婚約破棄されましたが、私は愛よりも信じます。

夏乃みのり

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「……ふふ、ふふふふ。ゼクス、見て。この市場の在庫状況を示すグラフ。王都中の『ピンク色のマシュマロ』と『最高級のバラ茶』が、見事に私の倉庫へ集まってきているわ」


ローウェル・アセット・マネジメント本部の地下倉庫。私は、山積みになった甘い香りのする箱を眺め、悦に入っていました。


「ヒーナ様。王都の乙女たちの楽しみを独占して、一体何を企んでいるのですか? 流石の私も、貴女が甘党に転身したとは思いませんが」


ゼクスが、埃を払いながら呆れたように言いました。


「失礼ね。これは『戦略的買い占め(コーナリング)』よ。特定の顧客……そう、ミア・ピュアリー様の消費動向を徹底的に分析した結果、彼女の精神安定にはこの二つが不可欠だと判明したの」


私は、一箱のマシュマロを手に取り、その「資産価値」を計算しました。


「彼女、カイル王子の書類仕事が停滞するたびに、このマシュマロを食べて現実逃避しているでしょう? 供給を絶てば、彼女はパニックに陥り、供給源である私に縋らざるを得なくなる。……これこそが、需要と供給を支配する者の特権よ」


「……性格が悪いというレベルを超えて、もはや経済テロリズムの域ですね」


ゼクスが賞賛(という名の皮肉)を込めて呟いた、その時です。


「ヒーナ様ぁぁ! いらっしゃるんでしょう!? ひどいわ、ひどすぎますわ!」


案の定、玄関先で「悲劇のヒロイン」の絶叫が響き渡りました。


私は優雅に地上へ戻り、涙で目を腫らしたミア様を出迎えました。


「あら、ミア様。本日のご用件は? あ、玄関のマット使用料、銀貨五枚でしたわね。ゼクス、徴収して」


「ひ、ひどい! お金の話なんて今はいいんです! 王都中のどこのお店に行っても、私の大好きなピンクのマシュマロが売っていないんですのよ! カイル様に聞いても『商人が誰も売ってくれないんだ』って困っていらして……!」


ミア様は、今にも倒れそうな足取りで私に詰め寄りました。


「それは大変ですわね。市場の流動性が低下しているのかしら? あるいは、誰か独占禁止法を無視するような『悪役』が買い占めているのかもしれませんわね」


私は知らん顔で、バラの香りのする紅茶を啜りました。


「ヒーナ様! 貴女、持っているんでしょう!? ギリング商会の人が言っていたわ、『すべての在庫はヒーナ様が、相場の三倍で買い叩いていった』って!」


「あら、ギリング様も口が軽いですわね。……ええ、持っていますわよ。私の倉庫には、貴女が一年かけても食べきれないほどのマシュマロと、バラ茶の在庫が眠っております」


「お、お願い、譲って! 今すぐ食べないと、私、ストレスで倒れちゃいそうですわ!」


私は、スッと扇を畳みました。


「よろしいですよ。……ただし、現在は『供給不足によるプレミアム価格』が適用されております。一箱、金貨十枚でいかがかしら?」


「き、金貨十枚!? 普段は銀貨数枚で買えるものなのに!」


「市場というものは残酷なのです、ミア様。どうしても欲しい、という強い欲望(デマンド)がある一方で、供給(サプライ)を握っているのは私一人。……さあ、どうなさる? お買い上げになります? それとも、甘みのない現実と向き合います?」


ミア様は、震える手で自らの宝石箱……カイル王子から贈られたばかりの、高価なネックレスを取り出しました。


「これ……これで、十箱分になるかしら?」


「ゼクス、鑑定を」


「……鑑定完了。市場価値で金貨百五十枚相当。……ヒーナ様、十五箱分ですね。お釣りは出しませんが」


「結構よ! 十五箱、今すぐ持ってきて!」


ミア様は、ネックレスと引き換えに手に入れたマシュマロの箱を抱きしめ、貪るように屋敷を去っていきました。


「……ふう。一件落着ね。ゼクス、今のネックレス、すぐに市場へ流して換金して。私の『マシュマロ投資』の利益率は、これで一二〇〇パーセントを超えたわ」


「ヒーナ様……貴女は本当に、人の心の隙間を金貨で埋めるのがお上手ですね」


「褒め言葉として受け取っておくわ。……さて、ゼクス。噂を広めてちょうだい」


私は、不敵な笑みを浮かべました。


「『悪役令嬢ヒーナの元へ行けば、世界中のあらゆる嗜好品が手に入る。ただし、魂か、あるいはそれに相当する対価が必要だ』……とね」


「……それは、噂ではなくもはや事実ですね。……承知しました、広めておきましょう。王都の商店街が、貴女を恐れてひれ伏す日も近そうです」


私は、ミア様から奪い取った宝石の輝きを思い出しながら、次のターゲットを「王宮のワインセラー」に定めました。


婚約破棄された私を笑った者たちが、今や私の掌の上で踊る「消費者」になり下がっていく。


この快感は、どんな愛の言葉よりも、私の脳内計算機を熱狂させるのでした。
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