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第1話 見送った理由
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聖女が国を出た翌日、王子は笑っていた。
「まあ、そのうち戻るだろう」
城内の会議室で、軽く肩をすくめながらそう言った。
焦りも、後悔もない声音だった。
神官長は、その場に同席していた。
騎士団長、数名の上級騎士、文官、神官。
決して私的な場ではない。
それでも王子は、聖女の不在を大事ではないかのように扱った。
「聖女は責任感が強い。国を捨てるほど愚かじゃないさ」
「少し頭を冷やせば、戻ってくる」
何人かが、曖昧に頷いた。
結界について尋ねる声が上がると、王子は不思議そうな顔をした。
「結界? すぐに消えるわけじゃないだろう」
「今までずっとあったんだ。しばらくは問題ない」
神官長は、その言葉を静かに聞いていた。
――ああ。
その瞬間、彼は理解した。
この国は、もう終わった。
聖女が張り続けてきた守りの結界は、祈りだけで維持できるものではない。
魔力と集中力を絶えず注ぎ込み、身を削り続けることで成り立つ、極めて特異な魔術だ。
そしてそれは、聖女以外には不可能なものだった。
だが王子は、その事実を知らない。
いや、知ろうともしなかった。
聖女は国に尽くして当然。
聖女は責任を放棄しない。
聖女は裏切られても耐える。
そう信じて疑わなかった。
だから、婚約者である自分が聖女の妹と関係を持っても、問題ないと思った。
だから、聖女が傷ついても、国を出るとは考えなかった。
それは信頼ではない。
ただの依存だった。
神官長は、王子の言葉に反論しなかった。
ここで何を言っても、意味がないと分かっていたからだ。
この場にいる者たちは、すでに同じ前提を共有している。
――聖女は、戻る。
その思い込みが、国を支えているつもりでいた。
会議が終わり、城を出ると、王都の空気は微かに変わっていた。
張り詰めていた何かが抜け落ち、不安が滲み始めている。
結界は、すでに解かれていた。
聖女は、何も言わずに去った。
責めることも、呪うこともなく。
ただ、役目を終えただけだった。
神官長は神殿に戻り、静かに椅子に腰を下ろす。
聖女が去ると告げたとき、彼は引き留めなかった。
金貨の袋を渡し、道中の足しにとだけ告げた。
それが、彼にできるすべてだった。
国を守るのは、聖女の役目ではない。
国を支えるのは、王と騎士と、人々の責任だ。
その責任を、あまりにも長く、たった一人に押し付けてきただけの話だ。
王子は、まだ気づいていない。
騎士たちも、文官たちも、誰一人として分かっていない。
聖女がいなくなった国が、どれほど脆いかを。
守りに甘え、鍛錬を怠り、想像を放棄した者たちが、
騎士団が束になっても敵わなかった魔王軍を、
たった一人で退けた聖女の代わりになるはずがないことを。
神官長は、静かに目を閉じた。
予感ではない。
計算でもない。
理解だ。
この国は、聖女を追い出しても平気だと思っていた。
だからこそ――
終わる。
「まあ、そのうち戻るだろう」
城内の会議室で、軽く肩をすくめながらそう言った。
焦りも、後悔もない声音だった。
神官長は、その場に同席していた。
騎士団長、数名の上級騎士、文官、神官。
決して私的な場ではない。
それでも王子は、聖女の不在を大事ではないかのように扱った。
「聖女は責任感が強い。国を捨てるほど愚かじゃないさ」
「少し頭を冷やせば、戻ってくる」
何人かが、曖昧に頷いた。
結界について尋ねる声が上がると、王子は不思議そうな顔をした。
「結界? すぐに消えるわけじゃないだろう」
「今までずっとあったんだ。しばらくは問題ない」
神官長は、その言葉を静かに聞いていた。
――ああ。
その瞬間、彼は理解した。
この国は、もう終わった。
聖女が張り続けてきた守りの結界は、祈りだけで維持できるものではない。
魔力と集中力を絶えず注ぎ込み、身を削り続けることで成り立つ、極めて特異な魔術だ。
そしてそれは、聖女以外には不可能なものだった。
だが王子は、その事実を知らない。
いや、知ろうともしなかった。
聖女は国に尽くして当然。
聖女は責任を放棄しない。
聖女は裏切られても耐える。
そう信じて疑わなかった。
だから、婚約者である自分が聖女の妹と関係を持っても、問題ないと思った。
だから、聖女が傷ついても、国を出るとは考えなかった。
それは信頼ではない。
ただの依存だった。
神官長は、王子の言葉に反論しなかった。
ここで何を言っても、意味がないと分かっていたからだ。
この場にいる者たちは、すでに同じ前提を共有している。
――聖女は、戻る。
その思い込みが、国を支えているつもりでいた。
会議が終わり、城を出ると、王都の空気は微かに変わっていた。
張り詰めていた何かが抜け落ち、不安が滲み始めている。
結界は、すでに解かれていた。
聖女は、何も言わずに去った。
責めることも、呪うこともなく。
ただ、役目を終えただけだった。
神官長は神殿に戻り、静かに椅子に腰を下ろす。
聖女が去ると告げたとき、彼は引き留めなかった。
金貨の袋を渡し、道中の足しにとだけ告げた。
それが、彼にできるすべてだった。
国を守るのは、聖女の役目ではない。
国を支えるのは、王と騎士と、人々の責任だ。
その責任を、あまりにも長く、たった一人に押し付けてきただけの話だ。
王子は、まだ気づいていない。
騎士たちも、文官たちも、誰一人として分かっていない。
聖女がいなくなった国が、どれほど脆いかを。
守りに甘え、鍛錬を怠り、想像を放棄した者たちが、
騎士団が束になっても敵わなかった魔王軍を、
たった一人で退けた聖女の代わりになるはずがないことを。
神官長は、静かに目を閉じた。
予感ではない。
計算でもない。
理解だ。
この国は、聖女を追い出しても平気だと思っていた。
だからこそ――
終わる。
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