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「……ゼクス。この『王立第一ナーサリー』のパンフレット、読みました? 入園金だけで金貨百枚。月々の維持費が金貨二十枚。これ、完全に『親の虚栄心』を担保にしたボッタクリ投資案件ですわよ」
我が家……といっても、今は王国の金融街の頂点にそびえ立つ総裁公邸。
私は、三歳になった息子・アレクを膝に乗せ、各教育機関の収支予測表(スプレッドシート)を睨みつけていました。
「ヒーナ様。しかし、あそこは将来の閣僚や大商人の師弟が揃う、最強の『人脈形成(ネットワーキング)』の場でもあります。初期投資としては、それほど悪くない数字かと」
ゼクスが、慣れた手つきでアレクの積み木(魔導計算機を模したもの)を片付けながら言いました。
「人脈? そんなもの、私が市場を独占していれば向こうから頭を下げに来るわ。わざわざ高い授業料を払って『お友達』を作るなんて、非効率の極みですわね」
「ママ、これ、だめ。じゅんりえき、ひくい」
アレクが、私が持っていた別のパンフレットを指差して、舌足らずな声で言いました。
「まあ! アレク、もう損益分岐点が理解できるようになったのね!? 流石は私の最高傑作(息子)だわ!」
私はアレクを抱きしめ、頬ずりしました。
「……将来、彼が『愛』を語り始めたら、ヒーナ様はショックで寝込むかもしれませんね」
「その時は彼の全資産を一時凍結して、正気に戻して差し上げますわ」
そんな平和(?)な朝の時間を破るように、秘書から「急ぎの面会希望」が届きました。
相手は、かつての保守派貴族の生き残りであるG公爵夫人。
なんでも、アレクの入園を巡って「ご相談」があるとのこと。
応接室に現れた彼女は、かつてのミア様を彷彿とさせる、過剰なデコレーションのドレスで身を包んでいました。
「おほほほ! ヒーナ様、ご無沙汰しておりますわね。今日は大切なお話があって参りましたの」
「あら、公爵夫人。当行への融資の相談でしたら、窓口で整理券を受け取ってくださる? 私の時間は一秒ごとに金貨一枚のコンサル料が発生しますのよ」
「相変わらず失礼な方ね! 今日は子供の話ですわ。貴女のアレク君、王立ナーサリーに入園させたいのでしょう? あそこは、私のような『伝統ある家柄』の紹介がないと、いくらお金があっても入れませんのよ」
公爵夫人は、勝ち誇ったように扇をバサリと広げました。
「紹介状を書いてあげてもよくてよ? その代わり……我が家の次期当主と、貴女の銀行の『独占的融資契約』を結ばせていただきたいのですわ」
私は、隣に立つゼクスと顔を見合わせました。
「……ゼクス。今、彼女、なんて言いました?」
「『子供の教育を餌に、市場価値を無視した不当な利益供与を要求する』……という、典型的な独占禁止法違反の勧誘ですね」
「そうよね。……公爵夫人。一つ、根本的な勘違いを正して差し上げますわ」
私は冷徹な微笑を浮かべ、手元の魔導通信機を操作しました。
「……あ、もしもし? 王立ナーサリーの理事長? ええ、ヒーナです。貴方のところの経営権の五十一パーセント、先ほど市場で買い占めさせていただきましたわ。……ええ、そう。今日から私が『オーナー』よ」
公爵夫人の顔から、スッと血の気が引いていくのが分かりました。
「な、な……っ。買い占めた……!? 何を言っているのよ!」
「経営状況が芳しくなかったようですから、助けてあげたのよ。……ということで、本日付で『紹介制』という非効率なルールは廃止。今後は完全なる『知能指数(IQ)および経済感覚』による試験制に移行しますわ」
私は、夫人の鼻先に「新・入園基準」を突きつけました。
「ついでに、公爵夫人のご子息。先月の素行調査(マーケティング)によれば、お菓子を買い与えるために友達を脅して金貨を巻き上げたとか? ……あいにく、当園のコンプライアンス基準には適合しませんわね。入園拒否、確定です」
「そんな……っ! 私の息子が……! ヒーナ様、ひどすぎますわ!」
「ひどい? いいえ、これは『ポートフォリオの最適化』です。将来性のない資産を抱え込む余裕は、私のナーサリーにはありませんのよ」
泣き崩れる公爵夫人を、ゼクスが「不法投棄物」を見るような目で見下ろしました。
「……さて、公爵夫人。お帰りの際、受付で『特別相談料』の精算をお忘れなく。……ヒーナ様、十五分経過しましたので、金貨九百枚の請求になります」
「毎度あり。……あ、夫人。そのドレスの宝石、偽物(ガラス)にすり替わっていますわよ? 旦那様の隠し財産が底を突いたようですわね。……次は、当行の『多重債務者相談室』へどうぞ」
嵐のように去っていった夫人を見送りながら、私はアレクを再び抱き上げました。
「アレク。見たかしら? これが『強者の交渉(ディール)』よ」
「ママ、かっこいい! ぼく、もっとおべんきょうして、せかいを、かいとる!」
「まあ、素晴らしいわ! ゼクス、今日から彼に『国家予算の動かし方』を教え始めてちょうだい!」
「……承知しました。……ヒーナ様。この子が成人する頃には、この大陸に『ライバル』がいなくなっている気がしますよ」
「いいのよ。独占市場こそ、経営者の最終的な理想郷(ユートピア)なんですもの!」
総裁室に、かつての悪役令嬢……今や世界の財布を握る母の高笑いと、将来有望なジュニアの笑い声が響き渡りました。
婚約破棄から数年。
私の貯金通帳の残高は増え続け、幸せの利息もまた、複利で積み上がっていくのでした。
我が家……といっても、今は王国の金融街の頂点にそびえ立つ総裁公邸。
私は、三歳になった息子・アレクを膝に乗せ、各教育機関の収支予測表(スプレッドシート)を睨みつけていました。
「ヒーナ様。しかし、あそこは将来の閣僚や大商人の師弟が揃う、最強の『人脈形成(ネットワーキング)』の場でもあります。初期投資としては、それほど悪くない数字かと」
ゼクスが、慣れた手つきでアレクの積み木(魔導計算機を模したもの)を片付けながら言いました。
「人脈? そんなもの、私が市場を独占していれば向こうから頭を下げに来るわ。わざわざ高い授業料を払って『お友達』を作るなんて、非効率の極みですわね」
「ママ、これ、だめ。じゅんりえき、ひくい」
アレクが、私が持っていた別のパンフレットを指差して、舌足らずな声で言いました。
「まあ! アレク、もう損益分岐点が理解できるようになったのね!? 流石は私の最高傑作(息子)だわ!」
私はアレクを抱きしめ、頬ずりしました。
「……将来、彼が『愛』を語り始めたら、ヒーナ様はショックで寝込むかもしれませんね」
「その時は彼の全資産を一時凍結して、正気に戻して差し上げますわ」
そんな平和(?)な朝の時間を破るように、秘書から「急ぎの面会希望」が届きました。
相手は、かつての保守派貴族の生き残りであるG公爵夫人。
なんでも、アレクの入園を巡って「ご相談」があるとのこと。
応接室に現れた彼女は、かつてのミア様を彷彿とさせる、過剰なデコレーションのドレスで身を包んでいました。
「おほほほ! ヒーナ様、ご無沙汰しておりますわね。今日は大切なお話があって参りましたの」
「あら、公爵夫人。当行への融資の相談でしたら、窓口で整理券を受け取ってくださる? 私の時間は一秒ごとに金貨一枚のコンサル料が発生しますのよ」
「相変わらず失礼な方ね! 今日は子供の話ですわ。貴女のアレク君、王立ナーサリーに入園させたいのでしょう? あそこは、私のような『伝統ある家柄』の紹介がないと、いくらお金があっても入れませんのよ」
公爵夫人は、勝ち誇ったように扇をバサリと広げました。
「紹介状を書いてあげてもよくてよ? その代わり……我が家の次期当主と、貴女の銀行の『独占的融資契約』を結ばせていただきたいのですわ」
私は、隣に立つゼクスと顔を見合わせました。
「……ゼクス。今、彼女、なんて言いました?」
「『子供の教育を餌に、市場価値を無視した不当な利益供与を要求する』……という、典型的な独占禁止法違反の勧誘ですね」
「そうよね。……公爵夫人。一つ、根本的な勘違いを正して差し上げますわ」
私は冷徹な微笑を浮かべ、手元の魔導通信機を操作しました。
「……あ、もしもし? 王立ナーサリーの理事長? ええ、ヒーナです。貴方のところの経営権の五十一パーセント、先ほど市場で買い占めさせていただきましたわ。……ええ、そう。今日から私が『オーナー』よ」
公爵夫人の顔から、スッと血の気が引いていくのが分かりました。
「な、な……っ。買い占めた……!? 何を言っているのよ!」
「経営状況が芳しくなかったようですから、助けてあげたのよ。……ということで、本日付で『紹介制』という非効率なルールは廃止。今後は完全なる『知能指数(IQ)および経済感覚』による試験制に移行しますわ」
私は、夫人の鼻先に「新・入園基準」を突きつけました。
「ついでに、公爵夫人のご子息。先月の素行調査(マーケティング)によれば、お菓子を買い与えるために友達を脅して金貨を巻き上げたとか? ……あいにく、当園のコンプライアンス基準には適合しませんわね。入園拒否、確定です」
「そんな……っ! 私の息子が……! ヒーナ様、ひどすぎますわ!」
「ひどい? いいえ、これは『ポートフォリオの最適化』です。将来性のない資産を抱え込む余裕は、私のナーサリーにはありませんのよ」
泣き崩れる公爵夫人を、ゼクスが「不法投棄物」を見るような目で見下ろしました。
「……さて、公爵夫人。お帰りの際、受付で『特別相談料』の精算をお忘れなく。……ヒーナ様、十五分経過しましたので、金貨九百枚の請求になります」
「毎度あり。……あ、夫人。そのドレスの宝石、偽物(ガラス)にすり替わっていますわよ? 旦那様の隠し財産が底を突いたようですわね。……次は、当行の『多重債務者相談室』へどうぞ」
嵐のように去っていった夫人を見送りながら、私はアレクを再び抱き上げました。
「アレク。見たかしら? これが『強者の交渉(ディール)』よ」
「ママ、かっこいい! ぼく、もっとおべんきょうして、せかいを、かいとる!」
「まあ、素晴らしいわ! ゼクス、今日から彼に『国家予算の動かし方』を教え始めてちょうだい!」
「……承知しました。……ヒーナ様。この子が成人する頃には、この大陸に『ライバル』がいなくなっている気がしますよ」
「いいのよ。独占市場こそ、経営者の最終的な理想郷(ユートピア)なんですもの!」
総裁室に、かつての悪役令嬢……今や世界の財布を握る母の高笑いと、将来有望なジュニアの笑い声が響き渡りました。
婚約破棄から数年。
私の貯金通帳の残高は増え続け、幸せの利息もまた、複利で積み上がっていくのでした。
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