婚約破棄されましたが、私は愛よりも信じます。

夏乃みのり

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「……ヒーナ様。本日のお客様ですが、以前『ゴミ溜め』と仰って逃げ帰られたクロエ様御一行です。いかがなさいますか?」


幽霊屋敷――もとい、私によって『ローウェル・アセット・マネジメント本部』と改名された屋敷の庭。


ゼクスが、どこか楽しげな表情で報告に来ました。


「あら、またあの方たち? 学習能力というリソースが欠乏しているのかしら。まあいいわ、今日の私は『新製品のテスター』を探していたところよ。招き入れなさい」


私は、自ら開発した『機能性ドレス・試作一号機』の袖を整え、優雅(かつ計算高い)な仕草で椅子に座りました。


数分後、クロエ様を筆頭とする三人の令嬢が、鼻を高く鳴らしながらやってきました。


「ごめんあそばせ! ヒーナ様、相変わらずこんな薄汚い場所で、怪しげな布切れをいじっていらっしゃるのね!」


クロエ様は、私のドレスを一瞥して、勝ち誇ったように笑いました。


「まあ、なんて地味なドレス! 刺繍もなければレースもない。そんな装いで外を歩くなんて、公爵令嬢としてのプライドはどこへ捨ててきたのかしら?」


「プライド? そんな維持費のかかるものは、婚約破棄された日に市場へ売却しましたわ。今の私が大切にしているのは、『実利』と『代謝効率』だけです」


私はすっと立ち上がり、彼女たちの前で一回転してみせました。


「見てのとおり、このドレスには一切の無駄がありません。しかし、クロエ様。貴女のその豪華なドレス……重さは五キロを超えているのではないかしら? 肩の筋肉が悲鳴を上げ、血流が滞り、お顔のくすみの原因になっているようですけれど」


「な、なによ急に! 美しさには痛みが伴うものですわ!」


「それは古い時代の経済観念です。これからの時代は、『着ているだけで美しくなる』……いわば自分自身への設備投資(セルフケア)が主流になりますわ」


私は彼女に一歩近づき、耳元で囁きました。


「クロエ様。貴女、最近少し……ウエストの数値が、予算オーバー(増加傾向)気味ではありませんか?」


「ひっ……! な、なぜそれを……!?」


「私の目は、コンマ一ミリの誤差も見逃さないのよ。でも、ご安心なさい。この私が着ている『魔導機能性ドレス・スリムVer.』には、着用者の体温を一定に保ち、余分な皮下脂肪をエネルギーとして強制消費させる『脂肪燃焼魔法(バーニング・コア)』が常時発動しております」


「し、脂肪を……強制消費……?」


三人の令嬢の目が、一瞬にして金貨……ではなく、希望の光に変わりました。


「ええ。このドレスを着てお茶会に出るだけで、貴女の体は二十四時間体制でダイエットに励むことになるわ。運動? 食事制限? そんな非効率なことは必要ありません。これを着る、ただそれだけでいいのよ」


「そ、それを……私に売ってくださるの!?」


クロエ様が、私の両手を握りしめました。先ほどまでの嘲笑はどこへやら、今の彼女はただの『必死な顧客』です。


「あら、これはまだ試作品ですもの。本来ならお譲りできませんが……。そうね、貴女が今着ているその高価なドレスと、金貨五十枚を頂けるのであれば、今日から貴女を『公式アンバサダー』として認定して差し上げてもよくてよ」


「買うわ! 今すぐ脱ぐから、そのドレスを貸して!」


「……ヒーナ様。お客様が庭で服を脱ぎ始めましたが、よろしいのですか?」


ゼクスが呆れたように言いました。


「いいのよゼクス。彼女たちは今、理性という名のブレーキを失って『美への欲望』という名の加速装置(ブースター)を踏んでいるんだから。……さあ、クロエ様。こちらが契約書です。返品不可、効果には個人差があります、という条項にサインをお願いしますわね」


一時間後。


クロエ様たちは、地味ながらも「驚くほど体が軽い!」と大はしゃぎで、私の試作ドレス(制作費:銀貨五枚)を着て帰っていきました。


私の手元には、彼女たちが脱ぎ捨てた高級ドレス(換金価値:金貨百枚以上)と、ずっしりと重い金貨袋が残されました。


「……ふふ。ゼクス、見たかしら? 人は『恐怖(太ること)』と『欲望(痩せること)』のためなら、驚くほど簡単に財布の紐を緩めるのよ」


「ヒーナ様。あのドレスに付与した魔法……実際には、ただ少し体温が上がる程度のものですよね?」


「ええ。でも、彼女たちが『痩せる!』と信じて王都中を歩き回れば、それが最高の広告(プロモーション)になるわ。プラセボ効果という名の無形資産を活用させてもらうわよ」


私は、回収した高級ドレスを眺めながら、次の収益プランを練り始めました。


「さあ、次はこれを解体して、さらに高機能な『夜会用・完全勝利ドレス』を仕立てるわよ。ターゲットは、ミア様に嫉妬しているすべての令嬢たちよ!」


幽霊屋敷に、資本主義の申し子のような高笑いが響き渡りました。


婚約破棄されてからというもの、私の銀行口座の残高は、右肩上がりの美しい放物線を描き続けているのでした。
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