冷徹弁護士は甘い罠を張る

邉 紗

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事件発生

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拘束された女は会議室へと連行され、警察が到着するのを待った。
事態を知った吾妻が駆け付け、副社長という立場を隠して、女の対応をしている。
暴れる様子はないが、泣きっぱなしで話にならない。

(まったく、泣きたいのはこっちだ)

隣の会議室には、巻き込まれた人たちが集まっている。
七生は当事者として何か話せると思い、犯人側の部屋に待機した。

可燃性の液体は少量だったため、スーツは焦げ穴を作るくらいで済んだが、もう着ることはできない。
火傷をした足がジクジクと痛んでいた。


不思議なのは白衣の女性社員だ。
なぜここにいるのだろう。
犯人と同じ部屋だなんて、怖くはないのか。

白衣の女は旭川文と名乗った。
文は焦げた白衣と、騒動のさなか、落として壊れてしまった眼鏡を抱えうなだれていた。

「大丈夫ですか?」

「……はぁ、眠いです。二日も寝てなくて……」

よく見ると落ち込んでいるわけではなく、うつらうつらしている。

「なんで?」

「研究が大詰めで……」

「ああ……」

(別館の研究員か)

白衣や彼女の風貌を見て納得する。

しかしいくら極限に疲れているとはいえ、よくもまあこの非常事態に眠くなるなと面食らった。

「……あなたは、火傷とかしなかったですか?」

「ああ……」

文は閉じそうな瞼をぬぼーっと開き、手のひらを見る。
真っ赤に爛れていた。
自分の火傷よりひどくてぎょっとする。

「冷やさないと……!」

「そうですね。皮膚が炎症を起こしていますので、冷やすものをいただきたいです。放っておくと深い火傷に切り替わる可能性がありますので。
それと、ラボの棚からトラネキサム酸配合の導入美容液と研究中のコウジ酸の部分パックに……」

「待った。研究中の商品どうするの」

ロボットのように話す文を、横で聞いていた吾妻が止めた。

「え? いい感じに実験できるかと……大した怪我ではないので、明日には焦げた皮膚が黒ずむはずなんです。炎症は塗り薬で収まると思うのでその後の皮膚の回復速度をモニタリングして……」

相手が副社長だと気づいていないのか、文は目をこすりながら話す。

自分で人体実験をするつもりだったのか。
七生はおかしな女だと驚いた。
吾妻も目を丸くしている。

そこに、泣いていた女が口を挟んだ。

「FUYOUの商品はインチキよ! 綺麗になるっていうから信じたのに、なにも良くならないじゃない。顔がこんなことになって、彼にも婚約破棄されたのよ」

「失礼ですが、その怪我はどちらで?」

七生は女を観察する。
化粧品でできた火傷ではなさそうだ。

「彼の部屋で遭遇した女ともみ合いになったの、その時熱湯をかけられて……」

悔しさを思い出したのか、女はまたぼろぼろと泣き始めた。

女は泣きながら語った。
二股をかけられて、さらには捨てられてしまった。
火傷の治療後にFUYOUの化粧品を使ったが跡が改善されなかった。そして逆恨みということらしい。

事情がわかり、七生は吾妻と目くばせをする。
いくら会社に非はなかろうと、慎重に扱わないと粘着質なクレーマーを生み出してしまう恐れがあった。

色んな通販サイトに評価を下げる書き込みをしたり、何度もクレームの電話をしてきたり。
そんな客は何人も見てきた。

本社ならまだしも、関係ない販売店などに電話をする事例もあり、やっかいだ。
いつまでも根に持って嫌がらせをされたのでは堪らない。

浮気相手を訴えて、留飲が下がるように誘導するか……。
最小被害で済む方法に考えを巡らせていると、ソファに埋もれ、寝てしまいそうだった文が急に立ち上がった。
文は女の正面にかがむと、徐に頬の傷跡を撫でた。
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