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第2話 聖女の祈り
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私は王都を出る準備をしながら、
これまでの祈りを思い返していた。
聖女の仕事は、派手なものではない。
人々が期待するような奇跡も、祝福も、ほとんど起こらない。
王城の式典で光を放つこともなければ、
病床に手をかざして劇的に治癒させることもない。
少なくとも、私の仕事はそういうものではなかった。
夜明け前、まだ街が眠っている時間に、
私はひとりで祈りを捧げていた。
神殿の奥、外光の届かない祈祷室。
冷たい石床に膝をつき、
誰にも見られない場所で祈る。
それが、私の日常だった。
祈りを始めると、空気が変わる。
音が遠のき、
呼吸の音だけが、やけにはっきりと聞こえるようになる。
目に見えない靄のようなものが、
足元から、壁から、街の方角から、
ゆっくりと集まってくる。
それは人の悪意だった。
欲望であり、嘘であり、
見捨てられた感情だった。
怒りを飲み込んだまま忘れられた声。
助けを求めても届かなかった祈り。
仕方がないと切り捨てられた感情の残滓。
それらが積もると、土地に邪気として残る。
放っておけば、作物を枯らし、病を呼び、
やがては魔物を生む。
だから私は祈る。
誰にも知られない場所で、
誰にも評価されない形で。
私は祈りの中で、それを受け止め、払う。
邪気が集まるたび、
胸の奥が重くなった。
息が浅くなり、指先が冷えていく。
まるで、自分の内側に
重たい泥が流れ込んでくるような感覚。
邪気は、確かに消えていく。
空気は澄み、土地は静まる。
けれど、何もなかったことにはならない。
祈りが終わるころには、
立ち上がるのに時間がかかるほど、
身体が言うことをきかなくなっていた。
理由のない疲労。
言葉にできない虚しさ。
そして、どこにもぶつけられない感情。
それでも、国は平穏だった。
祈りの翌日には、
畑は実り、病は流行らず、
人々は昨日と同じ生活を送る。
「やっぱり、聖女様がいると違う」
「今年も豊作らしい」
「守られているんだな」
そんな声が、私の耳にも届いた。
けれどその言葉は、
私が何をしているのかを
知った上でのものではなかった。
彼らが見ているのは結果だけだ。
平穏であること。
何も起きていないこと。
誰も、
その平穏の下に沈んでいるものを
見ようとはしない。
邪気が、どこから生まれるのか。
なぜ溜まるのか。
誰の感情が置き去りにされているのか。
救われなかった人。
切り捨てられた者。
声を上げることすら許されなかった子ども。
そうしたものが積み重なった結果だけを、
私は祈りによって処理していただけだった。
原因には触れず、
後始末だけを任される。
それを指摘しても、返ってくる言葉は決まっていた。
「それは政治の問題だ」
「聖女は祈りに専念していればいい」
「余計なことを考える必要はない」
私は、少しずつ言葉を失っていった。
何を言っても、
必要とされているのは意見ではなく、
祈りだけなのだと理解したからだ。
だから私は、
祈ること以外を語らなくなった。
これまでの祈りを思い返していた。
聖女の仕事は、派手なものではない。
人々が期待するような奇跡も、祝福も、ほとんど起こらない。
王城の式典で光を放つこともなければ、
病床に手をかざして劇的に治癒させることもない。
少なくとも、私の仕事はそういうものではなかった。
夜明け前、まだ街が眠っている時間に、
私はひとりで祈りを捧げていた。
神殿の奥、外光の届かない祈祷室。
冷たい石床に膝をつき、
誰にも見られない場所で祈る。
それが、私の日常だった。
祈りを始めると、空気が変わる。
音が遠のき、
呼吸の音だけが、やけにはっきりと聞こえるようになる。
目に見えない靄のようなものが、
足元から、壁から、街の方角から、
ゆっくりと集まってくる。
それは人の悪意だった。
欲望であり、嘘であり、
見捨てられた感情だった。
怒りを飲み込んだまま忘れられた声。
助けを求めても届かなかった祈り。
仕方がないと切り捨てられた感情の残滓。
それらが積もると、土地に邪気として残る。
放っておけば、作物を枯らし、病を呼び、
やがては魔物を生む。
だから私は祈る。
誰にも知られない場所で、
誰にも評価されない形で。
私は祈りの中で、それを受け止め、払う。
邪気が集まるたび、
胸の奥が重くなった。
息が浅くなり、指先が冷えていく。
まるで、自分の内側に
重たい泥が流れ込んでくるような感覚。
邪気は、確かに消えていく。
空気は澄み、土地は静まる。
けれど、何もなかったことにはならない。
祈りが終わるころには、
立ち上がるのに時間がかかるほど、
身体が言うことをきかなくなっていた。
理由のない疲労。
言葉にできない虚しさ。
そして、どこにもぶつけられない感情。
それでも、国は平穏だった。
祈りの翌日には、
畑は実り、病は流行らず、
人々は昨日と同じ生活を送る。
「やっぱり、聖女様がいると違う」
「今年も豊作らしい」
「守られているんだな」
そんな声が、私の耳にも届いた。
けれどその言葉は、
私が何をしているのかを
知った上でのものではなかった。
彼らが見ているのは結果だけだ。
平穏であること。
何も起きていないこと。
誰も、
その平穏の下に沈んでいるものを
見ようとはしない。
邪気が、どこから生まれるのか。
なぜ溜まるのか。
誰の感情が置き去りにされているのか。
救われなかった人。
切り捨てられた者。
声を上げることすら許されなかった子ども。
そうしたものが積み重なった結果だけを、
私は祈りによって処理していただけだった。
原因には触れず、
後始末だけを任される。
それを指摘しても、返ってくる言葉は決まっていた。
「それは政治の問題だ」
「聖女は祈りに専念していればいい」
「余計なことを考える必要はない」
私は、少しずつ言葉を失っていった。
何を言っても、
必要とされているのは意見ではなく、
祈りだけなのだと理解したからだ。
だから私は、
祈ること以外を語らなくなった。
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