聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした

藤原遊

文字の大きさ
3 / 7

第3話 最初の日

しおりを挟む
それが起きたのは、追放を告げられる少し前のことだった。

その日も王都は平穏で、
市場ではいつも通りの喧騒があり、
神殿には祈願に訪れる人々が列を作っていた。

私はその合間を縫うように、
いくつかの報告を受けていた。
井戸の水が少し濁ったこと。
郊外で小競り合いがあったこと。
どれも、これまでなら祈りで処理されてきた程度の話だ。

その中で、
王都の外れで起きたという小さな騒ぎが伝えられた。

盗みを働いたという理由で、
一人の少年が捕らえられたのだという。

私は現場へ向かった。

痩せた体に、年齢に合わない怯えた目。
汚れた衣服は、何度も繕われた跡があり、
長い間、まともな暮らしをしていなかったことが一目で分かった。

少年が持っていたのは、
固くなったパンが一つだけだった。

それを見た瞬間、
私は胸の奥に、嫌な重さを感じた。

「孤児だそうです」

そう報告する兵士の声には、何の感情もなかった。
哀れみも、怒りもない。
ただの事実として述べているだけだった。

事情を聞けば、少年は正直に答えた。

食べ物がなかったこと。
働き口が見つからなかったこと。
誰にも助けを求められなかったこと。

言葉はたどたどしく、
それでも嘘をついていないことは明らかだった。

それだけだった。

少年の話を聞き終えたとき、
周囲にいた神官の一人が口を開いた。

「邪気が増えています」

まるで、天候の話でもするような口ぶりで。

「最近、こうした者が目につく」
「こういう者が増えるから、土地が乱れるのです」

私は、その言葉に既視感を覚えた。
これまで何度も聞いてきた理屈だ。

「早めに処分した方がいい」
「国のためになります」

私は、その言葉を遮った。

「この子を保護してください」
「邪気は、私が祈って払いますから」

それは、これまで何度も繰り返してきた提案だった。
だからこそ、一瞬、場が静まり返った。

誰もが、
「ああ、またこの流れか」
そう思ったのが分かった。

そして、返ってきたのは、溜息だった。

「またですか、聖女様」

神官の声には、
うんざりした響きが混じっていた。

「そうやって何でも引き受けるから、
問題がいつまでも解決しないのです」

王の側近は、
少年を見ることもなく言った。

「一人を救っても、また次が出る」
「ならば、例を示す方が国のためだ」

その言葉が出た瞬間、
私は理解してしまった。

これはもう、
説得の段階ではない。

その場で、決定は下された。

誰も声を荒げず、
誰も感情を露わにしないまま、
少年の行く先は決められた。

私は何も言えなかった。

言葉を失ったのではない。
言葉が、届かないと分かっていたからだ。

これまで、
何度も同じやり取りを繰り返してきた。
そのたびに私は祈り、
邪気を払い、
国は平穏を保ってきた。

そしてまた、
同じことが起きる。

その夜、私は祈りの場に立った。

冷たい石床。
薄暗い祈祷室。
何度も立ってきた、いつもの場所。

いつもなら、
無意識に言葉が紡がれる。
体が覚えていたはずの祈り。

けれど、その日は――
声が出なかった。

胸の奥が、静かだった。

祈れば、また邪気は払われる。
国は平穏を保つだろう。
そして、同じことが繰り返される。

誰かが切り捨てられ、
私は後始末をする。

私は初めて、理解してしまったのだ。

祈りは、救いではない。
ただの後始末なのだと。

その夜、私は祈らなかった。

邪気は、払われなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます

碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」 そんな夫と 「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」 そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。 嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう

婚約破棄されたので四大精霊と国を出ます

今川幸乃
ファンタジー
公爵令嬢である私シルア・アリュシオンはアドラント王国第一王子クリストフと政略婚約していたが、私だけが精霊と会話をすることが出来るのを、あろうことか悪魔と話しているという言いがかりをつけられて婚約破棄される。 しかもクリストフはアイリスという女にデレデレしている。 王宮を追い出された私だったが、地水火風を司る四大精霊も私についてきてくれたので、精霊の力を借りた私は強力な魔法を使えるようになった。 そして隣国マナライト王国の王子アルツリヒトの招待を受けた。 一方、精霊の加護を失った王国には次々と災厄が訪れるのだった。 ※「小説家になろう」「カクヨム」から転載 ※3/8~ 改稿中

【完結】数十分後に婚約破棄&冤罪を食らうっぽいので、野次馬と手を組んでみた

月白ヤトヒコ
ファンタジー
「レシウス伯爵令嬢ディアンヌ! 今ここで、貴様との婚約を破棄するっ!?」  高らかに宣言する声が、辺りに響き渡った。  この婚約破棄は数十分前に知ったこと。  きっと、『衆人環視の前で婚約破棄する俺、かっこいい!』とでも思っているんでしょうね。キモっ! 「婚約破棄、了承致しました。つきましては、理由をお伺いしても?」  だからわたくしは、すぐそこで知り合った野次馬と手を組むことにした。 「ふっ、知れたこと! 貴様は、わたしの愛するこの可憐な」 「よっ、まさかの自分からの不貞の告白!」 「憎いねこの色男!」  ドヤ顔して、なんぞ花畑なことを言い掛けた言葉が、飛んで来た核心的な野次に遮られる。 「婚約者を蔑ろにして育てた不誠実な真実の愛!」 「女泣かせたぁこのことだね!」 「そして、婚約者がいる男に擦り寄るか弱い女!」 「か弱いだぁ? 図太ぇ神経した厚顔女の間違いじゃぁねぇのかい!」  さあ、存分に野次ってもらうから覚悟して頂きますわ。 設定はふわっと。 『腐ったお姉様。伏してお願い奉りやがるから、是非とも助けろくださいっ!?』と、ちょっと繋りあり。『腐ったお姉様~』を読んでなくても大丈夫です。

道化たちの末路

希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と側室母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。

地味で結婚できないと言われた私が、婚約破棄の席で全員に勝った話

といとい
ファンタジー
「地味で結婚できない」と蔑まれてきた伯爵令嬢クラリス・アーデン。公の場で婚約者から一方的に婚約破棄を言い渡され、妹との比較で笑い者にされるが、クラリスは静かに反撃を始める――。周到に集めた証拠と知略を武器に、貴族社会の表と裏を暴き、見下してきた者たちを鮮やかに逆転。冷静さと気品で場を支配する姿に、やがて誰もが喝采を送る。痛快“ざまぁ”逆転劇!

婚約を解消されたし恋もしないけど、楽しく魔道具作ってます。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「君との婚約を解消したい」 「え? ああ、そうなんですね。わかりました」 サラは孤児で、大人の男であるジャストの世話になるため、体面を考えて婚約していただけだ。これからも変わらず、彼と魔道具を作っていける……そう思っていたのに、サラは職場を追われてしまった。 「甘やかされた婚約者って立場は終わったの。サラ先輩、あなたはただの雇われ人なんだから、上司の指示通り、利益になるものを作らなきゃいけなかったのよ」 魔道具バカなのがいけなかったのだろうか。けれどサラは、これからも魔道具が作りたい。

妹が嫁げば終わり、、、なんてことはありませんでした。

頭フェアリータイプ
ファンタジー
物語が終わってハッピーエンド、なんてことはない。その後も人生は続いていく。 結婚エピソード追加しました。

処理中です...