婚約破棄されましたが、私は愛よりも信じます。

夏乃みのり

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「……ヒーナ様。先ほどからその、バールのようなものを持って屋根裏を徘徊するのはおやめください。絵面が完全に強盗のそれです」


ゼクスが梯子の下から、冷ややかな視線を送ってきます。


「失礼ねゼクス。これは『資産価値の再評価(リノベーション)』に必要なプロセスよ。この屋敷、幽霊が出るという噂のせいで格安だったけれど、もし幽霊が実在するなら、そいつから家賃(滞納分)を徴収しなきゃならないもの」


私は埃まみれの屋根裏で、バールを片手に壁を叩いて回っていました。


コン、コン、という乾いた音の中に、一つだけ「ゴン」という重鈍な音が混じります。


「……見つけたわ。隠し金庫、あるいは脱税の証拠ね!」


私は迷わず壁をぶち抜きました。公爵令嬢としてのマナー教育には「壁の壊し方」は含まれていませんでしたが、独学で習得した「効率的な解体術」が火を噴きます。


中から転がり出てきたのは、金貨の袋ではなく、一冊の古びた日記帳でした。


「日記? 期待外れだわ。紙資源としての価値しかないじゃない」


「おや、待ってください。その表紙……百年前の伝説の相場師、バフェット・ローランの紋章ではありませんか?」


ゼクスが梯子を登ってきて、その日記を覗き込みました。


「相場師? ……あら、途端に黄金の輝きを放ち始めたわね、このボロ日記」


私はページをめくりました。そこには、幽霊の正体どころか、さらに凄まじい「怨念」が記されていました。


『〇月〇日。今日も王宮の連中は、私の利益を「寄付」という名のカツアゲで奪おうとする。許しがたい。金こそが正義だ。金こそが愛だ。私は死んでも、この屋敷の下に隠した「究極の流動資産」を奴らには渡さない』


「究極の流動資産……。金貨より流動性が高いものなんて、この世にあるかしら?」


「ヒーナ様、日記の最後を見てください。地図のようなものが……」


ゼクスが指差した先には、屋敷の庭の特定の場所を示す印がありました。


「『そこには、時が経つほどに価値が増し、王侯貴族が喉から手が出るほど欲しがる「液体」が眠っている』……ですって」


「液体? まさか、石油!? それとも不老不死の霊薬!?」


私の脳内計算機が、天文学的な数字を叩き出し始めました。


もし石油なら、この王国のエネルギー革命を私が支配することになります。そうなれば、カイル王子の首根っこを掴んで「ガソリン代、一リットル金貨一枚ね」と微笑むことだって可能です。


「ゼクス! 今すぐスコップを持ってきなさい! 夜明けまでに掘り起こすわよ!」


「……あの、私は一応、現職の宰相補佐なのですが。深夜の庭掘りは業務外報酬が発生しますよ?」


「成功報酬(ボーナス)は、掘り出したものの0.1%! これ以上は一ルクも出さないわよ!」


「……交渉成立です。やりましょう」


私たちは月明かりの下、ドレスの裾を捲り上げ、高級な革靴を泥まみれにしながら、狂ったように庭を掘り返しました。


そして、地中深くから現れたのは……。


巨大な、木製の樽でした。


「……樽? 石油じゃないわね。この匂い……お酒?」


私は樽の栓を少しだけ緩めました。


その瞬間、夜の空気の中に、鼻腔をくすぐる芳醇で、それでいて力強い「葡萄の香り」が広がりました。


「……っ! これは……」


ゼクスが絶句しました。


「ただのワインではありません。百年前、王室の宴で一度だけ振る舞われ、その後、製法と共に失われた幻の銘酒『金色の涙(ラグ・ドール)』……。現存する一本だけでも、城が建つと言われている代物です」


「それが……一、二、三……。十樽もあるわ」


私は震える手で、算盤(そろばん)を取り出しました。


「城が十個。……城が、十個建つわ、ゼクス」


「ヒーナ様、顔が怖いです。完全に悪役令嬢を通り越して、世界の支配者の顔になっています」


「当然よ! カイル王子がミア様のために高い宝石を買っている間に、私は地下から『国家予算』を掘り出したんだもの!」


私は樽に抱きつきました。ひんやりとした木肌が、私には金塊よりも温かく感じられました。


「よし、決めたわ。このワイン、普通に売るなんて勿体ないことはしない」


「と、仰いますと?」


「『会員制・完全予約制の闇夜会(ヤミヤカイ)』を開催するわ。一杯につき、金貨一枚。ただし、入場できるのは『王宮の予算状況に詳しい、口の軽い貴族』限定よ」


「……情報収集と蓄財を同時に行うつもりですね。相変わらず、情け容赦がない」


「褒め言葉として受け取っておくわ。さあゼクス、明日の朝食は雑草じゃなくて、一番安い干し肉にグレードアップよ!」


「……私のボーナスで、もう少し良いものが食べられると期待していたのですが」


幽霊屋敷に、幽霊の鳴き声よりも不気味な、私の高笑いが響き渡りました。


婚約破棄されて、公爵家を追い出されて、一人暮らしを始めた初日。


私は、王国を丸ごと買い叩けるほどの「切り札」を手に入れてしまったのです。


(カイル様、ミア様。貴方たちの結婚式には、ぜひこのワインを『時価』で提供して差し上げますわ。……もちろん、私の言い値でね!)


夜空に浮かぶ月が、まるで金貨のように丸く、輝いて見えました。
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