届かない声のそばで ― 元自衛官カウンセラー・篠原梓の傾聴録

藤原遊

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間奏

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間章:エンジンと心拍のあいだで

山道を走る風は、街よりも一段冷たかった。
6月の陽光はすでに初夏の熱を帯びていたが、標高が上がるほど空気は澄み、
排気音を引き裂くように抜けていく。

梓の愛車は、マットブラックの中型ネイキッド。
見た目ほど重たくはないが、無骨な造りが気に入っている。
“風と視界だけで進んでいく感覚”が、カウンセリングルームとはまるで別世界のものだ。

今日の目的地は、小さな低山の登山口。
バイクを駐車場に停め、ヘルメットを脱いで深呼吸をひとつ。
ツーリング用のブーツのまま、ゆっくりと山道を歩く。

登山というほどではない。
ハイキングに毛が生えたような、誰でも登れる緩やかな尾根。
それでも土を踏む感触は、明らかに人工物とは違っていた。

(風が、ちゃんとある)

木々の隙間から差す陽光、苔むした岩肌、鳥のさえずり。
誰とも話さなくていい時間。
何も応答しなくていい呼吸。
梓は、静かに歩調を整えながら、体と心の差を詰めるように足を進めた。

頂上に近いベンチで水を飲みながら、梓はふと空を見上げる。
青空は、薄い雲をいくつか浮かべながら、やはり無言だった。

(人と話すより、こうしてるほうが、素直に“在る”って感じる)

自分の感情は、まだ正確には名前がつけられないものばかりだ。
けれどそれは、どこかで“無言の自然”と似ている。
言葉にしないからこそ、存在しているものもあるのかもしれない――

遠くから風の音がした。
それは木々を撫で、草を揺らし、梓の髪にそっと触れていった。

彼女は、微かに目を閉じて、音のないまま返事をした。
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