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弁護士の欺瞞
しおりを挟む(ーーーーしかし、悠長にしていられないな)
着飾った彼女が大衆に披露されたことで、焦りが出た。
幾人もの社員たちに吾妻と一緒にいるのを目撃されていて、謎の美人が文だとばれるのは時間の問題だ。
それでなくとも最近雰囲気が変わって、人目を引くようになってきているのだから。
懇々と眠る彼女の頬をさらりと撫でる。
落ちる途中で頭を売ったらしく、たんこぶができていた。
CTも撮ったが異常なし。でも寝顔は青白くて心配だった。
「文……なんで君は、俺を怖がるのかな」
パイプ椅子を引きベッド脇に寄せる。すぐに抱きしめられる距離に落ち着くと、無防備な寝顔を見つめる。
仕事は厳しく。そこは譲れないが、他では優しいつもりだ。
男慣れしていないことを考慮しても、過剰に反応しすぎではないだろうか。
頼られたり、照れたりする様子も見られるのに。
理由もなく避けられている現状を再確認し苛立つ。
顔を眺めていると病室に宝城が来た。
パーティー終盤の事故だったため、時刻はすでに夜中だ。
夜勤の合間に顔を出してくれたらしい。
「どう? 変化あった?」
宝城は音を立てずにドアを閉めると、近寄ってきた。
「容態を確認するのは医者の仕事では?」
「七生がずっと付いていたから聞いただけだろ」
「見ての通り、まだ目を覚まさない」
七生は文に視線を戻す。
「一晩様子をみよう。検査結果は問題なかった。あとは目覚めたとき、記憶障害の有無の確認だな」
宝城は点滴を確認しながら言った。
「記憶障害? それって、記憶を失うってこと?」
「そんな大袈裟なものじゃない。
心配しているのは一過性のものだよ。ストレスとかで、目覚めたときに混乱するひとがいるから。大概すぐに治る」
「ふうん」
(記憶障害ね……)
考え込む七生に、宝城は補足する。
「深刻になる必要はないからな。念のためって話なだけだ」
「わかってるよ」
一通りの確認を終えると、また二時間後に巡回すると言い残して宝城は次の患者の元へ向かった。
(目覚めたら、俺を好きになっているとかあればいいのに)
雛鳥のような刷り込み現象でもいい。
依存して、離れられなくなった隙に堕としてしまえばいい。
妄想めいた考えに苦笑する。
「でも、そうだな……」
それぐらい強引でなければ、文と懇意になるのは難しいかもしれない。
七生はしばらく文を見つめながら思案する。
そして決意をして、文の手に指を絡めた。
「文、どうしても君が欲しい。多少強引だけど、許してくれるよな」
早く目覚めろと念じる。
思いついたとんでもない策略に、気分が高揚した。
勿怪の幸いとでも言おうか。
七生は病院にいる状況を悲観していなかった。
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