは、広場の一等地で豪華な天幕を張っている商隊でした。


そこには「王室御用達」の紋章を掲げた、肥満体の男……ギリング商会の会頭がふんぞり返っていました。


「おやおや、これはこれは! 巷で噂の『勘当令嬢』、ヒーナ様ではありませんか!」


ギリングは、私の姿を見るなり下品な笑い声を上げました。


「わざわざこんな汚い場所まで、何を売りに来られたんですかな? まさか、その着ているボロ布ですかな?」


「いいえ。ギリング様。貴方の売っている『三時間で消える薄っぺらな香り』に絶望している婦人たちに、救済(ビジネス)を届けに来たのよ」


私はギリングの目の前で、バスケットから『悪役令嬢の執念(オブセッション)』を取り出しました。


「はっ! そんな泥水のような色の液体、誰が買うものですか。香水というものは、花の香りがしてこそ価値がある。貴女のそれは、なんだか……鼻の奥がツンとするような、不吉な予感がしますな」


「それが『深み』というものよ。貴方の香水は、砂糖水に花を浮かべただけの子供騙し。私のこれは、大人の女性が抱える『執念』と『計算』を形にしたものなの」


私はギリングに構わず、通りかかる令嬢たちに向けて、朗々とした声で叫びました。


「皆様! お聞きなさい! 朝に付けた香水が、お昼休みには消えてしまって悲しい思いをしたことはありませんか!?」


足を止めた数人の令嬢が、顔を見合わせました。


「ええ……確かに、夜会の途中で香りが消えてしまうのは、マナー違反だと言われますものね」


「そんな貴女に朗報です! この『悪役令嬢の執念』は、一度付ければ三日間! お風呂に入っても、嵐に打たれても、貴女の尊厳(香り)を守り抜きます!」


「三日間!? そんな馬鹿なことが……」


「嘘だと思うなら、そこの貴女。手首を貸してくださる?」


私は、興味津々でこちらを見ていた一人の令嬢に、一滴だけ香水を垂らしました。


その瞬間、周囲に立ち込めていたギリングの安っぽい花の香りが、一瞬にして上書きされました。


重厚で、どこか官能的で、それでいて凛とした――圧倒的な存在感を放つ香りが、広場を支配します。


「……っ! なに、これ……。凄いわ。今まで嗅いだどんな香水よりも、自分が『強い女』になったような気がするわ!」


「当然です。これは、私が人生のどん底で掴み取った『逆転の公式』を調合したものですから。お値段は、金貨十枚よ」


「き、金貨十枚!? 高すぎるわよ!」


野次馬の中から声が上がります。


「いいえ、安すぎるわ。計算してみて。ギリング様の香水は一本金貨一枚ですが、一日に三回付け直す必要があるわね? 三日で九回。一ヶ月で九十回分を消費するわ。対して、私の香水は一回の使用で三日間持続する。一ヶ月でたった十回の使用で済むのよ。製品の寿命(ライフサイクル)を考えれば、どちらが賢い投資かは明白だわ!」


「……なっ!?」


ギリングが絶句します。


「さらに! 今ならこの香水を買った方に、私が無料で『効率的な家計簿の付け方』、または『浮気している婚約者を論理的に追い詰める方法』を伝授いたします!」


「……買うわ! 私、買うわ!」


一人の令嬢が叫ぶと、堰を切ったように注文が殺到しました。


「ちょっと待ちなさい! そんな怪しげな商売、私が許さんぞ!」


ギリングが衛兵を呼ぼうとしますが、私は彼の耳元でそっと囁きました。


「ギリング様。貴方の商会、最近、南方の関税を誤魔化して申告しているでしょう? 私、公爵家にいた頃にその帳簿、すべてコピーしておきましたの。今ここで、税務署の方をお呼びしてもよろしくて?」


「ひっ……! な、なぜそれを……」


「私の目は、一ルクの不正も見逃さないと言ったでしょう? 大人しく、私の露店の横で『呼び込み』を手伝ってくださる? 協力してくれるなら、この件は貸しにしておいてあげるわ」


数分後。


王都の中央広場には、王室御用達の商人が必死に「悪役令嬢の香水、最高ですぞ!」と叫び、その後ろで私が淡々と金貨を数えるという、異様な光景が広がっていました。


「ヒーナ様……商売敵まで使い捨ての駒にするとは。貴女、本当に悪役令嬢よりタチが悪いですよ」


ゼクスが呆れ果てた顔で、飛ぶように売れていく香水を補充していました。


「失礼ねゼクス。これは『リソースの有効活用』よ。ほら、ぼーっとしてないで! お釣り用の銀貨が足りなくなるわ!」


私は、重くなっていく金貨の袋を抱きしめ、心地よい重みを感じていました。


カイル王子、ミア様。


貴方たちが私の不在を嘆く頃には、私はこの国の経済の半分を、香りの鎖で繋いで見せますわ!
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