冷徹弁護士は甘い罠を張る

邉 紗

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契約とは恐ろしいものですね?

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「いえ、ひとりで大丈夫ですので」

「七生の顧客にブランド会社がいるんだよ。いろいろ融通きくし、七生はセンスいいから勉強兼ねて行ってきて。旭川ひとりに任せておくとちょっと心配だしね……」

苦笑されて言葉を詰まらせる。
たしかに七生はタイピンやカフスの小物までセンスがいい。

「わたしでは不満ですか」

黙って聞いていた七生が口を開いた。眼鏡が光る。

「そういうわけでは……」

七生のセンスに不満はない。
女子社員たちがおしゃれだと、褒めているのを聞いたこともある。

「ではすぐに出かけましょう。時間がない」

文は目を泳がせた。もう七生が秘書になったほうが良いのでは。

「いってらっしゃい。俺の為だと思ってよろしく。明日までの変身楽しみにしてるよ」

吾妻は笑顔で手を振る。
そりゃあ、メンツをつぶさないようにしなくてはと思うが……。

(なんで間宮さん?!)

やっぱりよくわからなくて、文は七生に引きずられるようにその場を後にした。




七生の車は海外ブランドの高級車だった。
助手席なのに右側にいるのが落ち着かない。

ハンドルが逆だと、慣れない人は車幅など感覚が狂うことが多いが、七生の運転は滑らかで上手い。

「わたしが以前担当したところで、今でもご贔屓にしてくださるショップがあるんです」

七生がハンドルを切りながら話した。

「はぁ……でもわたし、あまり持ち合わせが……」

ブランドのスーツなんて買えない。
スーツ二着を着回しではだめなのか。靴とバッグは無難な色にすればどんな服装にも合わせられるとして……というか、秘書はいつまでするのだろう。

期間限定ならば買いすぎても無駄になる。長く在籍するつもりはない。
すこし頑張ったらまた研究室に戻してもらえるように交渉するつもりだ。

「秘書が高価なものにこだわる必要はありません。華美になりすぎず清潔感があれば。しかし旭川さん、あなたには少々フォーマルさが足りません」

「……はい……」

笑顔でダメ出しをされて首を竦めた。

「まずは美容室にいきましょう。綺麗な髪かと思いますが、ちょっとザンバラと言いますか……どちらの美容室に通っているんですか?」

ここまでくると、弁護士でも秘書でもなく執事のようだ。
もしかしたら吾妻から依頼料を貰っているのかもしれない。そうでなければ、多忙であるのにこんな職務外の仕事を引き受けるはずがない。

「通っているのは近所のふつうの美容室です。でもこれはこの間、研究室で自分で切ったので美容室が悪いわけでは……」

「自分で!?」

驚愕する七生にすごすごと説明をする。

「あの、いつもこんなにバラバラなわけじゃないですよ。少し前からヘアカラーの研究も始まったんですけどサンプルが間に合わなかったんです。わたし待てなくて、カラーもパーマもしてないから実験にちょうどいいなぁって……」

「くっ……っごほん」

七生は噴き出し、それを誤魔化すために咳払いをした。
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