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「……よし、これで完了ね。騎士団の装備維持費は、『王宮備品費』のなかに紛れ込んでいた『第一王子の特注刺繍入りパジャマ代』を差し押さえることで相殺したわ」
私は羽ペンを置き、完成した修正帳簿を満足げに眺めました。
「ヒーナ様、それは相殺というよりは『強奪』に近い気がしますが。王子の寝巻きを人質……いえ、金質に取るとは」
「失礼ねゼクス。一着につき金貨十枚もするパジャマなんて、国家予算の私的流用以外の何物でもないわ。騎士団の命と、王子の安眠。どちらが重いかは、私の天秤(計算機)が答えを出しているわよ」
私が紅茶で喉を潤していた、その時です。
「ちょっとぉ! ヒーナ様! そこにいらっしゃるんでしょう!?」
幽霊屋敷の玄関を乱暴に叩く音が響きました。
この、耳の奥にキンキンと響く不快な周波数。間違いありません、カイル王子の新しい婚約者(仮)、ミア・ピュアリー様です。
「あら、ゼクス。玄関の『害虫駆除費用』を請求する準備をしておいて」
「承知しました。防護服の準備もしておきますか?」
扉を開けると、そこにはフリルをこれでもかと重ねたドレスに身を包んだミア様が、顔を真っ赤にして立っていました。
「ヒーナ様! 貴女、騎士団の方たちに多額の寄付をしたんですってね!? ひどいわ、私には一ルクもくれないのに!」
「寄付ではありませんわ、投資です。それに、なぜ私が貴女にお金を差し上げる必要があるのかしら? 私たちは今や、赤の他人……いえ、債権者と債務者の関係ですのよ?」
「そんなのどうでもいいわ! 今すぐ私に、金貨千枚を寄贈しなさい! 私、新しいうさぎさんの村を作りたいの! うさぎさんがぴょんぴょん跳ねる、バラ色の村よ!」
ミア様は、本気で「言えばお金が出てくる」と信じているような、純粋(という名の無知)な瞳で私を睨みつけました。
「バラ色の、うさぎの村……。ゼクス、そのプロジェクトの推定収益率は?」
「マイナス百パーセントですね。維持費だけで王宮の半年分の食糧費が消えます」
「却下ね。ミア様、経済というものは、愛や可愛さで回っているのではないのです。数字と、欲望と、冷徹な利潤追求で回っているのよ」
「ひどい! ヒーナ様は心が冷たいんだわ! うさぎさんが可哀想だと思わないの!?」
ミア様が泣き落としにかかりました。普通の男性ならここで折れるのでしょうが、私の心臓は金貨と同じ硬度でできています。
「可哀想? ええ、そうね。では、教育的指導を差し上げましょう」
私はミア様を屋敷の中に招き入れました。
「な、なによ。お金をくれる気になったの?」
「いいえ。貴女が作ろうとしている『うさぎの村』の、現実的な運営プランを提示して差し上げるわ」
私は黒板(を再利用した壁)の前に立ち、チョークを手に取りました。
「いいですか、ミア様。うさぎ一羽が消費する飼料代、および繁殖率を計算すると、一年後には一万羽に増えます。その糞尿の処理費用、および周辺農地への食害による賠償金を合わせると……」
私は猛烈な勢いで数式を書き込んでいきました。
「……結果、貴女の『バラ色の村』は、三ヶ月で『地獄の糞尿貯留池』へと変貌します。そこで貴女にできる唯一の収益化は、うさぎを……そうね、食肉用および毛皮用として加工し、隣国へ安値で叩き売ることだけですわ」
「し、食肉……!? 毛皮……!? そんなの、そんなの虐待よぉ!」
「虐待ではありません。資源の有効活用(マネタイズ)です。さあ、今すぐ屠殺場の建設計画にサインをなさる? それなら、特別に初期費用を融資してあげてもよくてよ?」
「いやあああ! ヒーナ様のバカ! 悪魔! 守銭奴ぉ!」
ミア様は、うさぎのような速さで屋敷を飛び出していきました。
「……ふう。騒がしい害虫でしたわね。ゼクス、今のコンサルティング料、後で王宮に請求しておいて」
「名目は『経済学の特別講義代』でよろしいですか? ……しかしヒーナ様、あんなに脅さなくても」
「いいえ、ゼクス。現実を教えるのが本当の優しさというものよ。さて、うさぎの毛皮市場の動向を調べておいて。いつか彼女が破産したとき、在庫を一括で買い叩けるようにね」
私は冷えた紅茶を飲み干し、不敵に微笑みました。
愛や理想で腹は膨れませんが、知識と計算があれば、王国中のうさぎ(と王子)を意のままに操れるのです。
私は羽ペンを置き、完成した修正帳簿を満足げに眺めました。
「ヒーナ様、それは相殺というよりは『強奪』に近い気がしますが。王子の寝巻きを人質……いえ、金質に取るとは」
「失礼ねゼクス。一着につき金貨十枚もするパジャマなんて、国家予算の私的流用以外の何物でもないわ。騎士団の命と、王子の安眠。どちらが重いかは、私の天秤(計算機)が答えを出しているわよ」
私が紅茶で喉を潤していた、その時です。
「ちょっとぉ! ヒーナ様! そこにいらっしゃるんでしょう!?」
幽霊屋敷の玄関を乱暴に叩く音が響きました。
この、耳の奥にキンキンと響く不快な周波数。間違いありません、カイル王子の新しい婚約者(仮)、ミア・ピュアリー様です。
「あら、ゼクス。玄関の『害虫駆除費用』を請求する準備をしておいて」
「承知しました。防護服の準備もしておきますか?」
扉を開けると、そこにはフリルをこれでもかと重ねたドレスに身を包んだミア様が、顔を真っ赤にして立っていました。
「ヒーナ様! 貴女、騎士団の方たちに多額の寄付をしたんですってね!? ひどいわ、私には一ルクもくれないのに!」
「寄付ではありませんわ、投資です。それに、なぜ私が貴女にお金を差し上げる必要があるのかしら? 私たちは今や、赤の他人……いえ、債権者と債務者の関係ですのよ?」
「そんなのどうでもいいわ! 今すぐ私に、金貨千枚を寄贈しなさい! 私、新しいうさぎさんの村を作りたいの! うさぎさんがぴょんぴょん跳ねる、バラ色の村よ!」
ミア様は、本気で「言えばお金が出てくる」と信じているような、純粋(という名の無知)な瞳で私を睨みつけました。
「バラ色の、うさぎの村……。ゼクス、そのプロジェクトの推定収益率は?」
「マイナス百パーセントですね。維持費だけで王宮の半年分の食糧費が消えます」
「却下ね。ミア様、経済というものは、愛や可愛さで回っているのではないのです。数字と、欲望と、冷徹な利潤追求で回っているのよ」
「ひどい! ヒーナ様は心が冷たいんだわ! うさぎさんが可哀想だと思わないの!?」
ミア様が泣き落としにかかりました。普通の男性ならここで折れるのでしょうが、私の心臓は金貨と同じ硬度でできています。
「可哀想? ええ、そうね。では、教育的指導を差し上げましょう」
私はミア様を屋敷の中に招き入れました。
「な、なによ。お金をくれる気になったの?」
「いいえ。貴女が作ろうとしている『うさぎの村』の、現実的な運営プランを提示して差し上げるわ」
私は黒板(を再利用した壁)の前に立ち、チョークを手に取りました。
「いいですか、ミア様。うさぎ一羽が消費する飼料代、および繁殖率を計算すると、一年後には一万羽に増えます。その糞尿の処理費用、および周辺農地への食害による賠償金を合わせると……」
私は猛烈な勢いで数式を書き込んでいきました。
「……結果、貴女の『バラ色の村』は、三ヶ月で『地獄の糞尿貯留池』へと変貌します。そこで貴女にできる唯一の収益化は、うさぎを……そうね、食肉用および毛皮用として加工し、隣国へ安値で叩き売ることだけですわ」
「し、食肉……!? 毛皮……!? そんなの、そんなの虐待よぉ!」
「虐待ではありません。資源の有効活用(マネタイズ)です。さあ、今すぐ屠殺場の建設計画にサインをなさる? それなら、特別に初期費用を融資してあげてもよくてよ?」
「いやあああ! ヒーナ様のバカ! 悪魔! 守銭奴ぉ!」
ミア様は、うさぎのような速さで屋敷を飛び出していきました。
「……ふう。騒がしい害虫でしたわね。ゼクス、今のコンサルティング料、後で王宮に請求しておいて」
「名目は『経済学の特別講義代』でよろしいですか? ……しかしヒーナ様、あんなに脅さなくても」
「いいえ、ゼクス。現実を教えるのが本当の優しさというものよ。さて、うさぎの毛皮市場の動向を調べておいて。いつか彼女が破産したとき、在庫を一括で買い叩けるようにね」
私は冷えた紅茶を飲み干し、不敵に微笑みました。
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