婚約破棄されましたが、私は愛よりも信じます。

夏乃みのり

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「ヒーナ様、本日の『入会希望届』および『ドレス予約申請書』は、合計で百二十通に達しました。いかがなさいますか?」


ローウェル・アセット・マネジメント本部の執務室。ゼクスが、もはや壁のようになりつつある書類の束を抱えて入ってきました。


私は、特注の「羽根ペン自動研磨機(自作)」を止め、冷ややかにその束を一瞥しました。


「すべて、シュレッダー行きね。あ、裏面が白いものはメモ用紙として再利用(リサイクル)してちょうだい。資源は有限よ」


「……よろしいのですか? 中には伯爵家や侯爵家からの、白紙委任状(金額はお好きに、という意)も含まれておりますが」


「ゼクス。市場の原理を理解しなさい。今、私がここで安売りしてしまえば、私のドレスはただの『便利な服』で終わってしまうわ。私が目指しているのは、所有しているだけで権力(リソース)が向こうから歩いてくる『伝説のブランド』なのよ」


私は立ち上がり、窓から王都の街並みを見下ろしました。


「今はあえて、門戸を狭めるの。完全紹介制、かつ審査制。私のドレスを手に入れることは、王宮の夜会で上座に座るよりも困難なステータスでなければならないわ」


「……飢餓感を煽るわけですね。相変わらず、性格が悪い……いえ、合理的な戦略です」


そこへ、一階からけたたましい怒鳴り声が響いてきました。


「道を開けろ! 私はカイル王子殿下の命を受け、近衛騎士団に新たに加わったガウェインである! ミア・ピュアリー様の御用で参った!」


私は溜息をつき、ゼクスと顔を見合わせました。


「また王子の使い? 近衛騎士団長を味方に付けたのに、わざわざ新入りを寄こすなんて。カイル様もよほど学習コストをケチっていらっしゃるのね」


「あるいは、今の騎士団長がヒーナ様に懐柔されていることを、薄々感づいているのかもしれません。……さて、追い返しましょうか?」


「いいえ。新入りの『支払い能力(ペイパビリティ)』を試してあげましょう」


一階に降りると、そこにはいかにも「正義の味方」を絵に描いたような、暑苦しい顔立ちの青年騎士が立っていました。


「貴様がヒーナ・ローウェルか! ミア様が、クロエたちの着ているあのドレスを欲しがっておられる! 今すぐに一着用意しろ! もちろん、王家の権威に免じて無料(タダ)でな!」


私は、耳元で扇をパタパタと仰ぎました。


「まあ、耳に不快なノイズが。ガウェイン様とおっしゃいましたか? 一つお伺いしたいのですが、貴方は『利用規約』を読んだことがありますの?」


「き、規約だと? そんなもの、王子の命令の前には無意味だ!」


「残念。当ブランドでは、現在『新規顧客の受付』を停止しております。どうしてもというのであれば、既存会員であるクロエ様、あるいはB男爵令嬢様からの署名入り紹介状が必要ですわ。……お持ちですか?」


「そんなものあるわけなかろう! ミア様は未来の王妃なのだぞ!」


「未来の収益(見込み)を担保に、現在の取引を強要するのは立派な契約違反です。それに、ガウェイン様。貴方のその鎧……手入れが行き届いていないようですね。関節部分の魔導潤滑油が切れていますわ。あと三十分も歩けば、そこから異音が発生し、貴方の機動力は十五パーセント低下するでしょう」


「な、なぜそれを……!?」


「私の目は、物理現象の最適化のためにあるのよ。……ゼクス、彼に当店の『特別お急ぎ相談料』の請求書を。相談時間一分につき、金貨一枚よ」


「承知しました。現時点で三分経過しておりますので、金貨三枚となります」


ゼクスが、流れるような動作でガウェインの目の前に請求書を突き出しました。


「き、貴様ら……! この私から金をむしり取ろうというのか!」


「むしり取るのではありません。私の貴重な時間を消費したことに対する、正当な対価(コスト)の回収です。さあ、払えないのであれば、今すぐそこにある『門』という名の出口へどうぞ。あ、門を通る際の『敷地外排出手数料』として、銀貨五枚も追加しておきますわ」


「お、おのれ……! ミア様に報告して、こんな店、取り潰してやるからな!」


ガウェインは顔を真っ赤にして、ガシャガシャと耳障りな鎧の音を立てながら逃げ帰っていきました。


「……ふふ。ゼクス、今の音、録音魔法で記録しておいたかしら?」


「はい。完璧に。これを騎士団長に聞かせれば、『新入りの整備不良』として彼を再教育……という名の減俸処分に追い込めるでしょう」


「素晴らしいわ。あ、浮いた減俸分の一部を、私の『コンサルティング料』として騎士団の予算から回してもらうよう、裏で調整しておいて」


私は、再び執務室へ戻り、帳簿を開きました。


「さて、次はミア様が『自腹』を切らざるを得ない状況(デッドロック)を作り出すわよ。彼女の唯一の資産である『王子の寵愛』を、どうやってキャッシュに変換させるか……腕が鳴るわね」


私の計算機(脳)は、すでに次の「王宮解体ショー」のシナリオを完成させていました。


婚約破棄された元・悪役令嬢。しかし、その正体は、王国全体のキャッシュフローを支配しようとする「効率化の悪魔」だったのです。
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